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涼風を 感ぜし頃に 夏想ふ
登場人物一覧
今年の夏は、今限り。
精一杯楽しく満喫した方が良いと言ったのは、誰だったでしょうか。
本で読んだのやもしれませんな。
ともあれ、今年の夏は一度きりであります。キサはめいっぱい楽しんだのであります!
夏と言えば、なんでありましょうな。矢張り暑さでありますか?
豊穣ですと、縁側で氷水を満たしたタライに足を入れ、強い日差しを感じながら涼を取る――何て言うのは当たり前の夏の風景であります。庭の垣根沿いに植えた、背高な向日葵に、縁側に置いた蚊取り線香の香りと瑞々しい赤い西瓜。もくもくと綿菓子のような雲が縁取る空はどこまでも青くて、ぱたぱたと団扇で仰いで顔へと風を送りながらキサは『夏でありますなぁ』と思ったものであります。いえ、夏なのでありますが!
瞳を閉ざせば耳に届く『夏の音』も増すのが好きであります。木々から力強く聞こえる蝉の声。時折カロンと音を立てる麦茶の氷。遠くから聞こえるわらび餅売りの声。どれもこれも、夏でしか感ぜられないものであります。
暑すぎて耳も垂れてしまいそうな日は、かき氷も良いのであります! 透明なみぞれから、赤や青といった色の付いた糖液を用意しておくと、今日はどれを食べましょうかと毎日違う色を楽しむ事が可能であります。
……ですが、かき氷には注意が必要でありますね。キサは何度か『きーん』にやられてしまったのであります。あれは、とても強い――強敵なのであります。今日こそは気をつけようと思っているのに、キサは毎回眉間にむむっと力を篭めて頭を押さえなくてはいけなくなってしまうのでありますから……。いえ、キサとてやられっぱなしではありませぬ。少しずつ口に運べば良いことをキサも知っております。けれどかき氷は日差しで溶けやすいですし、氷は口の中で溶けた方が美味しいですし、これくらいは平気かとキサだって考えてですね……ええ、来年こそは打ち勝ちたいところでありますね。打倒かき氷! で、あります!
それから、今年は海にも行ったのであります。海水浴であります。
砂浜に寄せては返す波に足を晒すと、何とも言えないくすぐったさ。足の形に砂が拐われて、そろりと足を上げてみるのも楽しきひととき。砂浜に城を築き上げている方もいましたが、崩れることを前提として築城されているのでありましょうな。楽しげな声を響かせていたのであります。
蟹や海星と言った小さき海の生き物に出会えるのも楽しかったでありますな。海月を見つけたら気をつけねばなりませんが、あれもまた見目は涼やかであります。
キサも水着を着て、浮き輪でぷかぷかと海月の気分を味わっていたのですが――小さき子等に何事か言われてしまったのであります。確か……『すくぅる水着』? キサの着ていた水着の種類でありましょうか? 洋装もですが、水着にも色々種類があるのでありますね。キサには着物の事しかわかりませぬ……が、新しき知識を取り入れることもまた修行であります! 鬼菱の里や黄泉津で知り得ぬ知識も取り入れてゆきたいところでありますな。
ねこさんの耳のついた浮き輪は愛らしく、ぷかぷかとしているだけでもとても楽しかったのであります。それにしても海はまっこと不思議でありますな。この広く大量の水の中に海の生き物たちが暮らし、覗き込めば幻想的な姿を見せてくれるのであります。キサはそんな景色も楽しみながら、時折波に運ばれたりしながらもぷかぷかと――していたら、突然の大波で浮き輪がひっくり返されたのでありましたな!
あれにはキサも吃驚でありました。塩っぱい水がたくさん口の中に入ってきて、尾も耳も突然のことにびびびと震えてしまったのであります。ですがこれも思い返せば楽しき夏の思い出のひとつと言えましょう。
そうそう、一人では出来ない遊びもしたのであります。ひっくり返ってしまったキサが耳と尾を垂らして陸へと上がると、先程の子等が遊びに誘ってくれたのであります。優しき子等でありますね。
何でも蹴鞠を腕で行う……排球なる遊びを教えてくれたのでありました。海辺で行う排球は相棒とともに張り切る球技だそうで、キサも相棒の子と頑張ったのであります。排球初心者のキサの打つ玉は変なところばかりに飛んでいってしまいましたが、相棒の子は「楽しむことが重要だから」と笑ってくれていたのであります。玉を追いかけて、打って。打ち上げて、叩き込んで。点が取れた時には、相棒とともに跳ねて喜びを分かち合ったのでありました。
来年も海に挑む機会があったら、今年よりも海との付き合いが上達したキサでありたいものだと、思うばかりでありますな。
他にも、瞳を閉ざせば楽しい思い出ばかり。
今年の夏も、楽しき夏でありました。
来年は、どんな夏を迎えられるのでしょうか。
来年も素敵な夏になると、キサはとても嬉しいのであります!