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季節外れのパンケーキ・デイ
登場人物一覧
あのときには電話ボックス2つ分くらいの小さな懺悔室だけが置かれていた。その部屋を訪れたのはおおよそ一年ほど前のことだったか。
「いやあ、またここに来るとは思ってなかったッスね!」
呟く、と表現するには少々大きな独り言。二度目の来訪者となるイルミナ・ガードルーンの表情は懺悔室を訪れるものとは思えないほどに晴れやかなものだった。
キュインキュイン、とかすかな機械音を立てながら周辺を見回すアクア・ブルーの
年季の入った外開きのドア、告解の部屋に入るまでに順番を待つためだけの小さな空間。開け放たれた戸の隙間からわずかに見える椅子とどれほどの広さがあるのかわからない暗闇。どこから吹いてくるのかわからない穏やかな風が、懺悔室以外の出入り口が無いはずの部屋をわずかに通り、どこから差してくるのかわからない日差しのようなものが、ステンドグラスの色彩を白壁に映し出す。
殆どのものは記憶通りのようにも思える。その光景は静謐と神秘が似合う、まさに『懺悔』のための空間と言っても過言ではなかった。
しかし記憶と違うものも多くある。
そして外側から鍵のかけられていた、懺悔室の主が入って居るだろうと思われた側の南京錠も外され、自由に出入りができるようになっていた。もっとも、その鍵を開けたのがイルミナであるのだから鍵を開けた状態が維持されていた……と表現するほうが正確であるのだが。
そして何よりも大きな変化。それは――
「それに
「光陰とは矢の如く、而して邂逅は昨日のように鮮明に」
簡素とはいえ、そして訪れるものが決して多いとはいえないこの場所に待合室程度の役割しか持たなかった小さな『外』に対話を可能とする空間が生まれていることだろう。木の丸椅子、そしてそれを大きくしただけともいえよう簡素な木の丸机。その上ではどこで用意したのだろうかとも思える紅茶が湯気を立て、焼きたてのパンケーキがイルミナともうひとりの前で焼きたての湯気と蕩けるバターの良い香りを立てている。
「イルミナができることなら何でもやるッス! とはいったものの鍵を開けてどうするかってまさか外に出てお茶をするってのは予想の斜め下というか、えっ?! それだけッスか……? って感じだったッス」
けれども
後ろめたさを食らう生き物が茶を啜るのはあくまでもポースでしか無い。その事は知ってはいるのだが、イルミナもそれに倣うようにパンケーキを口に運び、紅茶を一口飲む動作をする。たっぷりのバターに、添えられた琥珀のメープルシロップの甘み。味覚センサと温度センサも正常に稼働しているようだった。
「……懺悔の相手は本来姿を見せるものではない。姿を見せ、
後ろめたさを食らって居るのにもかかわらず、と
「で、外に出てみた今は楽しいッスか?」
「無論。汝も理解出来よう。
かちゃりとカップとソーサーが静かにぶつかる音が響く。あの日の
「つまるところ、汝が懺悔に空腹よりも羨望が打ち勝ってしまったが故の、願いだったわけだ」
懺悔は本来聞くだけのもの。ソレに自分の意志を介在させたり、何かしらの感情を抱くわけにはいかないものだ。この外に広く、広く広がるような『世界』に自分が踏み出せなくても懺悔室の外では自分でありたい、そうつぶやくティーカップのハンドルを指先で忙しなく弄るような動作。
「あっはは。やっぱり悪い子ッスかねぇ」
「『如何なる罪とて、私は赦そう。汝が耽る享楽は――生の証だ』、とはもう云った言葉だ」
「生の証、ッスかあ……」
ふと、カップを持つ自分の指先を見る。確りとメンテナンスをされた、人造の指先は生身の熱を持たない。
何せ人間は生きている。機械でも鉄塊でもなく生身の脳があり、魂があるのだから自分自身の感じるものが偽物じゃあないかなんてことをきっと悩まない。悩む必要なく、自分のものだから。
「いやあ、ほんとうに難しいっスね」
「然り、
「……でも、イルミナが悪い子だとしても。今が『悪い』とは思ってないんスよ」
特異運命座標として辛い依頼に挑むこともある。けど、学生として学校に通ったり、仲間と遊んだり。命じられるわけじゃあなくて自分で見つけていくそういう日々の一瞬一瞬が、楽しい。それは今も変わらず抱えた『罪』である。でも、そんなのは懺悔することではないのだ。胸を張って楽しい、と言えるのだから。
影が、笑う。飲み終わっていない紅茶以外の菓子類はいつの間にか影が片付けたようで、ぬるくなった紅茶だけが簡素な机でお茶会を主張し続けていた。
「ところで、これからどうするんスか?」
「
イルミナを見る影の表情はわからない。それでも、イルミナは思うのだ。きっとそれは