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逆境の中で

登場人物一覧

シャルティエ・F・クラリウス(p3p006902)
花に願いを
シャルティエ・F・クラリウスの関係者
→ イラスト

 薄曇りのアジュール・ブルーの空は遠く地平線まで続いている。
 静けさを取り戻したカルセイン領の屋敷にはいつも通りの顔ぶれが並んでいた。
 シャルティエ・F・クラリウスとリオン・カルセインだ。
 屋敷のメイドに淹れて貰った飴色の紅茶を揺らし、シャルティエはリオンへと視線を向ける。
「何か言いたげだな」
「……そうかもね。何から言ったらいいか」
 カチャと紅茶のカップをソーサーに置いたシャルティエはシャンデリアが吊された天井を見上げた。

 カルセイン領にメイドとして雇われたリル・ランパートの姿を思い浮かべる。
 褐色の肌に灰銀の美しい髪とピンと立った耳。空色の瞳は何処か寂しげで。
 それでも僅かに笑ってくれた瞬間があった。思いを通わせたと思える一瞬があった。
 シャルティエはリルの事を想い、ぐっと拳を握りしめる。
 仰ぎ見た視界を覆う様に握り絞めた手を目元に当てた。
「リルは……無事、なのかな」
 カルセイン領を襲った魔獣の中にリルの姿を見つけ、何も知らされぬまま別れを告げた日から二ヶ月。
 再会したのは木々が覆い茂るロファドの森だった。
 偽勇者のパーティにアンジェロ・ラフィリアと共に追いかけられていたのだ。
 彼等の目的は勇者メダル。弱そうなアンジェロとリルを狙い撃ちにしたのだろう。
 その知らせを受け、シャルティエは仲間と共に二人を助け出したのだ。
 されど、シャルティエは別れを告げるリルの瞳に不安を覚える。
 もう会えないのでは無いか。道は別たれ、シャルティエとリルの進む方向が違えたのでないか。
 そんなどうしようも無い茫漠とした焦燥感だ。
「……はぁ」
 シャルティエは大きな溜息を吐いた。
 その様子にリオンは居住まいを正し、シャルティエに向き直る。

「そのリルなんだが、ある筋からの情報によると偽勇者の事件以降、屋敷から姿を消したらしいんだ」
 リアンの言葉にジョーンシトロンの瞳を瞠るシャルティエは上体を起こし、慌てた様に立ち上がる。
「な!? どういうこと? アンジェロも一緒に居たはずだよね?」
 動揺を隠せないシャルティエはリオンに掴みかからんばかりに近づいた。
「落ち着け。所在は割れている。だが、事は『もう少し厄介』だ」
 リオンの元へ持ち込まれた情報によるとリル・ランパートはミーミルンド派クローディス・ド・バランツの部下によって屋敷から連れて行かれたらしい。
 表向きはただ、同じ派閥のミーミルンド男爵家の奴隷を私用で屋敷に呼んだだけとなっているが、無理矢理リルの手を引いて馬車に詰め込んだ。
 アンジェロもリルと共にクローディス・ド・バランツの部下――レヴォン・フィンケルスタインの屋敷に居るらしい。
 シャルティエの不安は的中したのだ。
「もう一つ。リルには呪いが掛けられている。そっちの方が厄介な代物らしい」
 リオンの務めて冷静な声にシャルティエは今度こそ彼に掴みかかった。
「呪いが掛けられてるだって!?」
 信じがたい言葉に苦虫を噛みつぶした様な表情を浮かべるシャルティエ。

「先日、ギストールの街からゼノポルタの奴隷が買い漁られて連れて行かれたのを覚えているか」
 同じローレットのイレギュラーズの領地へ数人の奴隷が運び込まれた。
 結果的には正当な取引の元入手した商品の所有権は仲間のイレギュラーズの物となった話。
「ああ、報告書によればゼノポルタの女の子は手違いで運び込まれただけだったとか。その女の子を狙って魔物が攻めて来たとか」
 詳しくは改めてその時の報告書を読まなければ分からないが、概ねそんな顛末だったとシャルティエは記憶していた。
「その手違いで運び込まれた女の子には呪いが掛けられていた、と言ったら?」
 リオンの言葉に背中を冷たい手で撫でられたように悪寒が走る。
「――まさか、その呪いがリルにも!?」
 少女の身体を蝕んでいると記されていた呪い。
「ああ。だから、今その女の子の呪いについて、調べている最中だったのだ」
「何でもっと早く教えてくれなかったのさ!」
「確証が無い情報は更に混乱を招くからな。現に今にも出て行こうとしてるだろう?」
 ぐっと、唇を噛みしめるシャルティエはリオンに肩を叩かれ、気息を整える。
 ばつの悪そうな表情と共に次句を求める瞳にリオンは肩を竦めた。

「ゼノポルタの少女とリルに掛けられた呪いは豊穣(カムイグラ)の呪術だ」
「カムイグラ……」
 海洋の青海を越えた先。大陸とは全く異なる文化を持った国の名だ。
 ゼノポルタの少女はそのカムイグラで呪いを施され奴隷として幻想にやってきたらしい。
「その少女と共に幻想に調査の為渡って来た少年が居たと報告書に書いてあっただろう」
「うん。奴隷の流出について調べているとか」
「彼の主はカムイグラの天香・遮那だ。恐らく現時点で俺達よりカムイグラの呪術には詳しいだろう。だから少年の方にコンタクトを取って手がかりは無いかと聞いてみたんだ」
 遮那からの連絡は直ぐに来たらしい。

 ――『紫屍呪』と名付けられたその呪いは、錆びついた一振りの刀が刺さる錆塚峠から広がった。
 何者かが錆塚峠に巣くう剣巫女の荒御魂に呪術を施したのだ。
 遮那はその荒御魂を鎮める為に動いているらしいが、『紫屍呪』自体は解呪出来るとの事だった。
 荒御魂の穢れに飲まれ苦しんでいた別の精霊を鎮めた時に体得したのだ。
「その方法って……?」
「ああ、その遮那の従者か或いは彼と共に別の精霊を鎮めたイレギュラーズが知っているらしい」
 紫屍呪の解呪は可能だとしても、リルが掴まっているとされるレヴォン・フィンケルスタインの屋敷の場所も分からない状況に歯がゆさを覚えるシャルティエ。けれど、焦る心は取り返しの付かない状況を生み出す事に繋がってしまう。
 ――もうあんな想いはしたくない。
 一度は折れてしまった心。未だ残る絶望と恐怖。
 されど、シャルティエの中には立ち上がる意志があった。

「なあ、カモミーユの花言葉は知っているか」
 リオンは窓際に飾られていた透明な硝子の花瓶から一輪のカモミーユを取り出す。
 ハーモニアたるリオン・カルセインは草花に造詣が深い。
 首を横に振るシャルティエにカモミーユを差し出してリオンは微笑んだ。

「……逆境の中で生まれる力だ」
 手の平に置かれたカモミーユにシャルティエはジョーンシトロンの瞳を瞠る。
「暗闇の海を船も無しで泳いでいる気分なのだろう。冷たい海水に足が竦み溺れそうになっているのだろう。だが、それは本当に暗闇か? 夜空には星が瞬いているだろう。月明かりが優しく照らしているだろう。灯台の明かりが見えるのではないか?」

 深い暗闇だけがシャルティエを支配している訳ではない。
 リオンや仲間が手を差し伸べてくれている。
 行く先を明るく照らしてくれている。

 ならば
 ならば。
 ならば――

 暗闇を払い。前を向き、守るべき者を助け出す他無いのではないか。
 シャルティエ・F・クラリウスは『不退転』――不屈のカモミーユの剣なのだから!

 友人の瞳に宿った炎にリオンは目を細める。
「……詳しい話しを聞くために、皆を呼んでいるんだ。丁度来た所みたいだ」
 コンコンとノックの音と共に入って来た人影をシャルティエとリオンが見つめた。

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