PandoraPartyProject

SS詳細

雪月花と歩む

登場人物一覧

武器商人(p3p001107)
闇之雲


 ――命は儚いものだ。
 そう痛感したのは何時の時代の誰だったときの話だろうか。
 この混沌という世界に来ても、偶にそれは思う。
 人生を、長い道のりに例えてみるとしよう。横並びで同じ時間を歩んでいる者たちがいるとする。
 だが、一人、そしてまた一人、ぽつぽつと歩むのを止めていく。横並びが崩れて、隣人は消えていく。
 何故、何故止まるのだ。手を差し出してみた。しかし、掴んではくれない。
 ふと気づいて左右を見た。いつの間にか、自分一人だ。
 だが命は連鎖していく。新しい顔ぶれが一緒に歩きだして、止まっていく。
 生と死。
 嗚呼、それは何処にでも有り触れていて、そして当たり前の事なのだ。

 なら、自分は……?
 目の前に続く永い永い歩むべき道を見て、少しだけ……途方に暮れた。


 此処は『サヨナキドリ』。
 幻想のとある商人ギルドだ。売ることと、買うことが誰でも出来、季節ならではの商品が注目お店。
 店主は『闇之雲』武器商人(p3p001107)と呼ばれた方で、男なのか女なのか判らない不思議な旅人さんである。
 このギルドに最近、常連さんが一人増えた。
 まだ年齢はそんなにいっていない少女で、幻想に住んでいる一般市民だと自称している。
 最初は武器商人の姿を見て、壁に背をべったりとつけ、今にも泣き出しそうな表情をしていたものだが、子供とは不思議で味方だと分かればあちらから寄ってくる。今日も駆け足で入ってきては、いつもの商品を強請っていた。
「それでね、お母さんったら、またご飯の味付け間違えたの! ちゃーんと味見しないと駄目だよねー」
「ヒヒヒ……、それなら良いのがある。入れたらなんでも激辛になる魔法の粉が、確か……この辺りに」
 ごそごそ自分の腕にかかる裾から何かを取り出そうと動いた武器商人に対して、少女は左右に顔振った。
「食べられなくなっちゃうから駄目ーっ!」
 子供らしい笑みを浮かべながら、武器商人との会話が弾む少女の名は『アイリ』と言う。
 いつもこのお昼過ぎに来ては、季節の甘味を買っていく。
 不思議に思った武器商人は、戯れでアイリに理由を聞いてみたら、どうやら病弱な弟の為に買っているのだと言うのだ。
「だって、夏場ってみんな遊びに行きたい時期よ。なのに弟はいけないの。だからね、こうして”夏”を買っていくの」
「夏を買う、ね……ヒヒ」
 そして、今日も小さな常連さんは店を出ていった。
 数歩進んでは何度も武器商人へ振り返り、小さい腕をいっぱいに振って。見えなくなるまでその繰り返しは続く。
 嗚呼、余暇を潰すには丁度いい。どうせ、また明日も来るのだろう。
 口元が面白おかしく笑っていた。それは自然とその表情になったものであった。


 別れはいつも突然だ。
 嗚呼、我ながらに必死になったものだ。落ちるべき命を繋ぎとめようとした事があった。
 ――白龍。

 嗚呼、どうか歩みを止めてくれるな。


 あれから数日が経ち、再び武器商人の下にアイリはやってきた。
 しかし、その日のアイリの雰囲気はいつもの明るくて元気なものとは打って変わっている。
 急激な変化に、武器商人もつい気になってしまった。されど、アイリはその理由を話してはくれないのだ。俯いて、口を閉じたまま。
 アイリが話してくれるのを、数時間だって数日だって待てる武器商人だが、その間のお店の管理はどうしようか考えつつ―――そして、ふとアイリは話す事を決めたように顔を上げた。
「あのね武器商人さん。アイリにも使える武器が欲しいの」
 昨日まで笑っていた少女の表情が大人びていた。
 いや、この表情は見覚えがある。
 切羽詰まって最早どうしようもない人間の顔だ。
 それくらい見抜けない事はない武器商人だが、でも何故……?
 イレギュラーズや天義の騎士、そういった戦う理由があるべき人間にはどうやったって見えない。アイリは日々、お花畑で蝶よ花よと歌っていたほうが似合う少女だ。
 だが名前の通り、自分は武器商人である。役目は、全うするべきか……。
「ンーン、でもその小さい身体で使えるコが今は生憎いなくてねえ……数日、待てるかい?」
「できれば、早く。できたらここに届けてほしいの」
「わかった……ヒヒ」
 その早くは、どれくらい早くであっただろう。
 一日か、二日か、それとも。


 再び時間は経ち、武器商人は彼女に渡す用の武器(コ)を仕入れて、渡された住所を辿った。
 しかし、そこは荒れ果てた土地であった。
 いや、数日前まで誰かが生活していたような痕跡はあるものの、酷い荒らされようだ。
 ――そういえば数日前。
 ローレットのほうに盗賊の討伐依頼が来ていたような気もする。
 人の音は聞こえない。
 だが歩き続けてみた。
 居はしないだろう。
 ここまで荒らされていては。
 そして立ち止まる。
 雑な木材で作られた十字架が地面に突き刺さっていた。花の冠がかかっていて、木には名前が掘られている。その名前はたった三文字なのだが、木が腐っていて読めそうにない。
 しかし最初の一文字だけは読めた。
「ア」
 ――イリと続くのだろうか。
 そうか。
 そうだったか――そういう事か?
 周囲を見回し、よくみれば木片かと思われていたものは十字架だ。その十字架たちは恐らく犠牲者のもの――誰かが必死に手厚く葬った痕跡なのだ。
 彼女(アイリ)は盗賊が来るのを気づいていた。それで、弟が病弱で逃げられないから戦おうと思った。村人も同じか?
 しかし思ったより盗賊のほうが強襲で何枚も上手であったのだろう。
 ローレットに来ればいいものを、依頼を頼むお金さえ無かったのかもしれない。
 アイリは一般市民? いやいやそれよりも貧相な出自なのだ。
 彼女は、物言わぬようになってしまったのか?
 命の歩みを止めてしまったのか。
「これはキミの武器だ。ちゃあんと納品したからね……ヒヒヒ」
 改めて自分は武器商人だ。その役目は全うした。小さな短剣を”墓”の前に置いて―――その時。複数の人の音が聞こえた。
 数は恐らく10~15人。屈強な男ばかりで、見るからに盗賊ですと言っているようなものだ。
「よお、その短剣綺麗だねえ、くれねえか?」
「ギャハハハ! 序に身包みを全部置いていきなァァ!」
「いやいやいや馬鹿か、内臓も高く売れんだるぉ!」
 煩い蠅どもだ。いやそれでも蠅に失礼な程だ。
 口元に手をやった武器商人は、どうしようか考えた。どうしよう等と、やることはたった一つなのだが。
 馬鹿馬鹿しい、復讐なんてしない。これはただの。

 八つ当たりに過ぎない。

「ヒヒ……」
 この劇場を見ているのは、漆黒の空に浮かんでいる月くらいだ。
「オイ、聞いてんのか―――ひ!?」
 一人の盗賊が脊椎反射で飛びのいた。
 下界の月が映しだして作った武器商人の影から、大小様々な黒い腕が蠢いているのを目撃したからだ。その腕は何をする事は無く、ただそこにあり続けるようなものだが、他者の怯えを買うには十分な存在感を発揮している。
「な、なんだ、純種じゃない?!」
「旅人か!」
「化け物か、まさか魔種!?」
 どっちだっていい。なんだっていい。
 そんな小さな種のカデコリに収まった所でなんだというのだ。
 武器商人は両手を横に仰ぐ。その姿は妖しくも美しく、まるで浮世から遠い存在のようにさえ思える程に可憐だ。
 怯えれば怯える程、盗賊たちは武器を握った。
 ここで逃げたとて、この武器商人が逃がしたかは判らないが、向かってくるのだ仕方ない。
 鎌を持った盗賊が武器商人の身体を縦に裂く――なんだ、容易く攻撃が当たるじゃあないか。ならば殺せる、なんの問題もない。そう悟った刹那、己の身体に同じような傷が生まれていたのを知った。傷を見れば見るほど痛みを帯びて血が溢れて叫び声が生まれた。
「え、ナンデ、なんで!?」
「嗚呼――そういう仕組みなんだろうね、ヒヒ」
「く、来るな!」
「大丈夫。なんで傷が出来たのなんて識る必要は無いよ――ヒヒ」
 パチンと武器商人は指を鳴らす――後方から剣を持った男が、得物を振り上げたのにも関わらず、空間にヒビが入りそこから出てきた多数の目を持った腕が男を貫いた。これは混沌には無い現象――つまり、仮初の法則。桜のようにすぐ咲いてはすぐ散ってしまうくらいに不安定な法則だが攻撃としての威力は十分。
 しかし数は圧倒的に盗賊のほうが有利だ。
 武器商人が攻撃を仕掛けるも、盗賊から飛んでくる攻撃の量は大きい。その攻撃の数だけ、相手に同じ傷を自分の身体に埋め込まれたものと同じように刻み、ダンスマカブルは進んでいく。
 されど、この武器商人にも体力的な限界点はある。忌々しくも、この世界の仕組み(ルール)に武器商人でされ例外なく縛られるのだ。
「おっと」
 一瞬、武器商人が泥濘に足を取られて滑ったのを盗賊は見逃さなかった。
 隙をついた刹那、衝撃と共に武器商人の胴体が縦に裂かれ、大きな傷を作り、そして長い髪が風に揺れる。
 ドサ、ーーあっけなく武器商人は泥濘に倒れ、土が血を吸収していく。
「やった……やったぞ」
 攻撃をした男が盗賊たちのほうへ振り返り、武器を掲げた。勝ったぞ――薄く笑った盗賊たち。勝利の余韻が響く――はずだったが。

「ウンウン確かにやったようだね」

「……へ?」
 男たちの背筋が凍った。汗が背中を流れる感覚がヤケによく伝わる。
「オマエ! 後ろ、後ろ!!」
「はぇ?」
 剣を掲げた男のすぐ真後ろに、今しがた殺したはずの存在が、ゆっくり、背骨を一個一個立てていくように起き上がっていく。
「なななな」
「安心しておくれ、盗賊の。ちゃァんと当たったヨ。ヒヒ……でも駄目だったねェ」
「ぜ、ぜんぜんわかんね」
「ウンウン、理解はしなくていいよ。だって」
 武器商人の細長い指が男の首筋をツツー……と撫でた。そこに歌を乗せて、幼い少女が歌うよな、しかしどこか酷く苦しい叫び声のような歌が。
「これから仲間を殺しちゃうんだからネ……ヒヒヒヒヒ」
 武器商人の声に重なり、無数の笑い声がどこからか響いた。混乱(魅了)した男は言葉にならない声をあげながら、味方の首を落としていく。その光景といったら、ローレットには報告がしにくい程だ。
 さあさ、半分が泥に沈んだ盗賊たち。
 まだまだこの先はある、だってここは地獄の一丁目。
 ヤケになった盗賊たちは弓を、火縄銃を、放つ。確かにそれは紛れも無く武器商人の身体を射抜いた。
 結果として武器商人の服は今、真っ赤で、穴だって開いている。なのに、なのに。
「なんで起き上がってくるんだああああ!!」
 銃声銃声叫び声。
 その都度、武器商人は立ち上がり”何事も無かったかのように”歩き出す。
 横殴りの弾丸と矢だって突き抜けた。だが、殺すという結果には至らない。ころころ口内で銃弾を弄び、不味いと吐き捨てる為、銀の糸を引きながら艶めかしく口から落ちる無意味な鉄の塊。
「一手だよ、ウン、あと一手足りないみたいだねーェ」
 武器商人の影から笑い声が聞こえた。不規則で何人もいて、それでいて恐ろしい。
「ああ、そろそろ”仕入れ”が欲しかった頃合いでね――ヒヒ」
 口調は柔らかく、そして歩く姿は妖艶な美貌。幻想のような美しさ、しかし、髪の毛の合間から見えた瞳は獣のものにも似ている。

 ――例え話だが。妖という存在がいたとして、それに遭遇したり、連れ去られたりした人間が結果、最後どうなったか知っているだろうか――

 歌は響く、絶望の海のように冷たく沈んでいく死の戦慄が。
 クスクスクス、笑う影から手が伸びた。その手は集まっている人間たちを掴むように伸びて。
「それじゃあ、バイバイ」

 ――まあ、最後を迎えたら。妖に接触した人間がどうなったかなんて、そんなもの。知っている者なんかいないのだけれど――


 後日、アイリは避難をしていたようで心優しい貴族に引き取られた事を風の噂で聞いた。
 あの墓は別のものだったらしく、件の盗賊たちも忽然と消えてしまったそうな。

 人間とは面白い。面白いから取り込んで自分の中に保管してしまうのも一興だが。
 違う体に宿っているからこそ、話ができ、縁ができ、友情ができ、愛し合える。
 一人、常連がいなくなったものの、サヨナキドリでは今日も誰かがその店に訪れる。
「ヒヒヒ……いらっしゃい。何かお探しかぃ? 今日はイイ子が豊富に揃っているよ」
 笑顔が上手な店主が、迎えてくれよう――。

状態異常
武器商人(p3p001107)[重傷]
闇之雲
  • 雪月花と歩む完了
  • NM名
  • 種別SS
  • 納品日2019年08月11日
  • ・武器商人(p3p001107

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