PandoraPartyProject

SS詳細

ローダンセと共に

登場人物一覧

天香・遮那(p3n000179)
琥珀薫風
タイム(p3p007854)
女の子は強いから
タイムの関係者
→ イラスト

 見上げれば、群青の星空瞬き、箒を纏い降り落ちて。
 天に掛かる川は琥珀の瞳に煌めいた。
 夏の暑さは肌をじっとりと蒸して、浴衣から見える項がほんのりと色づく。
 頬に滴る汗が流れて首筋を伝っていった。
 虫除けの香がゆっくりと立ちのぼっていく。

「夜は少し涼しくなるのう」
 天香遮那は縁側に座り、空を見上げ呟いた。
 扇子で扇ぎながら、琥珀の瞳で隣の柊吉野を見遣る。
「確かに。少し涼しくなるな」
 浴衣を纏い群青の空のした共に夕涼みをするなんて、数年前では考えられなかったことだ。
「ふふ……」
「何笑ってんだよ」
 遮那が目を細め口元に笑みを零したのを睨み付ける吉野。
「いや、思い出してのう」
「何を……」
 吉野と遮那が出会ってから一年。
 その間に沢山の出会いがあり、思い出があった。
 特に忘れられないのは、神逐の大戦が終わり慌ただしく日々を過ごしていた頃。
「其方と明将、それに灯理が出会った時の事だ」
 獄人である柊吉野と八百万の御狩明将、浅香灯理の縁が結ばれた日。
 天香遮那の『友人』たちの思い出ばなしだ。

 ――――
 ――

 冬の寒さが天香の庭に降り注ぎ、朝の銀世界に悴む手を温める頃。
 執務室の火鉢の温かさにうつらうつらと船を漕いでいた遮那は玄関から聞こえてくる挨拶に顔を上げた。
 タイムと小金井・正純が明将を連れてやってきたのだ。
「お邪魔します」
「やっほー」
 彼女達は神使である。忙しい合間を縫ってこうして訪ねて来てくれる事に心が和んだ。
「ほっほっほ、いらっしゃいませ。お茶をご用意せねばなりませんな」
「あ、喜代さんお手伝いしますよ」
 お客様へお茶を出そうと現れた喜代婆こと浅香喜代を手伝うためタイムと正純は台所へと消えて行く。

 取り残された明将は所在なさげに部屋の隅で佇んでいた。
「明将も好きな所へ座ると良い。ゆるりとな」
「あ、ああ」
 遮那の言葉に安心した明将は、室内に居るもう一人の少年――吉野へと近づく。
 明将は彼の容姿に気付いた瞬間立ち止まり言葉を漏らした。
「なんで獄人が……」
 パチリと火鉢の炭が弾ける。
 八百万の、特に貴族階級において、獄人はその辺りに落ちている雑巾と同じ扱いなのだ。
 そうして育ってきた明将とて例外ではない。
 されど、今は明将の家も没落し、貴族でも何でも無い只の市井の民。
 蔑まれる痛みを知っているのに嫌な言葉を咄嗟に吐いてしまった事に、明将自身もばつが悪そうに視線を逸らした。
「んだ、テメェ喧嘩売ってんのか!?」
 顔を真っ赤にした吉野が明将の胸ぐらを掴みかかる。
 吉野とて自身の出自に劣等感を抱いていた。
 八百万である遮那の傍に獄人である自分が居ること。
 それは、政や祭事において遮那の足枷となるかもしれないと不安だったのだ。
 天香の人々は、元々獄人である楠忠継を家臣として置いていた事もあり、遮那が吉野を臣下とするのを悪く言う者は居なかった。
 けれど外から来た明将の『素直な感想』は、やはり、八百万の貴族の元に獄人の従者がいるのはおかしいという見方だったのだ。それを突きつけられた気がした。優しい人々に囲まれて忘れていたのかもしれない。
 カムイグラの貴族階級には根強く獄人差別の考えが残っているのだ。
 お互いがザラついた『恥ずかしさ』をぶつけるように、吉野と明将は取っ組み合いの喧嘩をした。

 暴れ出した二人を前に遮那は目を白黒させる。
「ど、どうしたら」
「おやまあ」
 遮那の隣にやってきた親友の浅香灯理は何事かと言葉を零した。
 同年代の少年達が取っ組み合いの喧嘩をする所なぞ見たことも無かった遮那は、親友の灯理に困惑した表情を見せる。
「心配せずとも二人とも本気ではないでしょう。気が済むまでやらせておけばいいのですよ。遮那殿」
「其方にそのような改まった言葉使いをされると、むず痒いのう」
「天香の当主の地位になられたのです。私が敬うのは当然のことでしょう?」
 灯理は遮那に微笑みを向ける。灯理がこの手の笑顔を浮かべる時は、何か機嫌が悪い時だと経験則で知っている。
「何か怒っておるのか? 灯理よ」
「いえ。滅相もございません。遮那殿にもお友達が増えたのだなと嬉しく思っております」
 遮那は灯理の肩にトンと自分の体重を掛けた。
「其方、やきもちか」
「はぁ……そういうとこだよ、もう。女性には優しいのに、僕にはそういう物言いするの何でなの。ちょっと寂しかっただけだよ。でも、遮那が選んだ臣下や友だ。きっと彼等も真面目で心根が優しいんだろう。僕も友達になれるだろうか」
 切なげに瞳を伏せる灯理の背を強めの力で叩いた遮那は、彼を連れて喧嘩をしている二人の前に立つ。

 遮那は足下でじゃれつく使い魔の望を抱き上げ、明将の顔に押しつけた。突然ふわふわの望を押しつけられて面食らう明将。
 そして、吉野には額をぺしんと叩く。痛くは無いが驚きで怒りの感情が一旦引いた。
「こら、二人ともいい加減にせよ! 怪我をしたらどうする」
 遮那の言葉に拳の振り下ろし方を探っていた二人は、安心した表情を浮かべた。
「だって、こいつが獄人だからって」
 吉野は悔しそうに着物を握り絞める。普段であればその様な言葉など簡単に聞き流せるものだ。悪意ある言葉に一々感情を揺さぶられる事は無い。けれど、明将の呟きは悪気無く出たものなのだろう。だから何時もより深く傷付いた。やはり、そう見られてしまうのかと吉野は自分自身の恥ずかしさをぶつけてしまった。
「あー、もう。……悪かったって。天香の人達が獄人を家に入れてる事に驚いたんだよ」
「なんでだよ。此処の人はそんな事しない」
 吉野の純粋な強い眼差しに、明将は感情の行き場を探るように頭を掻いた。
「…………知ってるよ。遮那様がそんな事をしないってのは。でも俺は父から聞かされてたから」
 明将は長胤派の貴族の子供だった。
 長胤と蛍の顛末。獄人によって最愛の人を失った悲しみは如何ほどのものかと。
 天香家が獄人を毛嫌いしているのではないか。そうに違いない。だったら我等もそれに倣うべきだ。
 そんな憶測と大人の事情を聴いて育ったのならば、思わず『何故』という言葉が出てくるのも無理はないのかもしれないと遮那は思った。
 現に姉が亡くなって以降、獄人であった忠継が名目上、遮那の傍仕えとなった。
 大々的に長胤の傍に獄人が居る事に難色を示した者もいたのかもしれない。

「だから、その。別に獄人だからって嫌とかじゃなくて。びっくりしたってだけ。悪かったな誤解させちまって。申し訳ない」
 自分の非を認め、真摯に頭を下げた明将に吉野も真正面から相対する。
「いや、俺も早とちりをした。すまない」
 相手が失言に対して謝罪し、それを受入れるというのは、双方に『今後』を共に歩みたいという意志があるからだ。遮那という主と友人がいるのだから全く無関係では居られない。
 自分の気持ちも大切だが、遮那も大事にしなければならないし、相手の事をまだ何も知らない状態で関係を絶つのは愚行なのだと吉野は思った。
 ――むず痒いけれど、大切な事だから。
 吉野と明将はザラつく痒さに頬を染めて握手を交す。分かち合う。

「ふふ、青春って感じがするね」
 二人のやり取りを見て灯理が微笑みを浮かべた。
「灯理茶化すでない。其方も混ざりたいと思っておるのだろう?」
 達観したような物言いをする灯理を遮那がつつく。
 足下にじゃれつく望も『一緒に遊ぼう』と灯理の袴を引っ張った。
「だからさ、何でそういう……」
 視線を上げた灯理が吉野を見遣れば、もう片方の手を差し出すのが見える。
「よく分かんねーけど、あんたも遮那様の友達なんだろ。だったらもう面倒くさいから全員友達で良い。俺と遮那様とコイツとあんた。全員だ」
「うむ。吉野の言うとおりだ。これからは皆で友達だ!」

 遮那の言葉に明将も灯理も笑い出す。
 幼い子供みたいに『今から友達』だなんて。
 最高に恥ずかしくて。
 感情が溢れるほどに嬉しくて。

 でも、そうあれば良いと願わずにはいられない。
 大人達に混ざって仕事を熟し、日々を重ねていく最中。
 もう子供ではなくなってしまうだろうと漠然な不安があるのだ。
 自分の中の秘めた子供の部分を曝け出せる友達は、きっとこの先、現れない。
 だから、この四人で気兼ねなく遊ぶ事が出来たらと期待してしまう。

「ほら手を貸すのだ」
 遮那が三人の手を重ね、最後に自分も乗せる。
「――此処に集うたも何かの縁。友としてこの先も歩んで欲しい」
 何の効力も無い遮那の言葉。されど、胸に染みこむ祝福の調べとなる。

 ――――
 ――

 リンと風鈴の音が鳴った。
「懐かしいな」
 吉野は目を細め夜空の星を見上げる。
「そんなに時間は経っておらぬのに、郷愁を感じるのう」
 四人で集まれたのは両手で数えられる程なのに、何年も積み重ねたような気にさせられる。

「若様、西瓜をお持ちしましたぞえ」
「喜代婆、大丈夫だぞ。持つからの。持つから! その手を離すのだ!」
 西瓜の乗った盆を震えながら持って来る喜代婆を姫菱安奈が制止する。
 安奈の楽しそうな声に望も遊んで欲しそうにじゃれついた。
 平和な日常に遮那は目を細める。
 そんな遮那を守ってやりたいと吉野は真剣な表情で言葉を紡いだ。
「お前は優し過ぎるところがあるからな。何かあれば俺に言え。男同士の話だ、秘密は守る」
「ああ、頼りにしているぞ吉野」
 拳を突き出す遮那に合わせて同じように重ねる吉野。

 この先何があっても、吉野は遮那の傍で彼を守り抜く。
 それが『臣下』として『友人』としての誓いだから。
 きっとそれは、明将や灯理も同じだと思っている。
 あの時紡がれた遮那の言葉を忘れてはいないだろうから。

 夏の夜に願うは――

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