PandoraPartyProject

SS詳細

フライング・グラス

10月13日 午前零時

登場人物一覧

リーゼロッテ・アーベントロート(p3n000039)
暗殺令嬢
新田 寛治(p3p005073)
ファンドマネージャ

●ジャスト・ゼロ
 煌びやかで上滑りする時間は一年に一度の恒例だった。
 人も羨む高貴に産まれ、物質的にはこの世に手に入らないものは少ない程に恵まれて。
 周囲の全ては勿論の事、阿る誰にもかしづかれる事が当たり前であるリーゼロッテは実はこの『季節』が余り好きでは無かった。
 誕生パーティゆううつを前にした彼女は明日の主役である。
 とはいえパーティは立場上、外す訳にはいかない『仕事』であるのは間違いない。享楽的であり、刹那的であり、快楽主義的である彼女は無軌道で自由に振る舞う女帝ではあるのだが、猫のように気まぐれな彼女は立ち居振る舞い程には自由では無かった。
(――誕生日位、好きなように過ごして何が悪くて?)
「パーティはしたくない」と言ったリーゼロッテを家令のパウルは「それがアーベントロートの義務では?」と窘めたものだ。
(私を至高の薔薇アーベントロートと呼ぶのなら、どうして籠の鳥のようで居る必要があって?)
 歳相応にも、立場相応にも割り切れない令嬢の乙女心わがままは合理的かつ理性的な『損得』を感情的には受け入れない。
 数少ない友人イレギュラーズと過ごせるなら、どんなにか素敵な日になるというのに。おべんちゃらを言いながら、その実自分を畏れ、愛する気等微塵もない連中に特別を捧げるのはお寒い話に違いない。
 季節柄、寒さを増してくるこの時間に鮮やかな赤いドレスを着た令嬢は似合わない。
「――――ふぅ」
 しかし、せめてもの意地で煩い家令を追い払い、静寂と孤独の遊ぶ薔薇の庭園で深夜のお茶会を続けるリーゼロッテは深い溜息を一つ吐き出した。
「……」
「……………」
 抜群の美貌に幾らかのアンニュイを浮かべたそんなリーゼロッテが生垣の向こうを凝視する。
「……」
「……………」
「タネは割れておりましてよ?」
「――やあ、お嬢様。良い夜ですね」
 更に幾らか続いた沈黙の後、リーゼロッテが水を向けると庭園の通路の奥から一人の男が現れた。
 フォーマルなスーツに身を包み、整髪料で髪を丁寧に整えている。
 立ち居振る舞いはまるで日付、時刻を間違えてやってきた『明日』の賓客であり、姫にジト目を向けられるのは賓客ならぬ彼の特権だったやも知れない。
「随分と白々しい登場ですわね。暇ですの?」
「いえいえ、これでも商売も活動も順調でして。非常な多忙を縫って参上差し上げた次第ですよ」
 やや皮肉気で棘のあるリーゼロッテの言葉とは対照的に応じる新田寛治の物言いは実に柔らかであった。
 彼はイレギュラーズ。このお嬢様とも浅からぬ因縁を持つ男である。
 確かに或る意味で気の置けない間柄であり、腐れ縁と言えばその通りではあるのだが――
「――今が何時か理解していて?
 アポイントメントを貰った記憶はないのだけれど――?」
「ええ、勿論今回は『失敬』しておりますよ。
 目的柄、アポイントメントを取る訳にはいきませんでしたのでね」
「どうやらはここが何処かを理解していないようで――
 ――いえ、それより何より。身内を叱りつけてやらねばならない局面かも知れません。
 こんな時間に、部外者を、私の元まで通すなんて――薔薇十字機関の名こそ聞いて呆れます」
 柳眉を顰め、如何にも不機嫌なリーゼロッテだったが、寛治は構わない。
「申し訳ありません。ゲイムは困難な程『燃える』性質でして。
 柄にもなく『頑張って』しまいましたよ」
 右手を後ろ手にしたまま、彼はリーゼロッテの近くまで歩み寄ってきた。
「――まぁ、その胆力に銘じて遺言ようけん位は聞いてあげましょうか」
「有難き幸せ」
 何処まで本気か切れ長の目を細め、椅子を横にずらしたリーゼロッテはドレスの向こうの細い足を組み替えてて寛治と向き合った。
『人喰い』と称されるアーベントロートの庭に忍び込んだ賊の運命等、ほぼ例外なく決まっている。
「……それで? お話は?」
「ええと、そのですね。もう少し」
「時間稼ぎかしら?」
「ええ、実は。お嬢様の勘が鋭すぎるのがいけないのです」
「……一体何を?」
 リーゼロッテは首を傾げ、怪訝そうに寛治を見た。
 目の前の男が変わり者なのは今に始まった話ではないが、今日は特に――どうにも当を得ない。
 彼女としては割と本気でどうしてやろうかと思っている所なのだが、恐れた様子も無いのが何とも苛立つ話であった。
「――良し」
「はい?」
 不意に頷いた寛治に思わず可愛らしい声を上げてしまったリーゼロッテ。
 彼はそのまま、椅子の上で尊大に足を組むリーゼロッテの前に跪いた。
「――お誕生日おめでとうございます、お嬢様。我が至高の蒼薔薇よ」
「――――」
 はっとしたリーゼロッテが振り向いた。
 薔薇の庭園から覗くのっぽ――即ちそれはアーベントロートの時計台である。
 短い針と長い針が丁度真上を示している。
 
「……」
 寛治は跪いたまま、後ろ手に隠していた蒼薔薇の花束を恭しく差し出している。
 それは騎士のようであり、紳士であり、彼らしくあり、彼らしくはなかった。
 全くあべこべの――そして予想外の行動にリーゼロッテは知らない間に苦笑していた。
(誕生日の事を考えていたのに、どうしてか完全に失念しておりました――)
 考えてみればこの男は曲者だった。
 煮ても焼いても食えない男なのだ。
 こと新田寛治という男ならば命がけでアーベントロートに忍び込み、『最速』で花束を差し出す位はしてもおかしくはないとさえ――思えた。
「お言葉は頂けませんか?」
「命だけは助けてあげます」
「それは重畳。光栄の極み」
 丁々発止としたやり取りに寛治はむしろ満足そうに頷いた。
 幾らか毒気の抜けた彼女に彼は言葉を付け足す。
「ああ、それから――警備のお話なのですが」
「……屋敷の?」
「ええ。先程、お叱りを……と仰っておりましたが、出来れば許して頂きたく。
 彼等は私如きの侵入に気付かぬような愚鈍ではありません。
 ……ええ、無理を言いましてね。きっとお嬢様の退屈を慰めると。
 彼等の『見落とし』はあくまで偶発的なものかと存じます」
「余計な事を……」
 リーゼロッテの苦笑いは一層深くなった。
 薔薇十字機関はアーベントロートに極めて忠実であり、彼女の我儘を叶え、彼女の最良を考える。
 
 そんな彼等が『そうした』のであらば、彼女からすれば言葉も無い。
 責めるのもお門違いであり、気恥ずかしさが勝る。
 それより何より――絶対に言わないけれど、彼にはそんな顔は見せないけれど。
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「……正直を言いますとね、私らしくは無い。
 こういった方法は強引ですし、貴女が好むと確信していた訳ではないのです。
 故に、今夜の私は熱に浮かされたようなものなのでしょう。至高の薔薇の魔法は中々どうして大したものですよ」
「……ええ、そうでしょうとも。
 正直、貴方のこれは褒められません。私は怒っております。
 しかし、私は熱に浮かれているのでしょう。ですから、今夜を忘れてあげます。
 夢の中で誰かに祝われて、小娘みたいに頬を染めたという事で――宜しいではありませんか」
 言葉のやり取りに寛治はニッコリと笑った。
 白磁のカップに唇をつけたリーゼロッテの顔色は夜に紛れて分からなかった。

  • フライング・グラス完了
  • GM名YAMIDEITEI
  • 種別SS
  • 納品日2021年05月29日
  • ・新田 寛治(p3p005073
    ・リーゼロッテ・アーベントロート(p3n000039
    ※ おまけSS『フライング・メガネ(ダブルミーニング)』付き

おまけSS『フライング・メガネ(ダブルミーニング)』

「時にお嬢様」
「はい?」
「新たなビジネスの話があるのですが」
「……」
「もうすぐ水着の季節ですね。是非弊社にプロデュースをお願いしたく」
「……………」
「例えばこのマイクロビキニ等如何でしょう?
 本日、資料を作ってまいりましたので是非ご査収頂きた――」
「――やはり、死んで良いです」
「――ファンド!?」

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