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リゲルと偽物の話
登場人物一覧
ギルドにつくなり、リゲルは黒猫のショウに手招きされて奥の小部屋へ通された。
嫌な予感がする。ショウは言いにくそうにもごもごと口を動かしていたが、やがて一枚の地図を机に広げた。
「最近、この峠へ行ったことがあるかい?」
「いえ、ありません。この場所自体、初めて見ます」
「……だよねえ」
ショウは困ったように肘をついた。
「最近商隊から通行料と称して小金を巻き上げたことは?」
「そんなことするわけないじゃないですか」
「じゃあ、婦女子をナンパしたことは?」
「しませんよ!」
「ただの確認だよ、気を悪くさせてすまない。けど、これではっきりした」
ショウは真剣な眼差しをした。
「依頼を頼む。この峠に出る偽物を倒してほしい」
「偽物?」
「そう、偽物。最近、リゲル=アークライトを名乗る山賊が現れてね。いってくれるかい?」
「もちろん行くに決まっています。腹立たしいことこのうえない、必ずそいつに天罰をくだしてきますとも」
偽物は峠を通る一般人の前に現れる。そうショウから聞いたリゲルは新米冒険者の格好で目的地へ向かった。もうすぐ峠の頂上だ。リゲルは警戒を強め、一歩一歩踏みしめるように坂を登った。
「はあーはっはっは!」
木陰から突然人影が躍り出た。
「俺様は空前絶後の戦神無双、死山血河のリゲル=アークライト! ここを通りたくば俺を倒していきな!」
きらーん。両手に持った二刀が日の光を受けて輝く。リゲルはまじまじとその男を観察した。若い男だ。てかてかした白銀の鎧、重そうな青マント。顔は、たしかに整ってはいるが、似てるかと言われると……嫁が真っ赤になって怒りそうだ。
まずは様子見。リゲルはそう決めると口を開いた。
「あなたがあのリゲル=アークライトですか?」
「いかにも!」
「リゲル=アークライトはローレットに所属しているはずですが。何故ここで山賊まがいのことをしているのでしょう」
言い返された偽物はわかりやすく、への字口になった。
「そ、そういう依頼を受けたんだ。ローレットのハイルールは知っているだろう?」
ほう、とリゲルは偽物を見直した。本人を名乗るだけあって基本的な情報は押さえているようだ。もう少し意地悪をしてみようか。
「情報屋に確認しましたが、そんな依頼は出ていませんよ?」
「なっ、わかってて言ったのか、せこいぞ貴様!」
偽物が剣を振り回す。おっと、危ないと、リゲルは一歩下がった。
「貴様のような生意気なやつは剣のサビにしてくれるわ! それが嫌なら金目の物を置いていけ!」
「それはできないな」
「なんだと?」
「何故なら俺が、本物のリゲル=アークライトだからだ」
リゲルが鯉口を切る。銀の剣と不知火、型は違えど莫大な破壊力を持つ二振りが姿を表す。
「ローレットハイルール第一条ならびにアークライトの名において、貴方を倒す」
「な、に……本物、だと?」
偽物は青い顔をしたが、すぐに体勢を整え、同じく二刀をかまえた。
「こっちから出向く手間がはぶけたな! 貴様をとっちめて俺が本物になる!」
「望むところだ!」
リゲルは地を蹴り、銀の剣を振り下ろす。偽物はそれを右の剣で受け、左の剣でリゲルの首を突く。すんでのところでリゲルは半身をそらし、突きをやり過ごす。
「やるな。アークライトを名乗るだけはある!」
「こちとら剣の腕は一流よ!」
偽物は凶暴な笑みを浮かべ、二刀を振り払い衝撃波を起こす。リゲルはそれをジャンプでかわすと、空中で一回転して偽物の頭上から斬り伏せた。それを読んでいたのか、偽物は剣をクロスさせ、リゲルの斬撃を受ける。そのまま鍔迫り合いに持ち込まれた。リゲルが一歩押せば偽物は一歩下がり、偽物が踏み出せばリゲルは後ずさる。実力伯仲、ギリギリと音を立てる剣、しだいに熱がこもっていく。
「でえりゃああ!」
――ギャリン!
偽物が無理やりリゲルを剣を打ち上げ、膠着状態を打破する。その空いた腹を狙い、リゲルの銀の剣が一閃する。濁った音がして銀の剣は鎧に弾かれた。一撃を受けて大きく凹んだその部分、塗料が剥げて下の鉄が見え隠れしている。
「めっきが剥げてきたぞ偽物!」
「だからなんだってんだ、てめえには絶対負けねえぜ!」
偽物が突進してきた。リゲルはそれを正面から受け止める。まるで獣の体当たりを受けたような重さだ。リゲルの靴が地に痕を残して滑る。反撃に転じようにも剣を振るうには近すぎる間合いだ。リゲルはあえてバックステップ。なおも追いすがる偽物めがけて二刀を叩きおろした。
金属のぶつかる音はしなかった、突進と見せかけて偽物が引いたのだ。勢いを殺しきれず、リゲルは大きな隙をみせる。
「もらったぁ!」
偽物がリゲルの頭へ剣を叩きつけようとした。その時。リゲルが横へ跳ね、半回転して突きを放った。あやまたず刀身を狙い打たれ、偽物の手から片方の剣が飛んでいく。
「まだまだぁ!」
残った剣を、偽物が横薙ぎに振るう。胸をそらし、その切っ先から逃れると、リゲルは垂直に二刀を走らせた。偽物は剣の刃でそれを受ける。両者の両肩の筋肉が盛り上がり、すさまじい力が剣にこめられた。
「うおおおおお!」
「うりゃあああ!」
ピシリ。
偽物が目を見張った。剣の刃にリゲルの剣が食い込んでいる。
「邪なる剣よ、正統なる刃の前にひれ伏せ!」
「ち、畜生、チクショウ!」
ピシ、ピキ、ピシリ。偽物の刃にヒビが広がっていく。
――ガキン!
とうとう偽物の剣が折れ砕けた。呆然と半分になった剣を眺め、偽物は膝をついた。
「負けた、俺が……」
「これに懲りたら改心することだな」
負けた、負けた、とぶつぶつつぶやく偽物は放っておいて、リゲルは剣を収めると背を向けた。
「認めねえー!」
その背に向かい、偽物が短くなってしまった剣を振り上げる。
「そういうことをするから貴方は偽物なんだ」
突き出された偽物の腕をつかみ、リゲルは背負投げを決めた。残心。終わったと感じても気を抜かない、武芸者の心得である。一瞬宙に浮いた偽物の体が立木へ叩きつけられる。ずるずると落ちてきた偽物は見事に失神していた。
「というわけで、お縄にかけた偽物を突き出して、騒動はおしまいになったよ」
「そうか、リゲルに怪我がなくてなによりだ」
微笑む嫁さんの手料理を食べながら、リゲルは一部始終を報告した。今日の予定は帽子屋めぐりだ。嫁さんが快適に畑仕事ができるよう、新しい帽子を買う予定なのだ。何がいいだろう、やっぱり麦わらかな。なんて話ながら新婚さんは家を出て通りを行く。
「おや?」
「どうしたリゲル」
広場に出ると、見覚えのある背中があった。火箸でゴミを拾い集めている。
「やあ、何をしているんだ?」
「げっ」
偽物はあからさまに嫌そうな顔をして火箸とゴミ袋を背中に隠した。
「罪を償っているんだな、感心感心。ほら、この人が俺の偽物」
「もう偽物じゃねえ。俺はバスチアン=ブルックスだ」
リゲルが笑ってその人を嫁へ紹介すると、元偽物は本名を明かした。
「社会奉仕二百時間だとさ。ケッ、そんなひまがあったら素振りでもしたいぜ」
「ほう、剣の道は諦めていないんだな」
「ったりまえよ。頼みにしてたもんをへし折られてプライドごとポッキリいったぜ」
バスチアンは右手を差し出した。
「罪を償ったら、手合わせしてくれよな。今度はバスチアンとして」
「ああ、全力でお相手しよう」
リゲルは彼の手を取り、しっかりと握手した。