PandoraPartyProject

SS詳細

花咲くように少女は言った

登場人物一覧

スノウローズ(p3y000024)
春の魔術士
アイ(p3x000277)
屋上の約束

 山田――?

 サァと、血の気が引いた気配がする。形良い唇は音を奏でるのを止め、微笑み浮かんだ表情が徐々に引き攣ってゆく。スノウローズはミスをして『アバター』が誰であるかを公表してしまっている。未だスノウローズ=山田を識らない人々もいるはずと考えて困り顔の初心者に声を掛けた、のに。
「……え、ええと……?」
「あ、ああ、大丈夫サ。アイ。ヨロシクネ。スノウローズセンパイ」
「え、ええ! えへへ、あ、ちょっと友達とお約束が~……」
 後方へと下がっていくスノウローズを追いかけてから、アイは「僕――俺だよ、山田」と彼女にだけチャットを届けた。勿論、スノウローズは其れでぴたりと止まり気付く。
「え、まさか?」
「まさか」
「ひええ……ほんと? あ、ああ、よかったぁ……また知らない人にまで山田バレしたのかと思ったよぉ」
 山田バレ、と小さく笑ったアイ。その言葉だけで通じたのは、スノウローズの言った『友達の約束』の相手であるからだ。
 零がaPhoneで送信したメールには「一緒にレベリング協力して!」という簡単な内容である。雪風も日時だけを適当に告げて、待ち合わせ場所に来たら嫌でも分かるだろうと認識していたようだ。
「へえ……アイちゃん、かわいいねえ~。ふふ、こだわってる~。
 それで、どうしてまたレベリングなのかな? 何か、理由とかあるのかな?」
「理由……そうだネ……。センパイは『姉ヶ崎博士』とか『イデア』とかって聞いたことあるカイ?」
 真剣な表情を浮かべ、金の眸を浮かべた黒い海に僅かな惑いを見せる。アイはスノウローズが首を傾いだ様子を見逃さぬようにとまじまじと見詰めていた。
 アイにとって――零にとって――何が何でもこの世界で探索しなくてはならない理由。それが、幾人かのイレギュラーズと共に参加した『イデアの棺』を使用しての研究に基づく事。本来ならば存在して居たはずの人間がいなかった事、そして介入してきたイデアという人物の事。
 スノウローズは「R.O.O自体は練達三塔主のProjectIDEAによるものだから、イデアって言われるとそっちが浮かぶけどー……うーん、アイちゃんが大事な事って言うなら屹度大事なのかもね」と微笑んだ。
「それじゃあ、一緒にゲームを楽しみながらレベリングしよっか。その中でヒントとか、見つけられると良いよね!」
 花咲くように微笑んで、手を伸ばす。手を繋ぐのもこの世界であれば何の不自由も制限もない。『男子高校生』が手を繋いで居ると可笑しな光景でも、女の子なら大丈夫と言わんばかりにスキップしながら歩を進めて。
「センパイ」
「なぁに、後輩。今日は簡単な狩り場に行きますぞ~?」


 スノウローズ先輩は可愛い。そう揶揄うように笑うアイの言葉でやる気は天元突破。漲ってテンションマッハのスノウローズは「さぁ、スノウローズ先輩は魔法使いです!」と微笑んだ。
 レベリングならば盾となる高レベルが前線で敵を抑えて、リソースを分けて安全地帯から低レベルを一気に押し上げるのが定石。だが、スノウローズは『可愛いから』という理由でヒーラーなのだそうだ。全戦で戦う戦乙女も考えたらしいが『スノウローズちゃん(完成形)』は皆に愛されて護って貰えるヒーラーなのだそうだ。
「えっと、先輩?」
「なんですかな、後輩」
「どうやってレベル上げするか聞いてモ?」
「えーと、此処の敵ぐらいならアイちゃんでも一撃死しない位なの。アイちゃんが一発ぶん殴って、被弾したら私が回復するわ。大丈夫なら私が後方からぶん殴るから!」
「……」
 前線に出るのはあくまでアイの役目で在る事を笑顔を浮かべたスノウローズは宣言した。リアルに帰ったらぶん殴ってやりたい気持ちになるが、それをぐっと飲み込んで「OK」と微笑む。
 ゲーム自体、とても楽しい。久々の没入感。気がかりなことはあれども、それも彼女たちと一緒ならば『クリア』出来るような気がしてくる。
 固い大地を踏み締める感覚も同じ。頬を撫でた初夏の風、気候さえも現実世界と変わりなく――バーチャルなどと言われても首を振るほどの。
 フィールドを駆ける為に脚に力を込め、カタナを抜き飛びかかった。投影術式〖剣舞〗。
 武器自体を錬成し、投擲する。そして距離を詰めての斬撃。続くように桃色の光が鮮やかに舞った。薔薇の花びらのようにふわりふわりと踊っている。
「アイちゃん、ナイッスー! いくよ~?」
「先輩! 遅れを取らないデッ!」
「ふふ、アイちゃんこそ、死んじゃ嫌だよ?」
 相性が良いのか、それとも。二人の動きはこなれて連携自体も滞りない。時折アイが瀕死に陥るが「やだ~」と肩を竦めたスノウローズの回復スキルがその体を包み込む。
 全体的に戦闘能力の向上を感じ、心も躍り始める。現実世界の相手を識っていても、何の違和感や忌避感すらなかった。
 姿と口調が違いだけでゲーム友達で有ることには何ら変わりない。寧ろ、識っているからこそ相手に無茶を言い易い――とさえ、二人は感じていた。
 それも束の間、突然巨大なモンスターが襲来した。スノウローズは「ひえ」と小さく声を漏らす。このレベル帯では中々お目に掛らない存在だ。
 大暴れしていたことに気付いてやって来たのだろうか。こんなモンスターに殴られれば自分は耐えてもアイは耐えられない。
「先輩……」
「あ、アイちゃん」
 慌てて手を伸ばす。危険だよ、と言う言葉も、死んじゃうという言葉も出てこない。寧ろ、この瞬間に攻撃魔法の一つでも放っておけば良かったのに。
 スノウローズの声掛けにくるりと振り向いたアイの体が宙を舞った。鮮やかに、花弁のような弧を描いて。
 アイは瞬時に悟る。死んだ。
 それはそのはずだろう、一瞬見下ろした先に居たスノウローズの驚愕の眸に、不安げな顔に。

「あっ! アイちゃ……あああああ、アイちゃーーーん!」

 そんな叫び声に。其れで生きてました、とは行かないこと位。
 R.O.Oは死んでも大丈夫、なんて最初に謳い文句を告げていたのはあの桃色の美少女だったではないか。

 サクラメントからの復帰を経て、アイは酷い目に合ったとスノウローズをじっと見遣る。
「えへへ、ごめんね。……あ、ねえ、アイちゃん。
 もしも、もしもね……アイちゃんが探しているその人、とか、情報に辿り着いて、とっても死にそうな時はちゃんと先輩に声を掛けてね?」
 アイはぱちり、と瞬いて彼女のかんばせを見遣る。真剣な顔をした、美少女。それが視認できる情報全てだ。
 黒い目玉の上で金色の同行が泳ぐ。僅かな驚きに、それから、彼女の言葉の意図を探る様に真っ直ぐにその紅色の瞳を見据えて。
「これでも、立派な情報屋だし、先輩なんだよ。『友達』が危険なときに何も知らないって嫌だもん。
 ……だから、頼ってね。皆で、居なくなっちゃわないでね。ちゃんとクリアして、その後、この世界でハウジングするんだから!」
 その時の小間使いの役目だよ、とスノウローズはアイをびしりと指さした。それが強がりな気がして、アイは「はいはい」と揶揄うように笑う。
 彼女が危惧するような恐ろしい事が起こるのかは分からない――それでも、楽しいだけでは済まないと、そう感じさせる気配から逃れるように。
 煽る風に攫われていった春の花を追いかけて、スノウローズは「帰ろっか」と手を伸ばした。
 白い指先を握り、花咲くようにアイは笑った。
「お疲れ様デス」

PAGETOPPAGEBOTTOM