PandoraPartyProject

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音のない場所で君と踊って、

登場人物一覧

ヴィマラ(p3p005079)
ラスト・スカベンジャー
ヴィマラの関係者
→ イラスト

 ――お手をどうぞ。

 すい、と水中を往く。ヴィマラはゆっくりと、がらんどうのその場所へと降り立った。
 古都ウェルテクス。月も差さぬ深い場所。光もなき暗澹の世界。
 その場所が、彼女にとっては片割を失った場所であった。

 指折り数える。あれからどれだけの時間が経っただろうか。
 指折り数える。カレンダーなんて机上に放り出してから碌に見やしない。
 指折り数える。今が何月何日かなんてもう対して必要ない情報だった。
 耳を澄ませる。海の音だ。
 耳を澄ませる。深海はこうも静かなんだと実感させる。
 耳を澄ませる。あれだけ大好きだった『あいつ』の声さえ――もう、忘れた。
 そうか、と気づいた。
 それだけの時間が経ってしまったのか。

 片割、と呼ぶには在り来たりすぎて、双子だと認識するには余りにも遠い存在だった。
 生まれた時から沈んでいたあいつ。対照的にふわりと浮く様な自分が居た。
 慎重すぎたあいつは、楽しいほうだけを見てられなくて、
 楽観的な自分は、常に楽しいほうだけを見ようとしていた。
 優し過ぎたあいつは、他人の苦しみを一緒に背負ってしまって、
 割り切れた自分は、重たい荷物を降ろすことだって容易いと思えた。
 笑わな過ぎたあいつの笑顔は、たまに見れば素敵に見えて、
 自分はと言えばいつだって笑顔を浮かべていたんだ。
 ――莫迦らしいと笑って欲しい。『これだけ褒めてる』のに違う場所を探してた。
 まるで自分とあいつの『境界線』を探しているように思い出をなぞり続ける。

 境界線。
 違う所。
 確かにあった。6年の間、死んだと思ってた。
 生きているとしても二度と会えないと思って居た。
 まともに生きてたなら、罪悪感で死にかけてる。そう思って居たから心配だった。
 逆に――こんなこと、口にすれば怒られるかもしれないけれど、
 狂っていたとしたら? 狂気に身を委ねて居たら?
 それならきっと幸せだったと思う。あいつはその方が幸せに生きていけるんだ。
 そう思って居たからそれでもいいと思って居たんだ。
 思うだけならタダだから。ヴィマルがそうやって幸せに生きて居てくれればそれよかった。

 ヴィマル。
 魔種。
 その情報だけがローレットのコルクボードには貼り付けられていた。
 詳細についてはリヴィエールへと案内が掲示されていた時に『まさか』と思ったのは記憶に新しい。
 その時にヴィマラという人間の人生は最高だという認識からちょっぴり『どうして』という言葉が付きまとうように思えた。恨んだ。どうして、なんで、こんなタイミングで。
 ヴィマルにとっての『ヴィマラ』は半身であって、残穢であって、彼ががんばってがんばってがんばって、がんばって、死に物狂いで捨てた故郷の名残だ。
 心を痛めて、苦しんで、もがいて逃げた彼の名残。
 好感度には自信があるヴィマラであっても、ヴィマルからは最低だと認識していた。
『最低だ。お前なんざと出会うなんて』と言われてしまえばそうだろうなと納得できるのに――きと、言わないだろうな、という確信と曖昧な気持ちだけが浮上する。
 ぽかり、と息を吸う様にして深海から上がっていく水泡の様に。
 生きてる事も知らなかったのに、それでも『ヴィマラ』と『ヴィマル』は確かな存在だったのだから。
 ヴィマラはぼんやりと考えた。

 生きているという片割。魔種であるという情報を見た時にアイツは幸せなのだとヴィマラは感じていた。
 憂いとなるものもなければ枷もない。魔種とは元来そういう存在ではないか。
 どんな顔してると思う? そう聞かれたならばヴィマラはただ、笑って言うだろう。
「気がかりがなくなったんだぜ? あいつは反転しててワタシたちとは別の存在だ。
 だったら案外毎日楽しく笑って生きてるんじゃないかな。あ、でも、まだ歌ってるなら聞いてみたい。
 聞いた事ないだろけどさ、あいつの歌ってキレーなんだぜ。ロックだろ、とかそういうのじゃなくて」
 だいすきだった声なんだとヴィマラはへにゃりと笑った事を思い出す。
 この深海に一人で立って居れば、どうしてだろうかそうやって『思い返す』ことで精一杯だ。
 魔種になっても尚、彼が知るヴィマルと変わりないのなら――

 友達なんてものは自分で作ろうとせずに相手の顔色ばっかり窺ってるのだろう。
 けれど、きっと彼のイイトコロなんてのを見つけたヤツらがぐるっと取り囲んで一人ぼっちじゃない筈だ。
 慎重すぎて、笑わな過ぎて、優し過ぎて、
 距離を取った彼の手を取って「ヴィマルちゃん」なんて。
 其処迄妄想してからヴィマルの今が分かった『気がして』ヴィマラは小さく笑った。
 ああ、それなら祝福してやろう。精一杯、彼をお祝いして、おめでとうって抱き締めてやりたいくらいに。
 ……きっと、嫌みにとられてまた嫌がるんだ。
 自分を変えるために、大好きなものを捨てた――その捨てたものがわたしだったとしても――勇気は必要だったろうに。
 それを祝福してやるんだ。思い切り、丸めてゴミ箱にポイしても捨てられた奴らは案外、恨んでないんだぜって笑ってやろうと思ってた。

 ぼこり、と水泡が立った。
 ヴィマラは片割の闇に溶けるような姿を思い出す。

 ――『生きててくれて有難う、けど、お前がしあわせなのが妬ましい』

 幸せだった。
 幸せだったよ。
 ワタシはヴィマルがいるから、幸せだった。
 けど……ヴィマルは? そう、思ってなかった?
 変わらなかった? 自分が嫌いな自分から何も変われなかった?

 水泡が立った。古都の中を進むヴィマラは警戒した様にギターを構える。その向こうに淡く、何かが見えた気がした。

『ヴィマルちゃんって、素直じゃァないのねェ。かわいいかわいい妹ちゃんくらいお招きしたら?』
『……いらねぇ』
『なーんで? 大切なんじゃァないのォ?』
『……だから、だろ』

 気のせいだろうとヴィマラは瞬く。そんなことあるはずない。
 自分をあえて遠ざけて、魔種になった自分を見せようとしなかったなんて『嘘みたいな話』しないで欲しい。
 ああ、でも、そうか、とヴィマラの唇から声が漏れた。
 慎重で、笑わなくて、優しくて――誰よりもワタシを大事に思ってくれてたのか。
「ワタシ、あんたがどんな生活してて、何を思って生きてたかなんざ、ホントはわかんねーけどさ。
 ……なんだろ? 想像はできちゃうんだよけ。結構、それってモーソーヘキとか言われちゃうと笑っちゃうけどさ」
 ヴィマラはその場にしゃがみ込んで石ころを拾い上げた。戦いの跡が刻みつけられた一つの石ころだ。
「あんたってさ、……優しいんだ。
 だからさ、きっとあんたは、昔みたいにずっと沈んで、楽しいほうだけを見れなくて、皆の苦しみを背負っちゃってたんだろうね――でも、そんなヴィマルが、ワタシは大好きだった」
 言葉が水泡に飲み込まれていく。目の前に見えた屋敷がチェネレントラのダンスホールだったのだろうと視線で追いかける。
 彼もこうして、ここを歩いたのだろうか。怠いとか面倒とか言いながら。
「……ワタシさ、同じ日に生まれて、自信もって2人で一人だって言えるのが、誇らしかったよ。
 ワタシより何倍も歌がうまくて、自慢だった。
 凄く頭が良くて、嫌な顔しながら私にわかるように色んなこと教えてくれる時間が楽しかった」
 それでも、彼は苦悩したのだ。
 彼は『優し過ぎた』から。
 ヴィマラは石ころを投げ捨てて、ゆっくりと屋敷の扉に手を駆けた。
 ぎぃ、と鈍い音を立てて開いた扉の先は酷く伽藍洞であった。散々な程に朽ちたその場所に12時の鐘が鳴る前にシンデレラは何かを願ったのだろうか
「なぁ、チェネレントラちゃん。
 ワタシがサーカスの時言ったことが聞こえてたかは知らねーけど、
 人づてに聞いたあんたのショーは、すげー盛り上がってたみたいだね、やる気ある人集めるとやっぱ違うっしょ?」
 にい、とヴィマラは小さく笑った。まるでそこにチェネレントラが居たかのように楽し気に笑みを溢す。
 チェネレントラ。気狂いシンデレラ。我儘三昧のお姫様。
 そんな彼女が手を引いて『ヴィマルちゃん』と何度も声をかけて甘えた様に笑った相手。
 ……きっと、そういう相手が必要だったんだと思う。強引な程にすべての輪に引き摺り込んでくれるような誰かが。
「チェネレントラちゃんってスゲーと思う。
 ワタシの兄ちゃんに目を付けたんだぜ? 偶然かもって? はは、かもしんねーけどさ、見る目あるよ。
 その辺、誇っていいと思う。なんたってワタシの兄ちゃんだぜ。ワタシの『大好きな兄ちゃん』だよ」
 チェネレントラが気に入っていたという玉座に触れて、ふと、其処に落ちていた手記を拾い上げた。
 ヴィマラは目を見開き唇を噛み締める。

 ――ヴィマルちゃんの妹ちゃんを見つけた。彼は巻き込むなって怒るの。なんでかしら?
 ――大切なものを壊されると怒るのはみんな同じだわ。そうね、そうだわ、チェネレントラが子供だったの。

 はは、と小さく笑みが漏れる。ゆっくりと手記を閉じて玉座の上に放り投げた。
「あのさ、チェネレントラちゃん。アイツに一杯我儘言ってやってよ。
 あいつの『めんどくせー』ってのはさ、『聞いたからには何もしねーわけにはいかねーじゃねーかめんどくせー』って意味だからさ。あ、でもチェネレントラちゃんも分かってるかな。あいつ、優しいもんな」
 最後まで一緒よ、なんて甘えた様に言った彼女がどういう感情でヴィマルを見ていたかなんか分からない。
 彼女は只、誰かが傍に寄り添ってくれることを願っていたのだろう。
 全てを妬ましいと口にしたヴィマルのその嫉妬の感情が自身に寄り添ってくれればと願う様にチェネレントラはヴィマルを呼んだのかもしれない。友人としてヴィマルがチェネレントラを見ていたならば、きっと彼女の『本当の願い』は叶っていたのだろう。
「一人ぼっちって、怖いよな。だから、一杯我儘言ってヴィマルを困らせて、楽しんでほしいんだ」
 玉座を撫でた。小さく笑って、ヴィマラは目を伏せる。
「……何だかんだで、ヴィマルと一緒に居てくれてありがとう、もっと早く、言いたかった。
 ……まだまだ、気分的に言うと後100年以上はそっちに行くつもりねーからさ。
 生まれ変わりたいなら、さっさと生まれ変わって、笑っていきな。世界は結構、甘くできてんだからさ」
 きっと、生まれ変わったならば、栗毛の美しい少女になるのだろう。灰硝子の様な瞳には彼女の漕がれた深海の色が乗せられて、シンデレラの様に夢見がちに笑って云うのだろう。

 ――『ヴィマルちゃん、こっちこっち』

 ……そんなの、妄想癖と笑われるだろうか?
 ヴィマラは想像したひとりの来世を願う様に玉座に頭を下げた。
 ここにはチェネレントラだけじゃなくて、彼もいる。
「……あんたは絶対さ、ワタシに連れてかれんのは嫌がるだろうから、ここに置いとくよ……友達は、大事にしろよな。
 ――……スカベンジャーは、ワタシで最後だね」
 ゆっくりとその場を後にした静寂のダンスホール。
 其処に二つ何かが動いた気がしたがヴィマラは見ないままにした。
 開きっぱなしの手記には可愛らしい文字が躍っている。


 ねえ、ヴィマルちゃん。もしも妹ちゃんに会えたらなんていう?
 そう聞いたワタシにね、ヴィマルちゃんったらおかしなことを言うの。
 会いたくないって。
 どうして? って勿論聞いたわ。
 また、下らない意地張って傷つけるより笑って幸せに生きててほしい。不幸なんざ俺が背負ってやるから。
 そんなこと言って。魔種なんだから妹も殺して自分が完全なる存在になるとか言えばいいじゃない。
 ああ、けれど。
 そういうところが好きなの。あなたとお友達で良かった。
 いつか、妹ちゃんにこのページを見せましょうね。そしたら聞くの。
 妹ちゃんはヴィマルちゃんの事嫌いかしら って。


 その下には小さく、書き込まれた真新しい文字が返事のように並んでいただけだった。

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