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日常を謳歌する者
登場人物一覧
夏が近いとある日のこと。
希望ヶ浜学園の寮の一室に、朝日がカーテンから差し込む。
柔らかなベッドの上ですやすやと眠るイルミナ。水色の瞳はその陽射を浴びて、ぱちりと開く。
「んー……もう朝ッスか……」
眠る前は何をしていたか、今日は何をする日だったかと頭の中を整頓し、ゆっくりとベッドから起き上がってテレビをつける。
時刻は朝の7時半。丁度ニュースキャスターが現在まで起きているニュースを伝え終えたところで、天気予報へと切り替わっていた。
『本日の天気は晴れ。梅雨の時期ではありますが、夏並みの気温が予想されますため……』
テレビに表示されている表には近辺の天気と気温がずらりと表示され、全てが晴れマーク、衣類は乾かしやすいになっている。
それを見たイルミナは、正直勘弁してほしいという表情を見せる。ほとんど人の姿に近いロボットである自分にとっては暑さは大敵であり、故障しやすくなってしまう原因の1つ。本当にこの夏という季節だけはどうにかしてほしいと願うばかりだ。
しかも今日は希望ヶ浜でお出かけをしようと、前々から考えていた日!
こんな日に限って暑くなる予報なんて正直聞きたくなかったが、聞こえてしまったものは仕方がない。自分の体力と気力と話し合いながら、出かけることを決意する。
朝ご飯を食べ終えると、出かける準備を開始。
先程のテレビから聞こえてきた天気予報の情報を照らし合わせつつ、コーディネートを選び出した。
どんなに着飾っても最終的には暑くなるし、あまり着飾りすぎても見ている人も暑くなってしまう。その点を踏まえた上でイルミナは着れる服をクローゼットから探し出し、いくつか候補を絞りに絞り、最終的なコーディネートを選んだ。
「……よし、こんなもんッスかね」
水色の目と髪に合うように青みがかった白色のティアードワンピースを着て、視界的にも少し涼しげに。
つばの広い白の帽子を被って直射日光を防ぎ、バッグは映えるよう灰色の強い小柄なバッグを選び、靴は赤みがかった黒の編み上げブーツを選んだ。
今日は、とにかく暑くなる。
少しでも自分自身の熱がこもらないようにすることと、誰かの視界を涼し気なものにしようと考えた結果が、このコーディネートだ。
ただ何故か直感的に、今日は足だけはガードしなければならない気がした。故に黒の編み上げブーツを履いてガードしているのだ。
コーディネートを終えたイルミナは、寮の鍵を手にとって扉に手をかける。
ふと、何かを思い出したかのように室内に振り向いて一言声をかけた。
「それじゃ、いってきます」
誰もいない部屋は彼女の言葉に返答することなく、しんと静まり返っていた。
この行いにどんな理由があったのか、それは
それでもイルミナは、小さく微笑んでそのまま外に出る。
●
希望ヶ浜は、今日も変わらない日常が流れていた。
気にするほどではない人の流れが、今日はいつにも増して多いような気もする。
色々な事件が起きては解決するこの街では、人の流れというのは些細なものなのかもしれない。
まだ夏前だからか、蝉の鳴き声は聞こえてこない。
しかしゆらゆらと立ち上る陽炎が街中の暑さが凄まじいことを示しており、道行く人々も涼しげな格好が多かった。
イルミナはそんな希望ヶ浜の街中を、自由に歩き回っていた。
あてもなく町中を歩いていると、ふとアイスクリームショップの新作の文字が目に飛び込んできた。
幾人かの女性達がそのアイスクリームショップでその新作を購入しており、チラチラと見えてしまってイルミナの購入意欲を沸き立たせてくる。
財布の中身を確認したイルミナは、これは暑さを凌ぐためであると言い聞かせてアイスクリームショップの中へ。
「今日みたいな暑い日には、やっぱり冷たいアイスが一番ッスよ。うんうん」
いらっしゃいませ、という店員の声が聞こえてくる。受付の隣に並んだアイスクリームは様々なフレーバーを見せており、イルミナの購入意欲を更に掻き立ててくる。
新作はどれだろうと思い、店員に聞いてみると……今が旬の『すももフレーバー』、『あんずフレーバー』が現在の新作だという。
すももフレーバーは桃とは違い、そのアイスの色はだいぶ赤色に近い。すももと言えば甘みよりも酸味が少し高いため、イルミナの口の中に唾液が溜まり、食してみたいという感覚がイルミナの脳裏を貫いてくる。
対するあんずフレーバーはオレンジやマンゴーとはまた違った、淡い橙色のアイス。あんずは桃に近い甘さを持ち、酸味が控えめな香りの良い果物のため、その味も試してみたいという感覚がイルミナの脳裏を貫く。
「すもも……あんず……」
どちらにしようかとイルミナが悩んでいると、店員が発した『去年は出ていなかった完全新作ですよ』という追加の一言。おかげで更に悩みが加速した。
どちらか一方だけを選んでしまうと、めちゃくちゃ後悔してしまいそうな気がする。ここはいっそ、両方のアイスを重ねたツインアイスにしてしまおうか? そこまで悩むほどに。
だが、このアイスクリームショップはすももフレーバー、あんずフレーバーだけがオススメではない。
他にもいくつかのフレーバーが並んでおり、その多数のフレーバーの中からも選びたいと更に悩む。
どうしてやろうかと悩んだ結果、イルミナが出した答えは……。
●
街中を歩くイルミナの右手にはすももフレーバーのコーンアイス、左手にはアイスが8個ほど詰まったボックスがあった。
しきりに悩んだ結果、新作のフレーバーだけではなく自分が食べたいと思ったものも詰めよう! という答えにたどり着き、アイスクリームショップで提供されているお持ち帰り用の大きめのボックスで購入。
そして食べ歩き用にすももフレーバーのコーンアイスをチョイスして帰路へとついていた。
本当はもう少し街中を歩いてみたかったのだが、アイスが溶けてしまっては元も子もない。そのため、一度アイスを冷凍庫に片付けに行こうと思ったのだ。
「うーん、すももアイス美味しいッスねえ……」
今日の暑さはアイスだけでは冷やせないほどに暑いが、この暑さのおかげで新作アイスに巡り会えた。それについては気温に感謝しようと考えたイルミナ。
ふと街中に視線を送ると、ころころとボールがイルミナの方へ転がってくる。
公園にいる子供達がボール遊びをしていたようで、それを取りに行こうと駆け寄ってくるのが見えた。
ああ、もしかしてブーツはこの時のためだったのかな? とちょっとばかり笑ってしまったイルミナは、軽くボールを蹴って子供達に渡す。
子供達はイルミナに大声で感謝の言葉を上げて、またボール遊びへと戻った。
(こんな一日が長く続けばいいッスねえ)
ゆるく微笑んだイルミナは、希望ヶ浜学園の寮に向けて歩みを進める。
一歩一歩、今日という日常を噛み締めながら。
おまけSS『その日の夜の出来事。』
夜も暑い。おかげさまで、アイスがとても美味しい。
購入しておいたあんずフレーバー、メロンフレーバーを食べたイルミナは、カップを片付けた後にまた冷凍庫の扉を開ける。
「うっ……もう1個……!」
イルミナの部屋の冷凍庫に収められたアイスは、気づけば5つとなっていた……。