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戦神の世界
登場人物一覧
●御幣島の真実
ある夏の日のこと。
台風の過ぎ去った小さな村に雑誌記者を名乗る男がやってきた。
ぬかるんだ土を踏み、ハンチング帽子を上げる。
彼がメモを片手にたどり着いたのは、小さなカフェであった。
しめった土のにおいがする木造建築の、さび付いたウェルカムベルを鳴らす。
古くさい作りとは裏腹にどこか洗練された明るさのある店内には、茶屋ヶ坂 戦神 秋奈(p3p006862)がぼうっと窓の外を眺めて座っていた。
向かいに座り、どうもと声をかける記者。
秋奈がやってきた記者へ向けて手元のグラスをちょんちょんと叩くと、記者は静かに同じものを二つ注文して見せた。
そうすることで、やっと、秋奈は記者に口を開いた。
「『あの子』のことを聞きたいのよね?」
「ああ、そうだ。御幣島 戦神 奏(p3p000216)について知りたい」
記者は手帳をめくり、新聞のスクラップを開いた。
「キングスコルピオンが幻想に仕掛けた戦いの中で捕虜となり、そして寝返り、ローレットや幻想軍と戦い死亡した……と、この記事には書かれている」
「その内容に……納得しなかったから私にアクセスしたのよね?」
「……」
記者は黙り、手帳を何ページかめくってから、ため息をはいた。
「実は、前に彼女の仕事を見たことがある。決して善良とは言えなかったが、金のために仲間を裏切ったり弱者をいたぶる趣味があるようには見えなかった。彼女は、もっと……」
「無邪気な子供のようだった?」
秋奈の言葉に、記者は小さく頷いた。
「あの記事を読んでからずっと、頭の中がモヤモヤしてるんだ。
俺はそれをスッキリさせたい。このインタビューを記事にするなというならしない。ただ知りたいんだ。御幣島 奏……いや『戦神』がどういう人間だったのか」
「そう……」
記者の真剣なまなざしから、秋奈は運ばれてきたコーラフロートへと視線を移した。
「悪いけど。私が知ってるのは『あっちの世界』に居た頃のあの子よ。それでもいい?」
問いかけ、というよりただの確認だ。
記者は既に手帳を開きペンを立てていた。
「じゃあ、そうね、どこから話そうかしら。歴史のお勉強は好き?」
●戦神はもういない
星歴0058年、第三地球は青さを喪いつつあった。
『テラフォーマー』と呼ばれた地球外生命体による襲撃を受け、人類はたった三週間のうちに20%が虐殺され、残った人類はある一人の少女に星の命運を託すことになった。
テラフォーマーの遺伝子と混じり合ったことで奇跡的に超常能力を得た少女■■■は、全世界が加盟した第三地球連合の開発した最新の装備Xストライカーと死んだ星から作られたという四本二対の刀をもって反抗を開始。
■■■は第三地球を自らの星へと塗り替えようとしていたテラフォーマーたちを圧倒し、拠点を次々と破壊していった。
開放された人々は次々に■■■の協力者となり、まるで雪だるまを転がしたように■■■の支援者たちは増えていった。
やがて■■■は『戦神』と呼ばれ、その支援者たちは含め星間守護機構『戦神』となった。
『戦神』は、世界の希望……まさに神となったのだ。
しかし神はいつまでもいてはくれなかった。
テラフォーマーたちの本拠地を破壊し第三地球から追放するという最終決戦において、テラフォーマーの女王と相打ちになって消滅。
『戦神』という大きすぎる代償によって、人類は平和を取り戻した。
――かに、見えた。
第三地球を浸食したテラフォーマーたちは、先遣隊に過ぎなかったのだ。
5年という時間をかけて、テラフォーマー本隊が第三地球へ次々と降下。
■■■を喪った星間守護機構『戦神』は量産型ストライカーを纏いテラフォーマーたちと戦ったが、その戦力差は歴然であった。
立ち向かった戦神部隊はアリの巣を潰すかのようにあっけなく虐殺されていく。
そうして追い詰められた人類のとった選択は、■■■をよみがえらせることだった。
■■■の残した『魂のデータ』を素質ある7人の少女へ注入し、人工的に『戦神』を量産するという計画である。
――御幣島 奏
――天王寺 昴
――心斎橋 芹那
――茶屋ヶ坂 秋奈
――桜ノ宮 雅
――香里園 櫻
――千里丘 小時
ロールアウトした七人の少女はその時より『戦神○番』を名乗り、テラフォーマーが征服した各地へと投入。
量産型『戦神』たちは複製されたXストライカーと、人類軍向けに大量に鍛造された四本二対の刀を装備しテラフォーマーたちを圧倒していった。
だが、それでも足りなかった。
テラフォーマーから獲得した力をただ複製してぶつけただけでは、原初の『戦神』と同じく相打ちしてしまうだけだったのだ。
七機存在した量産型『戦神』は半分以下にまで減り、残す三機のみが最終決戦に挑むことになった。
●心なき神と、名をもった神
赤い目をした『戦神肆番』が、飛行戦艦から投下される。
追って黒い目をした『戦神壱番』、青い目をした『戦神参番』が投下。
かつての最終決戦に比べ十倍以上の規模をもつテラフォーマー軍に対し、こちらはたったの三機。
敗北は濃厚だったが、滅亡の崖へ追いやられた人類軍は最後の抵抗としてこの戦力をぶつけることにしたのだった。
大地におりたった『戦神肆番』が刀を抜き、巨大なサソリめいた怪物を真っ二つに切断する。
ストライカーからエネルギー噴射をかけて飛び、巨人のごとき怪物を切り裂いて進んでいく。
が、そんな彼女たちが突如として被弾。
赤いストライカーを装着した人型テラフォーマーが現われ、『戦神壱番』のストライカーを破壊していったのだ。
落下する『戦神壱番』。
遠くなる空に手を伸ばし、『戦神壱番』は何かを呟いた。
目には何も見えていない。
耳にも何も聞こえていない。
魂の中にあった■■■が、『戦神壱番』に……否、御幣島 奏へ呼びかけたのだった。
瞬間。飛行戦艦に格納されていた最初のXストライカーが勝手に起動し、ハッチを突き破って飛行。落下する御幣島 奏へ自主的に装着すると、奏の両目が大きく見開いた。
神の力をただ行使したところで、それは神のまねごとでしかない。
「『確固たる意志をもって振った剣だけが、星を斬ることが出来る』」
こうして、世界に『御幣島 戦神 奏』が生まれた。
彼女に呼ばれるようにして、『戦神肆番』及び『戦神参番』が覚醒。
『茶屋ヶ坂 戦神 秋奈』『心斎橋 戦神 芹那』となり、彼女たちもまた赤い偽りの神へと戦いを挑んだ。
「そーあーいむすかーりー……」
心の中に流れた歌を、奏は嬉しそうに口ずさんだ。
世界を滅ぼすほどの力をもった神と、週末を遊び回る少女が、そこには両立していた。
修羅と乙女が、そこには両立していた。
奏は笑いながら剣を振り、赤いストライカーとそのずっと先にある巨大建造物を切断してしまった。
「さぁ、平伏し給え! ざんげの時間だ! なーんてね!」
二万を超える戦闘機の間をまっすぐに突っ切っていく奏。一瞬遅れて全ての戦闘機が爆発四散し、あとを追って飛ぶ秋奈と芹那が剣を抜いた。
「ちょっと! 一人で突っ込まないでくださいよ、私もやりたいんですから!」
「え、いいけど?」
あえてブレーキをかけた奏。芹那がこれ幸いと突っ込もうとしたところで秋奈が突如急加速。
その先にあった何十隻という飛行戦艦をジグザグに駆け抜けて次々に爆発させていった。
「おーあーいむすかーりー……ふふ」
奏のまねをして魂に浮かんだ歌を口ずさむ秋奈。
きりもみ回転をかけながら中央塔へ迫ると、テラフォーマーたちの拠点を粉々に破壊していった。
戦神たちは戦って、戦って、日曜日を満喫する乙女のように飛び回り、そして、テラフォーマーのことごとくを破壊し尽くした。
●茶屋ヶ坂の今
「それからはもうお祭り騒ぎだったわ。人類解放! 宇宙人消滅! USAUSA!」
拳を突き上げて笑う秋奈に、記者の男は眉をよせて首を傾げた。
「……わからないならいいわよ」
突き上げていた拳を下ろし、秋奈は膝の上に置いた。
「おかげで世界は平和になって、私たちはお役御免。
その先は戦争らしい戦争なんてなくて、たまにヤンチャする集団を見つけたら駆けつけて、指先一本でボンッてするだけ。
あとは遊んでお菓子食べて寝るだけの生活が始まったんだけど……」
「よかったじゃあないか」
秋奈は首を振って見せた。
「私は茶屋ヶ坂 戦神 秋奈。茶屋ヶ坂であると同時に戦神なのよ。ろくな戦いのない平和な世界なんて飽きちゃうでしょう?」
脅威が去った後は、戦神はただの平和維持装置。
わき上がる戦いへの衝動を持て余したまま、彼女たちは年を取らず何年も過ごしたという。
「そんなある日、よ」
秋奈は手を翳し、乙女のように笑った。
「奏が消えた。世界から忽然と。世界中が混乱したけど、私はワクワクしたわ。
もしかしたら、まだ見たことも無い戦乱が神様からプレゼントされたのかも……ってね」
「消えたというのは、つまり」
「そうね」
丁度、奏がこの混沌世界に召喚された時期と同じだった。
それから彼女は『プレゼントされた弱さ』を好き放題に振り回し、笑って遊んで戦って、歌って踊って殺して壊して、そして……笑って死んだのだ。
「あの子は裏切るとか寝返るとか、そういう殊勝なことを考えたりしないわ。
いつだって日曜日の女子高生だったし、楽しいことしか頭になかった。
まあ、かくいう私も似たようなものだけど」
肩をすくめて、左右非対称に笑って見せる秋奈。
記者はそこまでの話を書きとめると、パタンと手帳を閉じた。
「参考になったよ」
「あら、もういいの?」
「疑問は解けた。あの死も含めて、彼女にとって『神様からのプレゼント』だったわけだ」
そう言われて、秋奈は眉をぴくりと動かした。
「ね、本当に……素敵よね?」