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あの晴れやかな日のままで
登場人物一覧
弟の泣き声が聞こえたときには遅かった。
森の中の鬼ごっこ。
崩落しているところだってある。
それを自分は知っていたのに。
「うわああああああ――――!」
受け止めることができなくて。
ごめん。
●
その日は雨上がりだった。
青い空にぽっかり浮かぶグレーの雲。すこし不安にならなかったわけじゃない。何か、悪いことが起きるんじゃないかって。
でも、小さかった俺は、遊びたい気持ちを優先した。
「じゃあ、俺が鬼やるから、皆は遠くないところに隠れるんだぞ」
「「「はあーい」」」
「30秒数えたら探し始めるからな!」
「わあ、みじかいよう!」
「にげなきゃ!」
「わーー!!」
「にいちゃんをこんどこそまかしてやる!」
「はは、楽しみにしてるよ。ほら、いけ!」
てってって、と可愛らしい足音を響かせて、弟妹は森の中へ散り散りに。
普段から大人たちがモンスターを討伐していることや、森と街はそう遠くはないことから、俺達はその森を使って遊ぶことが多かった。
「にじゅーはち、にじゅーきゅう、さんじゅ! よっしゃ、探すぞ!」
大きな声で叫ぶ。
すると、きゃあきゃあと笑う声が聞こえる。最初は聞こえなかったふりをして反対の方へ行ってみる。
「こっちか?」
「ふふ、はんたいだよう!」
「お? そっちか。今行くからな!」
「わー!! にげろーっ!!」
はしゃぐ弟妹達を両手をあげて、狼のように追いかける。実際狼だけど、こうしたほうが盛り上がるからだ。
「わ、捕まっちゃったあ」
「ふふ、お兄ちゃんだからな。よし、あとさんにんだな」
「きゃあーーーーー!!!!!!!!!!!!!!」
「っ、にいちゃん、この声」
「花夏の声だ。冬司は大人を呼んできてくれ!」
「わかった!」
「千波は他のやつみんな連れて帰れ」
「ハルにいは?」
「見てくる。俺がおにいちゃんなんだから、助けてやれるかもしれない」
「……わ、わかった」
森の中は広い。叫び声がどこから聞こえたかも、わからない。
「かーーーーーーーーーなーーーーーーーーー!!!! 花夏!!!!!! どこだ、返事しろ!!!」
「おにいちゃん、こっち、たすけて!!」
「そっちは動けそうか?!」
「だめ、うごけない!」
「敵が近くにいるのか!」
「ううん、ううん、ちがうの」
じゃあ、なにが。
問う前に、視界が開けた。
花夏がいたのは、崖だった。
「え……?」
「あのね、あのね、こーくんが、おちたの」
おちた?
「おにいちゃん、こーくん、おちちゃったの」
ぐす、ぐすと泣き出した花夏。
俺は崖の下を覗き込んだ。
「ッ!!」
血まみれの、弟。
横たわって、動きやしない。
俺は崖を下った。危険だと解っていても、からだが止まらなかった。
「花夏、大人にひもを貰ってくれ」
「うん、っ、わかった、」
「光汰! 光汰! おい、大丈夫か、」
「にいちゃ、」
「光汰!!」
「おれね、下に靴、おとしちゃったんだ」
「ああ」
「とろうとして、崖をおりたかったの」
「うん」
「そしたら、おっきい石があたまにおちてきて」
「もう喋らなくていいから」
心臓が破裂しそうだった。
俺の目の前で、弟が死んでしまうんじゃないかと思ったら、だめだってわかっていても、身体を触って、動かしてしまって。
「にいちゃん、なかないで」
光汰が苦しそうに笑うのを、俺は何も言えずに見守ることしかできなかった。
気が付いたら、大きな病院に居た。
母さん曰く、弟は失明と、何針か縫うだけですんだ、らしい。
それは『だけ』で済まされていいような傷じゃないと、俺はわかっていた。
「ハル。今日は帰ったらすぐ寝るのよ」
わしゃわしゃと、いつもは弟妹を撫でる大きな手のひらが、俺の頭をぐしゃぐしゃにする。
かなしかった。
つらかった。
まもれなかった。
俺は泣いた。助けられなかった。
ごめん。頼りないにいちゃんでごめん。
怪我させて、ごめん。
ごめん。
ごめん。
ごめんな。