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御伽噺の英雄のような

登場人物一覧

ルビー・アールオース(p3p009378)
正義の味方
ルビー・アールオースの関係者
→ イラスト

「ねえ、スピネル」
「どうしたの? ルビー」
「私、おとぎ話の英雄のような皆を守れる人になりたい」
「じゃあ、僕も。ルビーをサポートできるようになる。だから、一緒に冒険の旅に出ようね」

 そんな、淡い日々。
 花舞う穏やかな一日。空調管理をされた過ごしやすいセフィロトの中で、誓った思い出。
 何時か、此の『ドーム』から飛び出して。御伽噺の英雄しゅじんこうのように、旅をしよう。

 ――君と。


 神隠し。

 豊穣郷カムイグラには多々あると言われる其れは、特異運命座標を召喚する機構を管理する『けがれの巫女』が双子であった事で頻発したバグなのだという。
 古くからも存在した『神隠し』は豊穣郷への片道切符。彼の地を特異運命座標が発見するまでは決して見つけることの出来なかったその場所。世界に観測されない前人未踏。
 その地に、至って。ルビーは真っ先にスピネルのことを探そうと考えていた。
 一緒に冒険者になって、ヒーローを目指そうと指切りをした。夢へと向けて走り出そうと手を取り合って、『秘密基地』へと辿り着いた彼女の前に彼は居なかった。
「スピネル、ごめんね」
 ルビーは小さく呟いた。一緒に冒険者になろうと『約束』していたけれど。
「……君を見つける為に先に一人で冒険者になっちゃったよ」
 彼が自分を一人で置いていく訳がないとルビーは識っていた。彼は何時だって側に居た、大切な――
 シャイネンナハトも新年祝賀も、グラオクローネだって。ひとりぼっち。特異運命座標として過ごしていれば楽しいことも多かったけれど。いつも隣が寂しかった。
 彼を探して、探して、冬から移ろい春が来て、吹く風が夏の気配を纏い始めた。そんな頃に。
 ようやっと掴んだ手がかりは、動乱を終えて平穏を取り戻したばかりの遠い異国なのだという。

「豊穣郷カムイグラ。バグというのは稀に起こることではあるそうなの。
 けれど、『けがれの巫女』が双子であったから、更なるバグで神隠しが頻発してたから……。
 ルビーさんが探している幼馴染みも、もしかすると……。けど、確証はないのよ。巫女達にも識らないかと聞いても足取りが追えるかわからないもの」

 肩を竦める再現性東京で活動する情報屋の言葉にルビーは逸れでも往くと決意を固めた。
「けれど、もしも、スピネルがカムイグラに居て、一人で戻ってくることが出来ないかも知れなければ……。
 そう、帰ってくるのを待っては居られない。戻ってくることが難しいかもしれないもの。それを放置なんて出来ないでしょ?」
「そう、そうよね」
 情報屋は眩そうにルビーの眩い月の色の瞳を覗き込んだ。銀に輝くその瞳に宿った信念は決して揺らぐことはない。
「ええ。だから探しに行く。助けを求めているなら絶対に救い出す。
 だってもう一人は嫌。私の夢は一人じゃ叶えられない、二人で叶える物なんだから。

 ――この夢は神様にだって邪魔はさせない」


 鼻先を擽るのは若葉の匂い。土に混じり込んだ肥料のかおりは独特だ。頬を撫でる初夏の風は湿っぽく、空は如何にも雨が降注がんとする。
 練達から遠く、海を隔てたその場所には異文化が存在して居た。旅人達の中には知り得る景色だと呼ぶ者も居るらしい。並んだ屋敷の背は低く、自然豊かなその場所は肺を満たす空気も心地よい。
 脚が最初に向いたのは豊穣郷カムイグラの中心的都市である高天京であった。旅人の装束を身に纏うルビーを『神使』と呼ぶ現地の人々には黒曜石のような柔らかな光沢を持った角を有する者が散見された。商店の店主などは精霊種であろうか――ああ、けれど、彼等は八百万と名乗っていると情報屋から学んだか。
「神威神楽の所属に着替えませんか? お安くしておきますよ!」
 掛けられる声に愛想笑いを一つ返して、足早に見回してみる。人伝でもよい、スピネルの痕跡を辿ることが目的なのだから。
 それでも、突如とした開国に異邦人の流入が多かった此の地では簡単に見つけることは難しいか。暗礁に乗り上げた、とルビーは小石を蹴り飛ばした。
 情報屋――退紅・万葉が他の情報屋達に聞き込んで呉れた情報を頼りに、一先ずは目立たぬように貸衣装屋で和装を着用し、街の中の散策を行ってはいるが。
「……全然、見つからないんだなあ……」
 茫と、言葉を宙へと投げかけた。喧噪の街並みに、人々の営みが続いていく。楽しげに笑う声を辿れども、得るものは余りに儚く。
 同じ年頃の異邦人。そんな彼を探すだけでも、小さな可能性は複数存在して。其れ等全てを確かめていればどれ程の時間が必要になるだろうか。

 ――神隠しは、バグなの。

 思い返されたその言葉。情報を整理して、確りと組み立てる。冒険の基本だ。

 ――神隠しされた人々は、皆、特異運命座標として召喚されているわけじゃないんだって。偶然のバグだから。
 けど、召喚されちゃう。空中庭園にある空中神殿の代わりの『此岸ノ辺』って所よ。其処にね、双子の巫女さんがいらっしゃるそうなの。

 此岸ノ辺。其れが、此の地の『召喚の場』
 ならば、其処に向かってみようかと京を抜け、田舎道を辿る。ぽつぽつと並んだ民家からは灯りが漏れる。山深い神域と呼ばれるその場所は社が座する神聖なる地なのだそうだ。
 黄泉津と呼ばれたこの大陸の神奈備きんそくちは神々の穢れを堕とす場なのだそうだ。茂る草木の深さに、背を伝う汗も何時の間にか引いてしまった。
 さざめく木々の気配を感じて、一歩一歩と進む足取りは軽くも感じられる。穢れを浄化できる巫女。故に『けがれの巫女』――当代の幼い双子。
 彼女たちならばスピネルのことを識っているかも知れない。
 期待に、足取りは軽くなる。特異運命座標達には立入りの許されたその場所に踏み込んで、ルビーは厳かなる社を見上げて息を飲んだ。
 美しいその場所は、一部のけがれさえも感じさせぬような佇まいである。静謐溢るるその場所を見回して、お参りだけでも、と踏み入れた彼女の背に「何方様でしょうか」と柔らかな声が掛けられた。
 振り仰げば――其処には藤色の髪を揺らした少女が立っている。けがれの巫女と呼ばれた、その責務を担う一人の少女。
 彼女ならば『神隠し』にあった人々を識っているかも知れない。
 ルビーは己が特異運命座標で在る事を、遙か遠く大会を隔てた異邦人の街『練達』から訪れた事を、そして『消えてしまった幼馴染み』の事を――全て、彼女に話した。
 毎日、毎日彼女に話す。
 それでも、少し変わったのは、ある日のことだった。困惑した表情の巫女、つづりは「少し、待って」と頭を下げ、社の奥へと消えてゆく。
 奥より顔を出した黒曜石の角を持った青年はカムイグラの責任者である建葉と名乗った。彼曰く、巫女等は非常に多くの神使や神隠しの者達を見てきた。
 一人一人と覚えては居ない――けれど、ルビーの言う少年には自身が心当たりがあるというのだ。
「スピネルを、識って――!?」
「直接的に識っているわけではないが……友人を探している少年と会ったことがある。
 明日、また同じ時間に来ては呉れまいか? 今日はもう遅い。俺の名を出して構わない、何処かの宿に泊まり明朝に此処へ来て呉れ」
 彼の言葉を信じるしかない。ルビーは小さく頷いた。
 スピネルが無事なのか、どうなっているのか。問いたいことは山ほど会った。だが、彼は「来れば分かる」としか返さない。
 火急の事態に陥って居ない事は安心できるが……それでも、不安は首を擡げていた。


 カムイグラの宿に青年の名を出せばすんなりと宿泊を許された。宿泊代金も問題は無いらしい。
 仲居が広げた布団の上へとごろりと転がってルビーはシャイネンナハトで訪れた結い物屋の事を思い出す。
 幻想のはずれに存在する其の店の結い物では、願いを込めて花の結い物を作った。結――その言葉に込められた糸に吉という文字。幸福を糸で確り結ぶ、と。その意味が込められた花にはルビーは華やかな成就の祈りを込めた。
 恋愛祈願に、失せ物探し。
 鮮やかな赤とやや落ち着いた赤。それは、紅玉ルビーそのもののような、優しい色味を讃えて。

 そうだよね。
 スピネルが私を置いていくはずなんてないのだもの。
 ……明朝、何がわかるのかな。けど、私の旅が、最高のハッピーエンドを迎えますように。

 愛しい幼馴染み。彼の為に結ったこの想いが、花開いて成就しますように――


 明くる朝はよく晴れていた。雲が優雅に流れ、尾を引いている。蒼褪めた空は何処までも続いていくような錯覚を思わせる。
 開けた山達の合間より覗く朝日の暖かさを感じ、春の陽気に汗を滲ませながら山を登った。矢張り、登る最中に社に近付くと感じる特有のひやりとした気配は木々が光を遮断するが故なのであろうか。
 社に踏み入れて、何が知れるだろうかとルビーは周囲を見回し、息を飲む。
 社の前で何かを祈るように待っている少年が一人。見慣れた茶色の髪。纏うのはカムイグラの和装ではあるが、それでも見間違えるはずがない。
「スピ、ネル」
 唇から滑り出したのは、彼を呼ぶ名前。
 掌から力が抜ける。弛緩しそうな脚に力を込めて、ゆっくりと、辿った。彼への、道を。
「スピネル」
 もう一度、呼んだ。唇が緊張に震えている。脚が、重たく感じる。不安ばかり――それでも、祈るような気持ちで彼の名を呼んだ。
 名を呼ばれたことに驚いて、振り向いた彼の深い藍玉の眸が見開かれる。
「――ルビー……」
 聞き慣れた、聞きたかった彼の声。
 呼ばれたいと望んでいた、名前の響き。困ったように、嬉しそうに、驚いた様に、揶揄う様に、笑ってくれる其のかんばせに愛しさが溢れ出す。
「本当に、スピネル?」
「……それは、僕だって聞きたい。本当に、ルビー? どうして、こんな所に? まさか、ルビーもバグで……?」
 神隠しで来たのかと。
 そうだ、彼はルビーが特異運命座標で在る事を識らない。
 ハッと、ルビーは目を見開いてからおずおずと重く首を振った。
 ルビーはずっと、彼に謝りたかった。「ごめんなさい」とスピネルへと頭を下げた。彼を探すために一人で冒険を始めたこと。特異運命座標という『宿命』がその体に宿ったことを。
 彼が居なくなってからの自分の事を、一つずつ、なぞるように口にして。
「僕こそ……そっか、ルビーは神使になったんだ。選ばれて此処まで辿り着いたんだね。
 凄いや。僕も、ごめんね。僕は神使――特異運命座標じゃないんだ。だから、神隠しに遭って、この場所に辿り着いて、如何することも出来なくなって……」
 特異運命座標は遙かなる海を隔てたとしても此の地を利用して『ワープ』を行う事ができる。ルビーは此の地へは容易に辿り着けるが、スピネルにはそうは出来ない。
 特異運命座標ではないならば、嘗ては絶望と、今は静寂と呼ばれるあの遙かなる航路を越えて混沌の大陸へと戻らねばならないのだ。
「まだ、カムイグラと海洋王国の航路は完全に整備されてないんだ。だから、危険も伴うし、冒険者でもなく実戦も儘ならない僕は船に乗ることが出来なかった。
 ルビーがもしも神使になっていたら、僕を探しに来てくれるんじゃないかな、って時折、此処で待ってたんだ。
 昨日、中務卿が友達を探している『練達のルビー』が此岸ノ辺に来ているって言っていて……もしかして、と思って。
 あ、勿論、待っているだけじゃないよ。勿論、皆さんにも剣の修行を付けて貰って。ルビーを護る為の力を頑張って付けたかったんだ」
 にんまりと微笑んだ彼は良く見遣れば傷だらけであった。鍛練を重ねていたのも、何時か、練達に戻るため――ルビーに会いに行くためだと。
 連絡を取る方法もなく、遥か海に隔たれてしまった自分たち。それでも、彼女ならば屹度、待っていてくれると信じていたから。
「……心配、したよ」
「心配掛けて、ごめんね」
「……不安、だったよ」
「うん、不安にしたよね」
「……どこに、いるのかって」
「今は、ここに居るよ。ルビー、ルビー」
 確かめるように。名前を呼んで。ゆっくりと彼が近寄ってくる。スピネルの掌がルビーの頬を撫でて、ゆっくりと手を掬い上げて。
 手袋に包まれていた掌から、布を攫って、白い指先を露わにしてからスピネルが「ルビー、あの日のこと、覚えてる?」と静かに問い掛けた。
「あの日、って」
「……僕が、一人で来てっていった日の事。僕が、居なくなった日のことだよ」
 何処か、ぎこちない笑みは緊張を押し殺して。初夏の風が緊張に火照っているスピネルの指先の熱を僅かに攫う。ルビーは「覚えてる」と小さく溢した。
 一度たりとも、忘れて遣ったこともない。
 彼との約束の日。一人で来てと悪戯のように笑ったあの表情を忘れて何て遣るものか。

「――これを」

 そっと、中指へと嵌められる白詰草の指環。スピネルは己の中指にも嵌めてあるのだと、示して恥ずかしそうに笑みを零した。
「ずっと、ずっと渡したかったんだよ。あの日、君に渡したかった僕からのプレゼント。
 ……一緒に旅をするときに、お守りにと思ってお揃いで作ったんだぁ。ほら、僕も付けてる。ルビーを、僕を護ってくれますようにってお祈りしたんだよ」
 へにゃり、と。幼い子供が悪戯に成功したように笑いかけてくれる。その見慣れた笑顔にルビーの目元に朱が差した。
「御伽噺の英雄のように、沢山の人を救おうね。僕がルビーを支えるから。ルビーは思う存分、戦って、誰かを笑顔にしてね」
「……勿論だよ。私はもう、スピネルの前に沢山の人を救ってきちゃったんだから。
 これからは一緒じゃなきゃ……。スピネルなんて置いてっちゃうんだから」
「あはは、それはどうしようかな。僕も神様が悪戯して神使になったりできないかな? ルビーを守る力を下さいって」
 くすくすと、笑う彼の胸の中に飛び込んだ。中指の指環はお守り代わり。まだまだ空いた左の薬指は離れた時間を埋めた後。
 心配したと涙を押し殺したルビーの背を撫でてスピネルはごめんね、と小さく微笑んだ。
 船旅でのんびりと家へ戻ろう。少しばかり時間は掛るかも知れないけれど、二人で見る景色ならばどれだって美しくて素晴らしい物になるはずだから。

 ――私の旅が、最高のハッピーエンドを迎えますように。

 屹度、君の旅は此れからも、もっとずっと続いていく。
 僕を探す為だけじゃない。僕と生きていくための、冒険の旅なんだ。
 辛くて険しいこともあるかも知れない。それでも、君が「ただいま」と冒険譚を聞かせてくれるだけで、僕は幸せだから。
「ルビー、これからは一緒に居ようね。
 僕が君を支えるから。君は沢山の人を救いに行くんだ。僕達の冒険は、まだまだこれからなんだから!」

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