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英司と澄恋とハイペリオン様吸引法
登場人物一覧
●ひとはくつろぎをもとめる
朝起きて、鏡の前に立つときこう思う。
「お前は誰だ」
『俺はお前だよ』
『Heavy arms』耀 英司(p3p009524)は洗面台に置いた仮面をとり、あたまにかぶった。
幻想王都郊外に貰った領地にたてた家は、流れ着いた移民達と共同で暮らす二階建てのアパートメントだ。
厳密には赤い煉瓦造りの半地下一階二階建て。
二階から見える景色はほとんどが野原と建築資材。窓越しに声をかけてくる掃除夫が、ハシゴと掃除道具を馬車に積み込みながらこちらに挨拶をしてくる。
決して大勢とは言いがたい、ささやかな領民達。赤字らしい赤字もなく、順調にすすむ経営。
ふと窓に映る自分の顔に問いかける。
「俺は誰だ」
『お前は俺だよ』
仮面の表面に手をかけると、ひんやりと冷たい金属の感触。わずかに狭まった視界。
この世界に来たときから来ていた通勤用のスーツに袖を通し、先輩のアクターが飲み屋でつぶやいた言葉を思い出す。
先輩の口癖は三つある。
『通勤時は現場がどこでもちゃんとした格好をしろ』
『すべてのスタッフを敬え』
それと。
「アクションスターを夢見たやつはみんなスーツの中に隠れてしまう」
『けどそれが――』
口に出してみて、どっと肩が重くなった。
日頃のランニングやウェイトトレーニングを欠かさない彼が健康やボディラインを崩すことはない。肩こりとも随分と無縁だ。
けれどこの重さは……。
「今日はギルドへ依頼を確認しにいく日だ。しっかりしろ、俺」
サンドイッチをコーヒーで流し込み、鏡の前でネクタイを締め直す。
「俺は怪人Hだろ」
『お前は耀英司だろ』
シャープにきびすをかえし、部屋を出る。
朝起きてはじめにすること。
窓をあけ、外に向けて。
「か弱い乙女ぇええええええええええええええええええええええええええええええ!!」
言葉は力。言霊は魂。
自らの心を鍛える、精神のトレーニングだ。
旦那様がいつ自分を迎えに来てもいいように、いつ土からはえ出てもいいように、理想の花嫁になるべく努力は続く。
そう、花嫁修業は欠かさない。
「花嫁修業、はじめェ!」
澄恋はお布団を畳んだ畳部屋で花嫁衣装を一旦脱ぐと、その場で逆立ちをして片手を腰に当てた。
倒立屈伸。まずは10セット。
手のひらから五本指、三本指、一本指と徐々に減らしてセットをこなし。両腕分を終えたらひとまず終了。
一度野外に出ると『旦那様』と書かれた丸太を肩に担ぎ、ゆっくりと歩き始める。
「かっよわい!」
「おっとめ!」
「かっよわい!」
「おっとめ!」
自分ひとりでマーチのリズムにあわせて発声しつつ、領地内を一周する。
トレーニングを終え、旦那様丸太を自宅の横に下ろすと、あらためて澄恋は部屋へと戻った。
衣装部屋のふすまを開き、大量に並んだ全く同一の花嫁衣装の中からひとつを選び、袖を通していく。
衣一枚一枚の重みが増し、肩に腰にのしかかる。
いや、布の重さばかりではない。
きっとこれは自分が自分に課した……。
「今日はギルドへ旦那さ――依頼を探しに行く日。気合いを入れていきましょう!」
ぱちーんと両頬を叩くと、澄恋は部屋を出た。
●ひとはやすらぎをもとめる
英司が澄恋の綿帽子に顔突っ込んで深呼吸していた。
もう一回言おう。
英司が澄恋の綿帽子に顔突っ込んで深呼吸していた。
「おはようございます英司様。お疲れのようですね?」
「ハッ!」
自分の状態を自覚した英司は大きく飛び退き、両手をばたばたと顔の前で振った。
「これは失礼大変申し訳ない俺なにやってんだろうな白い鳥かクッションに見えちまって最近疲れてんのかなあはははははは」
女性の頭に顔突っ込んでた人の台詞は、何をいってもから回るものである。
英司はがっくりと肩を落とし、もう一度『すまん』と声をしぼった。
その様子に小首をかしげる澄恋。
「英司様……どうやら本当にお疲れのようですね。このまま依頼へ出発するのはいささか危険かもしれません」
澄恋の言葉に、英司ははたと先輩の言葉を思い出した。
『無理をして仕事をするな』。
疲れをおしたり寝不足をごまかしたり、深い悩みがあったりしたまま激しいアクションに挑むと怪我をする。怪我は撮影を遅らせるのみならず自分のアクター生命をも脅かすことになる。避けては通れないものだけれど、だからこそ自分とは向き合わなければならない、とも。
英司は肩を落としたまま顔をあげた。
「そうだな。今日は休むか。どこか適当な飲み屋にでも行って……」
きびすを返そうとした英司に、澄恋がピッと両手でハートマークを作ってみせる。
「それなら、いいリラクゼーションがあります。その名も」
キランと光る澄恋の目。
バチンと走る指ハートの電流。
「『ハイペリオン様吸引』です!」
●ひとはハイペリオンさまをもとめる
ひとが突拍子もないことを言ったときは、ひとまず話を合わせてから遠ざかるという処世術がある。
が、頭をもふった引け目もあって、英司は澄恋へついていくことにした。
仕事を休んで暇だったので、気分転換がしたかったとも、いう。
幻想王都郊外の、神翼庭園ウィツィロ。
天空の島からかけおちた地だとか伝説の神翼翼が封印されていただとか、なんともファンタジックなハナシのある土地である。
やけにファンシーなハイペリオンマイクロバスに乗り込みながら、澄恋はうしろをついてくる英司へと説明を始めた。
「『ハイペリオン様吸引』はわたしが頻繁に行うリラクゼーションです。
伝説の神翼獣ハイペリオン様のもとへゆき、血中にハイペリオニウムをとりこむことで俗世のけがれを洗い流すのです。
わかりますか? ハイペリオン様にうもれ瞑想するなか、風景が太陽に包まれ最っっっっ高にキまるのです」
「お、おう……」
やべーーーーーやつについてきてしまった。
英司は今からでも帰ろうかと席周囲をみまわすが、トゲのついた肩パットをしたモヒカン野郎やスキンヘッドの頭皮にサイケなタトゥーを入れた眼帯野郎や牛の骨と頭蓋骨をオシャレなアクセサリーにしてる野郎たちが何かをペロォてしながらキヒヒヒヒって笑っていたので動けなかった。なにこれ世紀末? 可愛いマイクロバスの中に広がって良い光景じゃない。
英司はひとまず椅子にすわりなおし、小さく首を振った。
そしてできるだけアメリカンなジェスチャーで語り始める。
「澄恋、その……宗教観を壊すつもりはないんだが、神ってのは会えないから神なんだぜ?
駅前五分で会えるアイドルみたいに門扉を開いてる神がいるわけ――」
いた。
全長にして3mくらいの、巨大な雛鳥がいた。
太陽のひかりをいっぱいに吸い込んだ、白くてふわふわのまんまるい鳥がいた。
首にさげたクローバーの飾りは、素朴ながらも似合っていて、つい手をのばしていた。
つるっとした石のような感触。つめたい感触。しかしすべりこむように毛皮へと沈んだ手が、ほかほかとした温かさに包まれる。
「アッ……」
新築された大きな半球状のサンルーム。看板には『ハイペリオンハウス』と書かれている。
「こんにちは、大地の子らよ。今日も会いに来てくれたのですね。とても嬉しいです」
「こんにちはハイペリオン様スゥーーーーーーーーーーーーーーー」
澄恋はといえば、入ってすぐにダッシュアンドジャンプ。
ハイペリオンのおなかにぼふっとしがみつくと、思いっきり息を吸った。
「英司様こうです、こう。あ゛~~~~キまる~~~~~~~! 最優のもふもふ、Big Love……」
とろけきった顔の澄恋は若干くるものがあるが、ここまでついてきてしまったのだ。トライせずに帰るわけにはいくまい。
英司はおそるおそるハイペリオンの腹に手を当て、両手を当て、埋め……っていうかもう全身埋まっていた。
「なにこれ……やだこれ……ふぁっふぁぁ……」
仮面の下がどうなっているのか、もうわかったもんじゃあない。
が、澄恋はこっくりとその仮面に頷いた。
英司もまた頷きかえし、仮面を半分ほどずらす。
「ではご一緒に」
「「スゥーーーーーーーーーーーーーーー」」
ハイペリオンハウスに流れるケルト音楽。
幻想王国に古くからあるという民族楽器の笛で音楽を奏でると、ハイペリオン様はずんちゃかずんちゃか踊っていた。
一緒になってずんちゃか踊る澄恋。
しばらくするとさっき見たモヒカンたちがやってきてフィドルとかティンホイッスルとかアイリッシュハーブとかバグパイプとかを演奏しはじめ、『踊ってきなよ』と優しい目でコンタクトしてきた。
ずんちゃかしながら手を差し伸べる澄恋。
英司はその手をとり、ずんちゃかするハイペリオンの周りを踊り始める。
「どうですか英司様! キまるでしょう!」
「ははは! ああっ、本当に!」
「このあとは一緒にドーナツを食べるんですよ!」
「「ヒャッハー!」」
人の夢は、もしかしたら叶わないかもしれない。
世の奇跡は、もしかしたら幻かもしれない。
けれど。
知らない世界に突然飛ばされて、悪の組織の幹部になったりロボットと合体したり鳥の神様のおなかにうもれたりすることがある。
「なあ、俺の人生、捨てたもんじゃあなかったな」
『そうだろう?』
一日踊り狂って、腹一杯ドーナツ食べて、ハイペリオン様のおなかでお昼寝して……。
その夜はぐっすり、眠ったという。