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歴史の連なり
登場人物一覧
さて。ここに興味深い資料がある。
イミルの民という一族の話だ。
かつて幻想王国――が成る前に、豪族として存在していた一族。
色々あって封印されたらしいがね。
彼らの事を記した文献は決して多くない。
そもそも一族総出が巨人と化してしまったのだから――
けれど。
どうにも手元にあるこの資料にはイミルの民『全て』が魔物へ変じた訳ではないとされている。詰まる所、生き残りがいたんじゃないかという話だ。
まぁさもありなん――全ての民が秘術の対象になったか確認された訳ではない。
遠方にいる民まで効果の範囲だったのか? 或いは魔物になりたくはないと強い意志を持った者や、持ち前の魔力などで術に対抗した者もいたのではないか? それぞれの細かい事情はともあれ……普通の人間のままだったイミルの民がいてもおかしくはない。
そしてその一部は縁あったミミルの泉へと逃げてきたという記録が『コレ』だ。
当時の泉の近くに住まっていた者の日記。
逃げてきた彼らは魔物と化した同族が恐ろしかった。
同時に『魔物に落ちたイミルの民』として己らも迫害されるのではと恐れた。
――故に庇護を求めた。
ミミルの泉には知恵が宿るとされており、その信仰的概念から、当時一部のイミルの民も頻繁に此処には訪れていたらしい。故に交流もあった。そして彼らは当時ミミルの泉を含んだ地域を治めていた者と交渉した。
知恵が宿るとされる泉を守る為に力を貸そう。
だから己らを匿ってほしい、と。
結末だけを言えばそれは受け入れられた。知恵の伝説を抜きにしても豊かな水資源があったミミルに齎される争いも度々あったのだから……そして彼らを配下に迎え入れ――友好の証として生き残りの中の有力者であった娘と婚礼も結んだらしい。
やがて戦いを制する勇者王に忠誠を誓うべく。
ミミルの泉の伝説の源であった『角笛』を彼に献上したという話もある……
一説によるとこれが幻想貴族としてのノルン家の始まり。
つまり――ふふっ。
ノルン家も実はイミルの民の血が混ざった家柄かもしれないという事だ。
これらが事実ならば、の話だけれども。
全く人は面白いね。
自らを守るために同族を封じるのに協力したなんて。
それほどまでに命に執着を見せた訳だ彼らは――
ああやはり、人の。行動するに足る、最も強い原理は……
――以上。
アルテリウス=エスカ=ノルンの書斎館より見つかったメモより。
おまけSS『『角笛』』
領主殿、これは何なのですか?
「これはミミルの泉の伝説が由来だ。この泉の奥底にあった……知恵を齎すとされる源」
角笛、ですか。
「然り。本来であれば永遠にこれは水底にあるべきものだった……
これに水を汲み、そして飲めば――そのものは偉大なる叡智が与えられるという。しかし」
しかし――?
「その叡智を口にしたものは永遠の争いの中に落とされるという話もある。
……だからこそ水底に『あるべきもの』なのだ。
封印の儀を強化すべく勇者殿にお渡しするが――その後は、穏やかなる場所に安置されてほしいものだ」
……我らの為に、このようなモノを。
「言うな。もう貴殿らも我らの身内の様なモノ――
かようなモノを献上した者の中に、イミルの民がいるとも思われまい。
まぁ勇者殿であれば気にはせんだろうが……他の余人の目は分からぬしな。
それよりもこれにて貴殿らは完全にイミルの民から決別する事になるが――よいな?」
無論です。これからは貴方様の為に、我らはありましょう。
――どうかこの角笛が、永遠に争いを封じ込めてくれることこそを祈ります。
「……争いを呼ぶ角笛に、争いを封じ込める祈りを――か。
そうだな。この角笛の音が二度とならぬことを……祈るばかりだ」
――■■の場における、ある男女の会話より。