PandoraPartyProject

SS詳細

蠢く赤

登場人物一覧

古木・文(p3p001262)
文具屋

 頭上には静かな空以外なにもない。砂を含んだ重い風に目を細めながら古木・文(p3p001262)は財産家であるフィーネ・ルカーノの一歩後ろを歩いている。
「古木さん、恐ろしいほどに綺麗な空ね」
 彼女は立ち止まり、空を眩しそうに見上げている。文は気まぐれで美しいシャム猫を見守るように眺め、「はい、雨の気配はきっとないでしょうね」と微笑を浮かべる。
「ふふ、偽物の雨鮮血が降ることはあっても本物の雨が降ることはないわね」
 仄暗い笑みを浮かべるフィーネ。誰よりも楽しそうに見えた。
「それはどういう意味でしょう」
「さぁね」
 フィーネは笑い、瞬く間に文を置き去りにする。強引かつ傲慢な、特徴的なコミュニケーション。噂以上の人だ。規則的な足音が何回か聞こえた時、文は苦笑し彼女をゆっくりと追いかけた。ほとんどの情報が開示されぬまま、「助けて欲しい」彼女のその言葉だけを信じ、見知らぬ街を彼女と歩いている。I街、フィーネはこの街をそう呼んでいた。文は街を眺め、無意識に彼女を知る者がいないか確認してしまう。下っ端古木・文と交流することで、彼女の評判を下げてしまうのではないか。文はとても心配しているのだ。ただ、その一方で聞きたいことが山ほどある。
「……とても静かな街ですね」
 文はすべてを飲み込み、目を細めた。街は夜のヴェールを纏っている。
「皆、閉じこもっているから。で、元凶はあれ、中に変な生き物がいるみたいよ? まぁ、入れば分かることだけどね」
 彼女のほっそりとした指先が精肉工場を示す。すぐさま、鍵を開けるフィーネ。そして、文が慎重にシャッターを押し上げる。

 ひたひたと足音を鳴らす。
「変な雰囲気ですね」
 荒らされた形跡はなく、眩い人工的な明かりが永遠に続き、冷たい空気が絶え間なく漂う。更衣室、手洗い場、特に問題は見つからない。
「……どういうことでしょう」
 文は困惑を表情に映し、フィーネを見た。文の手には、鵲刻──藍色の短銃がしっかりと握られている。筒口はいつだって獲物に向けることが出来る。だが、その相手がいつまでも見つからないのだ。
「分からない」
 かぶりを振るフィーネもまた、短銃を握っている。表情は冷たく、彼女は決して曖昧に笑うことはなかった。冷凍室を調べ、文はフィーネを見た。
「次は加工室に行きましょう」
 無意識にスーツの上から腕を擦る。保たれた寒さが身体の奥を冷やし、手足を鈍らせる。文はフィーネを見つめたが、彼女は寒さを感じていないように見えた、鼻先を赤くする以外は。本当に彼女は嘘つきだ油断出来ない
「あっ、フィーネさん、あそこに」
 加工室に向かう通路の途中で、赤い毛玉が一つ、転がっている。いたのだと理解する。身構え、備える。文は眼鏡のブリッジを押し上げ、情報を拾い上げていく。猿に似た体つきだが、手足が異様に短く、葉のように尖った爪が印象的だ。攻撃の要はあの爪だろうか。大きくて青い瞳が世話しなく動き、文を見つめている。威嚇だろうか。口を開き、ぬるぬると舌を動かし、唾液を溢し始めた。二足歩行のようだ。
「フィーネさん、咬まれたら痛そうですね」
 歯は見えない。口内は爬虫類に近いのだろう。
「ならば、咬まれてみましょうか? あらあら、客人を待ちきれなかったのね」
 くすくすと笑うフィーネ。文は息を吐く。赤い毛玉が動き出したのだ。素早い動き。短い四肢をバネにし、赤い生き物は途端に距離を詰めていく。それでも、文は冷静だった。捉え、胴を撃ち抜けば、フィーネはからからと笑う。
「素敵。あたくしは足をもらうわ」
 獣の後肢が弾け、肉と血が清潔な壁にべっとりとはりつく。フィーネは返り血を味わうように舐め、「まぁまぁね」と微笑み、上空を指差した。
「撃ちなさい」
 ハッとする。黒色の瞳に歪んだ塊が浮かぶ。あの身体で跳躍したのだと思った。文は筒口を向け、瞬時に引き金を引いた。弾け、脳の中身を吐き出しながら獣は堕ちていく。文は見つめる。それでも、まだ、生きていた。ひゅうひゅうと苦しそうに息を漏らし、フィーネを瞳に宿した。反射的に構えるフィーネ。銃声が鳴り響いた。血飛沫が舞い上がる中、獣は口を開き、血を含んだ唾液を撒き散らす。咄嗟にフィーネは飛び退いた。獣は軽快に跳ね、獲物を何度も追いかける。
「フィーネさん!?」
 フィーネは意図的に立ち止まった。瞬く間に白い煙と蛋白質が焼けるような臭い。獣はフィーネの左肩に咬みついたまま、唸り続けている。
「これでいいでしょ?」
「くっ……」
 文はゆっくりと近づき、獣の額に筒口を向け、撃ち込んだ。噴き出す温かな赤。スーツを染め上げていく。文は転がっていく獣を見た。獣はもう動かなかった。無言で振り返れば、フィーネの左肩は焼けただれ、血が滲んでいる。ひどい怪我だ。
「どうしてですか?」
「どうして? あたくしが避けられなかっただけよ」
 フィーネは何食わぬ顔で拳銃を握り、文の肩をそっと叩いた。
「行くわよ」
 彼女の言葉に文は無言で頷く。フィーネは純粋に自らを犠牲にする。文は自分がどう動くべきなのか理解する。

 足元には赤く染まった体毛が大量に落ちている。拳銃を構え、文が加工室の扉を開けば、五体の赤い獣が振り返り、笑いながら近寄ってくる。銃声が鳴り響いた。それを合図に潰れ、歪んでいく四肢。赤く濡れたレンズを指先で強引に拭い、文は飛び込んだ。顔を歪ませ必死に咬みつこうともがく獣を銃身で殴り、文は目の前に飛び出してきた獣の口に筒口を捩じ込む。瞬時に弾け、ぐにゃりと力なく倒れこむ獣を文は乱暴に掴み、獣へと投げつける。文は汗を拭い、左方向に筒口を向け、飛び掛かってきた獣の胴体に銃弾を浴びせ続けた。視界の端でフィーネがぐったりとした様子で座りこんでいる。蒼白い顔に大粒の汗が滲んでいる。痛いのだろう。
 すべてが赤に包まれていた。ふと、息を呑む。ぐちゃぐちゃの獣が文の足に食らいつこうと動いたのだ。銃声と弾け飛ぶ獣。撃ったのはフィーネだった。獣は飛び散り、誰の形でもなかった。
「ありがとうございます……え?」
 不意に顔をしかめる文。頬に触れると皮膚は裂け、赤が零れている。獣の爪が当たったのだと思った。顎を引き身構えれば──今度は鼻の奥ががっと熱くなる。頭突きをくらったようだ。よろけ、膝をつく。フィーネの気配を感じる。彼女が助けてくれたのだと思った。文が目を開けば鼻から血が流れる。文はそっと立ち上がった。赤く欠けた視界に獣がぼんやりと映った。腕を上げ、頭を撃ち抜き、文は微笑んだ。獣は互いを憎むように見つめ、時折、殺しあう。効いてきたのだ。
 文は姿勢を保ったまま、素早くリロードし後方へと下がった。右方向の獣をあっさりと撃ち殺し、血に滑ったフィーネを慌てて庇えば、文の腕に最後の獣が得意げに食らいついていた。ぐるぐると唸り、血を吐きながら獣は文をねめつけている。ただ、彼らのアイデンティティーを文は削り、奪い取っていた。熱傷は何処にもないのだ。赤く濁った唾液が零れ、次第に顎の力が弱まっていく。もう、死ぬのだと思った。文が獣の頭を撫でているとフィーネがゆっくりと近づき、獣を奪うように抱き抱えた。
「悪いけど、さよならの時間よ。古木さん、あたくし喉が渇いたの」
 溜め息を吐くフィーネ。そのまま、文はフィーネと見つめあい、戦友のように拳をトンと突き合わせ、互いに目を細める。

  • 蠢く赤完了
  • GM名青砥文佳
  • 種別SS
  • 納品日2021年05月31日
  • ・古木・文(p3p001262
    ※ おまけSS『アルトバ文具店へ訪問』付き

おまけSS『アルトバ文具店へ訪問』

「古木さん、あたくし、よく手紙を書くの。だから、何か素敵な万年筆はないかしら?」
「そうですね……では、こちらの万年筆はどうでしょうか?」
「へぇ、金魚?」
「はい、閉じ込められた沢山の金魚が万年筆の中で永遠とわに泳いでいます」
「ふふ、素晴らしい呪いね。いいわ、それにするわ」

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