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――拝啓、君へ
登場人物一覧
二人の間には、約束があった。
約束と称すると大それたように聞こえるが、実の所そんなに重要なものではない。
云うなれば日課。
約束ではない、当たり前の様に存在する日課だろう。
ランドウェラと葉月の二人による一寸したセンチなお遊びだ。共に同じ場所に属してはいても、ローレットに所属する冒険者である以上は仕事が待ち受けて居たり、ウォーカーである二人自身にもそれぞれの生活がある。
忙しい、と言ってしまえばそれまでなのだが、頻繁に会うタイミングがないのも確かだ。
残念だと切り捨ててしまうのは淋しい事で、どうにか会おうと思っても擦れ違いは減らしてはいけない。
せめてコミュニケーションをとれやしないかと考えたのが一日一枚、張り紙をして文通をすることだ。交換日記ともいえるかもしれないが――何食わぬ、ほんの簡単な言葉をなぞり相手の歩んだ道を知るというだけなのかもしれない。
ただ、それだけでも二人にとっては重要な出来事のように思えていた。
葉月はいつも通りにその場所へとやってきて、コルクボードに張られた文字を見遣る。
崩れた乱雑なそれは彼があまり動かぬ右手で懸命に描いたものだという事が見受けられた。
文字は難読ともいえるがランドウェラは葉月なら頑張って呼んでくれていると信じて居るし、葉月もその期待に応える様に『解読』はして見せる。
「パ……ン……」
文字をなぞるように眉根を寄せて。そこまでして読むのはこの日課が大切なものだからだろう。
title:パン屋さん
慈愛少女へ
聞いてくれ! 10本買うとおまけをくれるパン屋さん見つけたぞ!
黄昏夢廸より
それは彼が日常的に発見したことなのだろう。
張り紙をコルクボードから外し、葉月はくすくすと笑う。
文通に記載される名前はそれぞれが一寸した遊び心だ。
黄昏夢廸と慈愛少女。
二人を想起させるニックネーム。
わざわざ相手の名前を記載するのではない、特別な呼称を其処には飾って、日課を楽しんでいる。
ふと、葉月がサイドテーブルを見下ろせば、何時もの通り張り紙に合ったものと同じ紙とペンが置かれていた。
幻想では差して珍しくもない羽ペンとインクだ。旅人であるランドウェラも葉月も幻想の文化には馴染みがないため日常が毎日発見の連続であるのだ。
最初の頃はと言えば『羽ペンを買いに行こう』という話題がコルクボードに張り出されたというものだ。
葉月はそれを思い返し小さく笑いコルクボードへと一枚貼り付けた。
title:虹
黄昏夢廸へ
森を出てきたら空にきれーな虹が出てたなの!!
慈愛少女より
――それを次の日、ランドウェラは見遣り小さく笑う。
虹。成程、虹は美しい。最初に見たときには空に誰かが七色を描いたのだと驚いたものだ。
メルヒェンでロマンチスト。少女らしい少女である葉月の発見は『らしい』といえば『らしい』
きっと、彼女はふんわりとしたロリィタでその身を包み歌いながらこれを書いたのだろう。
虹を見に行くというのは時間や天気が左右するため予定は立てにくいが、以前発見したパン屋に行くのはプランの内だ。
ふと、ランドウェラはどうしようかとサイドボードを見遣る。以前面白い寓話だったとコルクボードに張り紙されたうえで置かれていた本が一冊。
レェスのブックカバーに包まれたそれは次回の外出の際に持って出かけると約束をしたままだ。
パンやと本、それから、とランドウェラは思いついた様に筆を走らせた。
title:喫茶店
慈愛少女へ
貸してくれた本に出てくるようなメルヘンチックな喫茶店を見つけた!
黄昏夢廸より
喫茶店の場所のメモを添えて、コルクボードに貼り付ける。
偶然ローレットの仕事で知った場所ではあるが、きっと彼女なら喜んでくれるはずだと日課として記入するのを楽しみにしていたのも確かだ。
さて、次は何を書こうか。そろそろ予定も詰まっていると忙しなくランドウェラは新たな発見を探しに出かけた。
title:喫茶店
黄昏夢廸へ
メルヘンな喫茶店は紅茶の美味しい喫茶店だって雑誌で読んだなの!
慈愛少女より
その文章は喫茶店への期待に胸躍らせて居る事が綴られている。
傍らにそっと雑誌の切り抜きが飾られ、可愛らしいティーカップには幻想北部の紅茶が綴られていた。
甘い香りが特徴的であるというそれは愛らしい店内の紹介と共にピックアップされている。
title:紅茶
慈愛少女へ
幻想北部の紅茶もいいが、深緑産の茶葉はミルクティーにも良いらしい!
黄昏夢廸より
title:シフォンケーキ
黄昏夢廸へ
深緑ミルクティーと言えばシフォンケーキも美味しいらしいなの!
慈愛少女より
『自分に情を向けた相手への』偏愛家である葉月と、『普通』を知らぬランドウェラの二人の予定はどうやら確りと決まったようだ。
先ずはいつも通りのコルクボードの前に待ち合わせ。日時も『日課』で何不自由なく決定された。
何時も通りのふんわりとしたロリィタ服に身を包み、歌いながら待ち合わせ場所に立つ葉月を左手を振って迎えれば、向かう先は『日課』で記載されていた喫茶店になるだろう。
その途中に虹は見られないかと確認し、喫茶店では借りた本と美味しいと評判の紅茶を楽しめばいい。
深緑産の茶葉を使用したミルクティーやシフォンケーキも店内で楽しめるし、何より気に入ったならば茶葉を購入して日課の際に飲みながら文通をしてもいいだろう。
毎日、少しだけ立ち寄ってそうやって交流する。たったそれだけでも、これほどまでに心躍るのだ。
新たに『日課』として書く事が増えていくのも嬉しいが、文通で交わした場所に出かけるのだってどれ程嬉しい事か。
「本当に素敵な場所なの!!」
「そうだな。紅茶も美味しいし、何より可愛らしい場所だ」
さて、『日課』の続きの時間だ。
『黄昏夢廸』と『慈愛少女』の少しの茶目っ気の混じった文通。
今日は何があったのか――それを記して集めていこう。
新たな発見を記載して、また君と思い出を増やす為に。
title:拝啓、君へ