PandoraPartyProject

SS詳細

埃被ったあの日々へ

登場人物一覧

咲々宮 幻介(p3p001387)
傷跡を分かつ
咲々宮 幻介の関係者
→ イラスト

 今吐いた血の量よりも。今流した涙の数よりも。

 未来に生まれる幸せのために、踏ん張りなさいね、幻介。
 貴方なら、其れが出来るって。信じているわ。

●隣り合わせの死
 病弱な、長男。
 現代であるならば、『そう云うこともあるだろう』で済んだかも識れない。
 然し、此度の物語の舞台は安土桃山時代の日本。医療も文明も、何もかも現代とは到底、比べ物にならぬ其処に生を授かった少年の噺。

 端的に云うならば、性別を間違えたかのようだった。
 母は身体が弱いひとだった。儚く、手折られる花のようなひとだった。其れでも、二人の子供を授かることが出来たのは幸運であっただろう。夫婦にとって初めての子供である彩柯を身籠った時ですら、色白く、幻介を腹に宿している時は『身体に障るから』と近寄ることすら出来なかったのを、覚えている。
 嫡子である幻介を産んだ後、母は直ぐに帰らぬ人となってしまった。
 無念だとか、悲しいだとか、そんな気持ちを覚えるよりも、先に。
 姉である彩柯は、震えながらも理解した。

 幻介を、育て上げねば。と。

 父は他藩の剣術指南役として家を空けている。家に他に居るのは、数名の使用人と、母に似て身体の弱い幻介だけだった。
 「彼女が嫡男だったなら」? 馬鹿を云え、彼女の身は既に女である。
 流派の刀は既に修めつつあった。けれども、彼女は女であった。

 女で、あった。唯、其れだけで。
 家督を継ぐことは。流派を受け継ぐことすら、叶わなかった。

「幻介」
「はい、姉上」
「私のことは今日から師範と呼びなさい」
「どうしてですか?」
「私は貴方に剣を握らせ、流派を継がせます」
「ですが姉上、おれは――、」

 パァン、と。乾いた音が響いた。
 頬を打ったのだ。小さな、細く痩せた、愛しい弟の頬を、姉が。

「師範と呼びなさいと云ったでしょう」
「……っ」
「身体を鍛え筋肉をつけるところから始めます。貴方に体力をつけてから鍛えないことには木の棒を振り回しているのと同じです」
「おれに、選択の余地は」
「ありません」
「おれに、そんなことができると思っていますか? 聡い貴方なら解るでしょう」
「……それでも、やらねばならないのです」
「……そうですか」
 幻介は姉が決めたことなら仕方ない、と笑った。
 薄く微笑んだけれど、其の瞳は動揺で揺れていた。
 普段なら寄り添って慰めたし、話を聞いたことだろう。隣に居て、眠れる迄傍で本を読んでいただろう。
 けれど、そんな優しい姉の面影は全て捨て去らなければならない。姉である前に、師範であると、理解させねばならない。

 でなければ、幻介は。
 蔑まれ、只の出来損ないとして、布団の中で寝て終わりの人生を過ごしてしまうかもしれないから。

●血反吐
「幻介、走るっていうのは歩くことじゃないの。解る?」
「はぁっ、あ、っ、ふっ、あ、は、いっ、」
「遅いわ。もっと早く。体力が無いと話にならないのよ」
「げほっ、ああ、ぐ、はっ、あ、ひ、」
「咳混む方が苦しいから、黙って走りなさい」
 無慈悲なる鉄仮面。深緑の瞳は何をも映さず、只其処で走る『弟子』を見極めているところだ。死のうが死ぬまいが関係ない。剣の道を極める為であるのならば、致し方あるまい。
 命をかけねばならぬ戦いにおいて、『ちょっと待った』が通用するのならば、其の場において切り捨てご免と捨てられることもない。
 街を駆ける。其のスピードは常人の早歩き程度。ずっと床に臥せていたのだから仕方ない。そうやって傷付かないようにするのは簡単だけれど、明らかに遅いのは本人も気付いているだろう。彩柯に至っては言うまでもない。
「もっと。貴方ならできるわ。諦めないで。もっとよ」

「っ、た……」
「怯まない!! 其処で止まると死にますよ。本当の殺し合いをしていると思いなさい!!!」
「っ、はい……!」
「はぁぁああああああああ!!」
 木刀対真剣の戦い。彩柯は真剣を、幻介は木刀を。
 中途半端な実力で真剣を握っては自分も相手を怪我をさせてしまうからだ。彩柯は真剣を使えど、意図して殺すような真似はしないし、幻介である限りは『できない』。頬を刃が掠め、赤い線が頬に走る度一層顔は険しくなる。傷を負わせてしまう程に、未だ此の刃は不完全なのだと彩柯は唇を噛んだ。
 もっと腕があったなら。
 もっと体格が良かったなら。
 もっと筋力があったなら。
 男で、あったなら。
 刀を握る手に、此の道を選んだことに迷いも後悔もない。唯、悔しさだけがある。
 もしも彩柯(わたし)が男に生まれていたのなら、幻介は身体に鞭打って立たなければいけない理由は無かったはずだ。
 病弱なまま、あの床で、緩やかに病が治るのを今か今かと待ちわびるだけで良かったのだ。
 傷つく必要もなかったし、誰かを傷つける必要もなかった。
 すべては、私のせいだ。
 だからこそ甘やかすことはしない。愛情故に。中途半端に甘やかしたなら、幻介は戦いで散るだけの犬死と呼ぶべき死を迎えるだけだ。折角立たせたのなら。折角刀を持たせたのなら。
 強く。強く。彩柯(わたし)をも超えるような、一人前の剣士にしなくては。
 今貴方の肌を斬る此の刃が未熟だと。笑えるような、そんな剣士に。

「貴方ほんとに食べれないのね」
 食べなければ筋肉が付くこともないし元気が出ることもない。当然だ。
 病人の食は細いし、身体が病弱であるなら尚更。食べなければつくものもつかない。食事の量も増やした。なるべく、確り食べられるように。
「残してはいけないわ。全部食べ切りなさい」
「……」
「時間をかけてもいいから。時間内に食べきれとは言わないけど、奪ったいのちのぶん、ちゃんと食べなくてはいけません」
「はい」
 食事の価値観に関しては二人は一致していた。鬼のような修行のあとでも、きっちり食べる。
 食べれる範囲で多めに。まだ食べれそうならちゃんとおかわりも。
 太るような食べ方ではなく、腹がすかないように二時間おきに食う。そうすることで筋肉がつく。
 最初こそ食は細けれど、日にち薬とでも言うべきか、運動量を増やし体力が増えていくにつれ、幻介が食べる量は彩柯に等しくなっていった。
「食べるのは嫌いだった?」
「……まぁ。一人で食べると、味がしないので」
「そう」
 『姉上』ではなく、『師範』と。
 そう呼ぶことを命令したあの日以来、幻介が彩柯の前で笑うことも、其れ以外の人間の前で笑うことも少なくなっていった。其れを望んだわけではないけれど、そうなるように強要したのはほかでもない彩柯に等しい。勿論、嬉しくなんか、ないけれど。
「剣を振るうのは、楽しい?」
 緊張。上擦ったような声。問うたのは、他でもない己の為。
 屹度、楽しいなどとは言いはしないだろうけれど。けれど? 否、そうに決まっている。
 苦しいことばかりをさせている。その自覚があったから。
 けれど。
「案外、苦しいばかりだけではないと思います。身体が丈夫になりましたから」
「……」
「修行に関して言えば苦しいしんどいやめてしまいたい、が多いのですが。少なくとも、今はまだ価値を見いだせていなくとも、いつか――来るべき時に、その理由を理解することでしょう。
 ですから、今は此の運命も……姉上のことも、恨むつもりはありません。自分が、強くなるために。其れは精神面もそうですが、肉体面でもそうだ。身体が強くなったのは、本当にいいことですから」
 味噌汁を啜りながら、あたかも当然のように告げられた其の言葉は。彩柯の胸にすぅとしみ込んで、痛みを無くしていく。
 随分と逞しくなった。
 細く白かった腕は筋肉をつけて、日に焼けて。
 嘗て弱々しく咳き込んでいた青年だとは思えない。
 間違っていたとは、思わない。でも、正しかったとも思わない。いつかちゃんと、此の心が晴れるまで。
 剣を、教えよう。

●水絶
「幻介。今日からは此処で修行よ」
「……というと」
 幻介が連れてこられたのは、大きな滝。彩柯の手が滝へ、幻介を突き落とした。
「食事は持ってくるから。水を絶つ迄、家には帰れないと思いなさい」
 其処は断崖絶壁。街へ戻るには、誰かの力が必要そうだ、と、落ち乍ら思った。受け身を取り、水で衝撃をカバー。
 ばしゃん

「……危なかった」
 大打撲で済んだ。痛みは鈍り始めていた。そうしなければ、苦しいばかりだから。
 剣を握る。銀光煌めく。水を絶つ、とはどういうことだろうか。
 滝の流れに合わせて、刃を振るう。

 成程。

 水の流れを絶つような、素早く美しい一閃を。
 此れは中々、極めるには時間がかかりそうだ。
「……頑張ろう」
 握った刀が薄く震える。未熟なままでは一生此処から帰ることは叶わない。幸いにも、近くには森があり川があり、生き物がいる。
 此処で生き延びることを姉は修行の一環としたいようだ。
 水絶の剣を目指して。いざ、参らん。


 未だ剣の道は遠く。極めるには遠く、果てなく、己の未熟さを痛感するばかりだ。
 けれど、其の道の先に。屹度、特別なものがあると、信じずにはいられない。

おまけSS『剣の道』

 未だ剣の道は遠く。極めるには遠く、果てず、己の未熟さを痛感するのみなり。
 けれど、其の道の先に。屹度、特別なるものがあると、信じずにはいられぬ。

 ねえ、幻介。私は、間違っていたと、思う?

PAGETOPPAGEBOTTOM