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永久の言葉

登場人物一覧

咲々宮 幻介(p3p001387)
刀身不屈

 椿が落ちる。

 ――幾度とその音色を聞いただろうか。
 地に咲き誇る赤き花は数えるべくもなく。
 今日もまた一つ落ちる音がする。
「幻介」
 ある所に咲々宮 幻介という男がいた。
 かの者は闇に生きる始末人。如何なる者であろうとその一刀を振るい、首を分かつ。
 今宵もまた『事』を済ませたが正にその時。背後より掛けられし声は。
「――終わったで御座るよ。そちらは?」
「当然こっちも終わってる。帰り道にいるのは皆『寝てる』から、行こう」
「承知」
 掛けられた声は幻介と共に闇夜を生きている者。
 咲々宮家に拾われし女子である――名を、紅雀と言った。
 月の光が零れる先に見えるは銀に近しき白髪と。
 紅の瞳を携えし者。
 異国の言葉では『あるびの』と言うのだったか。父か母か、或いはその先か……どこかで異国の血も混ざっているのだとか。透き通るかの如き麗しき白い肌と、黒衣に身を包みながらも隠し切れぬ魅力的な身体の持ち主――が。
「むっ?」
「血、付いてる」
 指先を伸ばしてきた。
 頬に微かに返り血でも付いていたのか。彼女は拭い、払って。
「――すまぬで御座るな」
 彼女はよく気が付くものだ。昔から。
 ……先述の通り彼女には異国の血が混ざっている。だが今の世において『あちら』と『こちら』の区別がされてしまうような特徴は容易に受け入れられる訳ではないのだ。白銀に赤目の小娘など『鬼』と称され村八分。
 その末に彼女の両親もまた亡くなった。
 紆余曲折の果てに咲々宮家に拾われ――幼少の頃に知り合ってもうどれ程か。
 如何なる時も共にあり、だからか彼女は幻介の事をよく気が付く。
 何か変わった事があれば即座にでも。
「紅」
「――んっ?」
「後で話があるで御座るが――良いか?」
 幼き時より過ごした時が二人の魂に絡み合っているのだ。
 惹かれたのはいつであっただろうか。
 或いは初めてあの赤き瞳を見た時から……
 だから決めているのだ。時の幕府より依頼を受けたこの大仕事。
 無事に終わったなら――彼女に――
 侵入した屋敷より脱出を果たす幻介ら。藪の中を進み、竹林の中を突き抜けて。
 途上で言葉を交わし、同時。空に浮かぶ美しき満月が雲の隙間に隠れたその時。

 ――周囲より殺意が飛来した。

「むっ!?」
 それは反射。幻介の培ってきたあらゆる本能が危機を察知し。
 虚空に振るう刀閃が――『何か』を叩き落した。
 それは弓矢。空気を割くは殺意であり、命を絶たんとするモノ。
 ――直後。周囲で動く音がする。
 人、か。一人や二人ではない。もっと多くの……
「幻介」
「分かっているで御座る」
 それだけではない。いずれもが只人ならぬ気配を纏っている。
 ――手練れの気配だ。
 未だ月明りは雲に隠れて晴れぬ。見えぬ暗闇の中で、されど同時に響く声は。
「咲々宮 幻介。並びに鬼子に相違ないな? ――その命頂戴す」
 明確なる敵対の意思を潜ませていた。
 ……待ち伏せか。
 事が片付いた直後に襲来するとは元から『そういう事』だった訳だ。
 幻介と紅雀は名の知れた始末人である。今まで幾度も依頼をこなし、多くの命を奪ってきた――それを邪魔に思う輩も同時に存在する。彼らが確かなる結果を残す度に敵もまた増えて……
「……紅! 切り抜けるで御座るよ!」
「承知――!」
 だがこんな所でそんな目論見に潰される理由はない。
 己らを邪魔するのであれば叩き潰す。斬り捨てる。
「御免ッ!」
 跳躍、一閃。
 神速の抜刀が敵の首を穿たんとする、が。
「ぬっ!」
「咲々宮の首――貰い受ける!」
 やはり、強い。眼前に聳える敵の一人が幻介の抜刀に即応し刀を割り込ませ、もう一人が横合いより。
 踏み込む。その一閃は鋭く苛烈――容易に狩れる只人に非ざるは敵の『本気』か。
 金属音。刀を紡ぎ、鍔迫り、しかし止まる事なく次の一手を。
 頬を掠めれば己が命が削れる感覚がどこぞを過り、それでも。
「――三途の渡し守と知り合いになるつもりは毛頭御座らんよ」
 刹那の狭間に見切る敵の隙を幻介が穿った。
 武士の右腕を切り落とす。『がッ!』と続く悲鳴が絶頂を迎える前に――更に横にいたもう一人にも狙いを。
 足を捻り腰を回して。
 上半身の動きだけで旋回の一閃を紡げば腹を割く。
 低くした姿勢の上を敵の斬撃が掠めるが――その一筋は幻介に届くことはなく。
「おのれ咲々宮ッ! よくも同胞を、くっ!?」
「邪魔はさせない!」
「汚らしい鬼子がッ! 女風情が邪魔をするか――!」
 同時。仲間をやられ激昂した者が幻介の背後を取らんとするが――その者に投じられしは紅雀の一投。
 それはクナイだ。
 くノ一たる彼女は俊敏なる動きをもってして武士とは打ち合わぬ。
 奴らの邪魔になる様に。その気を苛立たせる様に動けば紡がれる言葉は――

『鬼子』

 それは彼女の姿を侮蔑する為に使っているのか。
 この国の生まれでない者。我らとは違う外の者。鬼。異形。物の怪の類。
 ――かつて村八分にされた故郷でも幾度と投げ掛けられた言葉。
「お主」
 故に。
「――その口の軽さこそ、死出の旅路になるのだと知れ」
 幻介は許さない。彼女を蔑む様な事は決して。
 内に携えし憤怒の一閃が直上より。
 全ての膂力を注ぎ込んだ剛撃は割り込ませた刀諸共全てを――一刀にて両断。
 それでも。
「――さぁ。臆したで御座るか? どうした。鬼を殺すのではなかったか?」
 幻介の怒気は晴れぬ。
 何をぬかすか、見てくれだけで彼女の全てを悟ったつもりか!
「何を知って鬼子とぬかす!」
 悲しき事があれば涙を流し、共に楽しければ笑う。
 その姿を貴様らは知るまい。その魂を貴様らは知るまい!
 怒気を孕んで彼は一歩を。例え貴様らがどこの誰であろうと――

「幻介!!」

 瞬間、紅の声が飛ぶ。直後に至るは再びの――矢。
 速い。かつ、正確だ。
 月明りの多くは隠れたままだというのに竹林の果てからこちらを狙っている。
 何者か。よほどの達人でも紛れているのか、或いは量を投じているだけか。
「むっ……くっ!」
 そしてこちらの命を穿たんとする矢を躱す合間に出来る隙を。
 周囲にて刀を構えている者達が見逃すはずはなかった。
 ――押し寄せてくる。この機を逃さぬと言うばかりに。
 感じるだけでも三つの殺意、いや五つ――? それらは紅雀の方にも向かっていて。
 足捌きで躱すにも限度はあろう。
 一を倒しても、二と三が撃を紡げば段々と彼らの身を疲弊させるものだ。
「取った! 天誅ッ――!」
 そして背後より。見えた幻介の首を落とさんと。
 敵の一人が大きく構え――その時。
「させないッ!」
 紅雀が割り込んだ。
 手に抱く短刀を逆手に。心の臓へと抉りこませる。
「紅!」
「西へ! 今そっちの方が手薄になってる――! 行こう!!」
 手を取る両者。脱出路が見いだせならば、これ以上は相手をする意味はない。
 彼らの目的は生きる事だ。
 共に。
 この場を切り抜けて。
「逃がすな、追え――ぬぉ!?」
 当然武士たちも幻介らを追うように駆けるものだが――されどその足は止まった。
 撒菱だ。鋭く尖った切っ先が武士らの草鞋を抜けて足の肉を突き破る。
 それ自体に命を奪うような力はないものの足を止めるには十分だ。
 なにより幻介らを襲撃するために月明りが隠れた瞬間も相まって地が見えぬ。
 この状況で速度が出せようものか。
 逃がすな――咲々宮を――鬼子を仕留めよ――
 それでも四方八方から繰り出される言の葉の数々は敵の存在の証左。
 逃げた先に回り込み、刃を振るう者もいる。
 その度に。あぁ、幾度敵を切り伏せただろうか。
「はぁ、はぁ……くっ。しつこい連中で御座るな……とッ!」
 敵と距離は離したが――まだこちらを探すような気配がある。
 空の月明りが徐々に回復し始めて。後ろを振り返った――瞬間。
 幻介の足がもつれた。
 そこにあった地が少し坂になっていたが故か。体の軸を崩してそのまま滑り落ちてしまったのだ。手を取り合っていた紅の体もそれに続くように地を滑って――やがて止まる。
 丈夫な竹に身を委ねて。荒い息を整えながら、しかし。
「……紅?」
 その時気づいた。
 彼女の手に、力がないと。地を滑ったままの体勢から立ち上がらない。
「どうした……まさか!!」
 同時。満月の光が周囲を照らす。
 雲は晴れ、闇はうっすらと光に包まれながら――
「うっ……ぁ……」
 だからこそ見えてしまった。
 彼女の背に――一筋の矢が突き刺さっていることに。

 心の臓が跳ね上がった。

 そんな、馬鹿な。いつ。まさか、逃げている途中に後ろから……
 いやだがそれになぜ己が気づかなかった?
 この様な傷があっては声ぐらいは……
「――紅! 何故だ! 何故『声』を挙げなかったで御座るか!!」
 まさか。
 黙っていたのか?
 途中で体を貫き揺らす一撃を受けても、なお。
「……あそこで……止まったら……二人……とも……」
 息も絶え絶え。
 もしも。途中で微かでも声を挙げていたら幻介は即座に気づいただろう。
 代わりに足を止め再び囲まれていた筈だ。
 だから耐えていた。
 己が人差し指を強く噛みしめ血が出る程に。
 彼が気づかない様に。
「待て、待つで御座る……大丈夫。間に合う……! この程度の傷は医者に掛かればいくらでも――!」
 幾度も人を屠ってきた。その経験が――幻介の脳髄に知らせている。
 もう彼女は助からない。
 渡し守が待っている。
「げ……幻介……」
「大丈夫だ。なんとかするで御座る。拙者に斬れぬ者はなし! 例え三途の使者であろうとも、某が好きにはさせぬ――! だから連れて行くな! 紅を置いていけ! 家の桜が、お主の好きなあの桜がもうじき咲くではないか! それまで生きよ! 紅!!」
 並びたてる言葉は滅裂。それでも、それでも何か述べなければならなかった。
 会話が終わったら、もう。
 いってしまいそうで。
 掻き消すように紡ぐ言葉と共に――彼女の身を両の腕の中に包む。
 どうか、どうかと。だから……
「……あり、がとう……幻介……」
 紅は。
 幻介の。頬に伝った透明色の血を、拭って。

「――」

 最期の言葉を、伝えた。
 彼に伝えなければならない、己が心を――


「貴様――ぐぁ!」
「何をしている! 全員で奴を……がッ!!」
 椿が落ちる。
 一つに二つ。三つに四つを飛び越え五つ。
 六つに七つに――椿が幾つも地に落ちる。
 今の彼を止められる者がどこに居ようか。己が半身とも言える存在を失い。
 やがて彼は修羅へと到達した。
 そして――全ての事の裏に居た武家の頭領を討ち果たすに時は要らぬ。
 ……だが結果として、幕府中枢の一人でもあったその者を討ったことにより。
 幻介はお尋ね者と相成った。
 幾日にも至る追っ手を切り伏せ。微かな銭で酒を買い。
 浴びる様に飲んで――ふと気づいた時、いたはどこぞの廃屋か。
「…………今は、さて、夏か、秋か……」
 もはや記憶も朧げに。ここにどうやって至ったかも思い出せぬ。
 されど。
 それでも彼の瞼の裏には――あの日の光景が宿っている。
 紅。
 彼女の顔。愛しい半身。決して忘れられぬ己が全てよ。

『――生きて』

 自らの分まで生きてほしいと。
 喉の奥から掠れるように、だが確かに紡いだあの言葉……
「無下には、出来ぬで御座るからな……」
 生きるとは一体何だろうか。
 米を食らい、酒を飲み。親しき者との語らいがあれば十分だろうか。
 ……少なくとも今の己はきっと、彼女が望んだ生ではないと分かっているが。
「今一度会いたいもので御座るな――紅よ」
 どうしても顔が思い浮かんでしまうのだ。

 籍を入れるはずだった。
 あの日。全てが終わった後に――共になろうと。
 確かに紡ぐはずだった。婚約を現に……

 望んだ未来はもうどこにもなく。振り返った先にしかなくて。
 この世のどこに紡ぐべき未来があるのかと。
 自問すれば……酒に手が伸びてしまう日々。
 今の己を姉が見れば――さてどうなる事か。
 ……まぁいい。やがて、やがてとまた思考に耽り。瞼を閉じて酒を喉に――

「……んっ?」

 送ろうとした、瞬間。暖かな何かに幻介が包まれる。
 それは本当に刹那の出来事。瞼を閉じて、開く程度の狭間。
 しかし。
「……ここは、どこで御座るか?」
 それが、己が半身を失っていた幻介の新たな道筋の始まりとなったのだろう。
 ――彼が呼ばれたは混沌世界。
 その日から。彼の新たな物語が始まったのだから。

  • 永久の言葉完了
  • GM名茶零四
  • 種別SS
  • 納品日2021年05月16日
  • ・咲々宮 幻介(p3p001387

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