PandoraPartyProject

SS詳細

絡む指先と貴方の笑顔

登場人物一覧

零・K・メルヴィル(p3p000277)
つばさ
アニー・K・メルヴィル(p3p002602)
零のお嫁さん


 この世界に来て。
 この世界に居て。
 こんな気持ちになったのは、初めての経験であったかもしれない。
 この気持ちがどんな言葉に当て嵌まるのか、まだ知らぬ二人だけれど。運命の赤い糸が、少しずつ二人を引き寄せるように。繋ぐ手の回数や、会う回数や、相手の事を考える時間は徐々に増えていた。

 そして、特別な夏が、もう始まっている。

 しゃく――と音を奏でながら、かき氷にストロー型のスプーンが刺さった。
 キンとした冷たさが『お花屋さん』アニー・メルヴィル(p3p002602)の頭を『贅沢な痛み』として駆け抜けて、彼女は頭を押さえながら苦笑した。
「あいたた……」
「だっ、だだだ大丈夫?」
「あはは、これも夏の風物詩なのです」
 アニーの桜桃のように色付いた瞳には、『フランスパン・テロリスト』上谷・零(p3p000277)の慌てた姿が映っていた。彼はとても心優しい人だから、こうして気遣ってくれる一瞬一瞬が、アニーの心に水を与えるようだ。それに、ギャグのように慌てる姿も面白い。
 ――二人は夏祭りに来ていた。
 夕焼けに少しだけ雲がかかり、空は赤とオレンジそして濃紺のグラデーションで彩られている。
 明るくも無く、暗くも無い空間で、お祭りの奥へ奥へと誘うように並ぶ提灯の列が、二人の影を揺らしていた。
 アニーは、苺のシロップと練乳がかかったかき氷を削りながら、零の背中の少しだけ後ろを着いていく。
 ちょっと零が離れていくと、アニーは小走りで零の隣まで歩を進め、それに気づけば歩くスピードを弱めた零。
 またアニーが、かき氷や、屋台に気を取られて零の隣から離れてしまうと、零は立ち止まってアニーが隣に来るまで待ったり、傍まで寄ったりを繰り返しながら進んでいく。
「あ……ごめん、歩くの速かった?」
「いえ。ふふ、お祭り。色々と出店があって、目移りしちゃうのです」
「うん、ゆっくり見ていこうぜ!」
「はい……!」
 元気にはしゃぐ零の笑顔につられて、また、アニーの表情が綻ぶ。
 ……思えば、この夏は色々な場所に行った。
 手持ち花火をしに行き、打ち上げ花火とはまた違う風情があることを零から教えてもらったし、線香花火の光には見ていてとても和むものであった。
 獣道では手を離せば消えてしまいそうな彼女を抱きしめた事もあった。
 媚薬流しそうめんは……まあ、色々な意味で、もっと大変だった、それは置いておき。
 ワンシーズンでは遊びきれないのが、夏だ。
 さあ、次は何をして遊ぼうか?
 零は、そういえば……と、まだ夏祭りには行ったことが無い事を思い出し、こうして今日、二人は日時を示し合わせて夏祭りに来ている。
 響く太鼓のリズム。
 すれ違う人々。
 番を探す夏の虫の声。
 飾られた風鈴が、ちりんと鳴った。
 ぱちん。零は熱に浮かされて朱に色着いた頬を両手で叩いた。
 浴衣の自分、愛らしくて公に彼女を置いておくのが勿体ないほどかわいい彼女の浴衣姿。
 そんな彼女と一緒に夏祭り、誘ったのは零の方からだ。
 これは――所謂”デート”と言っても過言ではない。
 そう意識し始めると、心臓の音が耳のすぐ隣で鳴っているかのように緊張していた。
 じんじん痛むはずの両頬も、何故か痛みを感じない。
 熱いはずなのに冷たい指先をぎゅっと畳みながら、矢張りデートは男性がリードしなくてはならないと己を奮い立たせている真っ最中なのである。
「零くん……どうしたのですか?」
「わあ! い、いや何でもない。そう、なんでもないんだ」
 固まっていた零の顔を覗きむように、下から見上げてきたアニーの視線。
 きょとん――としていて、首を横にこてんと傾けたアニーは、挙動不審に飛び退いた零に『変な、零くん』と付け加えてから、また、花の咲くような笑顔を向けた。
「零くん、あっちにお菓子が沢山売っていましたよ。行きませんか?」
「あ、ああ! 行こう!」
 そう言って、くるりと来た道を二人戻り始めた。こうやって同じ場所を何度もめぐるのもお祭りのひとつの楽しみ方であろう。
「ん……」
 先導するアニーは、少し俯きがてら、零から隠すように火照った頬を自分で撫でてみた――熱があるのかな、風邪はひいてないと思うのだけれど……。
 アニーの小さな胸も、早い鼓動を打っているようだ。これは、きっと暑いからだ――そう思っているアニーだが、されど一方、矢張りこれは”零から”お祭りに誘ってくれた事が嬉しい証拠でもあるのだ。
 そんな甘い無意識に揺蕩いながら、二人はお菓子――もとい、綿菓子やあんず飴など、夏祭りの代表格のお菓子が並ぶお店の前まで来ていた。
「わあ」
 多種なお菓子の中で、一際目立つものがあった。
 ぷっくりと膨れた赤色のあんずに硝子のような透明なコーティングがされた飴。
 それはアニーに少女らしい反応をさせるには十分なものである。
「それ、一個買おうか」
「わ、いいのですか?」
「もちろんだぜ! おじさん! これ一個頂戴!」
 この日の為に、お金はばっりち用意してきたと、アニーに見えないようにガッツポーズをした零。
 アニーの手に渡ったあんず飴は、ずっしりとしていて。
 実がしっかり蜜を内包しているのを、食べなくても解るほどであった。
「とっても美味しそう……、ありがとう零くん」
「どういたしまして」
 彼女のお礼と、また一段と花が咲いた笑顔が零の心に響いた。
 この笑顔が見られるのなら、これからパンだって死ぬほど売るし、得意ではない戦闘だって――今なら冠位級の魔種さえも――倒してしまえそうな気分になる。
 アニーはあんず飴に、こぶりな口をつけて食べ始め――ようとして、止めた。
 どうしたことだろうかと零は幸せに浸っていた自分を取り戻し、疑問の表情が浮き出た。もしかしてお腹が痛いのだろうか、それとも何か虫がついていたとか、いやいやそれよりも好きじゃなかったとか!?
 色々な不安が秒で零の頭を駆け抜けたとき、アニーは零から顔を背けた。
 零はそこで気づいた。彼女のハーモニアとしての長い耳の先が、そのあんずよりも真っ赤であることを。
「アニー……?」
「ち、ちがうの、あのね、その……っ」
 アニーとしては嬉しいのだ。それは間違いなく断言できる事。
 彼が買ってくれたあんず飴だし、いや、だからこそなのだろうが。
「食べてしまったら、無くなってしまうのが、すこし、勿体なくて……」
「――え?」
 これ以上火照ったら湯気が頭の上から出るのでは無いか、それくらいにアニーの絞り出すような声が、ささやくように響いた。零れれば誰の耳にも聞こえないような声なのに、零の耳には確かに届いていて。
 プレゼントとは、貰ったら何時だって嬉しいし、誰から貰っても心がときめくものだ。
 けれど、零から貰ったものだけは、それ以上に特別な感情をアニーの心に芽生えさせる。それは甘い毒のようにじわりじわりと効いていくし、氷が溶けるように広がっていくもの。知らなかったような表情を浮き彫りにさせ、新しい自分がそこにあるかのように露出してしまう。
 だから、これはやり返しで。アニーは意地悪な笑顔を浮かべて、零を見た。
「また、奢ってくださいね」
 そう言ってから、無くなるのが勿体ないあんず飴を、舌でなぞった。


 少しずつ夕焼けが地平線に消えていく中、二人はベンチに座って買ってきた食べ物や飲み物を消化し始める。
 アニーの手には、色とりどりのタピオカの砂浜に満たされるようにサイダーが入っている飲み物があった。
 対して、零は焼きそばやアメリカンドック。そしてタコ焼きを自分のサイドに置きながら、勢いよく食べ始めていた。
「お、この焼きそば目玉焼きが挟んである! レアだなあ、……アニー! 食べてみなよ!」
「えっ、いいのですか……? じゃあ、ちょっとだけ! 零くん、このサイダーもとっても美味しいですよ、ぜひ」
 お互いの食べ物を交換し、同じ味を共有していてふと気づく。
 ノリと勢いで交換してみたが……、零はアニーのタピオカジュースを持ちながら、アニーは零の焼きそばを持ちながら、少しの間、固まっていた。
「……」
「……」
 二人はお互いに顔を見合わせてから、小さく苦笑し合う。そしてまた食べ物と飲み物に目線を置いて穴があくほど見つめていた。
 成程、これは間接キスという形になってしまうのではないか。
 だがしかしと、考えた。
 矢張り食べ物は食べてみたいし、相手が美味しいと言ったものなのだから、共有したい。
 その気持ちが羞恥を上回るまでには、そんなに時間はかからなかったが、二人はどこか照れくさい挙動でお互いの食べ物を口に含んだ。
「うおー! やっぱり夏はこれだよな! すっげー清涼感!! あとタピオカが吸えなかった!!」
「ふふ……っ、この焼きそばもとっても美味しいですね。目玉焼きの黄身……崩しちゃった!」
 間接キスの事実を隠すように、あえて大声ではしゃぎ合った二人。
 暫く笑い声を上げてから、落ち着きを見せた頃に、零は大きく息を吐いた。
「楽しいな、夏祭りに来てよかった」
「はいっ。まだまだ周り足りないのに、足がぱんぱんです……!」
「ちょっとここで休憩してからいこうぜ! 俺も……まだまだ、回りたいからさ!」
「はいっ!」
 お祭りの入り口で配布していた地図を広げる。
 二人が歩いた場所は一部でしかなく、まだまだ先が残っている。そんな冒険の地図を見るかのように、二人は瞳を輝かせていた。
 零はアニーの楽しそうな横顔を見ながら、安堵する。
 夏祭りに誘ったものの、相手が本当に楽しんでくれるかは、実際に行ってみなければわからない事だ。
 いくら友達と言えど、楽しくはない――そんな気持ちにはさせたくはない。彼女が楽しくないなんて言う事はきっと無いのだろうが、その不安が払拭されるほどに楽しんでくれているのが見え、零もにこりと微笑むのであった。


 ―――空の濃紺と星の光が、広がった頃。
 道行く騒めき、子供たちの笑い声、屋台の活気。お祭りに来た人々は、先ほどよりも多くなっていた。
 例えるならば人の波。
 例えるならばバーゲンセール。
 すれ違う人々の肩が当たりそうな程になってきた道で、零は埋もれかけているアニーの腕を掴み引き寄せた。
「すっごい人だぜ……、俺でさえ流されそうになる。大丈夫か? アニー?」
「……っぷはあ!! 凄い人ですね……でも、いよいよお祭りらしくなってきたと言いますか……」
 よれた浴衣を整えながら、アニーは人々を見ていた。
 色々な種族、色々な年齢の人々が、楽しそうに交差していく。
 それを見ているだけでも、イレギュラーズとして、平和のありがたさが身に染みるようだ。
 ふと、アニーは零が何か言いたげにしているのに気づいた。再びその顔――いや、瞳を覗き込むようにしている内に、零は絞り出すような声で言ったのだ。
「えっと……提案だけど。ほら、お祭りな訳だし……人も多いだろ? ……だから、ほら、アニー」
「はい?」
 零は喉が渇いたように、一度生唾を力強く飲み込んだ。
 手に大量の汗を握りつつ。
「迷わないように……手、繋がないか……?」
「え? 手? う、うん……」
 アニーの手がぴくりと揺れた。高鳴る鼓動は今、爆発寸前だ。
 同時にアニーは、そんなに自分は迷子になりそうなのだろうかと、今一度さざなみのような風景を見た。そういえば子供は大人に手を引かれている、それとあとは恋人たちも手をつないでいる。この人混みだと、ああしないとはぐれてしまうのだろうか――?
 しかし、そんな疑問はすぐに飛んでいく。
 零と手を、繋ぐ事を拒否する理由なんて何一つない。今までだって帰るときなど繋いできたのだ。
 だからそろそろ、手を繋ぐくらいの行為は慣れたって良い。そう思っていたが、二人ともその行為でさえ慣れずに、指先が当たっただけでもドキドキが止まらない。そんな感情の名前さえ、判らない―――。
 最初は、零の手がアニーの手の甲に当たった。
 ぴくんと揺れて、恥ずかしそうに、一度離れた手と手。
 それから恐る恐る近づいては、指を絡めて繋がって、お揃いのブレスレットがきらりと輝く。
 零の手から、アニーの手から、伝わる程よい暖かさ。今日一番の鼓動の高鳴りが重なっていく。
 自分の鼓動の早さが、相手に伝わらないように隠すので精一杯だ。
 アニーの胸が、零の心が、温かい気持ちで満たされて、繋いだ手と手は今一度離れたくないように、強く握られていく。
 アニーは繋がっていない方の手を胸に置き、その辺りがとても甘い熱を秘めているのを確かめていた。どうしちゃったのだろうか、自分の胸は――今日は不規則に動いてしまう。
 まるで自分の身体ではないような響きに、いやそれでも、お祭りのせいなのだとアニーは納得していた。
 そんな事を知る由も無い零は、同じように手から感じるものに、胸の高鳴りが抑えられないでいた。
 アニーと同じく、高鳴りに疑問を感じつつも、しかし、いつまでもこの場所から動かないのもいけないとアニーの手を引いて歩きだす。やっと自分がリード出来ているような気がした、それが、何となく誇らしかった。
「次はどこに行こうか、パーっと楽しみたいな! まだまだ時間もあるし!」
「はい! それと、この夏は、いーっぱい二人で思い出を作りたいな……!」
「俺もだ! じゃあ、んーー……次は射的でもやりにいこう!」
「はい! 楽しみです……っ」
 と歩き出した二人だが、その刹那。
 アニーの背中側に居た男性が酔っぱらっていたついでに倒れかけて、アニーを押した。
「きゃっ!」
 思わず男性に弾かれ、油断していたからか。アニーの身体はそのまま重力に従い倒れるところ――
「アニー!」
 ――零の胸元へダイブする形で収まった。
 零は咄嗟に顔を上げる。大事な彼女(友人)を押した相手を睨みつけ、彼女を隠すように身を捩じった。
「うおっと、ごめんな! ニイチャンとネエチャン!」
 意外にもその相手はいい人で。
「あ………っ、い、いえ……!!」
 頭を下げた男性が友人たちに抱えられて人混みに消えていくまで、ずっと零はアニーを隠していた。
 アニーは零の腕のなかで、零の鼓動を聞きながら背中に手を回す。大丈夫です、その言葉の代わりとして。
 そこで零は我に返った。咄嗟にアニーを離そうとしたが、背中に回された彼女の手を感じたら離したくないような気分が零の心を侵略していく。
 顔を上げたアニー。
「これも、ひとつの想い出になりますね……?」
「そ、そっ、そそそうだね……!!」
 既にパニックを起こしている零。
 その腕の中が何より心地よく。アニーは静かに目を閉じた。
 雑踏の音は波のようなBGMとなり、二人の横を通り過ぎていく。
 まるで切り取られたひとつの空間の中。
 暫く―――二人はそのままの状態で。
 月と星の下、親しい友人をただただ優しく包み込んでいる感覚に甘えた。

  • 絡む指先と貴方の笑顔完了
  • NM名
  • 種別SS
  • 納品日2019年08月14日
  • ・零・K・メルヴィル(p3p000277
    ・アニー・K・メルヴィル(p3p002602

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