PandoraPartyProject

SS詳細

季節外れのパンケーキ・デイ

登場人物一覧

イルミナ・ガードルーン(p3p001475)
まずは、お話から。

 あのときには電話ボックス2つ分くらいの小さな懺悔室だけが置かれていた。その部屋を訪れたのはおおよそ一年ほど前のことだったか。

「いやあ、またここに来るとは思ってなかったッスね!」

 呟く、と表現するには少々大きな独り言。二度目の来訪者となるイルミナ・ガードルーンの表情は懺悔室を訪れるものとは思えないほどに晴れやかなものだった。
 キュインキュイン、とかすかな機械音を立てながら周辺を見回すアクア・ブルーの視覚センサひとみ。その双眸から得る情報は、記憶メモリの中に存在する場所と現在地が合致していることも視覚データとしても証明していた。
年季の入った外開きのドア、告解の部屋に入るまでに順番を待つためだけの小さな空間。開け放たれた戸の隙間からわずかに見える椅子とどれほどの広さがあるのかわからない暗闇。どこから吹いてくるのかわからない穏やかな風が、懺悔室以外の出入り口が無いはずの部屋をわずかに通り、どこから差してくるのかわからない日差しのようなものが、ステンドグラスの色彩を白壁に映し出す。
 殆どのものは記憶通りのようにも思える。その光景は静謐と神秘が似合う、まさに『懺悔』のための空間と言っても過言ではなかった。
 しかし記憶と違うものも多くある。
 黒壇エボニー製の扉はメンテナンスでもされたのか、あの時よりも幾分か艶めいているし、キイキイと古びた音を立てていた蝶番は油が差されたのかなめらかに動く。そのせいか、寂れたところからただ静かな場所へと与える印象を変えている。
 そして外側から鍵のかけられていた、懺悔室の主が入って居るだろうと思われた側の南京錠も外され、自由に出入りができるようになっていた。もっとも、その鍵を開けたのがイルミナであるのだから鍵を開けた状態が維持されていた……と表現するほうが正確であるのだが。
 そして何よりも大きな変化。それは――
「それに一対一こういうかたちでまたお話することになるとは思ってなかったッスよ」
「光陰とは矢の如く、而して邂逅は昨日のように鮮明に」
 簡素とはいえ、そして訪れるものが決して多いとはいえないこの場所に待合室程度の役割しか持たなかった小さな『外』に対話を可能とする空間が生まれていることだろう。木の丸椅子、そしてそれを大きくしただけともいえよう簡素な木の丸机。その上ではどこで用意したのだろうかとも思える紅茶が湯気を立て、焼きたてのパンケーキがイルミナともうひとりの前で焼きたての湯気と蕩けるバターの良い香りを立てている。
 お茶会アフタヌーンティーの用意。それがこの場にあったであろう静謐と神秘を一気に剥ぎ取り、おやつの時間へと変貌させていた。
「イルミナができることなら何でもやるッス! とはいったものの鍵を開けてどうするかってまさか外に出てお茶をするってのは予想の斜め下というか、えっ?! それだけッスか……? って感じだったッス」
 けれども閉じ込められ外から施錠されてちゃあ、たしかに誰かに頼むしか無いッスよねえ。でも閉じ込められてたんなら鍵を持ってるのもおかしいし……なんでだったんスか? とイルミナは首をかしげる。イルミナの目の前にいる影を人の形に切り取ったような物体……もとい懺悔室の主は少しの沈黙の後、茶を一口だけ啜った。
 後ろめたさを食らう生き物が茶を啜るのはあくまでもポースでしか無い。その事は知ってはいるのだが、イルミナもそれに倣うようにパンケーキを口に運び、紅茶を一口飲む動作をする。たっぷりのバターに、添えられた琥珀のメープルシロップの甘み。味覚センサと温度センサも正常に稼働しているようだった。 
「……懺悔の相手は本来姿を見せるものではない。姿を見せ、を見せてしまえば語る懺悔はただの『話』になってしまう。懺悔室ではなく、との。実に滑稽な話だが――私はそれが後ろめたくて仕方がなかった」
 後ろめたさを食らって居るのにもかかわらず、と自嘲わらう影の声はまるでイルミナを相手に懺悔するかにも聞こえる。人を真似た影の表情いろなどというのはカメラ越しには見えなかったもののどういうものかの想像は、イルミナでも容易かった。
「で、外に出てみた今は楽しいッスか?」
「無論。汝も理解出来よう。懺悔室じぶんとして存在できる歓び――」
 かちゃりとカップとソーサーが静かにぶつかる音が響く。あの日のイルミナじぶんの告解は今でもメモリに確りと記録されている。イルミナじぶんが個として存在していることが楽しい。それが、
「つまるところ、汝が懺悔に空腹よりも羨望が打ち勝ってしまったが故の、願いだったわけだ」
 懺悔は本来聞くだけのもの。ソレに自分の意志を介在させたり、何かしらの感情を抱くわけにはいかないものだ。この外に広く、広く広がるような『世界』に自分が踏み出せなくても懺悔室の外では自分でありたい、そうつぶやくティーカップのハンドルを指先で忙しなく弄るような動作。人間種ひとであればきっと照れたり、目をそらしたりと云った動作が見受けられただろうその姿は暗闇の中の声とはいくぶんか違って見えた。なれば。

「あっはは。やっぱり悪い子ッスかねぇ」
「『如何なる罪とて、私は赦そう。汝が耽る享楽は――生の証だ』、とはもう云った言葉だ」
「生の証、ッスかあ……」

 ふと、カップを持つ自分の指先を見る。確りとメンテナンスをされた、人造の指先は生身の熱を持たない。自分イルミナは機械でしかない。機械の死というのは所詮電源がつかなくなっただとかそういう程度のことでしか無いのだ。かけがえのない記憶だろうがそういうものでさえ所有者がクリーンナップしてしまえば一瞬で消えてしまうような自分自身が意思を持って動いて、毎日を過ごして、楽しいと感じる。それらの感覚さえも演算の結果でしかないのではないか……なんて。人間であればそんな些事ことに迷ったりはしないだろう。
 何せ人間は生きている。機械でも鉄塊でもなく生身の脳があり、魂があるのだから自分自身の感じるものが偽物じゃあないかなんてことをきっと悩まない。悩む必要なく、自分のものだから。
「いやあ、ほんとうに難しいっスね」
「然り、哲学フィロソフィの域だろう」
「……でも、イルミナが悪い子だとしても。今が『悪い』とは思ってないんスよ」
 特異運命座標として辛い依頼に挑むこともある。けど、学生として学校に通ったり、仲間と遊んだり。命じられるわけじゃあなくて自分で見つけていくそういう日々の一瞬一瞬が、楽しい。それは今も変わらず抱えた『罪』である。でも、そんなのは懺悔することではないのだ。胸を張って楽しい、と言えるのだから。
 影が、笑う。飲み終わっていない紅茶以外の菓子類はいつの間にか影が片付けたようで、ぬるくなった紅茶だけが簡素な机でお茶会を主張し続けていた。

「ところで、これからどうするんスか?」
不解わからぬ。ただ、汝が模倣かもしれぬが、私もきてみようか、と思う。役割たる枷の外側、自分自身の裡にある願いと供に」

 イルミナを見る影の表情はわからない。それでも、イルミナは思うのだ。きっとそれは人間ひとを見ているときの自分の表情いろに似ているのだろう。白い壁に映り込むステンドグラスの光。二人の影の頭上には燦然と星標の光が、生を謳歌し進むものの罪を赦すかのごとく輝いているように見えた。

  • 季節外れのパンケーキ・デイ完了
  • NM名玻璃ムシロ
  • 種別SS
  • 納品日2021年06月12日
  • ・イルミナ・ガードルーン(p3p001475

PAGETOPPAGEBOTTOM