PandoraPartyProject

SS詳細

私の世界

登場人物一覧

楊回(p3x002501)
西王母
ミュルミュール(p3x002902)
虚ろな夢


 運命の出会いは、予め定められていたものだった?
 きっと、答えは
 いくつもの分岐点があろうとも、導かれるように必ずそこにたどり着いた。

 風に木々がさざめいて、擦れる葉の音が止まなかった。
 ガラス細工のように精巧な作り物の世界の片隅の空。
 燃えるような夕暮れの下。
 目の覚めるような、夜の始まり。
 むせかえるような、甘い芳香の中……。
 一瞬だけ風が吹いて、さらさらと『西王母』楊回(p3x002501)の、絹のような長い髪が揺れた。
「っ……」
 その気配に、とくりと、『虚ろな夢』ミュルミュール(p3x002902)の心臓は高鳴った。
 ふるりと、全身がその名前を呼んでいる。
 夕の陽と、美しい銀色が混ざった淡紅銀色の髪がたなびいた。
「フルール……」
 ……いいえ、そこにいたのは愛おしい女の子。
「フルール!」
 名前を呼べば、女性の姿はゆっくりと「本来」の姿に戻っていくのだった。
「ああ、ああ……可愛いフルール……」
 ようやく、見つけた。
 ミュルミュールは、懸命に腕を伸ばした。
「ルミエールおねーさん……待っていたわ。おねーさんなら、きっと、見つけてくれると思っていたのよ?」
 とろけたジャムみたいなミュルミュールの声に、鈴を転がしたような少女の声が応える。
 フルールからは、どうしようもなく甘ったるい香りがした。
 美味しそう、と、どうしようもなく溶かされた本能が告げていた。
 同時に、強く不安になる。
 誰かにとられてしまわないだろうか。
「ねぇ、こっちに来て?」
 永遠に籠に閉じ込めたいと願い、ミュルミュールは心のままに両腕を回した。
「ふふ」
 フルールは、ミュルミュールの腕の中でくすぐったそうに身じろぎする。そのまま、重力のままに押し倒す。ミュルミュールの髪が、フルールの頬にかかった。
 あやとりをするように、赤い糸を手繰り寄せるように。両方の手の指を絡めて、そのまま、影が重なる。
「フルール……」
「うん、そうよ」
 ほんの少しだけ、舌っ足らずな声。
 しどけない吐息が漏れて、唇が濡れた。
 ミュルミュールの胸に、愛おしさがこみ上げてきて、感情に鮮やかな色が付いた。
 ひらひらと、桃の花びらが落ちてきて、少しだけ逢瀬の邪魔をする。人差し指で、ゆっくりと少女の頬をなぞった。
 もどかしくて、愛おしかった。
「ねぇ、ルミエールおねーさん」
 今は、鼓膜を揺らすその声だけが、ミュルミュールの形を保つための核だった。
「もう一度、私の名前を呼んでみて?」
「――っ」
 フルールは少しだけ意地悪だ。
 こんな状況では、名前を呼ぶのすらままならないのだから。
 口づけを再度かわしながら紡がれたことばは、二人の唇の間で、泡のように弾けて消えた。
……桃の木の群れの中、甘やかな香りが漂っていた。


 行っておいで、月の落とし子。

Rapid Origin Online――
 それはもう一つの現実。それはもうひとつの混沌。それは、もうひとつの世界。
 そして、ミュルミュールにとっては……。

『介入手続きを行ないます。
 存在固定値を検出。
 ――不明なエラーが発生しました』

「ッ……」
ドレスアバターをまとった魔法使いのムスメの存在は僅かばかり、その世界にひびを入れる。
 世界が、込められた因子に耐えきれなくて揺れる。
 無機質なシステムメッセージ。僅かに崩壊する世界。混濁する意識と、混じり合うテクスチャー。
「……何か、変だわ。ねぇ、ルクス……」
 ミュルミュールの伸ばした手は、むなしく空を切った。そこに、期待していたぬくもりはない。 いつも、離れることなくルミエールに付き従っていたルミエールの半身、ルクスの影はどこにもない。
 ミュルミュールはかきむしるように胸を押さえた。
 魔法使いのムスメ。
――アタシのムスメ。
 R.O.Oの世界にとって、ミュルミュールは異質だったのだ。
 眷属として分け与えられた力。この世界にコンパイルされようもない情報が、不自然に共鳴し、ミュルミュールの中で、異物のようにうごめいていた。
 塗りつぶされることのない、黒いインクを垂らしたようなはっきりとした自我……。
 例えようの無い違和感。
 茨が突き刺さるような痛みがあった。
 いや、それよりも、もっと耐えがたいのは――。
「ルクス、ルクス、るくす……」
 半身の狼の名前を縋るように口にし、”彼”がいない事に気がついて……同時に、ミュルミュールは魂の飢えと焦燥に蝕ばまれる感覚を自覚した。

 この世界が嗤うのは、きっと、何かの試練。

 いつもの通りであれば……『永遠の少女』ルミエール・ローズブレイドならば、もっと、上手に、取り繕うことができた。
 無邪気な少女は、柔らかいドレスに身を包み、理性できちんと蓋をしている。
 狂おしくもだえそうな感情は、愛おしく、リボンでラッピングして。
 見かけよりもずっと長生きした大人の姿で、微笑むことができる。
 この世界を愛してる。
 ねぇ、そうでしょう、ルクス?

 ルクスはルミエールと分かちがたい半身だ。
 時には、どうしようもなく正反対で。
 お互いがお互いのつり合いをとる錘のよう。
 そして、彼がいないのであれば――。
(見えない……)
 バランスを失って、ミュルミュールはぐらりと傾いた。
 せきがきれたように自覚する。
 このパンドラの箱の底には、底知れない強欲が詰まっていたのだと。

 飢えている。

 砂漠の、乾いた大地のように、ミュルミュールはずっと飢えている。
 一滴じゃ足りない。
 もっと、もっとと、身体の底がうずいた。
 足りない。
 これっぽっちじゃ、ちっとも足りやしない。
 何かが欲しくて欲しくてたまらなかった。
 けれども、何に?

 ここには包む殻がない。お洋服がない。贈り物の装いがない。そうであれば、どうして自分を抑えられるというの?

 境目がない。
 自分がどこまでも永遠に広がっていきそうだった。

 ミュルミュールは”欲しい”、と、強く思った。
 灼けるような渇望があった。
 でも、欠けているのが、何なのか、それが何かもわからなかった。だから、何をしたら良いか分からないし、とうてい埋め合わせようがないのだった。
 ミュルミュールは渇望の波に揺られながら、電子の海をふらりふらりと漂っていった。
 世界を巡りながら、誰かを探している?

 どこ、どこなの。
 どこかにあるはずだった。
 どこかに……。

 ふわふわと、世界を渡り、満たされなくて――。
 永劫にも思える情報が、潮のように満ちては引き、満ちては引き……。
 ふわりと、知っている匂いが漂って……。
 欲しい、と、本能が叫びだした。
(いた)
 みつけた。
 狂おしく咲き乱れる桃の木々の下。
 ミュルミュールが見つけたのは愛らしい少女。
 楊回いぁん ふぅい
 ううん、この世界では。私の前で、大人のフリなんてしなくていいのよ。
 私の、わたしの、可愛いフルール。


 愛おしい人。

 ねぇ、おねーさん。
”こっちの世界”のおねーさんを見たときにね。
 私、わかってしまったのよ。

 一目で恋に落ちるように。
――どうしようもなく。
 ルミエールおねーさんが何を求めているのか、フルールにはわかってしまったのだった。

「んん……」
 名前を呼ばれて、溶け合う。一つになる、文字の通りに、”まざりあう”。不明瞭に揺れる柔らかなミュルミュールの唇は沈み込むようにして、境目がなくなって、互いの体温を自分のモノだと勘違いする。
 Melting Love――抵抗なんてするはずもなかった。
 ふう、と息継ぎのために離れて、ようやく、別々の存在だったと思い出しながら、今度はもう少し長く潜ろうと思って深く深く息を吸った。美しいミュルミュール髪の毛の先がほんの僅かに、火花を閉じ込めたように燃え上がって、ぱちぱちと。きれいだった。
 他人の中に、自分を見いだしているみたい。
(まざりあうって、こういうことかしら)
 呼吸するための胸の上下のリズム。脈打つ鼓動。指先の仕草。一つ一つに穏やかな波があって、それがある瞬間になるとゆっくりと噛み合った。
 自分にはないもの。
 もしも、おねーさんがひとつになることを望むというのなら、フルールは別にそれで良かった。じぶんで、寂しさが埋まるなら良かった。
 同じ欠片で埋まれば良いな。
 同じ痛み、同じ望み、同じ親愛――ピースの一つ一つの違いを確かめるようにせーのでみせあって、ときどきは違って、だいたいはよく似ている。
「おねーさん」
「なあに?」
 待ってあげる、という優しさと、待ってしかあげられない、という身勝手さ。
 欲望に浮かされて、ミュルミュールのとろりとした瞳が焦点を結んだ。いつもより余裕のない表情。
「ん……」
「だめよ、じっとしていて」
「おねーさん? くすぐったいわ」
「ごめんなさいね。でも。離してあげられないの。
ずっとずっと、フルールちゃんを探していた気がするの」
「そう?」
 うん、知っていたよ。
 とぼけたふりで、フルールは知っていた。エラーが出て、おねーさんがどこかにいなくなってしまったときは、ほんとうにびっくりしたけれど、同じくらい、おかしいくらいに「理不尽だ」と思った。
 じぶんが待っているなら、おねーさんは来てくれる、いや、来るべきだと思った。
 その通りになった。
 物語は理不尽で、時に残酷で、みんな仲良くすればいいのに、と思っている。
 だからあげる、全てを捧げる。気分のままに、一つになった。二つの座標が一つになって、R.O.Oの世界は小さなエラーを起こした。もう崩壊する世界も、こわくなんてないの。吐き出される警告は、ちょっとのスパイスだ。
 この世界では、何が何でも自由自在だった。
 大人になったり、子供になったり、時には入れ替えたり……。
 ふたりは、着替え遊びのように、倒錯した立場を取り替える。より相手が分かるように。わかり合えるように。

「大人ってこんな感じかしら? どう思う? おねーさん」
「とても可愛い。でも、どうして意地悪するの? 私は、いつものフルールちゃんが好きよ」
「ねぇ、どこにも行かないで?」
「おねーさんがそう望むなら」
「はい、きっとこれが似合うわ」
「そうかしら」
「うん、思った通り、ぴったりね。ねぇ、くるって回ってみて?」
「こう?」
「上手ね。それなら、次は」

 手のひらをとって、くるりとダンスする。一回転するともうどちらがどちらなのかわからないくらいに、二人は溶け合っていた。指先は沈み込んでひとつ。たったひとつ。離れたくないと言わんばかりにぎゅっとにぎりしめて。
 心地よさと吐息と、衣服と、熱。仲良しの女の子達みたいに、二人は全てを交換する。
 けれどもやっぱり、いつものあなたが良いな、と思って、結局、さいごは元の通りに戻っているのだった。


「ごめんなさい、激しくしすぎてしまったみたい」
「ひどいよ、おねーさん」
「もうしない、ね?」
「ほんとうかなあ」
 じっとじと目で見つめるフリをして、それからふわっと破顔した。
……とても柔らかい、ガラス細工みたいな身体だ。理不尽でピーキーな危ういバランスの世界。なんにでもなれる世界。この世界では、幾度となく「やりすぎてしまう」こともあった。
 積み木遊びのように、いろいろなことを試して、世界の半ばに落っこちて、そんなときはサクラメントで待ちあわせる。
 少し気まずいけど、少し恥ずかしくて、ほわほわしている。
 フルールは、おねーさんは優しいから、迎えに来てくれると知っている。ぷいと目をそらして、「ごめんなさい、何でもしてあげる」と言ってくれるまで拗ねた振りをする。
「それじゃあ、頭を撫でてくれる、おねーさん」
「意地悪」
 ちょっと背伸びして、簡単には撫でられてあげない、と言って、けれども結局は頭を差し出して、撫でて貰うことになる。

 喪失の欠片って、いったいどんなかたちをしているの?
 忍び寄る、意地悪な好奇心。
 フルールはそっとサクラメントを離れることもあった。離ればなれになったふりをして、こっそり離れて様子をうかがってみると――ミュルミュールは面白いくらいに動揺する。絶望的な表情を浮かべて、あちこちを探し回る。
 わざとゆっくり、遠回りして歩んでいけば、半狂乱になって、抱きしめて、「もう二度と離さないわ」と、泣いてしまう顔が少し愛おしくって、そんなときはひどくされるけれど。でも、それだって構わないのだった。
 瓶に詰めて、リボンをかけて、ぎゅうと詰め込んで、独り占めにしてやりたいと思う。
(ああ、この子と一つになればこの飢えも少しは満たされるかしら……?)
 失うことも、恐れなくて済むのだろうか?
「おねーさん」
 フルールが手のひらをミュルミュールの胸に当てた。
 その肌は、お洋服ではなかった。曖昧なミュルミュールの存在はふるりと揺れる。
 一瞬だけ全部満たされたような心地になって、一瞬だけ大人びた視線が問いかける。
 混ざってみる?
 溶け合う。沈み込むように、文字通りにひとつになる。ミュルミュールの境目はあいまいでふわふわ。体温はぬるい風呂のように心地よくて、春の日差しのようにあったかかった。
 ゆりかごにゆられるような、心地よさ。
 こうしていると、もう言葉は要らなかった。あたまのなかのことばが、ふわふわと溶け合って、何も言わなくてもじっとしていればお互いが分かるのだった。
 ドレスアバターを着替えて、ゆったりとしたリズムを刻みながら、叶うことのない夢を見た。そうして、ずっとそうしていたいと思うのだけれど、気がつけば身体は離れている。


(狂っている)
 ミュルミュールは思った。
 大切な大切な、私と同じぐらいにイカれた子。

 傍に寄り添う半身もこの世界にはおらず、相反する鏡はそこにはなく。
 意識が蕩け、ぼんやりと漂うような気分。

 形を確かめるたびに思い出す。
 世界を愛している、というシンプルな答えを思い出す。

 この世界では、新しい形になる。姿を変えて、衝動オートに身を任せて――そのたびに世界はエラーを吐いた。お茶会を開いて、お互いだけを招待する。――結果だけが確か。偽りの世界で――リアルに近い。
 頬を寄せ合ってあたらしい形を確かめて、それ以外の時は拡散してしまうようで、なにもしないで、うつらうつらとそのまま眠る日、だってある。

 愛しくて。愛しくて。愛しくて。
 けれど、少しも足りなくて。
(愛した全てを飲み込み、一つになれば
 この飢えも満たされるのかしら……?)
 それでも、愛おしい声が鼓膜を揺らすとき。
 自分の名前を呼ぶとき。
 ささやかないじわるをされるとき。
……二人でよかった、と思うときもあって。

 ここは誰の世界?
 ここはみんなの世界。
 いいえ、あなたこそが世界。
 あなたが私の世界。

  • 私の世界完了
  • GM名布川
  • 種別SS
  • 納品日2021年07月12日
  • ・楊回(p3x002501
    ・ミュルミュール(p3x002902
    ※ おまけSS『「大人ってこんな感じ?」』付き

おまけSS『「大人ってこんな感じ?」』

「大人ってこんな感じ?」
 少し大人びたアバターの姿は、とても可愛らしくて、きちんと面影があるからまたずるい。
「知らないわ。誰だったかしら?」
「もう、冗談よ」
「ふふ」
 ちょっと背伸びして、ぽきりと果樹から桃をもいでくれた。
「おねーさん、喉が渇かない? 食べる?」
「ええ、いただくわ」
 あげる、と桃を差し出されたけれども、手を伸ばさないのはわざとだった。
 たまには甘えたって良いでしょう?
 こちらの私は、ずいぶんと強欲みたいなの。
 もう、仕方ないなあ、と言う顔で、そっと皮を剥いて、果実のしたたる桃を口元に寄越してくれた。
「ん、甘い」
「甘い」
 果汁を拭って、ぺろりと舐める。

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