PandoraPartyProject

SS詳細

ささやかなる野掛け

登場人物一覧

咲々宮 幻介(p3p001387)
刀身不屈
アセナ・グリ(p3p009351)
灰色狼

 幻想王国レザン・クォーラ地方。
 今日の天気は穏やかなりし陽光が降り注ぐ快晴であれば、あぁなんとも心地よいものだ。
 故にアセナは道を往く。
 斯様な日には外に出ようと、ふと思い立ったのだ。
 弁当仕上げて包み込み。穏やかな風を首筋に感じながら悠々とピクニックへ――

「…………おかしいわね、ここは……どこ?」

 そしたら迷った。
 ……いやホントに迷ってしまった! え、そんな馬鹿なッここはどこ?
 アセナがいるのは見知らぬ路地裏だ――おかしい。大体一時間程で辿り着く小高い丘を目指していた筈なのに……既に三時間程は歩き回っているだろうか。
 うろつく道。ここはさっき通ったような気もすると思考しながら、また同じ道を進んで。
 ――それはひとえに、彼女が極度の方向音痴(しかも無自覚)であるが故……!
 大通りを目指そうとすればなぜかより狭い道へと辿り着き。
 とにかくどこでも良いから出口を探さんとすれば袋小路に辿り着く。
 では一度道を戻ろうとすればまた見知らぬ道へと迷い込んでしまって――
「はぁ、はぁ……どこ……? どっちに、どっちに行けばいいの……!?
 もう! 人を迷わせるなんて不親切な設計の道ね! 一体誰が作ったのかしら!
 せめて、せめて人に会う事さえ出来れば……!!」
 太陽は既に真上を少し過ぎているか――という事は朝に出発した筈なのに既に昼頃だ……! まずい。このままではピクニックはおろか家に帰りつく事すらままならないかもしれない。街で遭難など冗談ではない所である……!
 走る。それでも出口は見えぬ――上に段々と疲れはじめ呼吸も乱れてきた。
 仕方なし。途上で見つけた古いベンチに腰掛けて一休みするとしよう。
 その後の事は、その後にまた考える!
 微かに滲んだ額の汗を指先で拭いながら一息つけ、ば。

「――はぁ! よ、よし! ここまで来れば流石のあやつとて……!」

 瞬間。道端から突如として出現してきた影と目があった。
 それは人。どこを通っていたのか分からないがしかし、草木が生い茂っている地を駆け抜けてきたのか――所々に自然の切れ端が纏わりついている人物だ――
 彼の名は咲々宮 幻介。
 異なる世よりこの世界に召喚されしイレギュラーズが一人である……が。彼は今全力全霊をもって『とある人物』より逃げている真っ最中であった。ええと具体的には今日の朝から。
 いきなり『おはよう』の挨拶だとばかりに襲撃される勢いで追いかけまわされ、逃げに逃げて――それでもどこから嗅ぎ付けているのか先回りされ――それでも更に逃走を続け――
 なんとか振りきったかと安堵した直後にアセナと目が合えば。
「むっ。おや、このような所に先客で御座ったか。
 いや失礼。拙者すぐに往く故お気になさらず――」
「あっ、ちょ、ちょっと待って実は……!」
 しかし理由はどうあれアセナにとっては正に渡りに船であった。
 道に迷ってしまいどちらに進めば良いかと彼に語り掛けよう……如何に無自覚なる方向音痴の気質があれど、誰ぞと歩みを共にするのであれば話は別。ここで会ったのも何かの縁と、しばし行動を共に出来ないかと話を持ち掛けてみれば。
「なんと! それは苦労されているで御座るな……承知仕った。
 ひとまず近くの分かりやすい所まで共に――」
『先輩、どこすか――! こっちから匂いがするのは分かってるんすよ――!!』
「……いや! 折角なのでお主の目的地まで案内して進ぜよう! うんそれが良い!!」
「えっ。それはありがたいけれど、いいのかしら……?」
 というか今さっき微かにどこからか聞こえてきた声は一体――?
 アセナは首を傾げて幻介が先程来た方向の奥を見据えようとすれ、ば。
「ははは。ちと、騒がしい子犬がいるだけで御座ろう。気にせぬが吉かと……!」
 それよりも幻介は己に好意を抱いている――彼が『子犬』と呼んでいる者が追いついてくる前に、一刻も早くこの場を移動したかった。それ故に彼はアセナの手を引いて道を往く。
 偶然ではあるが『しめた!』ものだと。
 これは子犬から逃げているのではない……これは、そう。道に迷っているアセナを案内する理由があっての事だからと……! 仕方のない事なのだ。うん間違いない!
 と、そうだそうだその前に。
「おっと。拙者は咲々宮 幻介と申す者……お主は?」
「ええ――私はアセナ。アセナ・グリよ」
 互いの名ぐらいは確認しておこうと。
 よろしくねと、アセナは振り向いた幻介に言葉を紡ぐものだ――
 そして彼に手を引かれ。建物の間を抜ける様に二人は歩を進める。
 どこからか子供達の遊ぶ声が風に流され耳へと届けば――微かに心が落ち着くものだ。
 人の気配がするという事は一人ではないという事だから。
 知っている声――かは分からぬが、それでも。
 先見えぬ迷路の中にいた頃よりは断然に。
 ……そして一歩、また一歩と着実に出口へと近づいていた。
 通った事が有る様な――記憶の片隅に見た事が有る様な――そんな景色がちらほらと。

 刹那。眩しい程の光がアセナの瞳を覆ったと思えば――至るは大通り。

 見知った建物が遠くに見えれば、ああ今はこの辺りにいるのかと……えっ。どうして進もうとしていた方角と真逆側の道に……?! はて。路地裏を迷っている内に全然違う方向に来てしまっていたのだろうかとアセナは首を捻れば。
「さて。ともあれもう少し進むとするで御座るか」
「あ、ええ――そうね。ここからなら確か……向こう側に進めば近道が」
「待つで御座る。そっちは行き止まりしかないで御座るよ」
 と、ほんの一瞬目を離した隙にまた別の袋小路にアセナが入ろうとしてたので幻介が急遽止めた。
 やめるで御座る。近道と思って安易に道に入るのは危険で御座る……! なんとなくアセナが先程の場所で迷っていた理由を察した幻介であったが、まぁ無粋な事は言うまいと口を噤む。それに推測があっていたとしても己が案内すればよいだけの話だ。
「ええ? こっちだと思うのだけれど――」
 そんな感じの事を言うアセナを引っ張って正しい道へ。
 こういう時はとにかく道が分かる者が先導すべきなのだと……
 あぁその前に、些か喉が渇いたので果物でも買っておこうか。
「店主。この林檎を一つ」
「お目が高い。100万Goldになります」
「ははは首を斬り落とす――というのは冗談にして、それっ」
 露店にありし林檎を一つ手に取って店主に金を。
 直後に林檎を二つへと斬れば――内の一つをアセナへ。
「あら、私にも……いいの?」
「何。拙者…………些か事情があって走っていたが故に水分が欲しかっただけの事。
 かといって一個まるまるは大きすぎる――故に食していただけると実にありがたい」
「ふふ口上手ね――そういう事ならありがたく」
 口先に運びし林檎は瑞々しく、食せば小気味よい音が鳴り響いて芳醇な香りと共に。
 ――喉の奥が満たされる。
 麗しき甘味が渇いた身体を癒すのだ。
 双方理由は異なれど少しばかり疲れていた所であり……故にこそ味は至上にも感じて。
「そういえばアセナ殿は如何様な理由で散歩を?」
「特に――『これ』という理由はないわよ? ええ、ただそうね……」
 同時。幻介が語り掛ければアセナは天を向き。
「強いて言うなら『したかったから』かしら?
 ――こんなにもいい天気の日なんだもの。
 外を歩きたいと思うのに理由なんていらないわ」
「成程。それも道理で御座るな」
 言うものだ。理由などいらないと。
 ただ己が気の向くままに。思い立ったが吉日……という訳ではないが、今日は外へと歩みを進め。風を感じて空気を吸って。用意した弁当を食す気の日だったのだと――
「……あっ。そうね、案内とこの林檎のお礼に後で一緒に食事でも如何かしら?
 私の手作り――イヤでなければ、だけれど」
「はは。お主の様な女子からの誘いを断るほど、器用な男ではなくてな――是非共に」
「あらあら。嬉しい言葉だけど、これでも私きっと君よりも年上よ」
 またまた謙遜を、と幻介は言うものだが……
 実際アセナの年齢は70歳であり誇張でもなんでもなく事実である。幻介と比べて一回り以上差がある訳で――外見からは一切そのような感じを受けぬものだが。しかしこの世には長命たる幻想種などもいれば、決して摩訶不思議と言う程でもない。
 人は見かけによらぬ、と。
 ともあれその事実は知らねども、他愛のない歓談を行いながら二人は進む。先程までの路地裏とは異なる、人の気配で溢れた通りをまっすぐに。
 目指す先はこの辺りでは目立つ小高い丘であるセント・ルージュなる地だ。
 街からは離れた場所にあり、かといって魔物が出現する様な危険な場所ではない。むしろ時折、自然に囲まれたその地にて己がだけの時間を感じながら一休みする者がいる程だ――
 歩みを進めていれば段々と建物もまばらになり始めた。
 次第に人の声よりも鳥の鳴き声の方が目立ち始める――人の世よりも自然の世界が近くなってきた証か。同時に、天にありし太陽もまた段々と落ち始めている……と言ってもまだ暫く明るい時間は続きそうだが。
 進み続ける。かの地に続く道を。
 少し目を離せば素でルートを外れんとするアセナを幻介が適時引き止めながら――

「ふぅ……さて。とんだ寄り道をしてしまったけれど――着いたわね」

 と。さすれば、アセナは呼吸を整えながら周囲を見通す――
 自然の中、しかし少しばかり木々のない開けた空間が現れた。そこからは先程まで己らがいた街を上から見通せるようになっており――成程、中々絶景だ。それなりに歩いたが故に疲労もあるが……丘である故にか風も良く吹き二人を癒す。
 更に奥もあるようだ。あちらには川でもあるのか、微かに水のせせらぎが聞こえてくる。
 晴れ晴れとした陽光は未だ健在であり――その下で。
「さ。召し上がれ――と言ってもお口に合えばよいのだけれど」
 アセナが差し出すは持ってきていた弁当の中身。
 レタスにハムを挟んだサンドイッチ……パンの方に微かに降りかかっているのは塩だろうか? いわゆる塩パンという面を含んでいる訳だ――口に運べば甘いパンの触感と野菜たちが絶妙に『合う』ものである。
 素晴らしいものだ。塩が掛かっている箇所も食べれば、異なるアクセントが舌の上で弾けて。
「これは――実に美味で御座るな。
 案内しただけでこれほどの代物を馳走になれるとは、些か心が痛むもの」
「ふふ。いいのよ、出会えなければまだ私は街の中だったかも……なんてね」
 さすれば互いに笑みが零れるものだ。
 街の中で一人迷っていた時はどこか心に不穏があった。はたして今どこにいるのか、霧の中を歩んでいる様な……人にも出会えず気配も見つけられず。しかし今は異なる。
 近くに人の気配はなけれども心に影もない。
 それは晴れやかなる空の下にいる故か。いや――
 一時の、穏やかなりし場にあれるが為か。
 食事を伴い二人の言は段々に弾む。
 実は今日の様に迷う事が幾度かあるのだとアセナが言えば、幻介はなんとなく『そうで御座ろうな……』と、今日の一時を思い起こすだけでも確信するものだ。故に助言として誰かと共に在るか、地図を。地図を絶対に手放さないことを勧めておく。
 もしかしたら地図があっても逆さまに見たりする可能性が無いわけではないが――まぁそれでもないよりはマシだろうと。
「地図ねぇ……前に持ってた事もあったのだけど、風に飛ばされたり、いきなり急降下してきた鳥に奪われたりした事があってね。なぜかすぐ失くしちゃう事もあるのよ。ああ、その鳥を追いかけていったらまた知らない森の中に入ってたりなんて事も――」
「些か呪い染みて御座らぬか? 鳥に奪われるってそんな事があるので?」
 例えば焼いてた肉とかを奪われるならまだしも地図、地図を鳥が?
 或いは何者かの陰謀か。半分ぐらい幻介が疑い始める程に彼女の方向音痴は筋金入りの様だ――とはいえ今日の様に幻介が案内などすれば正常に目的地にたどり着けたりはするんので希望が無いわけでもなさそうだ……

 ――ともあれ。そう話していれば段々と日が暮れ始める。

 食事を済ませながら暫し語り合った程度なのだが……さてさて最初に迷ってしまった分の時間のロスがここで響いてきたか。もう少し余裕をもって着く予定であったのでもあるし仕方がない――まぁそれでも心に満足は抱くことが出来て。
「今日はありがとう、ね。なんだか連れまわしたみたいになっちゃったわ」
「ははは。いやいや、拙者も楽しい一時を過ごさせてもらったで御座る――」
 故に互いに最後の言の葉を交わせ。
 街の方に戻ろうと思考した――正にその時。

「……ッ!?」

 瞬間、幻介が彼方を振り向く。
 咄嗟に腰の刀に手をも伸ばして――感じたのは『視線』だ。
 何者かがこちらを見ていた様な……
 そんな気配が微かにだが生じて。
「……? どうかした?」
「いや――なんでもないで御座る」
 だが。刹那の後にはもはや何の気配もしない。
 気のせいだったのだろうか……? むず痒い、なにやらしこりの様な感覚はあるのだが。
 されど実際に何かがこちらに至る様な気配もなければ気のせいだったかもしれぬと。
 自らを納得させるように――腰の刀から手を離した。
 今日は楽しいだけの一日だったのだと、そう納得するように。
「さぁ日が暮れては帰り辛くなるで御座る。その前に街へ」
「ええ勿論よ。と、こっちの方だったかしらね」
「違うで御座る。そっちは奥の方で御座る」
 今日は一段と彼女の方向感覚は調子が悪い様だと思いながら。
 二人は来た道を戻っていく。
 先程感じた刹那の気配は――もはや欠片も感じない。

 ……夕暮れ時。
 微かに風が強まった気がする、その狭間の出来事であった。

  • ささやかなる野掛け完了
  • GM名茶零四
  • 種別SS
  • 納品日2021年07月13日
  • ・咲々宮 幻介(p3p001387
    ・アセナ・グリ(p3p009351

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