PandoraPartyProject

SS詳細

孤毒

登場人物一覧

トキノエ(p3p009181)
恨み辛みも肴にかえて

●其れはまるで
 小さな集落。或いは、村かもしれない。朧げな夢だ。或いは、記憶であろうか。
 子供が駆ける。その足裏を土まみれにして。はぁはぁと呼吸が荒くなるのも気にせずに、一直線に。
 その先に在る女――母の背をめがけて、抱き着く。
「まあ、びっくりした」
「かあか!」
 遊んで、遊んで。
 じゃれる犬のように母の周りを駆ける子供は、その表情から期待や高揚を隠せずにいる。
「ちょっと待ってね。もうすぐ終わるからね」
 振り返った母の微笑み。何度だって見た、その笑顔。
「うん!」
 子供は母と集落のみんなが大好きだった。
 優しい日向のようなそれは、いつも己の心に寄り添ってくれる。
 土で汚れた手であっても。
 鍬を握り続け硬くなった掌であっても。
 頬の汚れを拭い、頭を撫でてくれる母のその手が。母のことが。大好きだった。

●傷口が
 気が付くと成長した青年の姿に変わっていた。その青年は朗らかに微笑んでいた。
 青年を囲む大人たちは変わらず。ただ、目元の皺が増えただろうか。白髪も見え隠れしたかもしれない。けれど嗚呼、その優しい笑顔は、声はそのまま、在りし日のまま。
「■■■■のおかげで今年も病気知らずだよ」
「よく働いてくれるし、ありがてえことだ」
「あんたもいい息子を持ったもんだ」
「そんな、褒めすぎだよ」
「褒めすぎなわけあるかい」
 嬉しいけれど、くすぐったい。かあさん、なんとかしておくれよ。なんて照れながら母を見ると、母も困ったような顔で照れていた。
 けれど嬉しそうに笑っていた。それが嬉しかった。
 母さんにとっての自慢の息子になれるのが、嬉しかった。
「母さんね。本当はあなたを産むのが怖かったの」
 ぽつりと母がこぼした本音。
 夕焼け。日暮れ。母と並んで歩く自分。
 夢心地で、なんだか現実味がなくて。そんな感覚を拭うために、自分よりも低い位置にある母の目を見る。
 母は少しだけ、困ったように笑った。
「今はあなたが生まれてきて、本当によかったって心から思うわ。あなたの『毒』はみんなにとっての『薬』なのよ」
 ありがとう。
 頭を撫でる母の手は昔よりも細く、弱々しくて。少しだけ不安になった。このまま夕暮れに攫われてしまうんじゃないか、と。
 けれど、屹度。母は自分を誇らしく思ってくれていただろうし俺自身も母を誇らしく思っていた。
 この身に宿る『力』は、母からもらったものなのだから。母から譲り受けたものなのだから。

「俺も、母さんの子に生まれて幸せだよ」

 うまれてきて、よかった。
 母さんが喜んでくれる。親孝行ができる。
 なんて恵まれているんだろう。

●膿んでいくような
 ぽっかりと月が浮かぶ、夜。
 先ほどまで広がっていた平和な光景は一瞬にして消え去った。崩落した家屋が全てを物語る。
 血の臭いが混ざった空気。鉄の匂い。
 今朝まで笑っていた集落の人々は皆、みんな、息絶えていた。

 青年は泣いていた。泣くことしかできなかった。
 あれほど愛し、笑ってくれた皆を。助けたかった多くの命を、自らのちからで奪ってしまった。
 ここに至って漸く、自身の存在が、力が、人に徒為すものであると青年は思い知った。
 人のためのものではないと、気付いてしまった。
 どうして。
 おればっかり。
 なんで。
 このちからは。
 だれかのために。
 なるんじゃなかったのか。

「ああ、ぁぁぁ……!!!」

 青年の嗚咽しか聞こえない銀の夜。彼の背を慰めるのは月だけ。
 そんな、寂しい夜に誰かが足を踏み入れる音がした。
 青年は振り返る。
 かあさん。
 手を伸ばす。
 いつものように頭を撫でて、それから、

 それから、

 母の顔に浮かんでいたのは笑顔ではない。
 涙でもない。

「……ーーーーー」

 最後に見た母は、とても怯えた顔をしていた。
 手は最後まで伸ばすことは出来なかった。
 あれほど愛していた母との間に、いとも容易く線引きがされたのが怖かった。恐ろしかった。
 それほど簡単に切れてしまう絆なのかと辟易した。

 うそつき。

●そんな夢だった
 薄く目を開ける。広がったのはいつもの長屋の天井。
 長い夢を見ていた気がす。るが、思い出そうとしても上手くいかなかった。
 なにか、手掛かりが見えたような気がした途端に、水の底に沈んでいく気がして。

 どうしようもなくなって、胸の奥に沈殿したやるせない思いを吐き出すように窓の外を見る。
 美しい月が、トキノエを照らした。
(…ンだよ…まだ夜じゃねえか…)
 寝心地が悪かったのだろうか。寝なおすことにして、トキノエは月に背を向けて目を閉じる。

『……ーーーーー』

「――誰だ」

 一瞬、誰かの姿が浮かんだ気がした。懐かしいような。寂しいような。
 けれど、肝心の顔がぼやけて、よく分からなかった。
 その表情には、見覚えがあったような気がした。

  • 孤毒完了
  • NM名
  • 種別SS
  • 納品日2021年06月06日
  • ・トキノエ(p3p009181
    ※ おまけSS『蟲毒/孤独』付き

おまけSS『蟲毒/孤独』


 あいされたかった。
 あいされているとしんじていた。

 おれならなんとかできるとおもっていた。
 おれだからどうしようもなくなった。

 かあさんにいったらよろこんでくれるだろうか。
 かあさんだけにはしられちゃいけない。

 ああ、なんてしあわせなんだろう!
 ああ、どうしてこんなことに。

 うまれてきてよかった。
 うまれてこなきゃよかった。

 ただの天災だと割り切れれば楽だったろうに。
 助けようとしてしまった。
 月見酒なんてしていられる場合じゃなかった。

『ありがとう』

 助けようとしてくれて、ありがとう。
 その力で死ぬ私達を、どうか、どうか。許してほしい。
 貴方の心に傷を残してしまうことを、許してほしい。

 掌が傷つこうと裂けようと、皮膚が焼けようと、手を伸ばした。
 たすけての声が聞こえたから。

『ありがとう』

 そして、さようなら。
 最後まであなたは、あなたらしく。
 助けてくれようとしてくれて、ありがとう。

 致死の一撃。
 彼が助けようと伸ばした手は、彼から全てを奪い取った。

PAGETOPPAGEBOTTOM