PandoraPartyProject

SS詳細

お願い紫乃先生!

登場人物一覧

トキノエ(p3p009181)
恨み辛みも肴にかえて
トキノエの関係者
→ イラスト

●教導の成果、或いは悲惨な結末

じゅううううううう。
少し焦げの付き始めた網目の上で、脂に照るカルビがぎっしりと並べられている。
常人であれば食欲を唆る色と香りではあるが、この後の支払いの事を考えると、男の胃はキリキリと痛むばかりだ。畜生本気で焼き肉を要求しやがって。何故食べ放題の店を選ばせなかった。

「でー、おっさん。早く『例のアレ』見せてよ」

 今現在この胃痛を起こしている元凶が呑気に問うてくるが、曲がりなりにも自分を導いた『先生』とあらば、それを無視するわけにも行くまい。男の持つaPhone、その画面に映し出された『あるもの』を見た彼女は。

「ぶっ!!!」
「おい汚ねぇぞ! というか何がおかしいんだ!」
「だって、だってさぁ……!」

指先をぷるぷると震わせ、彼女はこう笑った。

「まさかwwwマジでそれやるとかwww思わないじゃんwwwww」

●時を少し、遡ろう

「……という訳なんです。どうかイレギュラーズの皆さん、力をお貸しください……!」

 練達のとあるラボ。如何にも誠実そうな研究員が、長々と説明した後、深々と頭を下げる。
今日のRapid Origin Online……通称R.O.Oで起こっている、原因不明のエラー。ログアウト出来ずに、閉じ込められてしまったプレイヤー達。その救出のために、イレギュラーズに助けを求めるものは多い。彼の同僚もまた、その被害者だった。

なるほど眼の前の男だけでなく、多くの人間がこの自体に困り果てているらしい。それは飲み込めた。
しかしこの男、トキノエ。齢は三十近く。
生まれ育ちは共に豊穣(?)、練達なる所のハイテク技術など、とんと知らぬ。
VR空間。ログイン。アバター。

「そのぶいあーる? ってのは、幻覚と何が違うんだ? ログインってぇのは?」
「あっはい、ええっと……」

 研究員がギリギリまで時間を割き丁寧に説明をしたのもあって、今現在練達を取り巻く、大まかな事情は飲み込めた。

……何でも、とてつもなく現実世界に近い作り物の世界に閉じ込められて、抜け出せなくなったものが居る。
それを助けるための『アバター』を作り、そこに囚われた人々を助け出して欲しいのだ、と。

しかし、一番の肝心要。『アバター』の作り方までは聞き出せなかった。
彼に次なる説明会の時間が迫っていたのもあるが、『そこは皆さんこだわりの強い箇所ですから……』と濁されてしまったのだ。

だが、『わからないから』という理由で人を見殺しになどできない。

こうなれば、致し方ない。
トキノエは、ゆっくりとした手付きで、唯一の心当たりへと電話を掛けた。

「は? 嫌だし、めんど」

世間は案外厳しかった。

「飯奢る」
「オッケー、JOJOWENな。柊吾とあたしの二人分よろ。じゃあマンションまで来て」

否、案外優しかった(?)

「あっ、ホントに来たんだ〜」
「来いっつったのはそっちだろうが」
「まあいいや。さーてあそこで何頼もっかなー」
(足元見やがって……)
「あ、あたしの事は『紫乃先生』って言ってね。そっちが生徒なんだし?」
「こいつ……」

 彼女は、練達をエンジョイ&在住中の紫乃。トキノエが昔世話をしてやった子でもあるし(本人はその事実を忘れているっぽいが)、恐らくこの手の技術に詳しく、つい最近も『R.O.Oの実験のバイトでアバター作ったわ』と話していた……彼にとっては最も身近な若者たる彼女に、縋る事にしたのだ。
まあいいやと彼女は、実際の画面を見せながら、少しずつ、手順を説明していき……。

「……ま、こんな感じかな。分かった?」
「な、なんとか……」

 逆に難しい言葉を多用しない若者なだけあってか、トキノエにも、彼女の言う言葉はなんとか飲み込めた。
ああそうそう、と紫乃は、付け加えるように人差し指を立てる。

「あとね~、アバターの見た目も注意しなきゃダメだからね」
「好きに作っていいんじゃねえのか?」
「いやいや、こういうのって暗黙のルールみたいなんがあるのよ。好きに作ってもペナルティとか特にないけど、周りから浮いちゃうよ? 悪目立ちしたくないっしょ?」
「た、確かに……」

確かに自身も、現実世界では何かと目をつけられる事が多かった。
そのために厄介事を引き起こす事も多く……自らが『暗黙のルール』とやらに従う事で全てが丸く済むのなら。

ーーで、そのルールってのは何だ?
ーーいいよ、教えたげる。

紫乃の唇が、静かに弧を描いた。


「じゃ、あたしちょっくら、ピーピーイーツ行ってくっから! 戸締まりだけよろ!」

ひとしきりルールを話し終えた彼女は、そういうが早いが、マンションを飛び出してしまった。
急に一人にされてしまったトキノエだが、耳元でさんざん煽られるよりは、作業に集中しやすいだろう。
彼の瞳は、一心に画面に注がれて……。

それからしばらく経ち、彼女の教えを『忠実』に守ったアバターが、この世に生まれた。

1. アバターは自分と正反対の外見にするのが常識。
ーー同じ見た目にしてるとバレたら、変な奴に見られるよ!

2. 性別は逆にするのがマナー。
ーー私もアバターは男にしてる(大嘘)!

3. アバターにもトレンドあり。今はウサギモチーフがトレンド。
ーーやっぱトレンドってマジ大事だよねー。兎はいつの時代もキャワだしね、当然だよね!

……受け入れるにはとてつもなく抵抗があるが、未知の世界に飛び込むためなら、致し方ない。
紫乃先生の教えに、従順な生徒はこのような回答を出した。

1、黒髪黒目、精巧な体格たる自身とは真逆の、小柄で華奢な姿。
ーーサラサラと流れる水色の髪は、鏡のように赤を写して。

2、性別は当然女性に。何なら自分よりも若々しく。
ーーそういえば、紫乃はどのようなアバターを作ったのだろう。自分に見せてはくれなかったが……?

3、手に触れただけで柔らかさと温もりを感じられそうな、ウサギの耳。
ーーふあっふあの尻尾も当然付いている。

……その名も、『☆癒しの花☆』梔子、爆誕!

……これが、『電脳世界』なる所の『自分自身』になるのか?
トキノエの胸が、何故かとてつもなく高鳴った。
自分自身にときめく筈もない。そもそもこれは、如何にリアルに見えようとも作り物な訳で。ならば、この感情は、一体何処から……?

ふと、室内に着信音が鳴り響く。バイトを終えた紫乃からの電話だ。

「おっさんまだうちに居るー? どう、できたの?」
「ああ、お前か。お陰さんで、なんとかなりそうだ。助かった」
「ホント!? あたしも早く見た〜い! あっおっさんこのあとヒマ?」
「あぁ? 予定はねぇけど」
「じゃあJOJOWENで待ち合わせね! 先行ってっから! ちゃんと鍵閉めて出てよね!」
「あっおいテメェ!」

一方的に切られた電話にトキノエは溜息をついて、指定された待ち合わせ場所に向かい……。

●こうして、今に至る

「ほんともー無理まじウケる! バ美肉で焼き肉うましじゃん……!!」
「……」

トキノエは無言で、網に並んだカルビを根こそぎ攫っていった。

「あっあたしが育てたカルビちゃん〜!!!」
「うるせぇ元々俺の金だろうが!!!」
「ちょっと柊吾〜! タン追加しよタン!」
「あっテメェ等まだ食うのか!!!」

 巷で人気の焼肉店と言うだけあって、その肉は確かに美味だった。
だが、いずれ彼は思い知るのだろう。
この脂は後々、食事の良き友から、自らの胃を苛む強敵へと変じていくであろう事を……。

おまけSS『兎は穴に飛び込むもの』

「……はい、わたし、皆さんの為に頑張りますね」
「えーい! とりゃーっ!」
「わたしの手が、皆さんの力になるのなら……!」

……がばりと、トキノエは目を覚ました。
耳に焼き付く、幼い少女の声音をした自分。

しかしここは混沌たる現実、間違ってもログインしたまま寝落ちなど、していない。
それにしても、自分の作ったあのアバターが、今みたいに夢にまで出てくるなんて。

「アレが……俺に……なるのか……」

改めて突きつけられる純然たる事実に、男は頭を抱えるより他に無かった。


PAGETOPPAGEBOTTOM