SS詳細
The Furious battle
登場人物一覧
●魚を求めて幾千里
――海洋でとても美味な魚がありまして。
そう言われたのが先日の話だ。
道中、バイクの形状で道を往くはアルプス・ローダー (p3p000034)である。速度を飛ばしてここまで来たが……さて。
「――いや中々無茶なんじゃないですかね、今日の夜までに到着とか」
『遊楽伯爵』もまーた難儀な事をいうものだと思いはする。
元々の始まりは龍の生息地たる場所に赴き、亜龍の卵を取ってきてほしいとかいう鬼畜極まる依頼があった事に端を発する。その依頼は――紆余曲折があって無念ながら一歩届かなかった終局を迎えるのだが……
故にこそ、成せなかった心残りから遊楽伯からの新たな依頼を二つ返事で承諾したのだった。でも。
「今からだと割とギリギリでしょうか」
幻想から海洋の領域までというのは距離がある。当然だが一時間や二時間で着かぬ距離が、だ。しかし遊楽伯からのオーダーは『可能な限り早急に辿り着いてほしい』と言うモノ。
なぜならばその魚というのは海洋の海のどこかに時たま規則無く出現し、数日の内にまた姿を消してしまうという――目撃情報の極端に少ない『幻』の魚なのだそうだ。
今、この時にしか奴らはいない。一日遅れればもう明日にはいないかもしれない。
――ですので、是非貴方にお願いしたいのです。
リフレインする遊楽伯の言葉。この依頼を成すには只人では足りぬと。
アルプスの『足』が必要なのだと。
「さて」
故に速度を上げる。下はアスファルトではない、足元が不安定なただの山道であるがこの程度に問題は無く。小刻みな振動が車体を揺らすが、決して重心は乱れない。或いは即時にて修正していると言うべきか。
右に揺れれば左へ重さを。突発的な『跳ね』があれば着地時にブレぬ様に体勢を正すのだ。
それらに思考などという判断時間は挟まれない――アルプスに積み重ねられた走行の歴史、経験がほぼノータイムで最適を導き出すのである。人間でいう所の本能や反射ともいうべき感覚が超速の一手を担って。
山を越える。
「おっ」
さすればその時右手側に見えたのは。
「海じゃないですか――割と近くになってきたんですかね」
潮の匂い……には些か距離があるが、一面の青がアルプスに捉えられていた。
もう少し道のりは長いかと思っていたが、これならどうやら目的地もそう遠くは無さそうか。今度は山道を降る形で速度を出し、海に近付けば沿う様に道を突き進む。されば向かい風がアルプスを迎えて。
同時。視界の端、海で跳ねる――『何か』が見えて。
「えっ、ん? おやや? あの特徴……遊楽伯が言っていた奴と同じ――」
魚だ。名を『グレート・バショウカジキ』――奴らは馬をも容易く超える速度を水中で出すのだとか。崖下に見えるその数は十……いや二十、三十といる。水面の下にはもっといるだろうか?
何と言う事だ。聞いていた出現ポイントはこの先もっともっと奥だった筈なのだが……既に移動を開始していたとは。だが奇跡と言うべきか偶然と言うべきか、アルプスが丁度突き進んでいた道の近くに奴らは現れた様で。
「手間が省けたと考えるべきでしょうかね……! ではッ」
向かう。奴らをもっと視認できる場所へと。奴らの向かう更に先へと。
移動している。カジキ共は、流れに沿って悠々とまるで我らに追いつける者などおらぬとばかりに。
バイクなんぞそこいらのオンボロガソスタで軽油でも食ってろとばかりに……いやちょっと待って何この地の文。我らそんな事言ってない。やめてやめて我ら平和主義――!! 菜食主義だから――!!
「成程、つまり僕は喧嘩を売られているという訳ですね?」
瞬間。超解釈を果たしたアルプスは文字通りギアを挙げた。
車輪の回転速度が上昇する。ここが力の入れ所だと、アルプスの芯から震えて――
轟音。響き渡れば超加速。目指す果ては、彼らと接触しうる海との隣接点。
「魚を相手にする依頼はこれが初めてでありません――この前なんてサメも、いやあれはサメ映画というか、サメに襲われる側だったというべきかですがとにかく、そう!! 僕は経験豊富です!!」
ホログラフィーの少女形態で叫んだらとんでもない意味と誤解されそうだ! ともあれ相手がどうだろうか最早関係ないことである。いずれにせよ奴らは狩る。狩らねばならぬ。なぜならこれは依頼なのだから。幻想のグルメ家が依頼したグルメの為のグルメ依頼で、つまりお刺身になれオラァ!
ひたすら前へ突き進むカジキ。その更に前へ往かんとするアルプス。
共に超速だ。海と地上という違いはあれど、互いの本領の中において全力を出している。
風を裂き、音と言う壁をアルプスが感じれば。
水を裂き、海という壁をカジキは感じているのだろう。
しかし互いに平行線のまま突き進む訳ではない。アルプスは狩る為に、角度を変えて交差せんとする。敵の速度から考えて、チャンスは一瞬だろう。しかしそれでもアルプスならば。
「赤信号は――ガン無視するモノ!!」
奴らの線と交差する。
水面に最も近かった一体。その背に狙いを付けて――
跳ねた。
●幻想にて
「おお、これが……グレート・バショウカジキの身ですか」
幻想のバルツァーレク伯の邸内――アルプスはそこへと帰還していた。
カジキはぶちのめした。しかしそこからまた戻るのが非常にキツイ旅路であった。なにせ当然のことではあるが、行った以上はまた戻らねばならないのだ。しかも今度は行きと違って魚を背負ったままでだ。腐る・腐らないとか考えると尚に超速度である必要があり。
「はぁ……はぁ……流石に内部回路がイかれるかと思いましたね……
なんかあの。卵の時から思うんですが遊楽伯中々めんど、無茶な依頼だしてこないですか?」
「ハハハ。
…………ですが特段『無理』な依頼ではなかったでしょう?」
卵――つまりデザストルへ行ってくれ、という依頼も確かに100%無理な依頼とは別に思わなかったが……というか今一瞬『ハハハ』だけで終わらせようとしなかったこの人? やけに沈黙の時間が長かったけど?
「まぁともあれお疲れさまでした。どうです、なんでしたらカジキを今から用意しますが」
「うーん。いや僕は刺身よりもどっちかというとハイオクの方が」
「ハイオク……? はて、どこかで聞いた事がありますね……ああそうだ。たしか錬達の知り合いがそのような単語を口にしていたような……」
嘘でしょまさか錬達にハイオクが?
「そういう事でしたら此度の依頼の報酬として、錬達への紹介状も用意しましょうか。知り合いがいますので、その人物が協力してくれると思います。ただハイオクというのが貴方の存じている品と同一のモノかは実際に調べてみないと分かりませんが……」
「なんと。遊楽伯知り合いが多いですね! そういう事でしたら是非とも」
その時だった。是非とも、とアルプスが述べたその時に遊楽伯の表情は笑顔のまま目だけが鋭くなった。あっ、と思った時にはもう遅く。
「ところで――もし錬達に行くのならば、あちらが最近開発したという大豆とレンズマメを組み合わせた新食品とやらの味を調査する依頼もお願いしたいのですが。ええ勿論行くならばついでで構いませんので。ついでで、ええ――ついでで」
――この人やっぱ案外鬼畜なのでは?