PandoraPartyProject

SS詳細

天秤

登場人物一覧

ナイジェル=シン(p3p003705)
謎めいた牧師
ナイジェル=シンの関係者
→ イラスト

●命の価値は平等じゃない
 最近巷で噂の盗賊団『リスティヒ』のアジトを見つけたとギルドから連絡があった。潜伏人数は不明、先日また強盗殺人事件を起こしたばかりなのでしばらくは動きは少ないだろう。であれば、彼奴らが固まっている状態で叩くのが一番良い。
 賊退治を生業とするエダ=シモンズに声が掛ったのはその腕前故だ。豊富な地理把握能力に卓越した剣技。並の盗賊など歯が立たないのは明白だ。
『仲間を何人か貸そうか? 俺が行っても良いぞ』
 ギルドの顔見知りに声を掛けられるが、首を横に振るエダ。十分な力があるからこそ、即席の手駒足手まといは必要ない。一応その心遣いにだけ感謝を述べて、早速地図を広げアジトの場所と侵入経路を探る。噫なるほど、相手は狡猾リスティヒの名に恥じないようだ。こんなところ、早々見つからないわけね……とエダは地図を折り畳み仕舞う。
 善は急げ、決行は本日行う。幸いにして今日は満月、灯りがなくても十分明るい。月光程度の光でもエダの眼なら敵を捉えられる。日が落ちるまで大剣エモノを研き、アジトに向かった。

 アジトは森の奥、地図上では切り立った崖の下にあった。獣道に混じって明らかに人が歩いた形跡がある。それを辿り到着したのは大きな円形をした縦穴。下を覗けば、小さな地底湖と大きな岩場。岩の上では薪が焚かれ、下卑た声が聞こえてくる。
『この前のの分でしばらくは遊べるなぁ。アイツら面白かったしなぁ!』
『亭主の前でオンナども輪してやったのクッソ楽しかったぜ。「僕はどうなってもいいので妻と娘だけは助けて下さい」ってベソかいてよぉ!』
『ま、目撃者は全員殺すけどな!』
『ギャハハハハ! お前寝てる奴らもぶっ殺したくせに!』
『俺達に目ェつけられた時点で人生終了って決まってンだよな~!!』
 酒を煽りながら会話に華を咲かせる盗賊ども。前回の被害は酷かった。その家は裕福ながらそれを鼻にかける事も無く、誰にでも分け隔てなく接する人格者だった。家は襲撃された後、金目のものはありったけ盗まれ、家人から使用人まで全て殺された。あまりに惨い殺され方に、新米の警察は吐いてしまった程だ。
 そしていつものように被害者の血で『全て奪うまで終わらない』と書き残される……それがリスティヒのやり方で、人々を恐れさせていた。全て――そう、金品も、命も、希望も。何もかも奪う卑劣な輩。
「……下衆」
 ぐるりと縦穴の淵を一周すると、横穴もある事が分かる。今見えているのは4人だが、横穴に他の連中も隠れているのだろう。このまま降りるのは危険だが、迂回路はない。万が一に備え、エダはある仕掛けを施した。指先を少し切って、に血を擦りつける。
 そのままエダはその樹の枝を折り、思いっきり縦穴の中に放り投げた! バシャァッと地底湖に水飛沫があがる。盗賊達は一斉に其方を見て身構えた。
 それが狙い。視線が一方に向けば、自然と逆は死角になる。そこへ一気に飛び降りて、エダは盗賊の項へ剣を突き立てた!
『ガッ……!? な……?』
 訳も分からぬ内に倒された一人。ずるっと剣を項から抜くと鮮血が噴き出す。残りの三人は驚きながらも一斉にエダから距離を取り、剣を構えた。
『っ、てめぇ何者だ!?』
「…… ……」
『黙ってんじゃねぇぞこのクソアマァ!!』
 大きく振りかぶって剣を振るう盗賊。或る程度訓練はされているようで、動きは正確。こちらの急所を狙ってくる……なら話が早い。相手の動きが読めるなら、回避だって簡単だ。エダはぐっと腰を屈め盗賊の剣から逃れると、そのまま懐に入って頭突きをかます! ふらついた隙に今度はエダが下から上へかけて身体を引き裂くように斬り上げる!
 仰向けに倒れ岩場から血が流れ地底湖に沈んでいく。騒ぎを聞きつけた他の盗賊達もわらわらと横穴から飛び出して来た。その数ざっと10人、思っていた程多くないが……これで全員とは言い切れない。油断はせずに素早く眼前の盗賊から倒していく。
『ヒッ、やめっ、あああああああ!!』
 悲鳴をあげる盗賊に容赦なく剣を振るう。一太刀で首と胴体が真っ二つになったが、エダには何の罪悪感も湧かない。だってこれは、自業自得。子供が飢えて生きる為にパンを盗むのとはわけが違う。こいつらはただ、楽しんでいるのだ。残酷な略奪行為を!
『おい、陣形を組め! この女を捉えろ!!』
 首魁らしき大男が声を荒げると、盗賊達は一斉にエダを取り囲んだ。前も後ろも逃げ道はないが、そんなものはいらない。どうせ全て倒すころすのだから。殺気に満ちた空間で、お互い一歩も譲らない。先に仕掛けたのは盗賊! 背後から飛び掛かりエダを羽交い絞めにしようとするが、視線は前に向けたまま強烈な肘打ちを喰らわせる。女とは思えない強力な一撃に蹲る盗賊。これは一人で相手するモンじゃないと、盗賊達はみな息を飲んだ。
 睨みつけるエダと盗賊の耳に指笛の音が聞こえる。それを合図にエダを取り囲んだ盗賊達は全員で襲い掛かってきた! でも残念、その指笛おとはエダにも確り聞こえていた。名の知れた盗賊団ならば統制は取れていると経験から推測していた。こちらが単独で動いているのであれば、数の暴力でなんとかしようと言うのだろう。噫、嗚呼……だから甘い。だからこんなに
 盗賊たちが襲い掛かるのと同時に、握った剣を一回転するように振り回す。中心から刃物を振り回されては群がった盗賊達は傷は浅いものの手負いとなり動きが鈍る。中には一歩退く者もいた。そこが穴だと言わんばかりに、エダは退いた盗賊に突っ込みタックルを喰らわせて倒れたところに馬乗りになって心臓を一突き!!
『ゴボッ……ァ……』
 最後の力で伸ばされた手には目もくれず、すぐに前転して輪の中心から抜け出した。この場の誰もが、身の危険を感じていた。この女は、容赦なく、俺達を殺すのだという恐怖が漏れ出す。今まで自分達がやってきたのと同じように、殺されるのだと。しかしそんな事を容易く受け入れられるわけもなく、盗賊たちは誰から行く? お前が行けよ、と目配せしあう。
「今更怖気づいたの?」
『へへっ……そう言ってられんのも時間の問題だぜ……』
「? 強がりも過ぎると滑稽ね」
『ああ、アンタよく見りゃ別嬪でイイ身体してんじゃねぇか。良いモンが見れそうだ……』
「何を言って……。――っ!」
 凶悪な程に甘い香りが鼻につく。エダは視線をチラ、と香りのする方向……地底湖に向けた。そこには蛸の足のような、エダの胴体程の太さの触手? がうねうねと蠢いているのが分かる。全容は分からないが、もし蛸と同じだとして、触腕であの大きさなら本体はどれだけ巨大なのか。
「……随分とを飼っているのね」
『お楽しみはこれからだぜぇ!!』
「その前に始末す……れ、……?」
 可笑しい。身体に力が入らない。立ってはいられるし、辛うじて剣も握っていられるが……じわじわと痺れる感覚がある。盗賊達はニヤニヤしながら動きの鈍ったエダをひっ捕らえ、大剣を取り上げてそのまま地底湖に突き落とした! 浮かび上がるより先に何かが体に触れ、無理矢理湖面に持ち上げられる。
 それは先程見た蛸の足? だった。エダの甲冑の隙間、スカートの裾から、うねうねとした冷たいものが肌に触れる。水の中より余程冷たく、それでいて触腕が這いまわったところから段々と熱を帯びてくるのを感じた。これは……淫獣の類か!
『さぁて、ショーの始まりだぁ!! お前ら酒持ってこい!!』
『お頭ぁ、ロッシュ達の死体は……』
『このショーが終わったらあの女のあとに食わせりゃ良い、ほっとけ。それよりお前ら見ないのか?』
『久しぶりの女に喜んでますねぇ、アイツ』
『ありったけの酒っす!!』
 蠢く触手は優しく拘束しており、平時のエダなら何の苦もなく倒せるはずだ。だがこの淫獣から溢れ出る甘い香りを吸うと、全く力が入らない。そうしている内にあらぬところまで触手は侵入しようとしてくる。どうするか、エダは務めて冷静に考えた。
 このままでは弄ばれた上に殺されるのは確実。武器は手元になく、力も入らない。こいつをどうにかしても盗賊たちはまだ残っている。増援は断ったし、一人で何とかするしかない。いや、あれからどの位時間が経った? ともすればもうすぐ……。ぬるり、触手が大事なところに――。
「……っ」
『ギャアアアアア!!!』
 興奮し囃し立てる盗賊の中、一人の悲鳴で状況は一変した。
『なんっ!? グッ、ガァッ!!』
 襲い来るのは木の根だ。崖っぷちに生えていた一本の樹……冒険者の中でもあまり知られていないようなそれは吸血樹ブラウッドと呼ばれる樹。生き物の血を浴びると、その生き物を主と認め、主の血を求め急速に成長し、主に危害を加える者を全て排除する一種の意志を持つ妖樹だ。
 吸血樹ブラウッドは崖を伝い根を伸ばして、次々に盗賊たちを捻りあげ、無遠慮に締め付け骨を折る。ミシミシと己の身から響く嫌な音に盗賊達は阿鼻叫喚。
『クソっ、どうなってやがる!? おい火だ!! これを燃やせ!!』
 火を翳すと吸血樹ブラウッドは土の付着した根で松明ごと火を握りつぶす!! 我先にと逃げようにも、この縦穴から地上に行くにはこの木の根をどうにかせねばならず、できることは隠れることくらい。横穴へ潜って入り口を閉めた。
 盗賊がいなくなったら残りの脅威はこの蛸らしき生物のみだ。もうかなり甘い香りを吸ってしまったが、意識ははっきりしている。樹の根が蛸に絡みつき、その軟体に根を張ってちゅうちゅうと水分を吸い取っていく。急速に萎れていく蛸、香りがなくなり触腕から離れたエダは地底湖に再びザブン!
 岩場に這い上がったエダが地底湖を振り返って見た時に、もうあの蛸は姿を消していた。根ではなく一輪の蕾をつけた枝がエダにそろりと近寄る。濡れた身体で捨てられっぱなしだった大剣を拾い上げ、今度はちょっと深めに手の甲を切り、己の血を蕾に滴らせる。蕾はエダの血を受けて、ぱぁっと花開いた。月光に照らされるそれはエダの髪飾りのように銀色に煌めいていた。
 窮地は脱したが残党掃除はまだ終わっていない。蛸に嬲られながらもしっかりと盗賊が逃げ込んだ横穴を見ていたエダ。塞がれた穴に向け言い放つ。
「もうお終い。さようなら」
 ガッと蓋をしていた鉄の扉を蹴り破り、中へ酒樽をぶちまけた! 奥からは『終わったのか?』『出たらあの女が待ち伏せしてるぞ』『うわっ、水……? いや酒……?』とぼそぼそ幾つかの声が聞こえる。酒樽が全部横穴に流れていった頃には、あの甘い香りを上回る強烈な酒精アルコール臭で満たされた。そこに篝火を持ち、穴へ投げ入れる! 高い度数の酒は良く燃える。中から『熱い! 出ろ!!』『俺が先だ!!』と呻く声がする。そして一人の盗賊が服に火をつけて出てきたところを、エダは叩き斬った!
『ぐぉっ、あ、あ……?』
『ああ、あ……助けて……助けて。金は返す、熱い、ああ!』
「あなたたちは何人の『助けて』を無視したんでしょうね? 同じことよ」
 エダはもう誰も出て来なくなるまで盗賊達を切り倒し……万が一、中に生存者がいたとしてももう二度と出られぬよう入り口を崩落させた。酸欠で死ぬか、飢え死にするか、そんな事はどうでも良い。
「ありがとう、助かった」
 吸血樹ブラウッドの根を伝い地上に戻る。満月は確かに傾いていた――。

●という前置き
「もう最悪でした。あの感触の気持ち悪さといったら……」
「そんなモノを飼っていたとは恐ろしい話だ。しかしキミ、よく吸血樹ブラウッドなんて知っていたな。普通の図鑑なんかじゃ載ってないだろう」
 ぐいっと酒を煽るエダ。場所はいつもの酒場、相手はナイジェル=シン。知っているのは名前と、牧師であることだけ。関係は……飲み友達? 少なくとも愚痴を話せる間柄である。
「昔、植物学者に教えて貰ったことがありまして。あの辺の森に生えてるとは知りませんでしたが……運が良かったです」
「知識を活かした戦い方だ、誇ってもいいさ。でもね、今後もしも自分一人では手に負えないと思える案件があれば、ローレットを頼るといい。孤独な闘いもキミの魅力ではあるが、たまには他の者と共闘するのも良い経験となるだろう。勿論私もローレットの一員として、手が空いていれば積極的に手を貸そう」
「ローレット……確かにギルドでは最大手ではありますが。私のような者でも受け入れて下さるでしょうか」
「なぁに、あそこはキミが思っているより寛容だよ」
 ニィと意味深に笑むナイジェルに、ふぅんと思いながら酒とつまみの追加注文。ジョッキと揚げたての芋が二つ運ばれてくる。二人で同時にごくり。一仕事終えた後の酒は殊更美味しく身に染みると、エダは満足気。その様子を見てナイジェルは言い聞かせるように、でも説教にはならないように話しだす。
「エダ、キミは強い。それはキミには目的があるからだ。そして目的を達成したとき、隣に誰かや心の支えがあれば……もっと強くなれる。それなら、復讐にも屹度意味があるだろうね」
「牧師さまは、私の復讐が終わったら共に乾杯してくれますか?」
「――嗚呼、そうだな。その時は、乾杯しよう。奢ってやっても良い」
 困ったように笑いながら山盛りの揚げ芋に粉チーズを掛けて食べるナイジェルに、エダは内心ホっとした。この復讐に意味があるなら、やはり歩みは止められない。チーズのとろける味わいに浸りながら、今日もハズレだったのかなと考える。仇の顔は未だ思い出せない。いっそ相手からこっちに殺しに来てくれればとすら思う。
「チーズ味は好みじゃなかったかな?」
「えっ?」
「眉間にしわが寄ってるよ」
「……あんまり見ないで下さい。美味しいですよ、これ」
「なぁエダ、これは例え話だが……もし仇が贖罪を果たしたいと申し出たら、どうする?」
 ぎくりとした。心を読まれたのかと動揺するエダ。少し俯いて、誤魔化すように酒を煽った。そして高らかに宣言する。それはもう、ほぼ酔っ払いだからこそ吐き出せる本心。
「贖罪なんて、自己満足じゃないですか。私の復讐も自己満足。だから……遠慮なんかしませんよ」
 今度はエダがニッと笑う番。良い返事だ、とナイジェルは胡散臭いようなミステリアスな笑みを返す。やれやれ、一仕事終えた後だというのに元気なことだ。さぁ、まだまだ酒は飲めるぞと閉店まで愚痴大会は続く。

●???
 ――今はまだではない。エダが復讐以外に生きる意味を見つけ、未来へ進めるようになったなら……この罪を贖おう。
 彼女はまだ若い。聡明で一生懸命だ。その輝かしい未来を阻むものは、誰であっても許さない。たとえそれがであっても――。

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