SS詳細
ワールドエンド・ホワイトホール
登場人物一覧
●白の衝撃
聖教国ネメシスの新年は、宮殿での祝賀行事に始まる。
歴代の法王、国王が脈々と受け継いできた一大イベントは権威主義であり、宗教主義であるこの国にとっては欠かす事の出来るものではなく。
国民がこれに参加するのは当たり前の事として受け止められている。
身を切るような寒さの中でも、雪がうっすらと積もる白亜の宮殿の中庭には今年も無数の人が集まっていた。
「新たな年がやって来た!
過ぎ去った時にも、これより来る時にも常に信仰は共にある。
主はネメシスと、余と、諸君等と共にあり、正しき歩みの中に守護と繁栄を約束するだろう――」
宮殿のバルコニーから身振り手振りを交え、演説するのは教皇である。国主である。
聖教国ネメシスの長い歴史の中でも有数と称される程の『名君』。
雷鳴のような威厳と、決して揺るぎない信仰の鎧を纏う彼の名はシェアキム。
シェアキム・ロッド・フォン・フェネスト六世――
それは約束された血筋と、この国に必要な資質の全てを備えたまさに王者の立ち姿であった。
『脈々と受け継いできた過去と同じである事に意味があるというものなのだ』。
故に年賀の行事は年次で特に代わり映えするものではない。
しかしながら、世界そのものが変わらなくとも。
人は人の有り様でその見方を変えるものだ。
出会いが無ければ始まりがないのは当然で、逆に出会ってしまえば動く歯車があるのもまた必然である。
「ふわああああああ――!」
思わず声を上げたナチュカ・ラルクロークは八年の短い人生の中で、こんなに感嘆した事は無かった。こんなに感動した事もやはり無かった。
演説をするシェアキムの一挙手、一投足より決して目が離せない。
遠目に見ても分かる精力的な顔から目が離せない。口を突く信仰の理想を疑いなく信じ切っている強さから目が離せなかった。
それは世界が壊れるような、空が裂けるような。
価値観の殻が割れるような、生まれ変わるような――まるで啓示のような出会いであった。
鮮烈な衝撃の訪れは往々にして脈絡も、予兆も有しては居ない。
勿論、『なるべくしてなる』事も少なくはなかろうが――目の前の色彩ごと変わってしまうかのような出来事はやはり運命的である。
最初から約束されていたかのように手繰り寄せられる結末も運命だが、或る日、或る時、或る場所で――突然出会うそれもやはり運命と呼ぶ他はあるまい。
「――おかあさん!」
「どうしたの、ナチュカ」
突然、呼びかけてきた娘に傍らの母が怪訝そうな顔をした。
「王様、シェアキムっていうの?」
「そうよ、シェアキム・ロッド・フォン・フェネスト六世陛下。でもナチュカ呼び捨てしたりしちゃ駄目よ」
周囲の人々は八歳の少女に注意を向ける事は無く、当の彼女と同じくバルコニーの聖王に熱烈な歓声を送っていた。
故に周りに聞こえなかったかを気にした母の心配は杞憂に終わったのだが――
(急にどうしたのかしら。確かに少し不思議な所はある子なんだけど――)
母がナチュカを国王の年賀挨拶に連れてきたのは初めてだった。
瞳をキラキラと輝かせるナチュカはまだ八歳だ。年齢よりはマセた所があるが八歳である。
「……シェアキム、陛下!」
「そう、陛下よ。ナチュカ。でもどうしたの、そんなに興奮して……」
連れてきたのはネメシスの民として、そろそろ年始の挨拶に参加するのも良いかと思った頃合いだったのだが――
興奮する娘の様子は母が思った程度の熱心さでは無い。口の中で「シェアキム、シェアキム」と何度も聖王の名を口にする娘の様子に母は戸惑う。
「陛下は、どんな人なの!?」
「陛下はこの国の王様で、とてもえらいか――」
「――そういうのじゃなくて! もっとちゃんとしたやつ!」
自身の言葉を遮ったナチュカに母は苦笑した。
子供の問いと思って適当な答えを返してもどうやらこの子は納得しないらしい――
「陛下は……まぁ、とても偉くて昔は王子様だったのは間違いないけれど。
若くして神学を深く学ばれ、ネメシス大司教として辣腕を振るう傍らで、大学院で多くの著作を執筆された方よ。
先代のフェネスト五世陛下がご病気でお弱りになられた頃に宮殿に戻り、代行として見事に職責を果たされた。
この国を長らく支えて下さっている方で、公明正大にして厳格なお人柄に私達国民は深く感謝しているわ」
「ご本!」
「……難しい本よ? ひょっとしてナチュカ、興味があるの?」
「うん! 私、それ欲しい。読みたい!」
シェアキムの著作は非常に専門的にネメシスの歴史と変遷する、或いは変化しない信仰を紐解いたものであり、この国では史書、学術書としても評価が高い。
とても八歳の読むようなものではなく、実を言えば簡単な説明をした母もきちんと理解出来る代物ではなかった。
(この子、変わった所はあるけれど――今日は本当に特別だわ)
未だ続くシェアキムの演説に興奮するナチュカはどうやら冗談で言っている訳では無いようだった。
彼女は世界の果てで漸く巡り会えた運命の人を見るかのように、親子以上に歳の離れた『元・王子様』を見つめていた。
(まさか、ね……?)
母は首を振り、酷く俗世的な他愛もない『想像』を追い払った。
「誇り高く生きよ。神に背く事無く、友に背く事無く、何より己に背く事無く。
人の生は、人の性はそうして先へと紡がれよう――!」
万雷の拍手と歓声が中庭に響き渡る。
陛下はナチュカからすれば祖父のような歳だ。陛下はとても立派な方だから、ネメシスの民が熱狂するのは別におかしな事ではないだろう――
●黒の律動
おかあさんが教えてくれた。
おとうさんが教えてくれた。
学校の先生が、教科書が、それに、それにシェアキムのご本も教えてくれた!
「……ふふ、ふふふふふふ!」
分厚いその本を読み終え、大きく息を吐き出した。
本を小さな胸に抱いたまま、ベッドにころんと横たわる。
天井を眺めながら、ナチュカは深い多幸感に浸っていた。
――信仰と共にあれ。善行を続ければ、いつか凶事に出会おうとも、数多の救いが君を助く。
難しい話ではない。
人は一人で生きるに非ず、誰かと共に行くのであらば君は良き隣人たるべきである――
極当たり前の、逆に言えば当たり障りもない『教科書』の言葉にナチュカの頬は緩んでいた。
(私、良い子でいるね!)
良い子で居れば、何が起きても誰かがきっと助けてくれる。
(毎朝早く起きるよ! お手伝いもする! 困ってる人が居たら助けるね!
シェアキム、ねぇ。ナチュカ良い子? 良い子だよね!?
褒めてくれる? 頭なでなでしてくれる? えへへ、それでいいよね! そうしたら――)
――そうしたら、何をしても神様は許してくれるよね。
私、良い子だから。例えばこのネメシスをひっくり返しちゃったとしても、シェアキムも許してくれるよね!
母親がどう思おうと、世間がどれだけズレていると謗ろうとも。
少女の出会った運命は間違いのない恋だった。
年相応の夢見がちな想いに淡く頬を染め、年不相応の『野望』に小さな胸を高鳴らせ、少女は甘い夢を見る。
これはナチュカ・ラルクロークが出奔と共にその名を捨て、楊枝 茄子子と名乗るより二年前の『些細な』出来事。
白い衝撃に黒き律動は応えた。結末の知れぬ彼女の物語はその日、確かに始まったのだ――
- ワールドエンド・ホワイトホール完了
- GM名YAMIDEITEI
- 種別SS
- 納品日2021年05月27日
- ・シェアキム・R・V・フェネスト(p3n000135)
・楊枝 茄子子(p3p008356)