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キソナ・ホリョン・トワシー(p3p009545)
新たな可能性
キソナ・ホリョン・トワシーの関係者
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 嗚呼、お帰り。屹度お前に記憶はないだろうけれど。


 其の店は酷くぼんやりと、気付くものだけが気付けばよいとでも言いたげに、大通りからはすっかり離れたところに店を構えていた。地図で言うなら、大通りから道を三回曲がり、其処から進んだ先に道をひいふうみい、三本先の道を左折する。難解厄介さらには面倒、説明するのも手間に思えるそんな辺境。其処に、代々受け継がれ店を営んできたのだという古物商は店を構えていた。
 曾祖父は言った。
「屹度此の人形はお前の子孫達にとっても宝になるだろう」
 と。
 祖父は言った。
「此の人形は私よりも長い時を生きているから、もしも目覚めることがあったら大切に扱いなさい」
 と。
 父は言った。
「何があっても、此の人形だけは手放すな」
 と。
 少年の名はジョエル。いつかこの店を継ぐであろう少年だ。
 ジョエルは彼女を美しい人形だと、幼い頃から思っていた。其れは勿論、遥か未来でも同じように思っているから、『思っていた』になるのだが。
 透けるような紫糸。柔らかく小さく波打った其れ。先にかけて色は柔らかく花の花弁のような愛らしい色になっている。
 瞼の奥に秘められた眼球は輝かんばかりの星の色。もしも『意志を持って動くことがあったなら』、それはそれは美しいだろう。
 額に煌々と輝くは翠玉エメラルド、オパール型に嵌め込まれていて、皮膚ともぴったり癒着している。人工物であるだろうが、その境目は人間業ではないかのように思われた。
 作り主の趣味せっけいか、嘗ての持ち主達の趣味せいへきかは解らないが、其の果てに纏っているのであろう服や小物たちのアクセサリーの多さと言ったら!
 何処かに引っ掛けようものならすぐに壊れてしまいそうな程に古そうなもの、何処のものかもわからないが民族性を感じさせるものまで、多種多様であった。其れは恐らく宝石人形このこが自分と出会うよりも前から渡り歩き旅をしてきたであろう土地のものであろうと思った。
 華奢な四肢と小柄な身長からは一見少女おんなのように思われたのだが、父曰く『お前にはまだ早い』とのことだった。
 いつの日だったかはもう覚えておらず遠い過去だったようにも、昨日のことだったかもわからぬが、いつの日か此の人形を欲しがってきた豪商が居た。勿論売り払えば大金が手に入るし、生活も楽になる。店なぞ営まずとも楽に暮らせるだろうことは考えずとも解った。
 けれども其れは自分の心が許さなかった。父が店主だったのならば売っていたかもしれないが自分が店主である今ならば別だ。
 一族が代々大切に守って来たものなのだ、いくら店の中に置いてるからといえども、値札もつけていないし商品だと言った覚えもない。そう言って断れども何度も何度も押しかけてくる。ならばと何度も何度も断ってやった。諦めた豪商の口から零れたのは、
「小店の癖にものを売らない」
 だった。此れは傑作だ。小店の癖にものを売らないたいしたものもないくせに? 笑うしかないだろう!
 其れ程までに魅力的な品なのだろう、豪商すらも魅了してしまうのだから。いつまでもお前は此の店の宝だと囁いて。


 そんなこともあったなあと思いながら店に入った時だった。その人形はぽっかりと姿を消していた。
 普段ならば不満げに埃を被っているようにも見えるから、店を開けたらまず埃を払ってやるようにもするくらいなのに。そんな毎日のルーティーンあたりまえもできないのだから、焦ったって仕方ない。
 店のシャッターを乱雑におろし鍵を閉めて走り出した。電気は消していないしレジの鍵だってまだ閉めていない。が、そんなことは些細なことだ。あの宝石人形たからものを失うことに比べたら、ちっぽけだ!
 それに、うちの店の商品ものはうちにないといけない。件の豪商に見つかったらとてつもなく面倒だ。
 と、思っていた矢先。
 ぼんやりと瞬ききょろきょろと周囲を見たわす幼子のような宝石人形あのこが居るのを発見する。生きているのか、それとも何かしらのパワーなのか、充電のようなものが出来たのか、それらは全てわからないが、ともかく連れて帰らなければ、あの宝石人形はうちの宝なのだから。
「ちょっと、其処の宝石人形ひと、」
「……可愛いね。良ければうちでお茶なんてどう?」
 生まれてこのかた吐いたことすらない甘ったるい台詞にも応じずに、ぼうっと辺りを見渡す姿には思わず頭を抱えてしゃがみ込んでも仕方ない。店の近所であるから顔見知りのマダムもちらほら。『あらあら』なんて笑われているが笑いたくなるのはこっちの方だ。まさか宝石人形このこが動くなんて、父からも聞いていないのだから!
 半ば強引に、というかほとんど幼馴染のような関係だしあ、反抗する素振りも無ければ意志もなさそうなので保護という名目で店に連れ帰ることにした。返事しないほうが悪いのだ。多分。屹度。
 ナンパの様な声掛けから口八丁手八丁で語弊こそあれど連れ込まれた宝石人形は、晴れてひととしての生を謳歌することになる。
 まだ彼女の身が孕んだ幾つもの可能性の芽吹きには気付かずに。
「……名前とか、あるのかな」
 ぼんやりと店の手入れをしながら呟いたジョエル。ちらりと視線をむければ、星月夜の瞳と視線が絡まる。
 どの音も奏でなかった口が、舌が、初めて開かれた。鈴の鳴るような声で、呟かれたのは、彼女の名。
「名前は、トワシー。キミは?」
 あたかも当然であるかのように囁かれたその名。知らなかったというか知る伝手が無かったというか、ともかく知るにはいろいろと足りない状態だったジョエルにとってそれは驚きのサプライズに他ならない。というか、喋れていること自体びっくりなのだ。動いているのも、歩いていたのも、何もかも。
「ジョエル」
「……そう。ジョエルね。宜しく」
 ふ、と力の抜けたように笑った彼女。
 これは後程ジョエルが知ることになるのだが、彼女は人形ではなく秘宝種、レガシーゼロのひとり。食事も睡眠も不要な生命体なのだ。低燃費であるが故にケチられた賃金には頬を膨らませているものの、この店は『何故か居心地がいい』でしぶしぶ許している。
 今日もトワシーは居心地のいい店の隅、小さな木の椅子の上で店番をしていることだろう。

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