SS詳細
中学3年、夏、青春
登場人物一覧
●中学3年、夏、青春
「うん、なかなか楽しかったゾ!」
ぐいと、青空に向かって背伸びする少女――溝隠 瑠璃(p3p009137)の姿を、俺は呆然と見上げていた。
みとれていたのだ。
5月7日。俺の16歳の誕生日。特異運命座標点として召喚されたあの日。これで、瑠璃ちゃんと対等になれたのだと舞い上がって、勝負を挑んだ。
「それじゃあ、試してみる?」
ふわり、「おいで」と誘うような蠱惑的な笑み。誘われるように足を踏み出して、俺ははっとして、戦闘の構えをとった。心臓が、どきどきと高鳴っていた。
ケガをさせてしまったらどうしよう?
いや、でも、全力でいったほうがいいのかな。
もしも俺が勝ったら?
今まで、助けられてばっかりだったけど、きっと、好きになってもらえるはずだ。……デートに誘ってみたりする? 何度かショッピングに行って、いやいや、図書館デートとかの方がいいかもしれない。そうしたら、付き合うことになったりして、夏休みのデートはやっぱり浴衣かな。ドカンと花火が打ちあがったところで君の唇に――。
……都合よく先走った妄想は、一瞬にして、ボロボロに打ち砕かれた。
力の差がありすぎたのだ。
俺に付いている「八尺ちゃん」は、多分、わかってたんだろう。瑠璃ちゃんに手加減なんて、必要ないってこと。むしろ、手加減されていたのは俺の方。
八尺ちゃんは、明確に”魅了”に抗った。俺はそれを、攻撃として認識すらしていなかった。回り込んで、呪力を乗せた一撃を見舞おうとした。瑠璃ちゃんは、まるで、ダンスでも踊っているかのように、その一撃をかわして楽しそうに笑った。
「もっと楽しませてくれるよね?」
圧倒的に、打ちのめされていた。君はどこまでも綺麗で、視線を外せなかった。
ますます君に惹かれていた。
変わらないのはただ一つ。
俺は君の事が世界一大好きだということ。
運命の出会いは、中学三年の夏休み明け。
「転校生? ふーん、興味ないね」という態度をして斜に構えていた俺は、たぶん、ふてくされていた。
俺は、”顔がちょっと怖い”。……たいてい、女の子は、いや、野郎だって寄ってこない。道を歩けばいかついお兄さんだって、「ひえっ……」と顔を引きつらせて俺を避けるくらいには。
本当は、健全な中学生男子として、女の子には誰よりも興味があった。でも、見ない振りをしていた――君に会うまでは。
「おい、やべえって! 今度の転校生はマジで可愛いんだって!」と騒いでいたクラスメイトのことを、俺は内心馬鹿にしていたのだ。また大げさな、と。
世界一可愛い、アイドルより可愛い、むしろアイドルでは?
アイドルじゃないなら、世の中がおかしい。
「溝隠 瑠璃だゾ! よろしくお願いします」
ぺこり、と可愛らしく頭を下げる美少女。
実際に見てみれば、いや、可愛いなんてもんじゃない!
くりくりとした目、つややかな髪。あどけなくも見える表情、中学生とは思えない、大人びた身体。健康的な肌――ほんとうにお人形かと思うほど。
中学の3年間の運を使い果たすように俺の隣の席は空いていて――、いや、俺の顔を怖がって女子が泣いてしまうから空いていたわけだが、とにかく。きょろきょろと教室を見回していた彼女は、俺の隣をスペースを見つける。
それから、俺と目が合った。
あ、泣かれる。
「よろしくねっ!」
整った表情がにへら、と、可愛らしい少女のものに変化する。
人懐っこい彼女の笑顔。
その瞬間、俺は、恋に”堕ちた”。
いや、叩き堕とされたのだ。
彼女は……身内以外で初めての、「俺の顔を見て怖がらなかった生身の女の子」だった。
●修行(と書いてデートと読む)
好きだ。
「ええと、原田君だっけ?」
「幸村だよ。原田 幸村 (p3p009848)」
印象が薄いのか、何度か名前を間違われたけれども、そのたびに名前を呼ばれるのは幸福以外のなにものでもなかった。はらだ、はらだ、と何度か繰り返す声は甘ったるくて、俺はこれを一生の思い出にして生きていける気がした。
何かといろいろなものに好かれやすい体質。色んな厄介毎が舞い込んでくるばかりに思えていたけれども、もしかして、瑠璃ちゃんと出会って帳尻があったのかもしれない。いや、おつりが来るくらいだ。
「僕の名前、覚えた?」
つぶらな瞳が覗き込んできて、一瞬ひるんだ。
忘れるはずがない。何度も何度もノートに書き連ねている。
ちゃんと覚えてねっ、とコツンと頭をつつかれて、もう一生シャンプーをするかと決意した(汗臭いと嫌われたら嫌なのでやめた)。
マジ卍文化祭。屋上の告白大会。
「原田、ついに自白するの!?」「何人殺したの!?」周囲には散々な言われようだったが、俺は振り切って告白大会に出た。
「瑠璃ちゃーーーーん!!! だ、大好きです!」
きょとんと首を傾げた瑠璃ちゃんは、とんでもなく可愛かった。
けれども、口から飛び出した言葉はあまりにも予想外のものだった……。
「僕ね、家の方針で「伴侶は僕よりも強い人」って決められていてね」
倒せたらお付き合いしよう。
何を?
……挑戦状を突き付けて、体育祭の完膚なきまでの敗北を喫した。思わず、悔し涙がこぼれた。
けれども、神は俺を見放してはいなかった。
あれから、瑠璃ちゃんは、ことあるごとに、俺を誘ってくれるようになったのだ。
「おまたせ!」と、やってきた瑠璃ちゃん(巫女服!!)は気絶するほどに可愛かった。重要無形文化財。
深夜の神社でのデート。運悪く、怪奇現象が巻き起こっていて……。
「あの、どうして俺なの?」
「んー?」
「だって、瑠璃ちゃんならもっと、いい人がいるんじゃない?」
「ふふん、油断してるとやけどしちゃうゾ」
いや、ほんとに人魂が炎を飛ばしてくる。危ない。
「八尺ちゃん」のおかげで、俺は致命傷を負わずに済んだ。瑠璃ちゃん(巫女服!!)がウィンクすると、まがまがしい封印の札が燃え盛っていった。
大切な夏の思い出だった。
うん、……今思えばあれって「夜妖退治」だったよね……。
瑠璃ちゃんっていったい何者なんだろう?
晩ご飯の時に、つい、ぼーっとしてしまった。姉さんが不気味なモノを見る目でこちらを見ていた。
「どうしたの? 悩みでもあるの?」
「父さん、母さん、話があるんだ……」
俺の一世一代の告白に対する家族の返事は、「ああ、今更?」というものである。
父、母、姉、兄。全員がローレット所属の特異運命座標点だったのだ。
「後は幸村だけね」クスクスと阿国姉ちゃんが笑う。
え、そうなの? これが普通なの?
俺だけ?
それなら、もしかすると、瑠璃ちゃんに届くかもしれない――。
ライバルは山のようにいた。なんたって君は、道を歩いているだけで、皆をとりこにしてしまう。連絡先を渡されるなんてのはしょっちゅうで、俺はいつも気が気じゃ無かった。
「どう? 暇? 遊ばない?」と声をかけられていた。
「うーん、用事があるんだゾ!」
むにゅり、と感触があった。ぎゅっと腕をからませて、上目遣いで頼む君はずるい。
「
断るなんて選択肢は、最初っからあるわけがなかった。
「あのさ、約束、覚えてる?」
「うーん?」
今はまだ、君に稽古をつけて貰うだけかもしれない。
「いつか君に勝って認めてもらうよ……俺は君の事が世界一大好きなのだから!」
何度だって、叫ぶことが出来る。
おまけSS『煩悶』
あの感触が忘れられない。
俺は弱かった。
夜、俺は筋トレにいそしんでいる。
鍛錬が足りない、痛烈にそう感じたのだ。
初めての「夜妖退治」。自分の手で夜妖を退治した感触――いや。それも。それもなんだけど。
「大丈夫?」
手当てしてくれたときに”当たってた”感触が……ほかにも、ふわっと香るシャンプーのにおいとか……あっ違うんだ、八尺ちゃん。これはそういうのではないんだ、ケンゼンな男子中学生としてはごく自然な、待って、違う。落ち着いてほしい。違うからこれは。(日記はここで終わっている……)