PandoraPartyProject

SS詳細

宵篝

登場人物一覧

ナイジェル=シン(p3p003705)
謎めいた牧師
ナイジェル=シンの関係者
→ イラスト

●死してなお彷徨うものども
 ――今日は特別、急ぎだった。
 何時ものようにギルドに立ち寄り、賊討伐の依頼を探そうとベルを鳴らせば、視線の合った斡旋人アレンジャーが待ってましたとばかりにエダをカウンターへ手招きする。『賊喰らい』をわざわざ呼ぶなんて、余程の依頼なのだろうかと片肘をつき耳を傾けた。
『エダ、良いところに来た。指名が入ったぜ』
「指名? それは私がどういう冒険者か知ってのことかしら」
『応とも! 依頼主はウィンベル家、まぁ地方のお貴族様よ。何でも管理している廃坑に賊が住み着いてるから一刻も早く退治してくれ、だと』
 地図を広げた斡旋人アレンジャーと共に場所を確認する。確かに廃坑の印が付いているが、土地勘が無いし、その賊達の人数も分からないのでは危険が伴う。エダは少し考えて返事をした。
「今日中に下見をするわ。決行は明日にでも」
『おいおいエダ、急ぎだからって凄腕で名が通ってるお前さんを指名して大金置いてったんだぞ? それにほれ、ご親切に廃坑の見取り図と盗賊団の凡その規模だの情報も貰ってンだ』
「……そこまで急な案件なの?」
『廃坑とは言ってるが、何ぞまだ埋まってるのかもなぁ。兎に角エダ! お前さんにウチの信用が掛かってる!! 頼む!』
 普段から世話になっているギルドの者にテーブルへ頭をつける勢いで頼み込まれては断るのも悪い。それに、情報を信じるならば賊の規模も然程では無さそうだし、苦戦する要素があるとすれば坑内での灯り確保くらいか。何よりわざわざ自分賊喰らいを指名するくらいなのだ。事態は一刻を争うのだろう。
 本当は、夜から予定があるから日を跨ぎたかったけれど……そこまで言われてはやるしかない。幸いまだ陽は落ちていない。この程度のなら待ち合わせには間に合うと判断し、エダは依頼を引き受けた。どちらにせよ賊は全て潰す。早いか遅いか、今日が彼等の運の尽き。地図諸々を移動しながら確認し、件の廃坑に向かった。この時のエダはまだ「酒の土産話にでも」なんて考えていた……賊より面倒くさいモノがこの世にはいる事も知らずに。

 そろそろ時刻は夕暮れ。成程、確かに言われた通り廃坑に何者かが出入りしている痕跡がある。妙に踏み固められた道といい、廃坑のはずなのに薄ぼんやりと光る穴といい。声は聞こえないが、人相手だろうが鉱石だろうが盗人に違いない。エダは姿勢を低くして斜面を降り、廃坑の入り口に横付いた。
『……の……らく……』
『うま……ね……』
 奥から会話が聞こえるが、遠くて内容までは届かない。でも、倒すころす相手の言い訳なんか聞きたくない。聞く気もない。理由がどうあれ、賊行為は【悪】。奴らがやってきた理不尽を、その命を以て償う時だ。エダは静かに、慎重に、奥へと進んでいく。次第に声は鮮明に聞こえてくる。
『この鉱山すげぇな。まだ山ほど宝石ゲンマが眠ってるじゃねぇか! あんのお貴族サマったらビビりかぁ?』
『関係ねぇよ。俺達ぁ依頼された分だけ働けばいい、あとは好きにして良いってんだから根こそぎかっぱらうぞ。おい! お前ら手ェ休めてんじゃねぇ!!』
『ウッス!! 掘り進めるッス!!』
 どうやら此処は宝石鉱らしい。確かに高価なものだが、まだ採掘出来る状態なのに何故廃坑にしたのか疑問が浮かぶ。だがどの道やる事はひとつ――賊を討伐する事。結果として鉱山が復興しようとしまいとエダには関係ない。壁伝いに身を寄せ……手下に指示しながら背を向けている男に大剣を振りかざし叩きつける!
『ギャッ……アァ……? な……?』
 背中に一太刀を浴びた盗賊は何が起こったかも分からぬまま頽れた。驚きながらも冷静に周囲の盗賊達は臨戦態勢に入る。小刀ナイフ鶴嘴ピッケルを構えた賊を、一網打尽に捻じ伏せる! 大振りの動きは鈍く、脇がガラ空き。突進してくる憐れな猪は長い脚で蹴り上げて、小刀ナイフを弾き怯んだところに一撃を入れる。
 華麗な手腕はまさに踊り子。悲鳴が追い付かない程の美しい刃の流れ。狙うのは心臓と頭、突き立てる剣に容赦はない。強いて言うなら然程苦しまずに死ねたことが救いか。
 勝負はあっけなかった。否、と呼ぶにも烏滸がましい程の、一方的な蹂躙だった。懸念していた照明も賊によって準備されていたし、個々人の戦闘力はエダに及ぶまでもなく。それ程団結していないのかは知らないが、統率もとれていない連中など『賊喰らいエダ』の手に掛かれば赤子を殺すのと同じこと。鮮血で染まった地面や壁をガサっと拭い、己についた血の香りを掻き消した。――噫、少し汚れた。待ち合わせ前に着替えた方が良いかな……なんて想った矢先。
「……ッ、んっ。なに……!?」
 廃坑内が血腥さではない不穏な空気に変わる。視線――? 周囲を見回そうとすると同時に、衣服を貫通して直に肌に触れる感触。それは唯の空気とは違い、明確に意志を持った動きでエダの素肌を這いまわる。虫唾が走るのとはまた異なる、歪な感覚。振り払おうとエダは大剣を振り回すが、感覚は消えるどころか増すばかり。
「なに……こ、れっ……っ、このっ……」
 得体の知れぬモノに悪寒を感じたエダはすぐさま廃坑を脱出しようと出口に向かうが、這い寄る感触が増えてエダをその場に引き留める。この曲がり角を折ればあとは真っ直ぐ抜け出せるのに! エダは必死に藻掻いた。
 エダを襲うは賊などではない。もっともっと、古より続く怨嗟の虜。昔むかしの話になる――ウィンベル家は鉱山で少年奴隷を其処から一生出さず、成人するまで陽光とは無縁の世界に住まわせた。ひたすら鉱石を掘り、犬のようなメシを与えられ、娯楽も休息もない地獄に突き落とした。しかし哀しいかな、雨宿りに偶然立ち寄った旅の女を、奴隷達は我先にと貪ったのだ。
 浅ましくも残忍で、惨い事件だった。それを隠蔽する為に、ウィンベル家は落盤事故に見せかけて奴隷と旅の女を生き埋めにして鉱山を閉鎖したのだ。此処に住まうは生き埋めにされた少年奴隷と、無辜の女旅人の霊魂だけである。
 一歩先に進もうとしても、ぐいぐいと身体が廃坑の奥へと引き寄せられる。自慢の大剣で振り払おうとも、相手は亡霊アンデッド。魔力を帯びているならまだしも、並の剣では断ち切ることは愚か足止めも出来やしない。いよいよエダは己の危機ピンチを悟った。
「離せ……ッ、くっ、……あ、やめ……!」
 少年奴隷の霊はエダの身体を嘗め回すように這いまわった。太腿、くびれ、項……尻の筋から脇まで弄られる感覚がうっとおしく、気持ち悪く、それでいてもどかしい。言い知れぬ感覚に恐怖するエダを余所に、見えぬ手は幾重にも増して襲い掛かかる。
「くっ、……ぁ、ちょっ、と……!?」
 痛みはない。しかし強烈な異物感が下半身に走る。これ以上はマズいと本能的に勘づくも、剣ではどうしようもない以上エダになす術は無い。唯ただ抗い、身を捩じって侵入を遮ろうとする。それも飢えた亡霊の前ではなんの意味もないのだけれど。
 ――この世は何でもある、魔法でも科学でも解明できないモノがあると頭では理解わかっていた。それがこんな状況で、身に覚えさせられるなんて想定外すぎた。這いずり回る手の、指一本一本の感覚が分かる。それが乳房に、臍に、そしてあらぬところまで触れられているのを感じ取れない程愚鈍ではない。必死に暴れても、それは肉体の話で形なき者には影響しない。
「っは……やめなさ……――!」
 どれくらい時間が経ったのか。ほんの数分の気もするし、もう夜になっているかもしれない。意識が這い寄る感触に持っていかれて、マトモな思考を奪われる。常ならぬ事態にいつもの冷静さはとうに屈していた。粘膜に侵入する謎の感覚に思わず目を瞑ったエダの耳に入ったのは……。
「……――エダ!!」
「!?」
 聞きなれた声と共に眩い閃光が瞼を貫通し視界で炸裂する。退く気色の悪い感覚、これは聖なる者が扱う御業……そしてこの声。エダは火照った顔であることを自覚しないまま、声の聞こえた方に向いた。入口から駆け寄るのは
「あ……あ……? 牧師、さま……な、ぜ……」
「事情は後で。――迷える魂よ、神の御許で赦しを請え……! 聖光バッソ・ホーリェ!!」
 再びの術式によって、淀んだ空気が一変する。エダに蔓延った少年奴隷の亡霊は消え去った。残るのは賊の死体と、赤黒い液体が染み込んだ土、松明の灯、剥き出しの原石が眠る壁。しばしの静寂に、ホっと安堵の溜息を吐いたのはどちらだったか。
「どうやら間に合ったようだな」
「……ありがとうございました、牧師さま。でも、どうしてこんなところへ……?」
「ああ、それは――」

 約束を破るような娘ではないと知っている。何かあるとしても連絡くらいは寄越すはずだ。それなのにいつもの酒場に現れないエダに、ナイジェルは内心、妙なざわつきを覚えた。席を立ち、向かうはギルド。エダが外出しているとしたら其処が最も可能性が高い。
 ギルドに入ってきたに、斡旋人アレンジャーが声を掛ける。物珍しさ半分、ガサ入れかと冷や汗半分に。
『これはこれは牧師様じゃありませんか。何用でしょう、こんな荒くれ者の集う場所へ』
「人を探している」
『ほう、それはご依頼ですか? 探し人でしたら……』
「違う。エダという賊討伐に長けた者がいるだろう。嗚呼、此処では『賊喰らい』と言った方が通じるかね」
『なんだ、彼女ですか。エダでしたら丁度依頼を受けて、今頃現場でんじゃないですかね』
 その言い方にムッとするナイジェルだったが、表には出さずあくまで穏便に話を進める。約束があるのに依頼を受けたということは、然程難しいものではないすぐに戻れるとエダは判断したと予想出来る。しかし現在、エダはまだ戻っていない……何か付則の事態イレギュラーが発生しているのか?
「彼女と会う約束をしていてね。その現場とやらを教えてくれないか」
『援軍の追加料金は発生しませんぜ』
「どうでも良いから早くしてもらえないかね?」
 高圧的に笑むと斡旋人アレンジャーはバックヤードに下がる。依頼主からの地図はエダに渡してしまった為、使い古された地図を持って来て『この辺りにある廃坑だそうで』と大まかな場所を指した。チップを置いて急ぎ廃坑へ。何事も無ければ良い、だが哀しいかな、そういう予感は大抵当たってしまう。
 廃坑に近付く程、ナイジェルは邪悪な気配を察知した。これは生きた人のそれではない。もっと陰惨で、鬱屈とした、欲にまみれた負の感情の渦だ。僅かに灯る松明が刺さった一本道を進む。淀んだ空気は血の匂い、恐らくエダが始末した賊のものだろう。奥へと走って聞こえてきたのは、エダの唸り声と、夥しい数の亡者の歓喜。
 すぐさまエダに声を掛ける。彼女には見えていないが、ナイジェルには無数の手がエダの身体を嬲っているさまが映った。カッと頭に血が上る――が、言いたいことは後回し。まずは状況の打破が優先! 聖光を浴びせかければ所詮は既にこの世の理から外れた者アンデッド、亡者どもは一体たりとも残らず焼け散った。

「――というわけだ。ご理解いただけたかね、エダ」
「はい……。お手を煩わせてすみません、約束も破って……」
「そこは気にしなくて良い、もっと気にする点があるだろう。何時もの君らしくないな。君は迂闊な行動はしないと思っていたよ」
「ええとですね、それは……」
 牧師さまとの飲みに間に合わせたかったので、と素直に言えれば良かったのに、エダは何となく恥ずかしくて口籠った。それは乙女心とは無関係の『依頼の失態を見られたから』。ナイジェルの言うように、普段ならこんなヘマはしないし、下準備や己の目で事前調査を行っているはずだった。自分でも呆れるが、そこで漸く気付く。エダにとってナイジェルとの飲み会は『楽しみ』なのだ。賊を成敗するだけだった人生に、ようやっと芽生えた娯楽。
「兎に角、此処はロクでもない処だ。早く出るとしよう。今回は賊だけでは無かったのだ、依頼主には私からを請求しておく」
「あっ、はい。あの、牧師さま」
「なにかね?」
「――これからでも飲みに行きませんか。まだ夜は長いでしょう。酒で誤魔化したいです」
 なにを、とはエダは言わなかったが、鮮明に亡者の姿を見たナイジェルはその意図を理解した。元々そういう約束だったし、断る理由もない。頷くナイジェルに続き、二人は揃って廃坑を後にした。鉱山の奥にまだ宝石が眠っているのは、癪なので報告しないでおこう。さぁ、パーっと飲もうじゃないか!

●とある悪徳貴族の末路
 忌々しい! どうなっている!? エダはあのまま亡霊に貪りつくされるはずだった。時間経過から相当の辱めを受けたには違いないが、途中で来たあの男! 調べによればナイジェルという牧師だと分かったが、それ以上の情報がまるでない! 経歴も不明、そもそも牧師も自称らしい。奴のせいで亡霊は浄化された。歴代の怨嗟は断ち切られた。クソッ、クソッ!!
 だが雇った賊ゴロツキは皆殺しにされていたから、私の計画が露見する事はないはずだ。ギルドからは亡霊についてなんだかんだ聞かれた上に金を上乗せされたが、最早それもどうだっていい。あのエダが苦しんだという事実で、今日は酒が進む。次の計画を立てるのがいっそ楽しみだ。
「随分と高級な酒を嗜むのだね。私腹を肥やしたからそんなに腹が出ているのかい」
『なっ、何だ貴様は!』
 ――貴族・ウィンベル家は盗賊団と密通していた。盗賊団はウィンベル家に賄賂を払い、謝礼として次の獲物の目星を貰う。そこで稼いだ金がまた賄賂として循環する。そういう仕組みでこの家は成り立っていた。だというのに、盗賊団は短期間のうちに壊滅してしまう。『賊喰らいエダ』の手によって。
 元々噂は聞いていたが、実害が出るまで放置を決め込んでいる内に賄賂はみるみる減っていく。我慢ならんと罠に掛けた。しかしそれは失敗に終わる……屋敷の一室、音もなく開いた扉の前に立っている男――ナイジェルによって。窓から差し込んだ月明かりに照らされたナイジェルの笑みを確認した貴族は『ヒッ!』と声をあげる。
「悪者には天罰が下る。どこの宗教でも常識だろう?」
『ま、待て! 何が目的だ!? 何を知っている!?』
「冥土の土産に……と言いたいところだが、教える義理はないな。裁きを受けるといい」
 貴族が座る椅子の足元から何かがせりあがってくる。黒い泥のようなソレは次第に手の形になり、両足をガっと掴んだ。逃げようとしてももう遅い。ズブズブと泥闇の中に引きずり込まれながら、貴族はナイジェルに赦しを乞う。
『たっ、助けてくれ!! 悔い改める!』
「あの世で幾らでもどうぞ」

 ウィンベル家の当主が失踪したと、風の噂が流れて消えた――。

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