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ツルギとイズルとハムレスの話~奴がいる~
登場人物一覧
R.O.Oはあらゆる可能性に満ちている……のであれば、現実世界で死んだハムレスもこの世界では生きているのでは?
現実と同様、悪さをしているのであれば倒しておく必要があるし、一周まわって子供好きのいい人なんかになっていたら今度は仲良くなれるのでは??
その謎を解明するため、我々調査隊はR.O.Oの奥地へと向かった――。
「ツルギとー」
「イズルのー」
「「チキチキとつぜん隣の晩御飯!」」
「何しに来た、帰れ!」
ハムレスは絶叫した。
ここは練達によく似たスポット。見慣れた近未来的な街並みが人工太陽の輝きを受けて無機質にきらめいている。
「やだーハムレスさんてば、こういう時は笑顔で出迎えるものザーマスよ」
「そうザーマス、テレビ映えしないザーマス」
「映しとんのかい」
「「いや、撮ってないけど?」」
「撮ってもないのにフカシこくな!」
「あーこわいこわい、怖いザーマス」
「ザーマスザーマス」
「ウザいからいい加減やめろ」
「てかアパート住みだったんですね」
「生活苦がにじみ出ているね。無謀な研究に人生ぶっこんだ成れの果てか」
「だからおまえらは誰なんだ!」
ツルギとイズルのこそこそ話に過剰反応するハムレス。どうやらここでの彼はまだ呼び声にやられる前、狂人ではない彼であるらしい。ていうか狂人だった場合あのトリーシャも近くに居るという事で、普通に怖い。逆説的にトリーシャも居なければ狂人でもないからここは安全地帯だ。ツルギとイズルも好きほうだいするってもんだ。
「現実のあなたには実に手間取らされましたよ」
「ああ、まったく。思い出すのもいやになるね」
「……いやだからなんの話? さっきから君たちはひとんちに押しかけて晩飯たかろうとしてるだけにしか見えないんだがね?」
アーマデルことイズルがつやめく銀髪をかき上げる。ちなみにアバターのこの格好は彼の同胞であるイシュミルをモデルにしている。本人には内緒にしてあげてね。青汁ジュース飲まされちゃうぞ!
「キミにはわからないだろうな。だが、別世界でのキミは魔種の影響で狂人となり、大量の犠牲をだした連続殺人犯にして狂気の学者なのだよ」
「なにっ!?」
ハムレスが一歩後ずさる。そこへツルギが追い打ちをかける。なお、彼のアバターは「ぼくのかんがえたさいきょうのいしきたかいけいだんし」だ。ログアウトした後、暗いディスプレイに自分の顔が映って落差に愕然とするやつだ。まあおいといて。
「じつにですねぇ! 迷惑極まりなかったですよ! 交戦したイレギュラーズのデータを強奪、その劣化コピーを作成して兵士にする! 教義的にも人道的にも許せませんね!」
「……その手があったか」
「「なんか目覚めてるー!」」
ハムレスは指をガジガジ噛みながらああでもないこうでもないと独り言を言い続けている。完全に意識があっちの世界へ飛んでいる。ツルギがちょいやっとチョップした。
「なにか後ろ暗いことを考えていませんでしたか、いま」
「いいいいいやななななななにも? 私も旅人、この世界に呼ばれたイレギュラーズのはしくれ。仲間を、特にハイレベルの仲間を、そっか、一から組み上げるんじゃなくてごっそりデータ抜き出しちまえばよかったのか、被験体もそのものずばり人体使っちまえば……」
「はいチョップ―」
「ぐはあ」
イズルの手刀がハムレスへ炸裂した。盆の窪へ遠慮なしの一発である。よく漫画とかであるあのトンっとやって気絶させるやつなんだけど、実際には中枢神経が集まってる部分を強打するわけで、半身麻痺や死の危険があるから素人はやるなとだけ言っておこう。
「はっ、私はいったい何を?」
「よし、記憶が飛んだ」
「飛ぶまで殴ることないじゃないですか、こういう時はイーゼラー様へ捧げてしまえばいいのですよ!」
「いやそっちのほうがヤバいからな? じゃない、まずいよ?」
ハムレスはいぶかしげにイズルとツルギを見ている。
「えっと、どちらさまでしたっけ」
「「晩御飯をおごってくれる約束でした!・だったね」」
ふたりのテンションに押し切られて部屋へ上げるハムレス。中は案外質素で、立派と言えば本棚くらいなものだ。実験室らしい部屋には書きかけたまま放置された大量の論文が積んである。
「なになに? 脳下垂体の萎縮と再生にまつわる諸問題について? 興味深いね」
「医療系研究者だったのですか?」
「だったじゃない、現在形だ」
キッチンから戻ってきたハムレスは傍若無人な客人二人のため、マグカップへ入れたコーヒーをデスクへ乱暴に置いた。
「私の研究は魔種を滅ぼすブレイクスルーになる筈だったんだ、それをあの頭の固い教授陣め、危険分子だと学会追放しおって」
「あ、意外と苦労されてるんですね」
「ふん、年会費5000Gの組織に興味はない。所属しなくとも研究は続けられる」
「でも研究費降りないのはつらくないかい?」
「……つらい。なんで専門書とか備品ってあんなに高いん? そりゃ蛍もすぐ死んでしまうわ。もはやドロップの缶におはじきいれて甘くてうまいとか言うレベル」
「生病老死と同じくらい、貧乏はつらいですよね。そんなあなたにイーゼラー様は微笑みかけてくださいます」
「さらっと勧誘するんじゃないよ。それに微笑みかけてたのは魔種だったよね」
にこにこしているトリーシャが脳裏を通り過ぎ、そんなわけねーだろとふたり同時につっこんだ。実際怖い。
嫌な想像を振り払い、ツルギは爽やかな笑みを浮かべ両手を広げた。
「それではハムレスさんちの晩御飯、おひろめといきましょう!」
「……これだが」
マスターカロリーと、栄養サプリ。あと水。
「……え、もしかして朝も昼もこれなんですか?」
「……なんか文句あるか」
「……私の知り合いに栄養価の高いジュースを作れる奴がいるから紹介しようか?」
「やかましいわ! コスパ最強だぞ!」
「嘆かわしい、餌じゃないか! 食の楽しみをダストシュートへ放り込むような真似を! 見ていたまえ、これが夕飯と言うものだ!」
言うなりツルギはどこからともなく取り出した大量の食材を流れるような包丁さばきで切り刻み、鍋でくつくつ、フライパンでジャー、レンジでチン。
「具だくさんシーフードドリア、チキンステーキチーズソースがけ、シェフの気まぐれサラダ地中海風!」
「魚介の内容物ごた混ぜ焼き、鳥の死体と子牛の取り分横取りソース、オッサンが適当にちぎった葉っぱ」
「イズルさん、すこし黙っていてくれませんか。以上、ワインを添えて! さあ召し上がれ!」
「えっ、食べていいのか」
「もちろんですハムレスさん。これであなたが少しでも食へ興味を持つようになれば俺は満足です」
ぱくりと一口食べたハムレスは肩を震わせて涙を流し始めた。
「う、うまい。こんな人間らしい食事はいつぶりだろう……」
「なんだか悲惨な絵面になってきたね」
「ハムレスさん、研究なんかいつでもできます。まずは日々を丁寧に過ごすことが大事なのです。清められた魂はイーゼラー様の御心にも沿います」
「う、うう……」
「イーゼラー様の御心に従いましょう。ハムレスさん。教団へ入れば研究費だけでなくおいしい食事もついてきますよ」
「け、けんきゅうひ、ごはん……」
「現実を見るんだハムレス」
イズルは材料費のレシートを見せた。
「出ていけー!!!」
約半年分の食費に該当するレシートを押し付けられたハムレスに、ふたりは仲良くたたき出された。