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誕生日の最中にて
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春日影。暖かな太陽が少し眩しく、その日はエディ・ワイルダーの誕生日であった。
「わざわざこんな大掛かりに祝わなくてもいいだろうに」
イレギュラーズが用意した祝宴を目の前にエディは無愛想に呟くが、彼の顔は何処か嬉しそうな微笑みを浮かべている。
その様子が仲間達にとっては珍しい様な、珍しくもない様な。「相変わらず照れ隠しが下手よね」と誰かが言った。
そんなエディの姿を桜木の陰で見守るアクセル・ソート・エクシル。スカイウェザーの彼は獣種であるエディの姿を「格好良い」やら「可愛い」やら、そういう風に温かい目で伺っていた。
――さっきは面白い顔で石投げてきたけど、黙って酒を飲んでる姿は栄えるもんだなぁ。
桜酒を口にするエディを見て、アクセルはなんとなしに思った。改めて眺めてみると、他種族の者からしてもエディは凜々しい容姿だ。先の件から他人に茶化されてむっつり顔でいた彼の印象が強い。だが、そうでない時は年齢相応の風格や振る舞いを感じさせてくれる。それをおじさん臭い、と言ったら本人はまたむっつりするだろうが。
三十路になったと聞いて驚いたものの、こうしてみるとサバを読んでいるわけではないのだろうとアクセルは思った。
「……飲み過ぎたな。少し風に当たってくる」
仲間との飲み合いが楽しくて少々飲み過ぎたのか。そう言ってエディは祝宴から一旦席を外す。それから多少おぼつかない足取りで風当たりの良い場所を探して歩き出した。
「あの様子だとそのまま寝ちまいかねないな」
アクセルは心配して後ろを隠れながら着いて行く。半分は寝顔でも拝んでやろうかという気持ちでもある。
しばらくぶらついてから、エディはぴたりと足を止めた。バレたかなと思い、アクセルは身を潜めるも、そうではないらしく、カオスシードの少女が泣いているのを見つけて立ち止まった様だ。
「どうしたんだい」
「……お母さんと、はぐれた……」
それを聞いて静かに頷くエディ。周囲に保護者とおぼしきものが居るかどうか確かめるが、どうにもそれらしき人が見当たらない。
隠れて見守っていたアクセルも難しそうな顔をした。もう少しエディの様子を見守っていたかったが、困っている子供が居るとなると先に解決しておいた方が都合がいいかもしれない。
彼は一旦自分の姿をさらけ出すと、少女を安心させる意図を込めて仰々しく翼を広げてみせた。
「エディ、ちょっくら母親探してくるよ! 子供相手に手出さないようにねぇ!」
「待て、そういう趣味は」
軽い冗談を言ってから、アクセルは空高く舞い上がる。その憩いで吹雪いた桜に目を奪われ、二人は彼を見失う。
そうしてその後、少女とエディは互いに顔を見合わせた。
「……犬のおじちゃん、ろりこんさんってやつなの……?」
「だから、違う。断じて」
少女が抱いた誤解を解くのに、口下手なエディは数分を要する事になる。
エディ一人で少女の様子を見守っている間、桜を見上げて物思いに耽った。
いつから俺は自分で誕生日を祝わなくなったのか……。
アクセルや他のイレギュラーズに誕生日を祝われて、嬉しいのが本心だ。祝ってもらっても嬉しくないなんて建前は、たぶん、後々何歳になっても変わらないだろう。
だが、十五やそこいらの頃には自分から誕生日を申告して、ローレットの先達に祝ってもらい素直に喜んでいた覚えがある。蝋燭の数を大人達に自慢し。ケーキの取り分で同年代のギルド員と大揉めしたか。我ながら他愛も無い。
「今日はエディの誕生日なのだから、取り分はエディのものだ」と先達の一人が諫めてくれたのもよく覚えている。
しかし、それは、一体誰が……諫めてくれたんだったっけか………?
「犬のおじちゃん。お友達とお花見してきたの?」
考え事をしているエディに対して、少女は見上げながら問いかけた。
「あぁ、そうとも」
エディは頭を振って一旦考える事を取りやめ、酒気のせいか少々得意げに頷いてみせた。
おじちゃんでもお誕生日楽しいんだね、とからかわれる様に言われる。
「いくつになっても嬉しいものさ。キミのお母さんやお父さんだって、祝ってもらえれば喜んでくれるはずだ」
そっかー、と少女は不思議そうにしている。しばらく考えてから、少女はこう問い返した。
「犬のおじちゃんのお父さんのお母さんもー?」
「いや、俺の場合……」
それに受け答えしようとした、ところでアクセルが母親らしき女性を連れて文字通りすっ飛んで来たのである。
「お母さん見つけてきたよ!!」
アクセルも母親の女性もえらく息を切らし、ぜぇぜぇとその場で呼吸を整えていた。
少女はなんだか悪い事をしちゃった、と なんとなしに自覚したのか。バツが悪そうにエディの後ろに隠れる。
アクセルと顔を見合わせ、頷くエディ。
「誕生日やお花見は一緒に祝う人が居ないと楽しくないさ。お母さんと一緒に祝ってくるといい」
「そうそう、お母さんについていかないと怖いオオカミさんとかに食べられちゃうよ」
きゃあ、と少女は黄色い声をあげながら母親の元に走っていった。母親も理解のある人物で、汗を掻きながらもにこやかにエディとアクセルに「お世話になりました」とお辞儀を一つ。
「犬と鳥のおじちゃんたち、まいごのお母さんを見つけてくれてありがとねー!」
その言葉を聞いて一同は思わず苦笑を浮かべた。アクセルの顔が笑っていない様に思えたは、まぁきっと気の所為か。
「に、しても意外だね。エディの口からそんな事が聞けるなんて」
少女との会話が聞こえていたのだろう。ニヤニヤと笑顔を浮かべるアクセル。またエディがそれに苦笑いをした。
「見守ってくれたのは助かるが、その理由で尾行していたのか?」
「いいや、ブルーブラットの人って格好良かったり可愛かったりするから。眺めてたら面白いなー、って」
そういう意味ではスカイウェザーのキミも人の事は言えんだろうに、とエディは頭を掻いたが。言い合っても仕方が無い。黙り込んだエディの姿に、アクセルは愉快そうに笑った。
「おいらは難しい事とかよくわかんないけどさ、エディとか皆が嬉しそうにしてるのは見てて楽しいから。また来年も機会があったらこういう事やろう。もしよかったら他の人の誕生日にも!」
機嫌が良いのか、明瞭な口調で話しかけるアクセルである。それを受けて、エディは自分が先達を思い出そうと気難しい顔であるのを自覚して、再び頭を振ってアクセルの言葉に応える。
「来年も」
――自分達がその確約を出来ない身分だというのは知ってはいる。先達の様に居なくなってしまうかもしれない。だが、今はそれを考える必要もあるまい。
「……来年もキミ達とお互いの誕生日を祝える事を願っているよ」
エディは出来る限りの笑みをぎこちなさそうに浮かべて、アクセルに微笑んだ。