PandoraPartyProject

SS詳細

違えた心

登場人物一覧

ルチアーノ・グレコ(p3p004260)
Calm Bringer
ルチアーノ・グレコの関係者
→ イラスト


 何時からボタンを掛け間違えたのだろう。
 お前の気持ちは一番知っていると思っていたのに。
 ずっと一緒に歩いて行くのだと思っていたのに。

 どうして――

 ネイビー・ブルーの夜空には薄く雲が掛かり、黄色い月を隠す。
 窓際に置かれたランプがガラスに映り込んでいた。
 ルチアーノとアイザックはボスの部屋を訪れ、ソファに腰を下ろす。
「首尾はどうだ。ルチアーノ、アイザック」
「まあまあかな。でも大丈夫」
 ボスはルチアーノの言葉に葉巻を燻らせた。
 漂うコーヒーと煙草の匂い。二人が慣れ親しんだ場所。
 ボスはゆっくりと立ち上がり、部屋の壁に備え付けられた本棚の前に立つ。
 背表紙を指でなぞり、どれが良いかと吟味した。
 ボスが本を選ぶ時は決まってルチアーノとアイザックに知識を与える為だった。
 ルチアーノはこのゆったりとした時間が好きだった。
 次はどんな知識が与えられるのだろう。胸が躍る。
 それはアイザックも同じだろうと、後ろに居るアイザックに振り返ろうとした。
「次はどんな本だろう楽しみだね。アイザ……」

 ルチアーノの声は、銃声に掻き消される。
「……!」
 咄嗟に身を屈めたルチアーノ。
 目の前のボスが本に手を掛け血を流しながら倒れていく。
 数冊の本がボスの手に引っかかり床に落ちた。
 敵対組織の奇襲か。アイザックはどうなっていると振り向けば。
 其処には、銃を構えたアイザックが立っていた。
 銃からは硝煙が白く立ち上がっている。
「……アイザック?」

 ――――
 ――

 何時も一緒だった。
 孤児だったルチアーノのアイザックはどんな時でも手を取り合い生き抜いてきた。
 二人で生きていくのだと思っていたのだ。
 子供である自分達は理不尽にも力の強い奴らに踏み躙られ食べ物を奪われる事もあった。
 その度にアイザックは悔しさを覚える。
 自分に力があれば理不尽にも屈する事無く立ち向かえるのに。
 ルチアーノは頭も良くて、アイザックより力が強い。物覚えも運動神経もルチアーノの方が上だった。
 何時も肝心な所でしくじり、ルチアーノに助けて貰うのだ。
 それがアイザックにとって後に尾を引く蟠りとなった。
 初めはほんの僅かな嫉妬だったのかもしれない。蓋をして何も無かった事にして。手を取り合って生き抜いて行けると信じようとした。

 そんな時、ボスと出会ったのだ。
 彼は『ルチアーノ』の腕前を買って自分達二人を組織に入れた。
 誰かがそう言った訳ではないけれど、アイザックはルチアーノのおまけなのだと唇を噛みしめた。
 ボスはマフィアではあったけれど、人格者でもある。
 子供に銃を持たせる社会はあってはならないと酒を飲みながら語っていた。
 他の大人達と比べてアイザック達に衣食住と知識を与え恩恵を与える優しい人ではあったのだ。

「何で、ボスを殺したんだ!? アイザック!」

 ルチアーノの悲痛な声が響く。
 腐った社会で生き抜く為には、強い組織に行くしかない。
 甘ったれた考えのルチアーノはボスの事を『親父』だと思っていたのかもしれないが、自分にとっては只の踏み台に過ぎなかった。
 アイザックにとって『家族』とはルチアーノただ一人だけだったから。
「早くここを出るぞ。誰かが来たら面倒だろ? 行くぞ」
「……は? 何を言ってるんだアイザック」
「何だよ。鳩が豆鉄砲喰らったような顔しやがって。この組織はもうだめだって賢いお前なら分かってただろ? そのうち向こうのシマの奴らに潰される。それを見て見ぬ振りしてここまで来たんだ」
「違う! 僕とお前なら向こうのシマにも勝てる筈だった。それなのにどうして!」
 ルチアーノの頭脳ならそれも可能だったかもしれない。だが、確実に安定した地位を手に入れるには『彼方側』に居る方が有利であったのだ。

 アイザックにもボスとこの組織に愛着が無かった訳では無い。けれど、今のままでは何れ崩壊し自分達の命さえも危うくなると感じていた。秘密裏に向こうの組織に先んじて潜り込んだのも何か得るものがあればと思ったからだ。麻薬売買でのし上がっていく相手の弱点を探るという大義名分もあった。
 けれど、向こうに潜り込んだ先で、ボスとルチアーノとの約束を破ってしまった。
 ――『殺し』はするな。
 呆気なく引き金は引かれた。麻薬売買の現場に通りかかった普通の少年だった。
 アイザックの中で何か大切なものが壊れたような感覚、当時に足枷が外れたような高揚感も得る。
 こんなにも簡単な事が、出来なかったのか。
 散々踏み躙られた幼き日々に。この銃さえあれば。人を殺せていれば、悔しい思いも苦痛も味わう事はなかったのに。

 ルチアーノを縛り付けるのはボスとの『義理』だ。
 それが無くなった今、ルチアーノは自由だ。
 ボスを殺したという戦果を持って二人で向こうの組織に転がり込めば地位は安泰。
「……今まで、そうやって生きて来ただろ、俺達。搾取されるのはもうまっぴら御免だ。さあ、行くぞ」
「嫌だ!」
「な……!?」
 ルチアーノの瞳には拒絶の色が浮かんでいた。
 何をするときもアイザックの意見を聞き入れてくれていたルチアーノが、大凡初めて『拒絶』の意志を示したのだ。訳が分からなかった。
「何でだよ。ルチアーノ! 向こうに行った方が安全だって分かってるだろ!」
「そんなの分からないだろ。口車に乗せられて簡単に自分のボスを撃ち殺した奴を信用できると、本気で思って居るのかアイザック」
「……っ!」

 確かに。言われてみれば確かにそうだ。ルチアーノの言うとおりだ。
 自分のボスを簡単に撃ち殺した奴を信用できるのか。
 答えはノーだ。
 だったら、俺のしたことはとんでもなく取り返しの付かない事なんじゃないか。
 駄目だ。駄目だ。駄目だ――
 俺は間違ったのか? いや、そんなことはない。
 間違ってない。俺は間違ってない。絶対に間違ってない。
 これは、ルチアーノと二人で生きるために必要だったんだ。
 ボスを撃ったのも少年を殺したのも。全部、全部!
 だからなあ、そんな眼で見るなよ。
 軽蔑するような、そんな眼で見るな。

「くそが……っ!」

 お前の為にやったのに。役に立てると思ったのに。
 どうして、どうして、何でだよ――!

 ――
 ――――

 ――それから逃げ出したアイザックは変わった。
 組織同士の激しい抗争の末、今や悪徳の極みに至った彼を追い詰めた先。

「まだ俺に銃を向けるのか」
 こんなの裏切りだ。
 許さない。
 絶対に許さない。
「お前は、一緒に生きて行くっていう約束を裏切った。俺はお前の為に……っ!」
 何でもした。弱者を殺した。悪い事を沢山した。
 本当はルチアーノと生きて行く為のものだった。

「許さねぇ。絶対に許さねぇ」


 どこでボタンを掛け間違えたのだろう。
 ルチアーノは目の前のアイザックが『壊れて』しまったのを悟る。
 それでも、救いたかった。やり直しが出来ると思って居た。
 だって、アイザックはいつも一生懸命で考えを巡らせ、二人で助け合っていきてきたのだ。
 その親友がこれ以上罪を重ねるのを見て居られなかったのだ。
 アイザックを殺して、自分も死ぬ。

「お前の罪は死で購う!」
「上等だ! ルチアーノ!」

 至近距離からの銃弾を肩で受け、代わりにアイザックの膝を撃ち貫く。
 胸ぐらを掴み、縺れ合って。お互いの額に銃口を突きつけた。
 交わされる視線も乱れた息も置き去りに。
 お互いの引き金が引かれ――


おまけSS『空中神殿にて』

 銃声を確かに聞いた。
 けれど、頬を撫でる風は清々しいもので。
 ルチアーノは起き上がり、自分が空の上に居る事を知った。
 まさか天国であろうはずがない。
 無辜なる混沌は空中神殿へルチアーノは召喚されたのだ。

 されど予感はあった。
 自分が此処にいるのならば、アイザックもまた召喚されただろう。
 絡まった因果は簡単に解けるとは思えなかった。

 再び相まみえるのは常春の妖精郷――
 あの時、あの瞬間であった。

 しかし今のルチアーノには守るべき者フィアンセが居るのだ。

 どうすればいい。
 どうするべきか。

 ――答えは未だ定まらず。

PAGETOPPAGEBOTTOM