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魔法少女24時! インフィニティハートのプライベートに迫る!
登場人物一覧
●テレビは遊びじゃねえんだよ!
「ご覧くださーい。これがお姉ちゃ……じゃなかった無限乃愛21歳のお部屋でーす!」
マイクを片手にドアを開け、忍び足で部屋に侵入する無限乃恋。
小声のまま洗面所に近づくと、ピンク色の歯ブラシを手に取った。
そして、小声で叫ぶ。
「見てますかー、全国のフリー男子のみさーん! 歯磨き粉は、いちごあじでーす!」
時は現代。混沌歴何年かしらんけどとにかく夏。
『出会って五秒で即恋愛』とかかれたプリントTシャツを着た無限乃恋が、スチャバとかいうカフェのテラステーブルを両手でぶっ叩いた。
「愛姉に彼氏を作るのよ!」
「まってまって前置き抜きでそれ言われても困る困るー」
向かいの席にて、ハート型星形サングラスをかけたアロハシャツのにーちゃんが両手を翳してのけぞった。
カーディガンを首にひっかけて袖を胸んとこで巻いてるところからも分かる通り練達テレビ局に勤めるプロデューサーである。
「コ↓イ↑ちゃーん、順番に話して? 俺ちゃんこの後ザギンでシースーの予定あるから手短かにね?」
「ここ銀座ないじゃない。仕方ないわね。いい?」
恋はタブレットPCを取り出すと、ペン型入力端末でさらさらと字を書いていった。
『愛姉のプライベートに迫る』
↓
『愛姉の可愛いところが分かる』
↓
『愛姉に彼氏ができる』
↓
『恋愛が生まれる』
↓
『三千世界に虹が架かる』
↓
『全人類が平和になる』
↓
『 お い し い 』
「ってことよ」
「終盤意味分かんない大体わかった。けどもうソーゲンのシャーキーがビューインタしちゃってんじゃない?」
「ダメよ。お姉ちゃんって人生がモロ魔法少女だもん。どうせ普通に熱情大陸したところで『これで魔法少女を目指す人が増えれば良いですね』とか言うに決まってるわ」
モノマネを交えて力説する恋。流石姉妹というべきかマネの部分はやけに似ていた。
「えー、言うー?」
「じゃなかったら21歳まで魔法少女してないわよ」
「…………」
なんとも言えない顔をしつつ、両手の人差し指でピッと恋を指さすプロデユーサー。『それな』のサインである。
「じゃあどうすんの」
「フフ……このJK魔法少女無限乃恋17歳に考えがあるわ」
そう言って、恋はポケットからすちゃっとサングラスを引き抜いた。
イエローカラーのハート型サングラスである。
それを装着すると。
「TOUSATUよ!」
いい笑顔かつ大音量で叫んだ。
カフェ店員は通報した。
●追いかけろ、プライベート!
後日。
『尊い』と針ふきだしでプリントされたシャツを着た恋が、ハートサングラスをチャッと額へと上げた。
隣にはハンディカメラを携えたプロデューサー(星型サングラス)。
「ここがお姉ちゃんの家よ」
言われるまま見上げると、そこには二階建てアパートがあった。
ごうーんごうーんと不機嫌に鳴る室外機。
カーテンレールにかかった小さなハンガーが揺れ、畳敷きの部屋でタンクトップのおっさんが転がっている。
そんなアパートであった。
恋はピッとコインを二本指に挟んでおっさんに突き出すと、シリアスな顔で『愛姉は?』と小声で尋ねた。
おっさんはそれを受け取り、シリアスな顔で『出かけている』と答えた。
サングラスをかけなおし、振り返る恋。
「今のうちよ。21歳魔法少女のプライベートを見せてあげる! カモン、ハリアーップ!」
今にも砕けそうなさびだらけの鉄骨階段を登ると、並ぶ三件の扉のうち一番奥。
203という番号の中央部分をハートに無理矢理打ち直した扉の前に立つと、恋はくいくいと手招きした。
すぐそばに置いてある植木鉢を持ち上げ、下から鍵を取り出し、ドアノブにさす。
そして。
「ご覧くださーい。これがお姉ちゃ……じゃなかった無限乃愛21歳のお部屋でーす!」
冒頭の流れに至るのである。
天義で五つの教会から出禁になった女こと無限乃愛。
彼女の部屋は簡素な1LDKアパートであった。
和室にはまっピンクのハート型カーペットが敷かれ、ガラステーブルには手帳とペンがお行儀良く揃えて置いてある。
カーテンは目がつぶれそうなほどのピンク。レースカーテンも勿論ピンク。
ピンク色のブラウン管テレビとピンク色の一人暮らし用小型冷蔵庫が並び、押し入れを開けてみるとピンク色の敷き布団が綺麗に折りたたんでしまわれていた。
「住んでる場所はずぼらな女子大生みたいなのに、部屋がやけに片付いてない?」
「お姉ちゃん、死ぬほど真面目なの。見てこの漫画。自分しか読まないのに五十音順巻数順に並んでるでしょ」
「うわー……」
結婚できなさそーって言いかけて口を閉ざすP。
恋は『なにもいうな』って顔で頷いてから、棚に並んだぬいぐるみの一つを手に取った。
「それは?」
「こんなこともあろうかと思ってプレゼントしておいたバグよ」
バグとは、業界用語で監視カメラや盗聴器を意味する言葉である。どこの業界かって魔法少女業界だよ。
「勿論最初から仕込んだりしてないわ。お姉ちゃんこういう嗅覚鋭いから一週間も置いておけば必ず気づく。
バレたらマジカルヘッドロックからのマジカルバックドロップが待ってるわ
だから……そのための隙だけ用意しておいたの」
恋は手慣れた様子でぬいぐるみの内側をぺろんと裏返すと、空洞になった部分に筒状の機械を差し込んだ。
元通りにして棚に置けば、ぬいぐるみの鼻を通して部屋の様子を監視カメラで撮影できるという仕組みである。
「さ、あとは愛姉が帰ってくるのを待つだけ。あたしたちは逃げるわよ。とう!」
恋は窓からぴょんと外に飛び出すと、すたこらとその場から逃げ去った。
●隠しカメラは見た!
ワゴン馬車の扉が開き、Pが車内へと入ってきた。
椅子に座りモニターを見つめる恋がぱっと手を出すと、そこにコロッケパンとイチゴ牛乳が置かれる。
「なにやってんのよ! 焼きそばパンと牛乳だって言ったでしょ!」
「言ってない言ってない」
恋にパンと牛乳を手渡し、ぱっと手を出すP。恋は彼の手にコインを握らせると、コロッケパンをかじりながらモニターを凝視した。
「見て、愛姉が帰ってきたわ」
「どれどれ」
モニターには、コンビニぽいビニール袋をぶら下げた愛がワンルームの和室へと入ってくる姿が映っていた。
袋をテーブルに下ろし、上着を脱いでハンガーにかける愛。
やってることは完全に会社帰りのOLだが。
「愛さん、いつも魔法少女の服で出歩いてるの?」
「プロってそういうものよ」
『ふう……今日も悪事は起こりませんでしたね。これも町の人々に愛が通じたがゆえでしょう』
「一人暮らしが長いせいで家での独り言が癖になってるのね。こういう姿、まじまじと見るとなんか泣けてくるわ……」
「コイちゃんがやろうつったんじゃん」
「見て、動きがあるわ!」
恋が指をさすと、モニターの中の愛はビニール袋を再び手にとってキッチン(と言う名の小さな流し台)へと立った。
カセットコンロにアルミ鍋を置き、火をつける。
その一方でビニール袋から長ネギや豆腐や油揚げを取り出し、慣れた手つきでトントンと食材を刻んだりゆだった鍋に流し込んだりパック味噌を溶かしたりし始めた。
「え、これ、料理してるの? お味噌汁作ってるの? 一人暮らしで?」
「高いでしょ、女子力」
「高いっていうか……」
続いて愛は棚から砂糖、蜂蜜、合成着色料(ドピンク一号)をそれぞれ取り出し、頭どうかしちゃったのかってくらいの勢いで突っ込んだ。っていうか鍋の上で瓶を逆さにした。
「高すぎる女子力で男たちの屍を築いたわ」
「『女子力』と『屍』って普通並ばない単語だと思う僕」
かくしてできあがったピンク色の味噌汁と電子レンジで作ったパックご飯をトレーにのせて、明太子マヨネーズ(かろうじてピンク色)をご飯に絞ってから両手を合わせた。
『いただき魔法少女』
「――」
「――」
恋とPがビシッと固まったが、そのまま様子を見てみる。
と、ピンク色のご飯を食べながらテレビをつけ始めた。
左手で箸をもって右手でボールペンを握る。
そしてテーブルに開いたメモ帳にさらさらと何かを書き付けていた。
「えっ、何? 何してるのこの子」
「お姉ちゃんはね、両利きなのよ」
「そうじゃなくて」
「ご飯を食べる暇も惜しんでテレビから犯罪情報を収集してるのね。勿論これはパトロールのルートを決めるためのものであって、本当の犯罪対策は別に行なわれるわ。ほら見て」
食事を終えた愛は食器を片付け手早く洗い、再びテーブルに戻ると新聞紙やよく分からない情報メモをテーブルの上に広げ、ピンク色のハートが書かれたマグカップ片手にそれらをひとつひとつ手に取った。
カップの中身はコーヒーのようだが、スティックシュガーを一度に五本千切って注ぎ込み、それをちびちびと口にしながらA4ノートに犯罪情報をまとめていく。
「この瞬間だけを切り取ると、なんか出来るOLみたいでしょ」
「前後の絵がヤバいって言ってるようなもんだよそれ」
「そうね……」
恋はクッと言って目を覆った。
そのあと何をするか大体分かっているからだ。
愛は立ち上がり、ボールペンを手に持ったまま明後日の方向へと向いた。
『私の愛で、貴方のハートを撃ち抜きます! 私の愛で、貴方のハートを撃ち抜きます! 私の愛で、貴方のハートを撃ち抜きます! 私の――』
「これ……」
「決めポーズと台詞の練習よ。前に噛んだことがあって、それからずっと欠かしてないの」
その後は窓の反射を利用して立ち姿を調節し、何度も砲撃ポーズの練習を繰り返した。
それらの運動が一通り終わった所でテーブルを片付け、ミシンと変な機材を取り出してくる。
「あれはなあに」
「知らない? 缶バッチプレス」
「缶バッチプレス……」
電気代をけちっているのか蛍光灯を消し、小さなテーブルランプだけをつけた愛は自分の名前や顔写真をプリントした缶バッチをがっこんがっこんと一個ずつ手作りしていた。
「お姉ちゃんはあれを所構わず配って、前に幻想の教会からも出禁になったわ」
「天義だけじゃなくて!?」
がっこんがっこんという定期的な音と、愛が作詞作曲したらしいインフィニティーハートのテーマソングを細々と口ずさむ声。その二つが、薄暗いワゴン馬車の中でずっと聞こえていた。
クシャッと潰れた顔をするPと恋。
「ね、彼氏できて欲しいでしょ」
「けど今の映像じゃ彼氏できないと思う僕」
「大丈夫。策はあるわ。お姉ちゃんは真面目だから……」
『さて、そろそろ寝ましょう』
機材をかたづけた愛は、ピンク色の敷き布団を取り出して畳の上に広げていく。
「基本朝風呂派のお姉ちゃんは汗で寝間着が汚れるのを嫌がって、寝るときは……」
「まさかっ!?」
「そう。お姉ちゃんは寝るとき、下着姿になるのよ!」
服の裾に手をかけ、ぐっと持ち上げる愛。
へそ、というか腹部の肌がちらりと見えたその一瞬……で、愛は停止した。
というより、モニターの映像にノイズが入って停止したのだ。
「ああもう! いいところなのに!」
「止まった!? 止まったの!?」
「続きを写しなさい! 早く!」
ばんばんと両サイドからモニターをぶっ叩く恋とP。
二人の背後で、がらりとワゴン馬車の扉が開いた。
差し込む月光。
のびる影。
振り返ると、盗撮カメラを仕込んだぬいぐるみを握った愛が立っていた。
彼女の手の中で、ぬいぐるみとカメラがめしゃりと潰れる。
「隠し撮りとは、随分と愛にもとる行為ではありませんか」
「まってお姉ちゃんこれにはワケが……!」
「問答無用」
バチバチ、と愛の拳にピンクのスパークが走り――。
町中のワゴン馬車がハートの爆発に包まれた。
ワオーンと遠吠えする犬の声。
うつ伏せに並び、なぜかピンクのアフロヘアになった恋とP。
メタメタに破壊されたワゴン馬車とカメラ。
恋たちはむくりと顔を上げ……。
「彼氏、出来ると思う?」
「無理だと思う」
という言葉を最後に、二人はがくりと力尽きた。