PandoraPartyProject

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ひとときの交わり

登場人物一覧

リュコス・L08・ウェルロフ(p3p008529)
神殺し
リュコス・L08・ウェルロフの関係者
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リュコス・L08・ウェルロフの関係者
→ イラスト

 その出会いは偶然だった。
 しかし、三人分の偶然が重なったのなら、それは運命と呼んでいいものなのかもしれない。

 アドラステイア近郊の棄てられた村。廃村となって久しいそこは、生活する人々は見当たらず、建物さえ殆ど朽ちたものが多い。人が住まなくなった場所は自然に還る――悪く言えば荒れる一方だ。嘗ては人々が踏み均して赤土を覗かせる道があったはずの場所も、ひとたび人が居なくなれば生命力を感ぜさせられる草が我が世と謳歌する。しかし時折人か獣、あるいはが立ち寄るのか、草葉の間に獣道じみた跡が散見できた。
 そんな村跡地を、その場に不釣り合いな愛らしい装いの少女がひとりで歩んでいた。淡い色の長いお下げを垂らした少女は、始終何かに怯えるているのか忙しなく辺りへ視線を送り、垂れ耳の犬のぬいぐるみをぎゅうと抱きしめている。
 朽ちた家の影をそろりと覗き、誰も居ないことを確認し、ホッと浅く吐息を零した。
 ――その時だった。
「あれ……? もしかして、ルゥ……?」
 突如背後から掛けられた声に少女は飛び上がらんばかりに驚き、けれど呼ばれた自身の名に振り返る。はぐれてしまった仲間だと思ったからだ。
 しかしそこに居たのは、少女――ルゥ・ガ・ルーの知らない子供だった。性別も解らないが、少年だろうか?
(知らない、子。でもわたしのことを知っているのなら、アドラステイアに住まう子供たちのひとりかもしれないのだわ)
 ルゥは聖銃士だから、子供たちに知られていても不思議ではない。けれど今は状況である。偵察に来た所を『冥府の運び手』ケルベロスの襲撃に遭い仲間とはぐれてしまったルゥは、自分を殺そうとしている敵に遭遇すること無く仲間を見つけ出し合流しなくてはいけない。仲間以外の相手は敵だと思って行動したほうが良いだろう。
 ――しかし気になるのは、目の前の子供がとても驚いた顔をしていることだ。
 まるで、生き別れの誰かに逢ったような――。
(やっぱり、にてる……)
 大きく目を見開いて瞳にルゥを映す子供――『うそつき』リュコス・L08・ウェルロフ(p3p008529)は思わず息を飲み込んだ。ルゥの存在は彼女の通称名とその容姿から興味を抱いて一方的に知っていたリュコスだったが、改めてこうして相対するとやはり今は亡き愛おしい面影に重ねてしまう。
 ――人狼リルル。死んだはずの可愛い妹分。
 リュコスの知るリルルは、劣悪な環境下で餓死した。彼女の命が喪われた事は、看取ったリュコスがよく知っている。
(リルルが生きていたら……)
 可愛いリルル。
 いつも傷だらけだったリルル。
 痩せ細りガリガリだったリルル。
 そんなリルルが愛されて、衣食住がしっかりと与えられている環境で生活出来ていたら……と思える姿がルゥだった。綺麗で可愛らしい服を着て、手指には傷一つ無く、栄養失調で痩けること無くふっくらと薔薇色の頬。
 リュコスはルゥの存在を知ってから、彼女が幸福になる事を願い見守っていくつもりでいた。知り合うことは叶わずとも、遠くからその幸せを願えれば良いと思っていた。
 それなのに、聖獣の偵察と討伐の依頼で訪れたこの廃村で出逢うだなんて――。
「リュコス、そいつはリルルじゃない」
「えっ」
 ルゥへと一歩踏み出し掛けた時、突如どこからか声が掛かる。リュコスの心の揺れをきっぱりと否定する、氷の棘のような声。
 ルゥとリュコスが同時に声がした方へと視線を向ければ、いつからそこに居たのか、朽ち掛けた建物の影から赤髪の少年が歩み出てきた。
「誰……?」
「ロープ……お兄ちゃん……?」
「久しぶりだな、リュコス」
 赤い髪に、赤い耳と尾。深い湖底の瞳を持った少年――『はんぎゃくおおかみ』ロープ・L07・ウェルロフ。リュコスが元居た世界の、兄貴分だ。
 ロープの視線がリュコスの頭上を一瞬渫う。僅かに眉間に皺が寄ったのは、リュコスが『狼の証』を隠しているせいだろう。リュコスがルゥと開けている距離と同じだけ、互いに距離が開く形でロープは足を止めた。その位置は、ルゥがリュコスに何かをしようものなら彼女を攻撃するなり、間に入ってリュコスを守るなり出来る位置だ。
「ほ、ほんとうにロープお兄ちゃん!? わ、あ! まさかこんなところで会えるだなんて!」
 パッと表情を明るくするリュコスは、ロープの記憶の中のリュコスとはかなり違った。彼の無理矢理作る笑みではない、自分との再会を心から喜ぶ笑みは、彼が『こちら』に来てからの暮らしが悪くなかった証拠でもある。以前とは違うが、以前よりずっといい変化だった。
 今にも駆け寄ってきそうなリュコスを手で制し、ロープはルゥへと視線を向けて静かに口を開いた。
「お前、こいつがなんて呼ばれてるのか知ってるか?」
 ルゥの肩が跳ねる。
「こいつはな――」
「ロープお兄ちゃん、だいじょうぶだよ」
 全部言わなくても、知っている。ルゥのことを知ってから可能な範囲で見守っていたから。
 真っ直ぐな目でロープを見つめて頷けば、バツが悪そうに少し視線を逸らされた。
「……わたしだって、望んでそう呼ばれているわけではないのだわ」
「うん、ルゥのおはなし、ききたいな」
 ルゥが辛そうな表情でぎゅうとぬいぐるみを抱きしめた。
 きゅっと唇を噛み締めて言おうか言おまいか悩む。アドラステイアの子供たちには言えないけれど、知らない人たちに零すことくらいは許されるだろうか――。
 幼気な淡い花唇から零される、少女の不安。
 周りの子供たちが勝手にやってしまうこと、そしてそれを止める力がルゥには無いこと。
 ルゥを置き去りにして、いつも周囲が変わっていく。ルゥはただ、嵐の中心で立ち尽くすことしか出来ない。それが苦しくて悲しくて、逃げることが叶うのならどんなに楽だろうか。
(こいつにも色々あるんだな……)
 リュコス同様に嘗ての妹分の面影にルゥを重ねてしまうロープは、拳を握りしめる。姿形が似ているだけの別人だと懸命に己の気持ちと切り離すようにしてきたが、少女のどうしようもならない境遇を思えば同情してしまう。
 けれど、彼女は聖銃士だ。ロープの立場からでは救いの手を差し伸べることは出来ない。
 しかし。
「いやなら、聖銃士をやめてこっちに来……て……。えっとね、アドラステイアから逃げたりした人もいるし、つかまった子もいるけどひどい目にあってない……だから……」
 真っ直ぐに、幼い手が伸ばされる。
 苦しそうに言葉を零すルゥへと、どうかこの手を掴んでと真っ直ぐな瞳を向けて。
「今のぼくがいるところ……あっ、ローレットなのだけれど」
 どうかなと傾げられる首に、差し出された手。双方を交互に見たルゥの手が伸びかけて――降ろされる。
(優しくしてもらえるのは……きっと『ギフト』のせいなのだわ。それに……)
 逃げ出すのが叶うことなら逃げたいが、ルゥがそうしてしまえば残された子供たちはどうなるのだろう。
「ごめん……なさい。その手は取れない、の、だわ……」
「そっか……」
 しゅんっと瞳を落とすリュコスに罪悪感を憶えるが、仕方のないことだ。
「リュコス、お前、今ローレットにいるのか?」
「え? そうだけれど……そういえば、お兄ちゃんは今どこで……」
 リュコスの問いに、反旅人思想により理不尽な弾圧にあった旅人を独自に保護する活動をしていると端的に口にしたロープは、直様首を振る。
「俺のことはいい。それより、あそこは大人がいっぱいいるじゃないか、リュコス!」
「で、でも、ローレットの人たちはみんなやさしくて……」
 開けていた距離を詰めたロープが、リュコスの両肩を掴む。驚いたリュコスが見上げたロープの表情は苦しげで、何かを堪えるような表情だった。
 こちらの世界に来て明るい道を歩んだリュコスとは違う、暗い道を彼が歩いてきたのだろうと窺い知れる表情。彼は今なお苦しんでいるのだろう。
「あのね……! ローレットは、やさしい人がいっぱいで……だから、ロープお兄ちゃんがいやがることなんて、なにもないんだよ……!」
「リュコスが二度と戦わないならリュコスの言うことを聞いてやってもいい。オレはお前なら信じる。だからこっちに来い。オレが守ってやるよ」
「ロープお兄ちゃん、ぼくはもうお兄ちゃんに守られるだけのぼくじゃないんだよ! ぼくだって、ふたりをまもりたいんだ!」
 ふたりの言葉は、交わらない。互いに譲れない想いがあるからこその平行線だ。
 交わされる言葉を静かに聞いていたルゥが徐に頭を動かした。
 素早く顔を向けた方向に何かを感じ取ったのか、ルゥが慌てた口調でふたりに告げる。
「『冥府の運び手』が近くまで来ているのだわ! ふたりも早く逃げて!」
「くそっ、こんな時に……!」
「まって、ふたりとも!」
「リュコス、早く身を隠せ!」
 ――また会えるよね?
 そう問いたい気持ちを飲み込んで、急き立てられたリュコスもルゥに続いてその場を後にする。リュコスが駆け出したのを見送ったロープも――ちらりと見えた『冥府の運び手』に驚愕の表情をするも、否定するかのようにかぶりを振ってその場を後にした。
 駆け出したリュコスは最後にふたりの姿を見ておきたくて振り返るが既にふたりの姿はなく、チラと見えた大きな鎌に慌てて首を竦めその場を立ち去ることに専念する。
(あれ……? 今のって、ライカン……? ううん。そんなはず、ないよね)
 嫌な予感を振り切るように、駆ける。
 ルゥもロープも、救いたい。
 それはわがままかもしれない。それは叶わぬ願いなのかもしれない。
 けれどいつか、きっと――。
 リュコスは後ろ首を引かれる思いを振り切るように、前を向いて駆けていく。
 三人の道が交わり、そして別れ……次があるのかは運命の女神のみぞ知る。
 再び三人の運命が交差したら、また巡り合う日もあることだろう。

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