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君の物語に降りたった
登場人物一覧
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生きるとは、死ぬとは、産まれるとは……最早他愛のない事。
それは惰性で生きるとある黒猫のお話である。
これは
「猫さん、猫さん……」
真っ黒の猫が一匹。一人の少年に拾われる。
その黒猫は一見普通の猫だが、その正体は魂をそのままに転生を繰り返す怪猫。所謂『猫又』というモノだった。
数多の生を経験した猫はこの世の愚かさにほとほと呆れていた。だが死ぬ勇気も無く唯々無駄に生を浪費している。
そんな中、また少年に拾われ何度も経験した飼い猫生活を送る事になる。
(まぁ、どうせまた適当に捨てられる)
期待なんて言葉は過去に置いてきた。猫の蓄積された諦念感はこの長きに渡る生を繰り返し、
──率直に言えば、少年の家は最悪だった。
「やめてよ……やめてよ!!」
「煩い! 黙れ!!」
彼にとって。虐待、虐め。彼には居場所が無かった。
でも笑っていた。自分の部屋の押し入れで密かに飼っている俺に会う時だけは。
餌を与え、大好きな剣と魔法の世界の話を猫なんかに楽しそうに語る彼は。俺といる時だけは楽しそうに笑っていた。
(俺も、彼の様に笑えるだろうか)
どうしたら彼をもっと笑顔に出来るだろうか。そんなガラにもない事を考えながら数日。
「なんで猫なんて飼ってるんだ!!」
「ごめんなさいごめんなさい!!」
子供のやる事だ。
すぐに俺を飼っている事なんてバレてしまった。また野良生活か、まぁいつもの事か。と、また自分の中の何かを殺す。期待なんてするだけ無駄。わかっていた事じゃないか。
そんな諦めの俺を余所に、成す術もなく一方的に暴行を受ける彼。
(おい、やめろよ)
たかが猫を内緒で飼ってただけじゃないか。俺が不満そうに男を見れば、それに気づいた男はこちらを見る。
すると手に持っていた割れた酒瓶をそのまま振り下ろしてきた。
──パリン。
「?!」
「んな?!」
頭から血を流し倒れたのは俺ではなく彼だった。たかだか数日一緒に居ただけの小汚い一匹の猫を迷わず庇ったのだ。
(んで……なんでだよ!!)
俺は彼に駆け寄る。必死に舐めて……気休めにしかならない事はわかっていたが、それでも俺は彼を救いたい一心だったんだ。
そんな俺を見ながら彼が言葉を紡ぐ。
「名前、決めてなかったね。
彼の俺に触れようとした手は、俺に触れる前にだらんと落ちる。
「お、おおお俺は知らんぞ!!」
事の重大さに慌てて部屋を出ていく男。意識が朦朧とし弱々しく呼吸をする彼を置いて、だ。
「……分かったよ、元気でいてやるよ。だからお前は眠れ。こんな悪夢今日で終わりだ。……そんでお前はこれからずっと笑ってればいいんだ」
「……」
──そうして俺は彼に憑いた。
程なくして俺は彼の家を後にした。
あの男も出て行った今、彼に憑いた俺の居場所でもない。
「こんな所じゃ笑えないよな。いつも聞かせてくれた剣と魔法の世界。そんな所あるか分からないけど。行けたら良いよな」
彼が楽しそうに語っていたあの夢物語。半分惰性で聞いていたが、今は案外悪くは無いのではないかと思えるから不思議だ。
「……いや、行ってやるさ。こちとら無駄に長生きしてねぇからな。絶対連れてってやるよ」
だから、そう
──イメージする。
──真っ黒の世界を極彩する。
──色とりどりの煌びやかな世界へ。
──一歩を踏みだす。
酷く酷くダメ元の強い祈り。強い願いだ。
──だと言うのに
「おっと、俺が真っ黒じゃダメだよな」
色彩を司る魔術で彼の髪の毛を真っ黒から緑に変えて……ふと思い出す。
「そういやお前は緑色が好きだったよな。全てを包んでくれるような、やわらかくて、落ち着く。お前みたいに優しい色」
お前が好きだった色なら……お前みたいに優しくなれるような気がしたから。
「へへっまぁ……こんなもんでいいだろ、ファンタジーならなんでもありだ」
これからは目一杯楽しむんだからな! そう思いを決意した俺は自分の髪を一摘みしニッと笑う。
今日も彼の分も笑えるだろうか。……否、笑ってみせよう。それはきっと彼も望んでいる事だと信じて。
俺、『No.696』暁 無黒(p3p009772)はこうして神の気まぐれに召喚され、
なかなかどうして人生は何が起きるかは分からないものだ。猫だったけど。
「今日もいろいろ依頼があるっすね〜」
ローレットの依頼掲示板で無黒は今日の仕事を探す。今日も今日とて難しい戦闘依頼や街の人の手助けをする比較的簡単な依頼、様々な仕事が並んでいるようだ。
「ん、これがいいっすかね」
その掲示板から一枚の依頼書を手に取り決断する。
──さぁ、俺だけの物語は
ここからまだまだ駆け抜けるっすよ!