SS詳細
深淵を覗く者はまた深淵に何とやらとはよく言うが
登場人物一覧
●【クエストを受注しました】
ーーROO内のNPCが、何か想定外の挙動をしているらしい。既にログインしている者や……協力的なNPCとでもいい。共に対処してくれ。
今日も今日とて、練達の研究員に協力を依頼された『イズル』が指定されたエリアで見たのは、こんな風景だった。
びちびち。ぱちゃん。コポォ……。
水面が揺らぎ、音を立て。気泡が浮かんで弾け、消えていく。
その音の主は、黒光りする下半身をうねらせ、堂々と自らの縄張りを主張してきている。
しかし、ここは水棲生物の為に整備された水槽ではないし、ましてや元々の棲家たる地底湖である事はもっと有り得ない。
何故なら、此処は。
『ママー、あの人何してるのー?』
『しっ、見ちゃいけません!』
ドン引きのモブがどんどん公園を去る一方で、イズルはその場から動けずに居た。
何故なら、今、噴水に我が物顔で居座る彼の姿は。
「トスト……?」
トスト・クェント。
先日共に『恥ずかしい思い』をした……謂わば同志、もとい被害者同盟。
特徴的なオオサンショウウオの半身を持つ彼を、共に臨んだ『アーマデル』が見間違える筈も無かった。
しかし、その様子は『久しぶり』と声をかけるにはあまりに異質すぎたのだ。
「■■■■?」
「えっ?」
「■■■■■■!!!」
まず、彼の唇は何事か動いているが、雑音に阻まれ何を言ったか聞き取れない。ついでにいうと、少なくとも笑っているらしい事は口元から伝わるものの、顔の上半分がモザイクに覆われ、どんな目でこちらを見ているかも分からないのだ。
しかし、事態の解決を図っているのは彼だけではなかった。
異様な光景を目にしたにも関わらず、逃げ出さないイズルの姿を見て、一人の『NPC』が駆け寄ってきたのだ。
「助けてくださーい! なんか変なのが、噴水に入っちゃって出てこないんです……! わたしもお手伝いしますからっっ」
その人は、人間の上半身に、カワウの下半身を持った……奇しくも、今そこにいるトストと近しい特徴を持った人物だ。
「キミは……?」
「あっわたし、ウィードって言います! わたし、この公園がいつものお散歩コースなんですけど、何か急に騒がしくなって、見に行ってみたら……その、こんな事に……。多分、バグだと思うんですけど……」
「……そうだね、私としても、この事態は看過できない。共に解決しよう」
かくして、『こちらでは』初対面となる二人の共同作戦が幕を開けたのだ。
●【クエスト開始!】
さて、トスト(彼の名誉のために、以降はバグと呼んであげようそうしよう)と、それを取り巻く状況について今一度確認しよう。
バグの発生現場は、ROO内のとある都市にある公園及び、その噴水。
バグは、姿形こそ混沌の彼とほぼ合致しているものの、意思の疎通はほぼ不可能。
というのも、ウィード自身も、先に何度も噴水から出るように説得を試みたようだが、こちらの言語が正確に伝わっているかは不明であり、少なくともいくら呼び掛けても出てくる気配は皆無であるし、尚悪い事に、こちらはバグの言葉を何一つ解読できなかったからだ。
今現場に残っているのは、バグ、イズル、ウィードの3名のみ。
よって、イズル達二人の力で、どうにか彼を引きずり出すより他に無いが……。
「……だめだ、私達二人がかりでも引っ張り出せない。というか、何かの壁に阻まれている」
「はい……いくら手を伸ばしても、腕すら掴めないんです……」
分かったのは、バグに対して実力行使は通用しないという事だ。
さながら無敵バリアーが現実となったかのように、バグに伸ばした手はことごとく弾かれ、掴むことすらできず。
近づいて駄目なら離れて、と遠距離からスキルを撃ってみたが、それも彼の元に届く前に霧散してしまう。
「なんだこれチートじゃないか!!」
「イズルさん……?」
「……失礼、取り乱した」
うっかり中の人が出そうになったのを取り繕って、イズルはバグを観察する。
少なくとも敵意らしい敵意は無いらしく、バグはずっと口元だけは笑っており、たまにケラケラと面白そうに手を叩いたり、顔をこちらに向けて何事か言葉を発するものの、やはりその内容は聞き取れない。
ウィードは思わず、頭を抱える。
「ああもう、一体どうすれば……!」
「そんなに悩むだなんて……余程、この公園を愛しているのだね」
「えっ……まあ……」
「説得も攻撃も通じないなら、一体全体どうしたものか……キミが愛するこの公園を、放っておくわけにもいくまいし……」
ーーそうだけど、そうじゃないんだよぉ! んなあああ!! なんだよあいつ!!!!
ウィードの中で暴れ狂うその言葉を、『見ず知らずの』イズルに吐ける訳もなかった。
だって、イズルは気づいていないようだが、自分は『NPC』ではなく。
ーーなんで『おれ』がこんなとこにいるのぉ!? そんなバグの噂は聞いたけど……!!
そう。ウィードはトスト。バグではないトスト。正真正銘、本物の『トスト』だったのだ。
ーーあんなの『知り合い』に見られたら恥ずかしくて死ぬ……。
ーーこの前みたいな事でもなきゃ、あんな非常識な事はしないだろう、『本人』は。
そんな二人の内心をよそに、なんとまあ、既に『本人』も『知り合い』もその場に立ち会っちゃっているのだ。あな恐ろしや。
しかし、そんな事とは露知らず、彼等の決意は合致していた。
ーー『知り合い』に見つかる前に。/『本人』の名誉のために。
ーー早いとこ、あいつを何とかしないと……!
奇跡の一致だった。
そのまま次のアクションに移ったのはイズルだ。
「あれに攻撃が効かないなら、噴水の方に干渉してはどうだろう。どうしてもバグがあそこから出たくなるような状況を作り出すんだ」
「と、言いますと?」
「これを使う」
イズルが手にしているのは、何やら液体の入った試験管。
それをえいっと噴水に投げ入れる。液体が試験管ごとポチャンと着水した時。
突如視界を眩しく灼く赤青緑黄、いやそれ以上。
なんと、水が1680万色に光り出したのだ。
「何をしたんですかぁ!?」
「えっいや、水があんな風にめちゃくちゃカラフルになったら、流石に恥ずかしくなって出てくるかなって」
「見てるこっちが恥ずかしいですよ……!」
「そうか?」
こてっと小首を傾げるイズルを余所に、どこかから時報が鳴り響いた、その時。
チャイムに合わせて、噴水が変則的に流れを変える。
それはさながら、水の芸術。虹色以上の輝き。
そしてそこに、何故か口元をドヤァとさせたバグがまだ居座っていた。
「ああ……パリピのナイトプールみたくなってしまった……」
「ああもう、どうすれば……!」
ふとウィードが見つけたのは、『モウドウニデモナーレ』と書かれた真っ黒い瓶。
ウィードもまた、祈るような気持ちでそれを投げ込み……。
まずは種明かしをしておこう。
ウィードが見つけたあの瓶も、トスト同様バグの産物。
正確には、バグの産物はその瓶の中にある液体。故に、物理干渉の効かぬバグに向け、ウィードが投げ込む事が出来たのだ。
そしてある筈のない物が、居る筈のない者にぶち当たったのなら?
結論を言おう。
薬の影響か否かは不明だが、バグトストは姿を消した。
目には目を、歯には歯を、バグにはバグを理論だ。
細かい事は気にしてはいけない。
後に残ったのは、「良かったあ」とボロボロ涙を零すウィードと。
「こんなんアリなのか」とばかりに呆然と噴水を見つめたイズルのみだった。
おまけSS『怪物を狩る者は己も怪物とならぬよう何とやらとはよく言うが』
●【サブミッションが発生しました】
ウィードは今日も『兎の穴』をゆくが、何やら、通りが騒がしい。活気に呼ばれるように足を運んだ、その先には。
「キャー! 素敵ー!!」
「こっち向いてー!!」
「いやー非常に素晴らしい、キミこそ『褐色美少年を愛でる有閑マダムの会』のニュースターに相応しいでしょう!!!」
キメッキメにポーズを決め、褐色の肌がよく映えるような白い歯を輝かせ。沢山の有閑マダム&何故か一人だけいるおっさんに囲まれた。
「アーマデル……くん……?」
自分の名を呼ばれた事に気づいたのか、彼はウィードに向けてお茶目にウィンクを飛ばしてくるが。
「■■■■■■、■■■■■?」
そこでウィードも気づく事だろう。
あっこれ。この前みたいなバグくさい。
「有り得ない」
ふと聞こえた声に振り向けば、そこに居たのは、何故かぷるぷると震えているイズルだ。
ふとウィードの存在に気づいた彼は、真っ直ぐウィードの元に飛んできて、がっしり肩を掴む。
「すまない、ウィード、手伝ってはくれないか……! あれをあのままにしていたら俺、じゃなかった私の気が済まない……!」
「えっ、あっ、うん……」
二人の新たな戦いが、ここに始まろうとしていた。