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宵篝
登場人物一覧
- ナイジェル=シンの関係者
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●死してなお彷徨うものども
――今日は特別、急ぎだった。
何時ものようにギルドに立ち寄り、賊討伐の依頼を探そうと
『エダ、良いところに来た。指名が入ったぜ』
「指名? それは私がどういう冒険者か知ってのことかしら」
『応とも! 依頼主はウィンベル家、まぁ地方のお貴族様よ。何でも管理している廃坑に賊が住み着いてるから一刻も早く退治してくれ、だと』
地図を広げた
「今日中に下見をするわ。決行は明日にでも」
『おいおいエダ、急ぎだからって凄腕で名が通ってるお前さんを指名して大金置いてったんだぞ? それにほれ、ご親切に廃坑の見取り図と盗賊団の凡その規模だの情報も貰ってンだ』
「……そこまで急な案件なの?」
『廃坑とは言ってるが、何ぞまだ埋まってるのかもなぁ。兎に角エダ! お前さんにウチの信用が掛かってる!! 頼む!』
普段から世話になっているギルドの者に
本当は、夜から予定があるから日を跨ぎたかったけれど……そこまで言われてはやるしかない。幸いまだ陽は落ちていない。この程度の
そろそろ時刻は夕暮れ。成程、確かに言われた通り廃坑に何者かが出入りしている痕跡がある。妙に踏み固められた道といい、廃坑のはずなのに薄ぼんやりと光る穴といい。声は聞こえないが、人相手だろうが鉱石だろうが
『……の……らく……』
『うま……ね……』
奥から会話が聞こえるが、遠くて内容までは届かない。でも、
『この鉱山すげぇな。まだ山ほど
『関係ねぇよ。俺達ぁ依頼された分だけ働けばいい、あとは好きにして良いってんだから根こそぎかっぱらうぞ。おい! お前ら手ェ休めてんじゃねぇ!!』
『ウッス!! 掘り進めるッス!!』
どうやら此処は宝石鉱らしい。確かに高価なものだが、まだ採掘出来る状態なのに何故廃坑にしたのか疑問が浮かぶ。だがどの道やる事はひとつ――賊を討伐する事。結果として鉱山が復興しようとしまいとエダには関係ない。壁伝いに身を寄せ……手下に指示しながら背を向けている男に大剣を振りかざし叩きつける!
『ギャッ……アァ……? な……?』
背中に一太刀を浴びた盗賊は何が起こったかも分からぬまま頽れた。驚きながらも冷静に周囲の盗賊達は臨戦態勢に入る。
華麗な手腕はまさに踊り子。
勝負はあっけなかった。否、
「……ッ、んっ。なに……!?」
廃坑内が血腥さではない不穏な空気に変わる。視線――? 周囲を見回そうとすると同時に、衣服を貫通して直に肌に触れる感触。それは唯の空気とは違い、明確に意志を持った動きでエダの素肌を這いまわる。虫唾が走るのとはまた異なる、歪な感覚。振り払おうとエダは大剣を振り回すが、感覚は消えるどころか増すばかり。
「なに……こ、れっ……っ、このっ……」
得体の知れぬモノに悪寒を感じたエダはすぐさま廃坑を脱出しようと出口に向かうが、這い寄る感触が増えてエダをその場に引き留める。この曲がり角を折ればあとは真っ直ぐ抜け出せるのに! エダは必死に藻掻いた。
エダを襲うは賊などではない。もっともっと、古より続く怨嗟の虜。昔むかしの話になる――ウィンベル家は鉱山で少年奴隷を其処から一生出さず、成人するまで陽光とは無縁の世界に住まわせた。ひたすら鉱石を掘り、犬のような
浅ましくも残忍で、惨い事件だった。それを隠蔽する為に、ウィンベル家は落盤事故に見せかけて奴隷と旅の女を生き埋めにして鉱山を閉鎖したのだ。此処に住まうは生き埋めにされた少年奴隷と、無辜の女旅人の霊魂だけである。
一歩先に進もうとしても、ぐいぐいと身体が廃坑の奥へと引き寄せられる。自慢の大剣で振り払おうとも、相手は
「離せ……ッ、くっ、……あ、やめ……!」
少年奴隷の霊はエダの身体を嘗め回すように這いまわった。太腿、くびれ、項……尻の筋から脇まで弄られる感覚がうっとおしく、気持ち悪く、それでいてもどかしい。言い知れぬ感覚に恐怖するエダを余所に、見えぬ手は幾重にも増して襲い掛かかる。
「くっ、……ぁ、ちょっ、と……!?」
痛みはない。しかし強烈な異物感が下半身に走る。これ以上はマズいと本能的に勘づくも、剣ではどうしようもない以上エダになす術は無い。唯ただ抗い、身を捩じって侵入を遮ろうとする。それも飢えた亡霊の前ではなんの意味もないのだけれど。
――この世は何でもある、魔法でも科学でも解明できないモノがあると頭では
「っは……やめなさ……――!」
どれくらい時間が経ったのか。ほんの数分の気もするし、もう夜になっているかもしれない。意識が這い寄る感触に持っていかれて、マトモな思考を奪われる。常ならぬ事態にいつもの冷静さはとうに屈していた。粘膜に侵入する謎の感覚に思わず目を瞑ったエダの耳に入ったのは……。
「……――エダ!!」
「!?」
聞きなれた声と共に眩い閃光が瞼を貫通し視界で炸裂する。退く気色の悪い感覚、これは聖なる者が扱う御業……そしてこの声。エダは火照った顔であることを自覚しないまま、声の聞こえた方に向いた。入口から駆け寄るのは
「あ……あ……? 牧師、さま……な、ぜ……」
「事情は後で。――迷える魂よ、神の御許で赦しを請え……!
再びの術式によって、淀んだ空気が一変する。エダに蔓延った少年奴隷の亡霊は消え去った。残るのは賊の死体と、赤黒い液体が染み込んだ土、松明の灯、剥き出しの原石が眠る壁。しばしの静寂に、ホっと安堵の溜息を吐いたのはどちらだったか。
「どうやら間に合ったようだな」
「……ありがとうございました、牧師さま。でも、どうしてこんなところへ……?」
「ああ、それは――」
約束を破るような娘ではないと知っている。何かあるとしても連絡くらいは寄越すはずだ。それなのにいつもの酒場に現れないエダに、ナイジェルは内心、妙なざわつきを覚えた。席を立ち、向かうはギルド。エダが外出しているとしたら其処が最も可能性が高い。
ギルドに入ってきた
『これはこれは牧師様じゃありませんか。何用でしょう、こんな荒くれ者の集う場所へ』
「人を探している」
『ほう、それはご依頼ですか? 探し人でしたら……』
「違う。エダという賊討伐に長けた者がいるだろう。嗚呼、此処では『賊喰らい』と言った方が通じるかね」
『なんだ、彼女ですか。エダでしたら丁度依頼を受けて、今頃現場で
その言い方にムッとするナイジェルだったが、表には出さずあくまで穏便に話を進める。約束があるのに依頼を受けたということは、
「彼女と会う約束をしていてね。その現場とやらを教えてくれないか」
『援軍の追加料金は発生しませんぜ』
「どうでも良いから早くしてもらえないかね?」
高圧的に笑むと
廃坑に近付く程、ナイジェルは邪悪な気配を察知した。これは生きた人のそれではない。もっと陰惨で、鬱屈とした、欲に
すぐさまエダに声を掛ける。彼女には見えていないが、ナイジェルには無数の手がエダの身体を嬲っているさまが映った。カッと頭に血が上る――が、言いたいことは後回し。まずは状況の打破が優先! 聖光を浴びせかければ所詮は
「――というわけだ。ご理解いただけたかね、エダ」
「はい……。お手を煩わせてすみません、約束も破って……」
「そこは気にしなくて良い、もっと気にする点があるだろう。何時もの君らしくないな。君は迂闊な行動はしないと思っていたよ」
「ええとですね、それは……」
牧師さまとの飲みに間に合わせたかったので、と素直に言えれば良かったのに、エダは何となく恥ずかしくて口籠った。それは乙女心とは無関係の『依頼の失態を見られたから』。ナイジェルの言うように、普段ならこんなヘマはしないし、下準備や己の目で事前調査を行っているはずだった。自分でも呆れるが、そこで漸く気付く。エダにとってナイジェルとの飲み会は『楽しみ』なのだ。賊を成敗するだけだった人生に、ようやっと芽生えた娯楽。
「兎に角、此処はロクでもない処だ。早く出るとしよう。今回は賊だけでは無かったのだ、依頼主には私から
「あっ、はい。あの、牧師さま」
「なにかね?」
「――これからでも飲みに行きませんか。まだ夜は長いでしょう。酒で誤魔化したいです」
なにを、とはエダは言わなかったが、鮮明に亡者の姿を見たナイジェルはその意図を理解した。元々そういう約束だったし、断る理由もない。頷くナイジェルに続き、二人は揃って廃坑を後にした。鉱山の奥にまだ宝石が眠っているのは、癪なので報告しないでおこう。さぁ、パーっと飲もうじゃないか!
●とある悪徳貴族の末路
忌々しい! どうなっている!? エダはあのまま亡霊に貪りつくされるはずだった。時間経過から相当の辱めを受けたには違いないが、途中で来たあの男! 調べによればナイジェルという牧師だと分かったが、それ以上の情報がまるでない! 経歴も不明、そもそも牧師も自称らしい。奴のせいで亡霊は浄化された。歴代の怨嗟は断ち切られた。クソッ、クソッ!!
だが
「随分と高級な酒を嗜むのだね。私腹を肥やしたからそんなに腹が出ているのかい」
『なっ、何だ貴様は!』
――貴族・ウィンベル家は盗賊団と密通していた。盗賊団はウィンベル家に賄賂を払い、謝礼として次の獲物の目星を貰う。そこで稼いだ金がまた賄賂として循環する。そういう仕組みでこの家は成り立っていた。だというのに、盗賊団は短期間のうちに壊滅してしまう。『
元々噂は聞いていたが、実害が出るまで放置を決め込んでいる内に賄賂はみるみる減っていく。我慢ならんと罠に掛けた。しかしそれは失敗に終わる……屋敷の一室、音もなく開いた扉の前に立っている男――ナイジェルによって。窓から差し込んだ月明かりに照らされたナイジェルの笑みを確認した貴族は『ヒッ!』と声をあげる。
「悪者には天罰が下る。どこの宗教でも常識だろう?」
『ま、待て! 何が目的だ!? 何を知っている!?』
「冥土の土産に……と言いたいところだが、教える義理はないな。裁きを受けるといい」
貴族が座る椅子の足元から何かがせりあがってくる。黒い泥のようなソレは次第に手の形になり、両足をガっと掴んだ。逃げようとしてももう遅い。ズブズブと泥闇の中に引きずり込まれながら、貴族はナイジェルに赦しを乞う。
『たっ、助けてくれ!! 悔い改める!』
「あの世で幾らでもどうぞ」
ウィンベル家の当主が失踪したと、風の噂が流れて消えた――。
- 宵篝完了
- NM名まなづる牡丹
- 種別SS
- 納品日2021年07月16日
- ・ナイジェル=シン(p3p003705)
・ナイジェル=シンの関係者