PandoraPartyProject

SS詳細

タイガー・ブレッド

登場人物一覧

零・K・メルヴィル(p3p000277)
つばさ
マリア・レイシス(p3p006685)
雷光殲姫

 晴れ晴れとした陽光が地平の彼方にまで続いている。
 見渡す限りの陽気な気候。あぁ実にいい天気だと誰もが感じるだろう――
 そんな日の昼下がりに。
「やぁ! 君がパンで有名な上谷君か――今回はよろしく頼むよ!」
「へへ、パンで有名ね……意外と俺の名前も広まってたんだな。
 ああ嬉しい限りだ。おぅとも、今回はよろしく頼むな、マリア」
 ある移動屋台は北国である鉄帝の方へと訪れていた――それは上谷・零のパン店であり、彼を待っていたのはマリア・レイシスだ。
 これは何の集まりかと言えば……一言で表すなら業務提携、だろうか?
 マリアは鉄帝国の方でVDMランドというテーマパークを所有している。かのランドは来るべきグランドオープンに向けての準備に勤しんでいる真っ最中で……そのために数々の仕入れや商品開発、そしてメインたるランド建設の為の業者探しも行っているのだ。
 あ。でも業者に関してはマリアが信頼している某人物が『とってもいい業者を見つけましたの! 私に任せてくださいましね!』と言っていたので大丈夫か。ヨシッ!
 ともあれその一環として、食品部門の目玉が一つを零に担当してもらいたくマリアは彼に協力の依頼を打診していたのだ。

 『VDMランドらしいパン』――それがあればきっとより賑やかになると!

「とりあえずは『VDMランド』をモチーフにしたパンね……
 流石に熱を加える過程上、アルコールを含むのとかは難しいだろうから――
 チャレンジするなら形だろうな! 形!」
「形? ははぁ成程! うん、君にそこは任せるよ!!」
 故にと。腕まくりをして準備を始めた零がパン作りに取り掛かる――
 VDMランドは酒類に関係のある場所だ……が。熱を加えて作るパンと、熱を加えられれば気化してしまうアルコールとは相性が良いとは言えない。が、元々テーマパークの側面もあるランドならば小さい子供が来ることも十分考えられる筈だ。
 そういった層の心に差すべく『パンの形』を彼はメインに据える。
 作るべきは――まずはランドのイメージ図
 一番簡単なのは焦げ目で形を創り出す事だろうかと。
 悩むよりもまずは手を動かそう――さすれば試作品がまずは焼きあがって。
「よっし、ひとまずはこんなんでどうかな?」
 大釜から取り出したそこに在りしは幾つものクリームパン――
 だが、その表層にはランドの外見がデフォルメしたのが描かれている。
 他にもランドそのもののモチーフである動物の絵柄もあって……
「おお、良いじゃないか――! でも、気持ちもう少しだけ虎っぽく出来るかな……? そうだね、もし可能だったら形そのものも虎っぽく出来るとありがたいんだけど……!」
「虎……え、これ以上虎っぽく? うーんそうだな……」
 だが。デフォルメしている影響か雄々しさは感じられなかった。
 これでは見る人によっては虎が猫に見えなくもない――ふふん、それじゃあちょっとまずいんだよ。だって私は虎だからね! 荒々しい重厚さのイメージが大切なのさ!
「んん……焦げ目はともかく、形そのものをあんま細かくしすぎると結局虎が潰れる可能性も……いや、違うな。折角頼ってくれたんだ、可能な限り手を打つさ……! ああ任せておいてくれ!」
「うん、すまないね――! ああ或いはVDMランドの名物やお土産だから、とらぁ君の形という方向性もありかな? VDMランドには沢山のマスコットたちがいるんだよ!」
「ああ――あそこで覗いてる連中の事?」
 えっ? とマリアが振り向いた先には木の影に隠れる様にしながら様子を眺めていたVDMランドのマスコット達であった! とらぁ君とかすごいデカいので全然隠れられてないが。
「こ、こらー! 皆はランドでお留守番って言ったじゃないか――!! あ、待てー!」
 マリアに見つかって、とらぁ君の背中にのって逃げようとするトラコフスカヤにエビや虹吐くネズミ達。やれやれ賑やかなものである……が。マスコットらの姿を直に見る事が出来たのは幸いだったかもしれない。
「成程な。とらぁ君達の姿を模して……そういう方向性もアリだな。
 うんうん子供たちとかには受けも良さそうだぜ」
「はぁ、はぁ。皆、皆こういう時は特に足が速いんだから……そういえば君はなんでもパンを出せるっていう話を聞いたことがあるんだけど――君のパンはフランスパンだけだったよね?」
 あぁ、俺がギフトで出せるのはフランスパンだけだ――と。次なるパンに取り掛かりながら答えるのは、零のギフトに関する事だ。彼はフランスパンであれば即座にどこからでも取り出すことが出来る祝福の持ち主。
 フランスパンの枠組みであれば固さや長さ、太さに大きさも自由自在だ。尤も、味は同じであるゆえに独創性や違いを出そうとすれば『それ以外』である必要があるのだが。
「ま、さっきも試作品で作ったけど――クリームパンは自力で創れるんだぜ。だからとらぁ君……ていうか動物型ってするならとらぁ君の型したクリームパンもありじゃねぇかなって思うんだ」
「うんうん! とっても良いアイディアじゃあないか! 皆の姿が再現されたら、とらぁ君達も喜びそうだしね!」
 方向性は定まった――が。パン作りは一朝一夕とはいかない。
 なんでもいいというのなら話は別だが、それではダメなのだ。
 皆の笑顔の為。誰かの心に残るものをと考えれば――
「うーんこの形だとやっぱり少し崩れるな。もうちっと此処を削って……」
「中のバリエーションも変えた方が良いのかな? クリームだけじゃなくてチョコとか」
「おっ。ならあのエビの場合はいっそのことエビを使ってどうにかしてみるのもよさそうだな――えっ? 何? あれはトラ? えっ、どこからどう見てもブラックタイガーの様な……」
 多くの話し合いの末。多くの試行錯誤が――必要となるものだ。
 あーでもないこーでもない。試食の数が増えればお腹がいっぱいになってきて、いつの間にか試食に加わっているトラコフスカヤちゃん達がいれば――まぁサンプル試食と感想は助かるからもうヨシとするか。全部おいしいっていうけどこの子達。
「しかし熱心だよなぁマリアも。ここまで付き合う奴もなかなかいないぜ?」
 と。更に次なるパンを焼きながら――零はマリアへと言葉を紡ぐ。
「パンに何か思い入れでもあるのか――?」
「ふふ! パンというか、実はね! 完成試作品第一号は大切な人に贈りたいんだ! ヴァリューシャっていうんだけどね――ああ、もしかしたらヴァレーリヤっていえば伝わるかな?」
 えっへんと。腕を組みながら片方の人差し指を天へと立てて。
 彼女が思い浮かべるは――己が半身とも言うべきヴァレーリヤ。
 自らの太陽にこそ送りたい。
 作り上げられし至高を。数多の試行の末に生み出された『これぞ』というものを。
「ヴァリューシャ……ああヴァレーリヤか。
 その名前なら知ってるな、何度か依頼であったことあるし。
 そっか。大切な人に――か」
 だからこそ零も理解できる。
 もしも己が逆の立場であったとしたら、彼にとっても同じ心境だっただろうから。
 ――たった一人の、愛しき華に捧ぐだろう。
 己が傑作をこの世に生み出せたのならば。
「よっし! 出来たぞ――これならどうだ!!」
 そして――ついに彼はオーダーである一品を造り出す。
 それは虎の象徴。中にクリームを挟んだモノと、もう一つは塩をまぶしたモノだ。
 所謂かな塩パンの一種だ。パンに塩をまぶしたもの――だが使っている岩塩が絶妙なハーモニーを生み出す。クリームパンにより虎の優しき抱擁を表現し、塩による雄々しく荒々しき味わいを再現しているソレらは見るからに絶品だ。
 匂いが立ち上り食欲を生み出す。
 誰もが見惚れ、誰もが腹を刺激されよう――成程これは良さそうだ!
「うん――! これは良いね! 早速ヴァリューシャに食べさせてあげたいんだけど、いくつか貰って帰ってもいいかな? 勿論お代は全部出すよ!」
「あぁ勿論、貰うのは構わないぜ。折角できたものだしな――誰かに食べてもらえなきゃ、それこそこのパンも報われないってもんさ」
 ランドの目玉として相応しき一品。目を輝かせるマリアに零は満足そうに。
「ほら、一度帰るよ皆! あ、だめ! これは駄目だからね!!
 ヴァリューシャに送るんだから!! だーめー!!」
 さすればあまりにパンが美味しそうだから『くださいですのー! くださいですのー!』とトラコフスカヤちゃん達が騒ぐが、これはダメだよダメダメ!! 虎の威嚇を見せながら、お腹が膨れ上がってヘソ天しているとらぁ君のお腹も叩いて帰る合図を。
 やれやれ。しかし、まぁあれだけ試行錯誤した末に完成した一品だ。
 マスコットの面々が騒いでほしがるのも無理はない話か……
「VDMランド、ねぇ」
 なんでもマリアの話だともうすぐプレオープンは予定しているのだとか。
 本格開始のグランドオープンまではもう暫く時間がかかるやもしれないが……
「今度――一回覗いてみてもいいかもしれないなぁ」
 マリアにとっての半身がヴァレーリヤである様に。
 零にとっての半身たる――アニーも連れて。
 もしかすればその時、今作ったパンが並んでいるかもしれないと思いながら……
 空を見る。
 晴れ晴れとした天気。穏やかなる気候。
 この空の続く先に――VDMランドもあるのだと思考すれば。

 零はパンを作り上げた満足に、吐息を一つ零した。

  • タイガー・ブレッド完了
  • GM名茶零四
  • 種別SS
  • 納品日2021年06月09日
  • ・零・K・メルヴィル(p3p000277
    ・マリア・レイシス(p3p006685

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