SS詳細
ブリリアントナイツ再び
登場人物一覧
「こんにちは。初回のご利用ですか? ここは……」
カフェ・ローレットの入店のベルが鳴った。
何度目かの初めましても、慣れたものだ。
「ID9099 白夜希。依頼の報告」
「あ、すみません……」
誰でもない。誰とも認識されない静寂は、ほんの少し居心地が良い。
不意に、辺りがどよめいた。
カウンターの隣。――後ろ姿だって目を引くような、華やかな女の子がやってきた。
(新人が練達での活動登録と説明を受けにきたのかな?)
手続きは結構複雑だが、大丈夫だろうか。
「うわわっ、お隣失礼しますっ!」
希が記入を終え、離れようとしたところで――。
「はいっ、名前はスピネル・サウザントウィンターです!」
あまりに聞き覚えのある名前と声に、希はぴしりと硬直した。
(気のせいだ、うん)
噴き出さなかったのは奇跡かもしれない。……横目でちらりと確認した。万が一、そう、万が一のことが……あるわけはないが。
ルビィのような瞳が、ばっちりとこっちを見ていた。
思いっきり目があって、呼吸とともにまじまじとスピネルの見開かれていく。
瞳の奥で、キラリと何かが光った。
「ありがとうございました」
書類を素早く出すと、そそくさとその場を後にする。
(私は何も見なかった)
しかし、スピネルは素早かった。目にも留まらぬ早さで希の前に立っていた。確信に満ちた表情。とびきりの笑顔。
「声紋一致率99.9%を検知」
「ちょ……」
「マスターおっひさー」
……コノヤロウ。
「どちらさま……忙しいので失礼」
いえいいえい、とアイドルポーズをするスピネルの隣を、身を屈めながら通り過ぎようとする。
スピネルは少し黙って、笑顔のままだったが、一言。
「…………ドブス」
は?
殺傷力の高い呟き。
スピネルは、希がスルーできない方法を知っている。
(人形ゆえに許されるわがままボディに人間が勝てるわけないもんね?)
愛されるために生まれてきたのである。
出会い頭にケンカを売られたのだ。
結果として攻撃に移ったのは、一般人の対応ではないだろうか?
(これは誰だってキレる。うん)
そう思いながらも。卓越した希の格闘技と身のこなしは一般人とはほど遠いモノである。
「ちょっ」「まっ」「あたしレベ1!!」「うわっマスター!」「マスターってば!」
手加減など一切、無用。
壁を足場に、何もない空中すらにも蝶のように止まり。風を切るように繰り出される一撃を、スピネルは的確にかわしていく。あるときは勢いを相殺し、あるときはひょいと避け。
「頭に……! 身体追い付かない! 当たる! 当たるって!!!」
――当たっていない。
1分が経過していた。
「おい、これ、なんだ……!?」
「何かの出し物じゃないか?」
周りには人だかりができていた。
もちろん、打ち合わせなどしていない。正真正銘のぶっつけ本番。やらせなどではないのだが、ずいぶん目立っているようで居心地が悪い。
「……ほんっと当たらないな!!」
フェイント、からの正拳突き。その一撃をひらり、とかわして、スピネルはカウンターの上でくるりと回った。
「解析済みの格闘パターン一致率99.98%~♪」
「おま! 昔から当たらないのが不思議だったけど、どおりで!」
「いひひ」
……なんたって、スピネルは雑に扱われることで最高のパフォーマンスを発揮するのである。
ピースピース、からの観客達の一斉の拍手。こんなにも注目の中心になってしまったのはいつぶりだろうか。なんだか疲れた。心地よいような脱力感に身を任せていると……。
「あの、すみません……少々よろしいですか?」
「あ、はい」
ローレットの人に呼び出されて、叱られる羽目になった。
「……誰のせい?」
「ええー。どう思う? ひどくない?」
登録用紙を前にして、改めて頭を突き合わせる。怒っている風を装っていたが、懐かしい顔を見ていると感情は霧散していく。
「名前合わせとかないとね。白夜だから──」
「ブリリアントナイツ」
「スピネル・ホワイトイブニン……ん!?」
「ブリリアントナイツ。はい決定」
「なんでそんなクソダサネームにすんの! 毎回!!」
無情にも、再登録は完了している。
「なんでこんなときだけ素早いんだよ」
にこっと笑って、向き直る。
「改めてよろしく、マスター」
「おいスピ。いくぞ」
「はいはい。あ、後の説明はアレから聞きますね」
「アレってな……」
「ねえ、ところで……なんで真っ白になってんの、髪」
「後で飲みながらな」
「うぃっす。んじゃ、楽しみにしてまーす」
小突く肘をひょいとかわされて、ふふんと笑われる。
「マースター」
何を考えているか、見ただけで分かってしまうというもの。
ごく自然体で触れ合える。生活を、過去を、趣味を、戦いを、生き方を、長年見続けてきた。
「行こう」
おまけSS『あたしはスピネル・ブリリアントナイツッ!』
『全ての人々に愛される』っていうのはさ、んー。
聞こえは良いけど、イマイチだよね?
毎日毎日、知らないところで取り合いが起こって、はあ、なんなの?
って思うでしょ。頼んでもないのに。
でもね、マスターといるときは違う。
たんだ。見るモノ全てが輝かしくて、何でもかんでも「やりたい!」って思った。
全部モノにしたいな、って思ったんだよ。
カウンターの隣で、あの声を聞いたときね。
全部運命だって言われても、まあー、信じてもイイかなって気持ちになったよ。
え? マスターの攻撃避けてるだろって?
愛だよ、愛。だってそうすればたくさん構って貰えるでしょ。
っていうか、教えてくれたのマスターじゃんね。
オイリちゃん、いーい?
だからあたしは、スピネル・ブリリアントナイツッ!
はいっ、せーのっ!