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グロリオサは嘲笑う
登場人物一覧
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──
それは
その『ネクスト』の中でも
そんな煌びやかな表舞台もあれば、幻想と同じく伝承にも暗闇に満ちた裏舞台も存在する事だろう。
中でも『ささやかなる』裏社会のコミュニティが伝承のあるスラムを暗黙的に主導していた。
「お、皆集まってるか?」
「グレンじゃねーか! なんだ、その様子だと収穫でもあったのか?」
「ま、ぼちぼちな」
金髪と青眼……このスラムにおいて場違いな程に綺麗に整った美貌を持つ青年が、この薄暗いコミュニティを訪れる。
彼、グレン・ロジャースはこのスラム街に産まれ落ち、その多くの例に漏れず『愉快ではない』少年時代を過ごしてきた。
それは自身が到底日の当たる世界ではない自分の立ち位置と、その零落を「仕方ない生き方」と是認する己の弱さを自嘲している諦念の様。
他にも後ろ暗い類いの仕事に手を染め、この
……と、ここまでが今回彼を語る上での
「ま、これなんだがさ」
「ん? なんだそれは」
グレンがひらりと出した羊皮紙に周囲が戸惑いを見せてみれば、彼は可笑しそうにひらり、ひらり。
「前に言ってたお貴族様が欲しがってる情報。って言ったら……どうするよ?」
「あ?」
「マジかよ?!」
「大マジ。苦労したんだぜ? ……さて、あのお貴族様はどれぐらい吹っかけられるかね」
基本的に伝承貴族はこのスラムには近づいてこないだろう。それは立場が上であればある程である。……だが中にはそんな貴族としての誇りもかなぐり捨てて、上に気にいられたいが為に情報収集と称してこのコミュニティへ使用人を代理に立てて訪れる事もまま、ある。
それはそんなお貴族様に有意義な情報が記された羊皮紙と言うわけだ。
「あんまり高く見積もるなよ、ああ言う連中は中途半端なやつも多いからな」
「わかってるさ。ま、程々にな」
仲間の忠告も程々に聞きながらも彼の機嫌はいつもより上々。それ程までに美味い情報が手元に落ちたと言う事だろうとは、誰の目にも見て取れた。
これで一つ儲けが出るだろうとグレンは鼻歌を響かせていた。
「よしよし、なかなか上々に上手くいってくれたな……」
それはそのお貴族との取引を終えた夕刻時。
この街ですれ違う女性達は揃ってグレンの方へ振り向くが、彼は気にせず帰路を進む。彼女達にとってグレンは特別な存在だった。
と言うのも彼の彼一流の流儀によるものである。仕事をする際には『極力暴力を避ける』『カタギの人間をなるべく避ける』等の拘りを持つ。
特に非合法、合法問わず女子供が直接的な犯罪被害や公権力の被害に遭うような局面に出くわせば、先の諦念感も何処へやら。
たとえ己が大いなる損益を被る事になったとしても、自身の手の届く範囲については譲らず動いてしまう場合も見受けられる。彼のそんな
彼女達はその経緯から憧憬や恋慕の眼差しで彼を見つめているのだろう。たとえ彼にその気がなかったとしても、恩人たる尊敬たる彼の影にはそんな話が絶える事は無い。何せ、彼のその顔もまた
そんな彼のカリスマ性も相まってグレンが縄張りとするスラムは、一定の秩序を有し、『グレンが気に入らない事』は起こしてはいけないという不文律に従っている。
その証拠に、無秩序によって真っ先に被害に遭うであろう女子供は、身なりはさて置き表情は柔らかい。
「グレン様ー!」
「ん? どうした?」
「きゃー!」「微笑んで下さったわ!」「グレン様ー!」
グレンが女達へ軽薄に笑い掛ければ、黄色い声が漏れる程度の明るさがあった。
「あのなぁ……ったく」
そんな女性達にヤレヤレと呆れながらも、満更でも無い様子でその笑みが崩れる事もなかった。
とはいえ、それも万全ではない。
「っ……こ、こんなところで……」
「金は出すんだ、お前みたいなのはここでも変わらねぇだろ」
貧した女に金を見せびらかせれば、好き勝手できるというクズ野郎はどこにでもいる。黄色い声に紛れて聞こえてきた悲痛は声を、グレンは聞き逃す事もなかった。
「おい」
「げ、グ、グレン!!」
「その女の手を離せ」
「あ? コイツは俺が買ったんだぜ?! 買った女なんだ、どうしようが俺の勝手だろう?!」
「……そいつを俺に言うのかい? 残念だな」
極力暴力は避けるグレンだが、女を強引に狼藉を働こうとする手合いには容赦ない。
「ヒッ! もうやめッ……ぐはっ?!」
語気を荒げぬ静かな威圧で、骨の数本と心を丁寧に折る。
「グレン様!!」
「ん?」
事に気づいたのは襲われていた女性が、自分の腕にしがみついて悲しそうな表情をしていたから。
「も、もう十分です……十分ですから……」
「あ? ああ……」
またやっちまったか。と冷静にポツリと呟く。目の前で無惨な姿を晒す男を冷徹な眼差しで見下していた。
「悪ぃな、見苦しいもんを見せちまった」
「い、いいえ……本当にこう言う事がお嫌いなのですね……」
「……ビビらせちまったか?」
「いいえ。……頼もしい限りです」
「そりゃあアンタの方も頼もしいこって」
グレンの言葉にその女性は柔らかく微笑む。それが彼女ソニアを彼が初めて認識した瞬間だった。
●
「まさかうちのコミュニティの新入りだったとは、な」
「やはり……。まぁ昨日今日の新入りですから……」
「いや悪い、最近は他に回ってたもんでね」
バツが悪そうにするグレンに、ソニアは大丈夫だと、気にしてない意志を伝えるかのように微笑む。
「しかし……その、ジロジロ見て悪いが……アンタ、傷だらけだな……?」
彼女の足元から頭上まで見てみれば、昨日今日にしては随分と多い傷が目立っていた。
「……ふふ、やっぱり目立ちますか、ね? でも安心して下さい、このスラム街で出来た傷では無いのです。私は他の街からここへ来たものですから……」
「なるほど、ね。道理で」
自分が治めているエリアで見過ごしでもあったのかと、深刻な表情を浮かべていたグレンの表情が少しだけ解ける。
しかし、他の街ではこのように傷ついている女性がまだいるのだと思うと、沸々と湧き上がる感情はあるもので。
「そんなに厳しい表情をされないで。これはまぁ……自業自得というものなのですよ」
「……一体どう言う事だ?」
──なんでも、ソニアは誰にでも買われるタイプの娼婦として隣街で生計を立てていたらしい。
「そうでもしなければ……私のような取り柄のない女は生きていけなかったのです。……まぁでも今やその身体も様々なお客様と御相手させて頂いたので、この通りボロボロなんですけれどね?」
苦笑を浮かべる彼女に対して
「すまん!!」
「え?!」
グレンは突然頭を下げて、ソニアはとても驚いた。
「その話が本当なら、俺はアンタの商売の邪魔をした」
「ああ、そんな事ですか。まぁ……そうなりますか、ね。でもあのお客様もルールを守って頂けませんでしたし……」
そこまで気にするような事ではと返す彼女に、しかし……と表情は晴れる様子がない。
「じゃあ……じゃあ、さ
詫びとしてアンタの時間を買うぜ」
「え?」
どうしても気が晴れないグレンは、そんな突拍子もない提案を彼女へ告げた。
「…………正気、です?」
「正気だよ」
あまりにも衝撃的な提案に思わず聞き返したが、彼はこの提案を曲げる気は無いらしい。
「まぁアンタにとっては貴重な
「私ではなくあなたの方から仰られるなんて……ふふ、なんだか新鮮ですね」
普段は自身が提供する側に存在するだけに、グレンのこの言い回しはソニアにとって非常に新鮮そのものだった。
「
「今から、ですか?」
「そうとも」
「仕方の無い方。……よろしくお願いしますね、グレン様?」
戸惑いながらもこの悪い男の誘いを断れる程の肝は座ってないソニアは、そのままその手を取りその誘いに乗ってしまった。
彼が建前や義理でこう言ってくれたのは明らかだったから、ソニアは期待などしなかった。その方が正しく、賢い考え方だと思っていたからだ。
だからと言ってそれを確実にこなせるかと言えば、それはまた別の話になってしまうのもソニアと言う女なのだった。
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グレンに手を引かれスラムを出て伝承の華やかな街へ連れてこられたソニアは、周りをキョロキョロ見渡し挙動不審気味。
「こんな所……私が来ても……」
「ここは普通の街だぜ? 人並みに生活していければソニアだって住める街さ。ただまぁ
人並み。それは犯罪スレスレ……否、染まりきったグレンや、情婦として身を捧げたソニアにとっては程遠い言葉で……グレンはそう皮肉を呟く。
「私も何か取り柄があれば……」
「ま、今はそんな事より俺を見て。まだエスコートは始まったばかりだから」
「え、ぁ……は、はい……」
この街に連れてきてくれただけではなく、どこか目的がある事を知りソニアは目を見開いて驚く。
「……ふふ、女性に騒がれてるだけあって、こう言う事は慣れっこ、ですか?」
「ま、時間はあんまり持ってないけど……あれば綺麗な女とはよくデートするよ」
「あっけらかんと言うのですね?」
「そんな綺麗な女にアンタもなるわけだよ。ほら、この店に入るぜ」
「え? わっ!」
強引に手を引かれて入ったお店はブティックだった。
「彼女に合う服を見繕ってやってくれないか?」
「グレン様?!」
「はいはい試着室行った行った」
グレンに背中を押され、ソニアはそのまま店員と共に試着室へと向かう事になった。
「こ、こんな服……」
「気に入らない?」
「まさか。私には勿体ないぐらいですってば!」
「アンタに似合う服を見繕ってもらったんだ、素直に受け取ってよ」
「グレン様……」
ブティックを出てもソニアの申し訳なさそうな表情は晴れなかった。
「次はここ。予約してたから間に合ってよかったぜ」
「い、いつの間に?」
「ほら、美味しいって評判だからさ」
「い、い行きますからっ」
身を縮こまらせるソニアに対して、グレンは
それは夜になって気づく。
(グレン様は……やはり)
娼婦を買ったはずのグレンは自分に手を出してない事に気づいた。綺麗な女とか、スキンシップは高かったがそれまでだったのだ。
「ねぇ、グレン様……どうしてですか?」
「……俺はアンタの
はぐらかす彼の言葉にソニアは自身の身体を思い出す。瘦せこけて青痣や傷の目立つ身体を意識してしまい肩を抱いた。
「……やはり私では役不足でしたか」
あなたならわざわざ娼婦を買う事もない。それも明らかに下層の自分をとソニアは卑下する。
「でも私に持ち得るものと言えば自分の体のみ。ですがそれも求められないならば……返せる物がありません」
「そりゃそうだ」
「そりゃそうだって……」
彼の肯定的な言葉にショックを受けるソニアに、グレンは続ける
「だから今は素直に受け取ってくれ。楽しかったと思ってくれるなら、尚の事」
「グレン様……」
「今じゃなくていい。いつか心から笑えるようになった時、あんたの笑顔を見せてくれたら、そいつが最高の礼だ」
心も体も傷付き疲弊した今は、ただ『甘えていればいい』。久しく人の優しさに触れる事のなかったソニアは、グレンの腕の中に飛び込んで子供のように泣き出してしまう。
「……シャツを女の涙で濡らすのも、男の勲章ってな」
ジョークと共に泣き疲れて眠るまでソニアを宥めた。