PandoraPartyProject

SS詳細

君の瞳に溺れる

登場人物一覧

鮫島 リョウ(p3p008995)
冷たい雨
鶴喰 テンマ(p3p009368)
諸刃の剣


「テンマ?」
 覗き込んできたリョウの瞳は、綺麗な湖面の色をしていて。
 俺は思わず、其の湖に飛び込んで沈んでしまいたくなった。


「今日は簡単な依頼で良かったわね」
「そうだな」
 ローレットに入って来る依頼は、全てが全て物騒なものという訳ではない。歩けないご老人の代わりに買い物をするだとか、素人が入るには難しい森で薬草を調達してくるだとか、タイムセールで卵を確保するだとか、そういったいわば雑用も立派な依頼に含まれる。
 今回俺たち姉弟が受けた依頼は薬草の調達。薬剤師の依頼人が足を挫いて遠出できないので、代わりに指定の薬草を取ってきてほしいという依頼だ。
「薬剤師さん、大丈夫かしら」
「脚を挫いたって話だろ。薬剤師なんだから自分で貼り薬とか作ってるんじゃないか」
「うーん、そうなんだけど。お医者さんには行ったのかなって……」
「ああ……」
 医者の不養生という言葉があるが、或いは今回は薬剤師の不養生かもしれない。薬を貼っておけば治るというやつ。もし重傷だったらどうしようとうんうん唸るリョウを、俺は静かに見下ろしている。

 ――俺は、実姉に恋をしている。

 苗字こそ違うが俺たちは姉弟だ。血の繋がった確かな家族だ。
 だが俺は、其処に家族以上のものを見出そうとしている。身体は機械だけれど、心は其れ以上にポンコツだったらしい。よりによって恋をした相手が実姉だなんて。
 でも、其れを後悔したことはない。俺はリョウに恋をしている、其れを罪だと思った事はない。
 リョウの気持ちは判らない。気持ちをはっきりと伝えた事はあるが、なんだかんだではぐらかされてしまった。いつもそうだ。リョウは曖昧に俺の気持ちをかわす。イエスともノーとも言わないで、するりと其の瞳のように水分めいてかわしていくのだ。

「――テンマ? 着いたわよ?」
「……あ、」

 思考に耽っていると、思わず件の薬剤師の家を通り過ぎるところだった。腕を掴まれて引き留められ、視界が急速にクリアになる。
 そうだ、依頼中だった。俺だって得意運命座標だ、依頼くらいはこなさなくては。

「じゃあ、俺が声をかけるから」
「わかった」

 扉の前に立って、ノックを何度か。
 ロービスさん、と薬剤師の名前を呼ぶと、ゆっくりとした足音が聞こえてきて。のんびりと開かれた扉から、温和そうな女性がひょこりと顔を出した。
「あらあら。何か御用ですか? 生憎いま夫は……」
「ローレットです。薬を届けにきまし、あいてッ」
 無愛想なのは俺の悪い癖だ、とリョウは口を酸っぱくして言う。俺としては精一杯愛想よくしているつもりなのだが、どうも巧くいかない。今回も無愛想ぶりが出ていたのだろう、リョウに肘で突かれた。実際はあまり痛くないのだが、反射で痛いと言ってしまう。
「まあまあ。ローレットの方でしたか。夫は奥です、どうぞ」
 だが夫人は其れを気にせず、扉を大きく開け放ち俺たちを迎えてくれる。どうする? とリョウに目配せをした。このまま玄関で薬草だけを渡して帰る事も出来る。……何より、妻子持ちとはいえ他の男にリョウを見せたくない。リョウの目は綺麗だから。
「じゃあ、お邪魔させてもらいましょう」
「ええ。お茶くらいお出しさせて下さいな」
「……判った」
 俺は不承不承ながら頷く。リョウがそう言うなら仕方ないし、夫人の厚意を無下にする訳にもいかないだろう。


「いやあ、お陰で助かりました! これで頼まれていた薬が作れます」
「いえ、これくらいお安い御用です。気にしないで下さい」
 足をぐるぐると包帯で巻いた薬剤師は俺たちが持ってきた薬草を検分すると、間違いなくと頷いて嬉しそうに笑った。
「お茶が入りましたよ。カモミールが苦手でしたら別のものを煎れますので言って下さいね」
「あ、ありがとうございます」
「……どうも」
 再びリョウに肘で突かれる。……どうしろって言うんだ。
 カップを取ると夫人は台所へと去り、三人でカモミール茶を呑む。ほんの少しのあいだ無言の時間があって、ほう、と誰ともなく吐息を吐いた。
「もう痛みも引きましたから、明日から店を再開しようと思っているんです」
「……怪我はもう良いのか?」
「医者にも一応診て貰いました。捻挫だから自分で薬を練ってくれと処方箋を渡されましたよ、ははは」
「そうでしたか。でも大事を取って、2、3日は休んだ方が良いんじゃ……」
「そんな事は言っていられません。ウチにはローレットの方もたまにいらっしゃるんです。ローレットの方に休みがないのですから、私だけ休んでいる訳にもいかんでしょう」
 まあ、指定納品の日付はまだ先ですから、ゆっくり作業をする事になるでしょうが。
 そう言って薬剤師がカレンダーに目を向ける。予定がびっしりと書き込まれたカレンダー。リョウは其れでも心配そうで、俺は其れにイライラする。他の男の心配なんてしなくていいのに。俺がいるのに。俺の心配だけしてくれれば、良いのに。
 そう思いながらも、薬剤師が無茶をしているというのは俺にも判った。
「……ロービスさんに頼る人が其れだけ多いって事だと思うけど、……ロービスさんが無理をして動けなくなったら、……困る人が出て来るんじゃないか」
「……テンマ、」
「ああ、……そう、そうかもしれませんな。しかし貴方がたが薬草を取ってきてくれたように、私も何かをしたいのです。出来る事を、出来る限り」
 困ったように笑うと、ロービスさんは笑った。これ以上言わないでくれ、と言うような笑みだった。


「……ロービスさん、無理を推して仕事するのかしら」
「さあな」
「さあなって……テンマだって止めたでしょう」
「……。リョウが、止めて欲しそうにしてたから」
「私が?」
 首を傾げる彼女を見下ろす。彼女の表情からは何も読み取れない。其れが歯痒い。でもきっと、止めたかったはずだ。だから俺はそうした。其れだけに過ぎない。リョウに彼を止める気がなかったなら、俺だって止めない。
 でもあの時、湖面のような瞳に確かに其れを見たから。
「……」
「……」
 沈黙が降りる。リョウは何も言わない。本来の彼女は口数少なで、俺も口下手(だと言われる)だから、何も言わない。其れでも、この距離が心地良かった。
 ――俺は、リョウが好きだ。愛している。
 たった一人の肉親ゆえの勘違いなんかじゃない。ただ一人の女性としてリョウを愛している。愛おしくて、苦しくて、いっそこんな感情なくなってしまえとも思うけれど、この感情がなければ俺は俺でいられなくなるのだろう。
 今すぐにでも抱きしめたい衝動を抑え込んでいると、リョウが俺の名を呼んだ。

「テンマは、優しいのね」

 君が、凪いだ湖面のような瞳で穏やかにそう言うから。
 俺は全ての毒気を抜かれて、ただただ泣きそうなほど、君にまた恋をした。
 春風が吹いている。


  • 君の瞳に溺れる完了
  • GM名奇古譚
  • 種別SS
  • 納品日2021年07月22日
  • ・鮫島 リョウ(p3p008995
    ・鶴喰 テンマ(p3p009368
    ※ おまけSS『おまけ:ロービス夫妻は語る』付き

おまけSS『おまけ:ロービス夫妻は語る』

「ふふ」
「どうしたね」
 客人が扉を閉じる音がする。カップを取りに来た妻がふいに笑うのを見て、ロービス氏は不思議そうに首を傾げた。
「あの人たち、お茶の残し方までまったく同じだわ」
 見て、と妻が見せるとなるほど、僅かにお茶が残っている。其れも二つのカップとも、同じほど。
「仲が良いんだな」
「恋人同士かしら」
「いや……そういう風にも見えなかったが、かといって家族というには……」
「いうには?」
「男性の方が、ずっと女性を見ていたんだ。流石に話をするときは私を見てくれたがね。あれはもしかして、片思いという奴かなあ。懐かしいな、私も君と結婚する前はああだったよ」
「まあ、あなたったら。……其れで、どうされるのです?」
「何がだい」
「お仕事ですよ。休めと言われたでしょう」
「仕事、……そうだなあ」
 深くベッドに身を沈めながら、ロービス氏は考える。痛みはない。このまま貼り薬を貼っていれば問題ないだろう。けれど、痛みがないからこそ無茶は禁物だという事も彼は心得ていた。
「……もう少し休みを取るか」
「あら。仕事熱心な貴方が」
「ローレットの人にああまで言われてしまってはなあ。確かに、仕事が出来なくなるよりは数日の休みだ」
「……そうですか。では、夕食の準備をしますね」
「ん、頼む」
 パイプを咥えて、ロービス氏は直ぐ傍の窓を見上げた。晴れ渡った昼空だ。
 ――彼は、彼女を愛しているのだろう。
 不思議と、そうした確信があった。彼女が彼をどう思っているのかは、わからねども……若さゆえの情熱だなあ。ぷかりと煙をふかしながら、ロービス氏は己の若いころを思い返すのだった。

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