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弱き自分と魔王
登場人物一覧
●呪言
深夜。
幻想東部の山林に光輝が放たれる。
「フハハッ! 俺様さいきょ――――ッ!!」
放ったのは禍々しき様相を持つ『魔王(笑)』ライム・ウェルバー(p3p005127)に他ならない。
それは簡単な依頼だった。
幻想東部の山林に潜む魔物を退治してほしいというものだ。
そう強い魔物ではないし、数も多くない。
ライムはそれならばと一人で依頼を受けて、今に至るというわけだ。
爆轟と共に魔砲たる魔力が放たれ、魔物を駆逐していく。
「思った通り楽勝だな。
まあ、私が強すぎるっていうか? 魔王だし?」
ライムは元は平凡な男子高校生だったが、この無辜なる混沌に召喚されたおり魔王となった。そう願ったからなったのだ。
それはきっと強さへの憧れや、変身願望とも言うべき根源があったからに違いない。果たして、彼(彼女?)はその力を手に入れ、傍若無人に振るい見せ付ける。
倒れて行く魔物達。
一匹残った、魔物達のボスとも呼べる存在が「ぎゅるぎゅる」と喉を慣らして言った。
「強い強い、ほんに強いのう。
その力、まさに向かうところ敵無しと言う物じゃ」
「む、喋る奴も居るのか。
だが残念だったら、俺は今まさに魔王ロールに夢中なんでね、悪いが容赦はしないぞ」
そう言ってライムは魔力を編んだ。
手にした武器に魔力を纏わせ攻撃する魔力撃の構えだ。
「ひっひっ、怖い怖い。
儂では到底敵うものでなし、この命諦めるとしよう――ただし、土産は置いていくぞ」
魔物が、喉を震わせる。
得体の知れない言語を形作るそれは、風に乗ってライムの身体を包み込む。腕が熱くなるのを感じた。
「――なんだ? ちっ、なんだかわからんが、余計なことはさせないぞ!」
ライムが一気に間合いを詰めて、武器を振るう。
一撃は、確かな手応えを持って魔物を袈裟に切り伏せた。
命を散らす魔物が邪悪に顔を歪めて笑った。
「ひっひっひっ、さて、あの世で楽しませてもらうぞ。お前さんが苦しみ藻掻く様をな」
それは呪言だ。死して尚残る呪言。
「くそっ……なんなんだ……」
ライムは依頼達成の喜びも感じず、訳の分からない魔物の言葉に翻弄されてるような気分になって悪態を吐き捨てた。
その後、ギルドへと戻って完了報告と報酬を受け取ったライムは、魔物の事など忘れて帰路へとついた。
夜は深まり、後は眠りにつくだけだ。
●己の内
ライム・ウェルバーは平凡な男子高校生だ。
元、と言ったほうが正確だろうか。
角が二本生えていて、マントやアクセサリーを付けていて、黒い羽根も生えている。そんな魔王然とした姿は、男子高校生だった時の様子を一切見せはしない。女魔王ということもあるが。
だが、その精神性はどうだろう。
ライム・ウェルバーという精神は、その実変化をとげてはいないのではないか?
女魔王としての容姿と力は手に入れた。
しかし、そのアバターを動かすペルソナは男子高校生のそれであることを、事にライム自身が一番自覚あるはずだ。
故に――だからこそ、ライムはその事を見ない振りしていた。
平凡、臆病な男子高校生。
何者になれない、ただの人。
力を持たず、勇気も行動力も伴わない。
トラブルに近づかず、自らも空気のように存在し、ただただ灰色に生きる。
ユニークな容姿と力を手に入れた今、その様な存在が自分であることを認めるわけにはいかなかった。
目を逸らす。
そんな自分の影から目を逸らす。
それは自分ではないと、在るべき姿は今この”魔王(自分)”なのだと。
影がゆらりと蠢いた。
それは次第に巨大になって、見る間に邪悪の塊となってライムを睨んだ。恐怖が心を支配した。
たじろぐ。一歩後ずさる。
『臆病者』
「――違う」
『いくら装って見たところで、魔王になんてなれやしないのに』
「――違う」
『お前は何者でもない。ただの平凡で臆病なクソガキでしかない』
「違うッ!!」
否定すればするほどに、影の濃度は密となる。
影が笑う。
『そうやって否定すればするほどに、お前は自分の本性から逃げ回ることになる』
それこそが臆病者である弱者の証だと。
言われて、ライムはその時ようやく影の姿をハッキリとその目で捉えた。
それは、かつて鏡の中で見た、平凡で臆病な自分の姿だった。
●心根に巣くうモノ
「やめろ、その姿を私に見せるな――」
『無駄だよ。いくら女の口調にしてみたところで、いくら魔王然と振る舞ったところで、本性を隠し通せる訳がない。
お前は、この無個性な自分に皮をかぶせているダケに過ぎないのさ」
影が増大する。
否定すればするほどに、影は力を増してライムを蔑む。
「くっ、違う! 私はお前なんかじゃ――!」
否定する心が思わずライムに手を出させた。
放たれる魔砲が影を撃ち貫く。
「あぐっ……!」
穿たれた影。同時にライムの肉体にも痛みが走る。
『馬鹿だなぁ、自分を攻撃するなんて、自殺したいのかな?」
「違う、私はお前じゃ――」
『お前は俺だよ、ライム・ウェルバー』
影がいくつにも分裂して、見たくない無個性の姿を取る。
周囲を囲まれそうになると、ライムは『元に戻される』と感じた。
灰色の自分。
無個性な自分。
魔王たる今の自分から、その本当の自分に戻されてしまう、と。
(嫌だ!)
ライムは走り出した。
影から逃げるように、闇の中を走り、逃げ出した。
だが、影はいくら逃げても追ってくる。そして言うのだ、
『ほうら、逃げ出した。
魔王になっても、最強たる力を手に入れても、お前の心根は変わらないのさ』
弱い自分。認められない情けない自分に戻っている。
不意に身体を見れば、魔王たるアバターが見る間に高校生のソレへと戻っていく。
ああ、解けてしまう。
魔法が、自分を守っていた魔王の鎧が、解けてしまう。
(やめてくれ! 俺を元に戻さないでくれ!)
叫ぶ。
闇の中、影に囲まれながら、一人叫ぶ。
この姿に戻ってしまったら――この混沌でどう生きればいいのかわからない。
知り合った連中の顔が浮かんでは消えて行く。
強烈な個性を持つ連中の中、無個性な自分の立ち位置がわからない。
無理だ。そんな”普通”では、生きてはいけない。
『そうさ、お前はもう生きてはいけない。
このまま闇の中で、何も出来ずに消えて行くのさ』
影が笑う。ライムを取り囲んで、ケラケラと笑った。
ライムは、静かに苦悩しながら、思考の渦へと落ちていった。
闇が深まる。
●己に打ち勝つ
強さとはなんだろうか。
肉体的に強いこと? 技術的に優れていることだろうか? 或いは決して折れない心も強さと呼べるかもしれない。
普通の高校生だった頃、そうした強さに憧れを抱いていた。
好きな漫画の主人公は元々不良な高校生で、肉体的に強く、絶対に折れない心を持っていたように思う。
憧れは心のどこかに残っていて、そしてこの混沌へと召喚されるさいに、思わず口にでた魔王という役割(ロール)。
魔王が持つべき強さは――最強たる力だ。
どんな勇者にも負けない、絶対的な力。
「そうだ、魔王は最強……どんな相手にだって負けはしない……」
そう、それが例え自らの心根に巣くう魔物だったとしても、それを従える余裕を持つのだ。
ライムは気づく。
自分は、魔王となったその日から、本当の自分から目を逸らし続けて居たのだと。
だが、それでは本当の、最強の魔王にはなれはしない。
「そうだ、俺は――私は――!」
臆病で、何事からも目を逸らす自分。
そんな自分から目を逸らし続けてはダメなんだ。
自らの弱さを認め、それすらも飲み込んで、真の魔王として立ち上がる。
『立ち上がってどうする気だい? 俺を殺す事なんてできないだろう?』
「殺しはしない。従えさせるだけだ」
弱い自分に渇を入れ、従えさせる。
同時に、そんな弱い自分すらも、最強たる自分が守るのだと、ライムは心に火を入れる。
『そんなこと出来るわけがない』
「やってみなくちゃわからない」
無理だ、やめよう、逃げよう。
叫ぶ自分は、たしかに過去の自分の姿で、どうしようもなく情けなくなるけれど。
それすらも、受け止めて、今、一歩前へと進む。
最強たらんとするために。
腕を伸ばす。人差し指を伸ばして銃の形へ。
いつか見た漫画の主人公が、全ての敵を撃ち貫いたように。
「私は、魔王だ! 最強たる魔王なんだ!」
宣言と共に、全魔力を集中して放つ。
闇の中、光の銃弾が魔砲となって影を貫いた。
『後悔しないんだね?』
「さて、どうかな……?」
心がキュッと縮む。弱気の虫はまだ心に巣くっているけれど、きっと従わせることが出来るはずだ。
影がその姿を霧散させていく。
そうして、ライムもまた深い闇の中から光りある世界へと戻っていった。
「……む、ここは」
不意に飛び込んできた光に、目を瞬きながら周囲を確認する。
そこはライムの自室だ。どうやら寝ていたらしい。
「……夢、か?」
先ほどまで見ていた夢。己との対峙は夢でありながらしっかりと記憶に刻み込まれている。
本当に夢だっただろうか。
何気なく見た腕から、黒い湯気が立ち上っているのがわかる。
「げ、なんだこれ……」
叩くと湯気は霧散して消えた。
思い当たるのは、昨夜倒した魔物。あの魔物の残した呪言だろうか。
それが、あのような夢を見せていたのだとしたら……もしかしたら夢に食い殺されていたかもしれない。
「まったく、勘弁して欲しいよ」
いまさら昔の自分になんて戻りたいとは思わない。
けれど、もし戻ってしまったら――
「……ま、なるようになるか。なんてな。
――ククク、魔王たる私が高校生になど戻ってたまるか」
思わず厨二的魔王ロールで額を抑えたライムは邪悪に笑った。
その日から、ライムの魔王ロールに更なる熱が加わったことは、本人のみぞ知ることだ。
これはそんな最強たらんとする魔王のお話。