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零と武器商人の話~舞え舞えかたつむり~

登場人物一覧

零・K・メルヴィル(p3p000277)
つばさ
武器商人(p3p001107)
闇之雲

 小雨が降っているのをうっとおしく思った。傘をさすほどではないし、かといって放っておくと、いつのまにか靴のなかまでぐっしょり濡れている。こんな日はだいたい、武器商人がやってきて、視界の悪い日こそ訓練に最適だなどとうそぶくから、零はお茶の準備をした。窓から見える景色は雨に沈み、一面にミルクをこぼしたような空は妙に明るい。
 窓ガラスへ見覚えのある細い手がひょいと現れた。手はそのまま飄々とガラスをノックする。ほら来た。考えていたとおりだ。
「教え子や、開けておくれ」
「玄関から入ってくればいいじゃないすか」
「なぁにお茶をしているところが見えたからね、毎回玄関からというのも味気なかろ?」
「いや、普通は窓からはいってこないっしょ」
 いいながら零は窓を開けてやった。そのモノは雨露の銀の下で満面の笑みを浮かべ、よいしょっと窓枠を乗り越えて入ってきた。傘もささないでいたのに濡れていない。つくづく不思議ではあるが、そんなことでいちいち驚いていたらこのモノとは付き合えない。あるがまま自由に振る舞うソレの好きにさせるしかなく、とうぜん受け入れるしかないのだ。
「ダメじゃないかァ。簡単に窓を開けちゃ。窓から入ってくるのはだいたい悪いモノと相場が決まってるんだよぅ」
「師匠は悪いモノなんすか?」
「そう振舞うことも出来るね」
 武器商人はあやしく笑んだ。なんとなはなしにうすら寒く感じ、零はこの蒸し暑いのに一枚着込みたくなった。
「でも師匠は師匠だから、俺の前ではいいモノのはず」
「ふふふ、うれしいねぇ。褒めてもらうのはいい気分さ」
「今の褒めたうちに入るんすか?」
「ああ、存在を定義されるのはくすぐったくて心地よいね。それが善性ならなおのこと」
「そういうもんかあ」
「ああ、そうだとも。さて」
 椅子に座った武器商人が腕を組んだ。急に威圧感が出たものだから、零は肩をすくめる。
「キミも随分得物に慣れてきたね。投影のほうはどうかな?」
「……まだちょっとそっちは」
「苦手、と」
「う」
「おいおいでいいよ。あれは肉体と精神両方を酷使するからね。強化の術式は体に馴染んできたようだし、今日は組手でもしようか」
「へ?」
「くみて。知らないかい?」
「いや知ってるけど、師匠が組手してるところが想像つかないっす」
「ナイトメアユアセルフをご所望かな?」
「いやいや、かんべんしてくださいよー」
 零は諸手を挙げて降参した。神聖侵すべからざるとでも形容すべき武器商人の不死性。もちろん叩けば痛みを感じ、傷つければ血が流れることこそ、生物本来の姿だと零は知っている。知っているからこそ、その理の外で暮らしている武器商人と常識がかみあわなかった。
「つまり、その、今日は俺が師匠をビシバシーってやっちゃう日?」
「そうそう、わかってるじゃないか。飲みこみがいい教え子を持って幸せだよ」
 武器商人はどこか意地のわるい笑みを浮かべ、零の入れた紅茶をたしなんだ。
(まあ師匠は無敵バリア張れるしな……だいじょうぶだろ)
 と、そのとき零はかるく考えていたのだ。

 木立の隙間を縫って落ちてきたしずくが襟首へ落ち、零はひゃっと声を上げた。さらさらと空から振り来る雨はカーテンのよう。これから起きる木立の奥の広場での出来事を隠すかのようだ。木の葉で覆われていた空がぽっかりと開けた。木こりでも住んでいたのだろうか。朽ち果てた丸太小屋が目印の広場。そこへ着くなり武器商人は零を振り返った。
「さあ、まずは柔軟から」
「はーい師匠」
 言われたとおり濡れた大地と格闘しながら柔軟運動をする。あっというまに泥まみれになったが、もう慣れてしまったから平気なものだ。
「朝夕のストレッチと筋トレはやってるかい?」
「もちろんす」
「体の廻りが悪いと魔力も根付きにくくなるから入念にね。キミの場合は特に魔力で底力をあげているからね」
「わかってまーす」
 てをあげてせのびのうんどう、なんやらかんやら。深呼吸を終える頃には、体がぽかぽか温まってきた。零は泥を拭うと刀の柄に手をやり、武器商人を見つめた。
「師匠、いつでもいけます!」
「うん、いい返事だ。おいで」
 武器商人はそのまま立っている。零は「ん?」とくびをかしげた。武器商人はただ立っている。零のように武器をかまえるでもなく、闘気に身を包むでもなく、自然にそこへ立っている。
「あのー」
「なんだい」
「あの金の輪とか銀の輪は使わないんすか?」
「使わないよ」
「へ?」
 零は思考が停止した。瞬間、武器商人が踏みこむ。みぞおちに掌底が炸裂し、零は数歩あとずさった。飲んだ紅茶が食道を逆流し、くちのなかが嫌な味で満たされる。
「遅い」
 別人のように冷たい瞳が前髪の隙間から見えている。深淵を覗いたような寒気が零の背筋を這い回った。
「い、いや、ちょ……」
 踏み込み、そこからの寸勁。
「ちょまっ! ぐえふ!」
「どうしたんだい。敵は待ってくれないよ」
 半歩回転し、裏拳。側頭部をしたたかに打たれ、零の視界が激しく揺れた。
「真剣勝負は、最初の一手で流れが決まるんだよ。言ってなかったかな?」
「だっ! からって! これ、これはぁ!」
「これだって手加減してるんだかららさァ。反撃、反撃、さっさと反撃」
「む、ムリ!」
 零は大きく飛び退り、背後に立っていた木の幹に衝突してあまりの痛さに悶絶した。
「はい、死んだ」
 意識をとられてそちらを見やれば、武器商人の拳が目と鼻の先にあった。
「なんだい教え子、キミはR.O.Oの有名人になりたいのかい?」
「いや、そうじゃなくへ……なんちうか……」
 乱れた息を整えるので精一杯だ。思考は空回り、刀がやけに重たい。
「師匠待って、流石に斬るのは……え、魔物斬るはまだギリ分かるけどヒトを斬るのはちょっと早くない???? え、待って待って」
 肩を揺らしながら絞り出した答えがそれだった。そうだ無理だ。零の脳が、神経が、全身が、拒否している。武器商人は指先で顎を撫でた。
「教え子はローレットへ行ったことがないのかね。依頼を探したことがないのかね」
「そういう話じゃなくて! ヒトを切るなんて、俺にはムリ!」
「そう叫べばキミの大事なコが守れるとでも?」
「あああそうっすねえ! いつかはそうしなきゃいけないっすよ、わかってます! でもそれ、今日じゃなきゃいけないんすか!?」
「今日じゃなきゃいけないんだよ」
 顎を蹴り飛ばされ、零はもんどりうって倒れた。
「情けないねぇ、キミの覚悟はその程度だったのかい教え子。カカシの相手でもしてな」
 武器商人の足元の影が大きく広がり、見上げるほどの巨躯を持った鬼が二体吐き出された。馬の頭をした獄卒と、牛の頭の鬼人。それぞれ金棒と斧を持っている。
「え、え、え、まって、まってぇ!?」
「待たない」
「ひょわああああああ!!!」
 零は後ずさり、逃げ出した。全力疾走で広場を横切り、木立へ入り牛頭と馬頭を撒こうとして、広場から出られないことに気づく。
「教え子、さっきからキミは悪手ばかり打っている。そんなことでは目をかけてやったかいがないじゃないか」
 長く形の良い爪を弾き、武器商人は珍しく不機嫌をあらわにした。
「見限ってしまおうか。死体をここへ野ざらしにして。あのコは泣くかもしれないけれど、我(アタシ)の知ったことじゃないね」
「うわああああああああああ!!!!!」
 武器商人の語りかけが聞こえているのかいないのか、二体の鬼から追い立てられた零は広場をぐるぐると走り回っていた。完全にパニックになっている。その姿が自分の隣をすり抜けようとした時、武器商人は足を伸ばした。
「ぎゃっ!」
 足を引っ掛けられ、零は顔面から派手にころんだ。すぐさま仰向けになり、血走った目で迫りくる斧と金棒を……ぐるん……。零の瞳がぐるりと回った。横転で致命的な双撃を避け、立ち上がった零は牛頭と馬頭の横手から切りかかった。銀線が馬頭の腕を飛ばし、高くいなないた頭がふたつに割れた。続けて身を翻そうとした牛頭の首が吹き飛ぶ。二体の鬼はどうと倒れ、塵と化していく。
「……はー……はー……」
 追い詰められた者特有の過敏さを振りまきながら、零は血で濡れた刀を震える手で大上段に構えた。武器商人めがけて。そのモノはにちゃりと笑った。
「そうこなくっちゃァ」
 武器商人は歩いていく、ゆっくりと、隙だらけの姿を晒し、斬ってくれと言わんばかりに。そしてとうとう零のまんまえにたどりつく。細い指先を零の首筋に這わせて。
「我(アタシ)のようなか弱い商売人でも、キミの首をへし折るのは然程の苦労はしないんだよ?」
「ひう!」
 それが合図のように零は刀を振り下ろした。刀身が武器商人の頭骨を割り、脳髄を引き裂き、胸を砕き、腹の中ほどで止まる。ぱっくりとふたつに割れたソレはキャッキャと笑い声を立てた。
「よぐでぎだねぇ゛」
「うわああああああああ!」
 ざくっ。ぐしゃっ。ざしっ。ぞしゅっ。びしっ。
 骨が折れる、肉が裂ける。はらわたがまろびでる。それを斬って叩いてこまぎれにするみたいにただもうむちゃくちゃに。
 雨が降っていてよかった。
 返り血を浴びながら零はぼんやりとそう思った。
 すべてが遠い世界の出来事のようで、まるで自分の体が自分でないみたいに動く。うるさい。さっきから。なんの音だろうか。鼓膜が騒ぐ。うるさくてうるさくてかなわない。それが自分の喉から発せられていると気づくまで時間がかかった。たとえようもない咆哮を発する己は獣のようだと無感動に受け取る。
 唐突に悪夢は終わった。
 武器商人が引いたのだ。
 目の前で再構成されていく存在と裏腹に、肉を斬った感触が生々しく零の五感に入り込む。急に全身から力が抜けた。武器商人が両腕を広げる。
「教え子。おいで。もうできるだろう」
「……うん」
 ああ、雨が降っていてよかった。天の恵みとはよく言ったものだ。篠突く雨に、零は心から感謝した。

  • 零と武器商人の話~舞え舞えかたつむり~完了
  • GM名赤白みどり
  • 種別SS
  • 納品日2021年06月21日
  • ・零・K・メルヴィル(p3p000277
    ・武器商人(p3p001107
    ※ おまけSS付き

おまけSS

「これ、ホラーじゃん?」
「我(アタシ)が絡むとどうしてもねぇ」
「あと口調触ったけどありかな」
「師匠って呼んでるしいいんじゃないかい? それはそうと雨にあたって冷えたねぇ。お茶にしようか」
「おけっす師匠! 淹れさせていただきます!」
「ああ、いい、いい。たまには我(アタシ)が淹れよう。アッサムのセカンドフラッシュのいいのがあるんだよ」
「ごちになります!」
「そうそう。たまにはうちへ遊びにおいで。小鳥と待ってるよ」

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