SS詳細
イケメンの卵、あり升、産め〼。
登場人物一覧
●たのむよ社長
「何故だ! 何故なんだ!」
正義の企業『B.R.C(ブラック・レイン・カンパニー)』は窮地に立たされていた。
12坪の狭い社長室に頭を抱えた崎守ナイトの絶望の声が鳴り響く。破産したわけではない、彼の一大事業『ダンシング金魚すくい』が受けなかったわけでもない。実際(なぜか)近所の子供たちには受けていた。だが、だが――
「この世界ではNPC社員がぽんぽん生えるんじゃねーのか!」
――そう、経営が傾く以前、事業を拡大するための人材が集まらないのだ。いるのは精々、経理という名のマネキンと片言の秘書のみ。店員がいない。
このままでは……何も起きない! 明日はあるが面白みがない! 打開策を探る為にと伝承の怪しげな本を片っ端から読み漁り……そしてとうとう見つけた、『社員のたまごの育て方』。
「これは……他の企業はこの世界では社員を卵から育てていたのかよ! 道理で集まらないわけだ!」
もちろん、
「卵(EGG)! この仕事(business)の打開策には、卵を産み育てるに他ならない! そうと決まれば客商売をするに相応しいイケメンの卵を見つけねば……だが、どうやって?」
そこでナイトははっと我に返る――事はなかった。
「卵が欲しいと言ったかしら、私にいい情報があるわ」
「なっ! 誰だ俺(ORE)の会社に入ってきたアンタ(YOU)は!」
火に注がれた油。黒衣に包んだ、美しいプロポーションの女性は水晶玉代わりの両手のひら大の輝く卵を手に、ナイトへと礼をし語りかける。
「大したものじゃないわ、ワタシはファントム・クォーツ――ただの通りすがりの卵好きよ。ナイトさんといったかしら、貴方に耳寄りなクエストがあるのよ」
「クエストだとぉ!?」
思わず社長机を飛び越え身を乗り出したナイトにファントムは深くうなずき、妖しげな笑みと共にそのクエスト内容を告げるのであった。
「ええ、それは――イケメン卵の採取よ」
●多分この世の地獄だと思う
「ついたぜ!」
「ここがイケメンの卵の採集エリアね!」
ポータルをくぐれば、緑の人工芝と鮮やかなイースターエッグ柄の壁紙が貼られた小部屋がいくつもつながったイケメンの卵採集エリア。その大地を笑みを隠せないファントムと仁王立ちをかっこよく決めたナイトがずんずんと歩き見つけたイケメンの卵を歓声を上げて抱きかかえていく。
「ちょっと待ってくれ、イケメンの卵ってなんだ」
その後方――ポータルの入り口で完全に世界観に置いてけぼりのグレイガーデンがナイトとファントムの二人を呼び止めた。ちくしょういきなり話しかけてきた爽やかなおっさんとへっちなちゃんねーにバイトに誘われてホイホイついていったばっかりに何か巻き込まれてるぞ。
「ん、イケメンが生まれる卵じゃねーの?」
「違う、そうじゃない! そもそもなんなんだこの空間は!? 人間が生まれる卵をなんで拾い集めてるんだ!? なんちゃら掬いのためにヘッドハントするって聞いたんだけど!?」
「従業員になるイケメンの卵を拾い集めてるんじゃねえのかよ?」
「訳がわからないよ、これじゃあエッグハンティングじゃないか?!」
「ごめんなさい、このクエストは3人以上じゃないと受けれなかったのよ……」
なんということだ、自分は数合わせの為だけにこの意味不明な空間に連れてこられたのか。眩暈に首を振りながらグレイガーデンはナイト達とは別の部屋へと駆け込み、見つけた大きな卵を拾い集めるのであった。
本来はここでクエストを破棄してでも逃げるべきだったのだろうが……グレイガーデンの妙に律儀な性格がとんでもない墓穴を掘ってしまったと気づいた時には後の祭りであった。
それは数十分もの時間をかけ、見つけた大きな卵をポータルのある部屋まで運んだ時の事――
「ひいふうみい……六つ、これだけあれば何でも作れるわ」
「大きい癖にステルス性も運びにくさもすごい卵だ……もういいだろう?」
卵を数えるファントムの独り言に若干の不安を覚えながら、色んな意味で疲労したグレイガーデンが汗を脱ぎながらナイトに訴えかけるも、彼はまだ不満気と言った様子で。
「いいや、足りねえんじゃねーの? 事業を発展させるなら10は欲しい……ん?」
とは言え、どこにも卵は見つかりそうにない。諦めてクエストを終わらせようとした時……彼の目に何かが入る。
それは部屋の入口に始めから置いてあった、があまり気にしていなかった、大きな卵の模型……そこに刻まれていた、文字が彼の気を引いたのだ。
「見るんだ、この
「この部屋を作った人のメッセージかなんかでしょ? 読んだら早く出ようよ――」
「どうやら卵がもっと欲しい時は書かれている呪文を唱えると産めるそうだ!」
とんでもない裏技に咽るグレイガーデンを押しのけファントムも飛び出し、卵碑に張り付きまじまじと文字を読む。
「えっ、産めるの!? 私が、卵を? やったー!」
「待ってくれ!? 産むってどういうこと!? なんでファントムさんは拾ってる時より喜んでるんだ!?」
「喜ぶわグレイガーデンさん! だってこの呪文を唱えると
「なんだそのテロ行為!? ちょっとまった、まさか本当にやる気じゃ……卵を産むとかごめんだぞ!」
ファントムの言葉に顔が凍り付いたグレイガーデンはナイトの方へと視線を動かし、ファントムへと戻す。こいつらやる気だ。
「くそっ、こんなふざけたイベントで性別を確定させられるか! 僕は帰らさせてもらうぞ!」
現実と違ってこっちでははっきりとNOを出して断って見せなければ、というかこの二人と話していたら何かが手遅れになりそうだ。
『戦闘中はクエストを終了することができません』
だが、無慈悲に現れた赤い文字がグレイガーデンがポータルに入る事を阻止してしまう。
「なっ!?」
「『ルナクタミウガゴマタ』……案外短いのね!」
「何をやってるんだキミはああああ!」
一体何が起こったんだ、いったい何が始まるんだ、というかナイトさんに至ってはお腹がなんか膨らんでないか!? そもそも戦闘中判定ってことは完全にバッドステータス扱いじゃないかこれ!
頭を抱えるグレイガーデンにナイトは親指を立て、これ以上ない爽やかな笑顔で。
「グレイガーデン安心しろ! 男でも産めるらしい!」
「そういう問題じゃないんだけどぉ!!」
重いレバーが落ちる様な音と共に、視界が黒い闇に閉ざされた――
●マタニティブルー
気が付けば、グレイガーデンの前には液晶が付いた巨大な卵がデンッと置かれていた。まだ暖かいそれを自分が産んだ事はこれまでの状況からして明らかである……だがその過程の記憶が一切ない。時間が着たら自分の前にぽんと現れるタイプの処理だったのだろう、きっとそうだ、そうでなかったとしても思い出したくない。そもそももしかして自分は産んでないんじゃないのか?そんな現実逃避をさえぎるように、両脇に大きな卵を2つ抱えるナイトがぬっとグレイガーデンの前に姿を出した。地獄か。
「よくぞ産んだ二人とも! これほど立派なイケメンの卵ならば会社(company)は発展間違いなしだ! 孵化の暁にはキミのイケメンと宣伝を――」
「それだけはやめてほしいんだけど!?」
「ならどうしろって言うんだ! 製造者表示無しでお客に安心して金を払えっていうのかよ!」
「
ガヤガヤ騒ぎながら、あるいは断末魔を上げながら何故か(おつかれさまですの札と一緒に)そこにあった台車に採集したイケメンの卵を山積みにしていくナイトとグレイガーデンを眺めながらファントムは呆然と自分の卵を抱え考える。しまった、と。
卵についた液晶に表示されているカウントダウンは大方賞味期限、じゃなくてイケメンが生まれるまでのリミットの類だろう。これがゼロになる前に想い人を見つけ、その口に運ぶことができる事ができるだろうか。否。『あの人』はそう簡単にそうであると見つかるような、ましてや教えるような性格はしていない。料理を用意しても食べる人がいなければ意味がない、そんな大事な事を、卵が産める喜びですっかり忘れていたなんて……
「……パパを見つけるのは無理ね」
絶望的な確率を考え思わず出てしまったファントムのため息に気づいたのだろう、ナイトがグレイガーデンの方から彼女の方へと顔を向けるとそっと声をかける。
「おい、どうしたファントム、さっきまであったオーラがほとんど消し飛んでるじゃねーの!」
「ええ……産んだはいいけどパパに見せれそうにないから……」
「なんだ、そんな事かよ! 安心するんだ! 俺がしっかり給料を出して面倒を見る! そのパパとやらにあった時に会わせればいいんじゃねーの!?」
完全に聞いていない。
「えっ、えっと、それじゃあダメなのよ、産まれる前に食べさせないと……」
「よし、そうと決まればアンタも子育てバイトとして決定だ、ファントム・クォーツ! ついてきてくれ!」
「え、ええ……!?」
問答無用。とはいえ卵を食べさせれない以上、次善策としてそうするしかないだろうか……そうファントムは考え直すと、卵をひょいっと拾い台車に乗せて運んでいくナイトの後を慌ててついていくのであった。
そんな二人を送り閉まるイケメンの卵のエリアの入口のポータルを呆然と眺めながら、グレイガーデンはぽつりと呟くのであった。
叶うならば、時間を今日1日だけ巻き戻させてくれ――と。
おわれ。
おまけSS『数日前、ローレットの一室にて』
「カルアさんは卵産める……?」
「えっ」
爆弾発言。カランとカルアの長槍が地面を音を立てて転がった。
「ごめんね、急に変な質問して……」
「えっと、フラーゴラさん……まさかと思うけど、貴女もあの人に感化されたって事は……」
「ううん……そういうわけじゃないけど」
「ユリーカさんや、カルアさんに卵を産んでくれって頼んだ事があるんだって、イレギュラーズの先輩が噂したことがあって」
「あったね、2回か3回ぐらい……断ったけど」
安堵の顔をして槍を拾い上げたカルアは強張った体を解す様に肩を回すと槍を拾い上げる。フラーゴラはカルアと挟んでいた机に手をつき、身を乗り出しさらに問い詰める。
「『
「そうだったんだ……妬いちゃう……」
「……えっと」
頬を人指し指で掻きながらカルアは目をそらす。
「嫉妬しなくてもいいと思う、あの人の多分、ダンジョン潜るための非常食とかだよ……?」
「それでも、ワタシ、あの人が他の人の卵を食べる所は見たくない……」
(……誰だって理性ある生物の卵を食べる所は見たくないとおもうけど)
「でもワタシはブルーブラッドだから卵は産めない……それでせめて、卵を産む感覚について知りたかった……!」
「えっと、えっと……その」
ぐるぐる回る思考に整理をつけて、カルアは目を瞑りふうと一呼吸置く。
「わたしにツガイが出来たことはないから、卵がどうかはわからないけど……子供がいる感覚なら、わかる……守りたい人たちがいたから、何が何でも、自分を犠牲にしてでも、守りたい気持ちは……」
「そっか……うん、それだけわかれば、十分……!」
フラーゴラは立ち上がると一礼をして……。
「私頑張って卵産む方法見つけるね……ありがとう、カルアさん!」
「えっ」
また爆弾発言。今度は持ってた書類の山がばさっとカルアの手からおっこちた。
「えっ、ちょっと待って。何するつもりなの……?!」
……ゴメンネ。