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SS詳細

死神と異邦人の家族

登場人物一覧

白夜 希(p3p009099)
死生の魔女

 いつも通りの帰り道を、自転車で帰る。希望ヶ浜から、白夜 希の領地へ――。
 自転車に乗るオイリの横を、看護師風の女性たちが走り抜けていった。
 『魔女の楽団』と呼ばれる彼女たちは、希の領地に存在する医師団の様な存在で、希の話によれば、各地の危険な場所にむかい、その場で人命救助を行っているのだという。
 希の領地は療養施設が多く設置されており、行き場のないもの達が静かに己の傷を癒していた。
 そんな風景を眺めながら、オイリは自転車をこいだ。胸中にはいくつかの疑問が渦巻いていて、それを今日、保護者に尋ねてみるつもりだった。

「という、ことなんだけど」
「ふむ。所でそれは私のプリンなのだけれど」
 仕事から帰ってきて、リビングで一息つこうと思っていた希だったが、既にテーブルには先客がついていた。希望ヶ浜学園の制服を着たまま、神妙な顔でプリンをパクついていたオイリだ。オイリは希の姿を見つけるや、怒涛の質問攻めを開始した。
 希望ヶ浜で暮らして、希の仕事に同行して、アドラステイアとは異なる世界の姿を見た。その見た景色の中でも、再現性東京、とりわけ希望ヶ浜は異様ともいえる感覚を、オイリに与えていた。
「希望ヶ浜だって、外と途絶して、独自の文化を築いているじゃない。でも、中の人達はわたしから見たらずっと幸せそう。恋の話とか、両親やきょうだいと反りが合わないとか、そんなことで悩んでる。わたしは――」
 オイリは刹那、瞳を閉じると、
「明日死ぬかもしれないって事で悩んでた。たぶん、わたしはずっと怖かったんだ……それを、家族のためとか、絆とかでかくして、見ないようにしてた」
「そこまでわかったんだ」
 希はオイリからプリンとスプーンを取り上げると、残っていたそれを口に含んだ。疲れた体に、甘さが心地よい。
「神様だってたくさんいて、いろんなことを信じたり、信じなかったりしてる……それで、何も怖くなくて生きていけるのが、不思議なのよ」
「一般論……まぁ、私、希望ヶ浜の人間じゃないから、見たり聞いたりしての一般論だけれど……麦茶とって」
 オイリが麦茶を用意しているのを見ながら、希は言う。
「単純に、貴方とは環境が違うから。平和だから、ともいう。此処は厳密には平和な地ではないけれど、それでも、元の平和な世界の幻像であることに違いはない。平和であれば、選択肢が取れる。明日死ぬかもしれないという不安は少なくともなくなる。そうすると、怒る相手も悩みだって好きに選べるし、信じるモノだって好きに選べる。それは幸せな事だから」
「でもそれって贅沢じゃない?」
「贅沢。でも、悪い事じゃない。人には色々な可能性があって、向き不向きがある。それを、環境とかで制限されてほしくはない。人は自由であるべきだと、私は思う」
 オイリは麦茶を手渡した。希が麦茶を飲んでいるすきに、プリンとスプーンを奪い返す。
「それを教えるために、私をここに連れてきたの? なんで私を選んだのよ」
 希はコップをテーブルに置いた。オンネリネンと言うアドラステイアの傭兵部隊。そこから保護されたのがオイリだ。そして、希はオイリを引き取った。
 何故? 簡単だ。可能性を見せたかったからだ。この子に。オイリだけじゃない、本当は、あの場に居たすべての子供達に、可能性の星を見せてやりたかった。それでも、オイリを選んだのは。
「そう。そして、貴方を選んだのは、一番頑固そうだったから」
 保護施設で、希はオイリと目が合ったのを思い出す。
 オイリは、諦めていなかったのだ。アドラステイアに戻る事を。それは危険な兆候だった。オイリは、『今の生活を捨てられない』。他の子供達が何となく出来ていたことを、オイリはその責任感故に、出来なかった。
「……わたしが、アドラステイアに帰ろうとしてたこと、知ってたんだ」
「うん」
 しばしの沈黙が訪れた。バレていたと言う事が、なんだかオイリに申し訳なさと悲しさが同居させていた。身勝手だが、信じていてほしかった――自分が、希を受け入れていると。それは、希と暮らすうちに日に日に強くなる思いだった。それは、これまでとは違う形の家族の絆が生まれた証左ではあったが、しかしオイリはそれを自分のわがままだと思っていた。
「質問には答えた。プリン代くらいは、私にも教えて」
「何を……?」
「貴方の事」
 オイリは椅子の背もたれにもたれかかって、言った。
「前に別の子と一緒に、ローレットに情報を流した。私はそれ以上の事は知らない」
「うん」
「マザー・カチヤは中層にいると思う。オンネリネンの支部みたいな所は下層にたくさんあって、わたしはそこの所属だから、本部がどうなってるのかは知らない。上層は、それこそわたしたちにとっては神様の領域だから。だから、そう言う事しかわたしは知らない」
「うん」
「わたしたちは……下層の各地の支部単位で暮らしてて……それで、それで……!」
 ぐっ、とオイリはこぶしを握り締めた。
「他に、何を話せばいいの!? わたし、他に何も知らないよ! 中層にも入ったことないし、アドラステイアがどうなってるのかなって、本当は解らない! わたし、わたしの何が聞きたいのよ!」
 テーブルを強く叩いて、オイリは立ち上がった。目の端には涙が浮かんでいた。希を裏切っていたことを気づかれたという罪悪感が、オイリに涙を流させていた。
「言ったでしょ、貴方の事」
「だから――」
「今日、どんな勉強をしたか。友達は出来たか。好きなテレビドラマの話。好きな雑誌や服の話。それから……ああ、私と一緒に行った以来の感想とかも聞きたい」
「それって……」
「別に、貴方を尋問したいとかじゃないの。ただ、貴方のことが聞きたい」
 希は首をかしげた。
「私も、別にこういうのが得意なわけじゃないし。間違ってたら、教えて欲しいけど。家族って、そう言うものじゃない?」
 オイリは椅子に座り込んだ。「家族って」呆然と呟いた。
「これも疑似家族のようなものだけど。貴方がオンネリネンの家族を本当のきょうだいのように思っていたように、私だって貴方を家族だと思いたい。だったら、こう言う事だってしてもいいでしょ?」
 希が静かに、そう言った。笑う事はしない。希はいつも無表情で、オイリはそれを知っていたが、しかしそれは希がオイリを受け入れていないというわけではなかった。それをわかっていた、分かっていたから、敵の情報源として扱われているのだしたら、辛いと思った。違うのだな、とオイリは思った。希は、家族ごっこを、本当に、続けてくれる気なのだ。
「今日は……国語の授業の時にね、教科書、つっかえずに読めたよ」
「うん」
「お昼はみんなで食べてね……今度、一緒に買い物行こうって誘われて」
「うん」
 希はゆっくりと立ち上がった。冷蔵庫から麦茶を取り出すと、自分の分と、オイリの分を注いで、テーブルの上にコップを置いた。
「続けて」
 穏やかに、希は言った。
 オイリは続けた。
「……たすけたい。残してきた子達の事。今は、戻りたいとかじゃない。助けてあげたいの。わたしと同じように、世界はこんなにも広いんだって教えてあげたい……」
「そうだね」
 希は立ち上がった。ゆっくりと近づいて、オイリを抱きしめた。
「助けに行こう」
 ……それは、外から見れば家族ごっこなのかもしれない。
 けれど、そこに生まれた絆は存在する。
 今もこうして、確かに。

  • 死神と異邦人の家族完了
  • GM名洗井落雲
  • 種別SS
  • 納品日2021年06月15日
  • ・白夜 希(p3p009099
    ※ おまけSS『それはそれとして』付き

おまけSS『それはそれとして』

「……ところで、そのプリン、私のなんだけど」
 と、希が無表情で向かいのオイリを見やる。すでに空っぽのプリン容器にオイリは視線を移し、
「名前を書こうってのがルールだったじゃない」
「だからって勝手に食べる? 普通聞かない?」
 べ、とオイリは舌を出した。希は静かに嘆息する。
「罰として、今度学校帰りにプリンを買ってくるように」
「え、お金は!?」
「いつもお小遣い渡してるでしょ。これは弁償だから、自分で払って」
 うええ、とオイリは唸った。
「ひどい! 悪徳保護者!」
「酷くない、これは当然の権利」
 ぎゃあぎゃあと騒ぐオイリを横目に、希はゆっくりと麦茶の入ったコップを傾けた。
 ……まぁ、今度からは二人分を買ってくるようにしよう。
 そんな事を思いながら。

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