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あなたらしく
登場人物一覧
暑い。
そこがラサであると添えれば、語らずとも理解できるだろう。
砂漠地帯であるそこはいわば灼熱、とこしえの夏のくに。さらさらと水分含まぬ乾いた砂が足を取り、汗を吸い、渇きを与える。
しかし、その砂漠の先、空の青を見たならばその美しさに惹かれずにはいられない。
愛したおとこのくに。ただそれだけだった。その筈なのに。
ひとつ。ふたつ。みっつ。大切なものが増えていく。
守りたい。そんな気持ちが掻き立てられていく。
ここで息をしたいと。生きていきたいと。そう、願ってしまう。
これは、ラサを愛したエルスと、ハート溢れる愛のくにの王さまだったクインの、小さな出会いの物語。
●
六月も変わらず営業を行う喫茶店『砂都茶店Mughamara』では、涼みにひといき。軽快な音楽と共に年齢層も様々な客が訪れていた。
六月と言えばジューンブライド。それはラサとて変わりなく、ここを訪れた女性は『彼からプロポーズされたの』だの『この間あの子の結婚式に行ってきたの』だのお喋りな口が弾み、謳い、止まることをなく言葉を紡いでいた。
それは『恋する乙女』である店主、エルスの耳を擽るフレーズでもあり。
(……けっこん)
愛しいひとと、愛を誓う。元の世界であったならば、長命種であったことから意識する必要もなかったかもしれない。けれど、彼はヒトで、
勿論そんな関係になれるなんてちっとも、小指の爪程も思ってはいないのだけれども。はあ、とため息を吐きながら商品を運ぶ。くるくるとマドラーでシロップを混ぜ溶かすように、己のためいきも溶かしてしまえたなら楽なのに。
「そんなため息吐いてたらラブが逃げてっちゃうよぉ♡」
「い、いらっしゃいませ!?」
ぬっと前に現れた、有鱗種の男にエルスは瞬き驚いて。否、冷静に観察したならば男性体であると気付けたかもしれない。美容に気を使っているのだろう、男性と言うにはあまりにも綺麗『過ぎた』。
「……あら、初めましての方かしら?」
(びっくりした……それにしても、竜種の方かしら? 竜種が人のかたちをとれるかは知らないから……亜竜種? ああ、旅人と言う可能性もあるわね)
ふむ、と小さく頷きながらエルスは目の前に立つ長身の男を見る。
「やほやほぉ♡ ちょっと美味しそうなラブの波動に惹かれてきた初見さんだよぉ♡」
「こ、恋バナの気配……? ……確かに私は好きな人はいるけれど……こ、恋バナと言うほど可愛くは……」
「へぇ…じゃあ俺もエルスちゃんから恋バナな気配するし常連さんになっちゃおうかなぁ♡」
誰も恋バナなどとは言っていない。言っていないのである、エルス・ティーネ。
夏の熱気か、恋の波動か。彼女は『うっかり』自ら恋する乙女であることを自白する。
「それに、美味しい紅茶もあるしぃ、可愛い乙女も見れるしねぇ♡」
「か、かわ、いい? な、なんで! す、すす素直になれてないのに……!!」
「んっふふ、エルスちゃんったら真っ赤で一生懸命でかーわいいねぇ♡」
「かわいくなんか、ない!! から!!」
そんなこんなでやや食い違いはあれど、二人は出会ったのである。
「でぇ、その相手のひとのこと、どうして好きになっちゃったのかなぁ♡」
「……今思えば一目惚れだったと、思うわ」
「一目惚れかぁ……どんなところが好きなのかなぁ♡」
「な、内緒よ、そんなの! ……内緒なんだから」
例えば、あの赤い髪が好きだなんて。言ってしまったなら、どんな反応を返されるかわからない。ので、内緒。
「あ、そういえば。もう告白はしちゃったりしたのかなぁ♡」
「た、たぶん……シャイネン・ナハトに告白した気がする、わ」
「きゃあ♡ エルスちゃんかぁわーいいー♡ 真っ赤で可愛いねぇ♡」
「も、もう、可愛い可愛いうるさいわよ!」
「えー♡」
「……グラオ・クローネや誕生日も勇気を出してアピールしてみたの。でも、あんまり意識されてなさそうなのよね」
はぁあ、と本日何度目かの溜息を吐き。エルスはカウンターのテーブルに額を埋める。
「よしよし、頑張ってるんだね、えらいぞぉ♡」
紫のネイルをした大きめの掌がエルスの宵髪を撫でる、の、だが。
(……ディルク様とは、違う、)
「あー、いまその人のこと考えてたでしょぉ♡」
「?! ななななな、なんで、そ、そういうギフト?!」
「違うよぉ♡ エルスちゃん、ちょっと身を固くしたから。警戒されちゃったぁ♡」
「そ、そういうわけじゃないんだけれど……なんだか、違うな、って」
「違うって、たとえばどんなところかなぁ♡」
「……あの方は、掌が固いの。剣を握られているからだと思うのだけれど、ごつごつとしていて、皮膚が厚いの」
「へぇ♡ ものしりさんなんだねぇ♡」
「ち、違うわよ! もうっ……」
「ほぉらぁ、怒んないでよぉ♡ 可愛い顔がもったいないよぉ♡」
長い指が伸びる。紫の整った爪が、エルスの額をとんとんノック。寄った眉根をリラックスさせて。
「……好きなの」
「うん、わかるよぉ♡」
笑みを向けられているから微笑ましいと思われているのだろうか、しかしエルスの気持ちは複雑で。どれほど想いをのせようと運ぼうと、あなたはあくまで『気付かないふり』をしているのだろうか?
否、本当に気が付いていないだけかもしれない。だとしたらどれだけ鈍感なのだろう!
……いつかは冷めるだろう、なんて思っていたけれど。恋の炎はますます燃えるばかり。気が付けば何にだってあなたを絡めてしまう。髪は長い方が好みだろうか、青い瞳でもいいだろうか、こんなに背が小さくても……とか。言い訳なんてつまらないものじゃなくて、ただただ不安で仕方ないだけ。あなたを想う私は、あなたに相応しい私だろうかと。
「そんなに心配しなくても、エルスちゃんは充分可愛いんだからさあ……でも、」
「でも?」
「たとえば、自分の魅せ方を覚えたりするのは悪くないんじゃないかなぁ♡」
「みせ、かた」
「たとえばさぁ、子供が無理してセクシーにしてうわあ素敵だなあ、ってなるのは難しいでしょぉ?
だからぁ、うーん……エルスちゃんは、たまには可愛いを受け入れてみるのがいいんじゃないかなぁ♡」
「受け入れる?」
「無理にシックに、とか、かっこよく、とかじゃなくてぇ、ちょっとは好きな要素を残してみたら、ってだけだよぉ♡」
『ね?』と首を傾げられ。エルスは反論の声も出ない。最近は実年齢に合うように、少しでも大人になれるようにとばかり考えていたような気がする。お酒だって飲めるのだから。そんなヤケに着飾った『大人』を
「……私、何かを見失っていた気がするわ」
「さて、それじゃあそろそろ帰ろうかなあ♡」
「もうこんな時間なのね……なんだかすっとしたわ、ありがとう。また来て頂戴ね。ええと……」
立ち上がり扉を開けた赤髪のひと。くるりと振り返り、ぱちんとウインクして。
「――ああ、そっか。俺はクイン。またねぇ、エルスちゃん♡」
完成された美。服も、表情も、そのさよならに添えられた手の動き、毛先の一本まで。これが魅せ方であると、エルスは理解した。
「……私も、頑張らないと」
おまけSS『n度目』
「ねぇ、エルスちゃぁん♡」
「何かしら、クインさん」
「『可愛いは武器になる』んじゃないのぉ?♡」
「><。」
「もぉ、他の人にだって言われてるんだから、そろそろ可愛いを受け入れるべきなんだよぉ♡ あ、俺、可愛いお洋服のお店知ってるから……今からいこっか♡」
「え!? ちょ、ちょっと、クインさん!? ねえ、ねえったら――!!!!」