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盾役達の備忘録
登場人物一覧
ふと、1度は考えたことがないだろうか。
『タンク型の鍛え方ってどうなってるの?』と。
これは、そんな疑問が浮かんだ者達のちょっとしたお話である。
テーブルが並び、様々な冒険者達がいる昼時のギルドの片隅にて。
彼者誰とレイリーは今後来るであろう戦いに備え、武具を下ろして飲み物とおつまみを準備し、様々な意見交換をしていた。
2人はもともと騎兵隊の盾役であり、先輩と後輩の関係。お互いの経験と知識はいつからか別の道を歩み始めていたので、久しぶりの意見交換会となる。
前線に立つことで後衛の人々を守り、その戦線を維持・向上を行うのだが……戦いにおける情報が少なくては、如何に防御力を手に入れたとしても守りの壁が薄くなってしまう。
ということでこれまでに自分達が受けてきた攻撃手法や魔術的攻撃をそれぞれで交換しあっているのだ。
だが、いくつかの情報交換を続ける内に、彼者誰にもレイリーにもふと浮かんだ一言がある。
――今喋ってる相手の身体の作り方って、どうなってるんだろうと。
そんな疑問が浮かんですぐに先に声をかけたのは、レイリーからだった。
彼女は彼者誰の頭から足まで、隅々見ながらゆっくりと会話を繋げる。
「……彼者誰殿の身体はとても作り込まれているわね。どんな鍛え方をしているの?」
「私ですか? 普段はジムと自宅で鍛え上げています。と言っても全身を鍛えるのは一朝一夕には出来ないので、少しずつですが鍛える部分を絞り込んでいます」
「へぇ、なるほど。だから下半身はこれから、なのね?」
ちらりとレイリーが彼者誰の下半身に目を向けてみると、鍛えられた厚みのある上半身に比べて、彼者誰の下半身がやたら柔らかいのが見えた。上半身は指でつついてもめり込まないほど頑丈なのに対し、下半身はふにふにと指が沈む。
彼者誰は軽く笑いながらもレイリーの手を避け、下半身を鍛えるのはこれからです! と宣言……するが、実は彼の上半身と下半身の鍛え方の違いは、彼者誰本人が望んでいることでもある。
硬い上半身と柔らかい下半身の、それぞれの痛みの違い。硬い部分が削れる痛みと、柔らかい部分が削れる痛みの違い。その感覚を味わうために、彼者誰はあえて下半身を鍛えていない。……のかもしれない。
そんな自分の肉体を優美に思いながらも、彼者誰は今度は相手の番だと軽くおつまみを食べて問いかけた。
「そういうレイリー様はどのような鍛え方を?」
「ん、わたしは……そうね、やっぱり盾役なんだから最前線で戦うことを第一としているのは知っているわね?」
「ええ、はい。先輩として、その心意気は素晴らしいものだと思います」
「一番前に立つということは、すべての攻撃を『受け止める』ことが大事。だからわたしの場合、筋力や体力を重視して鍛えてるの」
ぐっとレイリーが腕を握ると、がっちりと鍛えられた筋肉が浮かび上がる。女性としてのしなやかな、ほっそりとしたその身に眠る筋肉は彼者誰でも驚くほどに硬い。
おぉ、と彼者誰が驚いたのも束の間。レイリーがゆるっと力を解くと、ふんにゃりとした女性特有のもちもち感が出てきた。普段はあまり力を使いすぎないように緩めているのか、力を入れたときと入れなかった時の差が歴然である。
「おお、凄い……。意識して使い分けるその力、感服いたします」
「ありがとう。……でも、わたしは筋力や体力だけで太刀打ちするだけでは盾役とはいいづらいんじゃないかな、と思うの」
「というと?」
「例えばだけど……真正面から来た攻撃。これをわたし達はどう受け止める?」
「ふむ……」
そう尋ねられて、彼者誰は状況を真面目に考える。
真正面から来た攻撃。どのような攻撃かまでは具体的に明示されてなくとも、刃でも矢でも魔法でもまずは受け止めて敵へ押し返すのが盾役ではないのか、と彼者誰は口にする。
盾役ならばそうねとレイリーは一言呟いて、グラスの中に入ったジュースで喉を潤す。彼者誰は同じ感覚でひょいっとおつまみを1つ口に放り込み、軽く咀嚼した。
「では、レイリー様はどのように受け止めるのでしょう?」
「受け止めるのもあるけれど、わたしはそこに『押し止める』というのも入れるのもありだと思うの」
「というと……跳ね返すのではなく、その場で留まるというのですか?」
「そう。そうすることで、相手の視界をわたしという盾に向けている間に、みんなが攻撃に集中出来る。戦場は次々に盤面を変えていくから、柔軟な対応もわたしは必要だと思うのよね」
自分の体勢の柔軟さについてもそうだが、戦い方についての柔軟さも持ち合わせたい。レイリーはにっこりと、笑顔を崩さずに自分の戦い方を告げる。
長く戦うことはそれ即ち、筋力や体力の消耗戦でもある。彼女が重点的にその2つを鍛えているのは長く戦えることを想定してのことで、突然の対応に合わせても柔軟な動きが出来るようにしているのもあるというのだ。
「戦いが長引けば長引くほど、相手の疲労も蓄積されて撤退しやすくなるって形」
「なるほど、ただ前に出るだけではなく、視線を奪って相手の体力をも削る……勉強になります」
グラスを空にした彼者誰は新たにジュースを注いでゆっくりと飲む。レイリーも同じようにジュースを少し飲み始め、2人の会話もそろそろお開きと言った雰囲気が流れ始めていた。
……しかし会話を終えようとグラスを空け、皿を片付けようとしたのも束の間、ギルドへ突如緊急の依頼が飛び込んできた。
近辺で突如大型の魔物が群れを成し、付近の村や街に襲いかかっているという緊急性を要する依頼。騎士団や自警団なども討伐に向かっているそうだが、人手が足りない状況になっているという。
これを聞いたレイリーと彼者誰は空になったグラスを、とん、と置いて立ち上がる。
「彼者誰殿、どうやらわたし達の出番みたいね」
「ええ、そうですねレイリー様。良い話を聞いたあとですし、私も良い立ち回りができそうです」
「それはよかった。ですが、今回の相手に今の話が通用するとは思わないように」
「はい、先輩」
下ろしていた武具を装着し、2人は新たな依頼へと足を運ぶ。
大型魔物達が振るう獰猛な爪に対抗する、全てを守る盾となるために。
おまけSS『戦いの後に飲むお酒は美味い。』
レイリーと彼者誰の貢献により、大型魔物の群れの被害を最小限に防ぐことが出来た。
これにより村人から様々な感謝の声が上がり、2人はその言葉にホッと胸をなでおろす。
「よかったですね、レイリー様。今回は少しヒヤッとしましたが……」
「ええ、そうね。彼者誰殿から情報をもらっていなかったら、今頃どうなっていたか……」
身体の作り方ばかりが思い出されてしまったが、それ以前に交換していた情報がレイリーの防御態勢を強めていたため、なんとか助かったという。情報交換は大事だということがより一層わかった瞬間だった。
そうと決まれば! と、レイリーも彼者誰も再びギルドに戻って、先程戦った魔物達の情報を交換し始めた。
戦いが長引いてしまい、すでに夜も近いため2人は酒とおつまみを準備して、羊皮紙とペンを用いて今回の戦い方を忠実に記録する。
……ちなみに飲みに飲んで酔った勢いで書いた記録は、翌日の2人の頭を抱えさせたそうな。