PandoraPartyProject

SS詳細

白き星は落ちて──

登場人物一覧

ノースポール(p3p004381)
差し伸べる翼
ノースポールの関係者
→ イラスト

●其れはいつかの記憶
 ──肌を撫でる冷たい風が木々を煽って、雪の様に白く長い髪を掻き上げる。
「おはよう! ほらっ、もう朝だよ!
 ──わあ、良い匂い! 」
 目覚めの良い朝を迎えた少女は早速まだ眠っている弟を起こし、食卓を囲う父と母と朝食を共にして、家を飛び出す所から一日が始まる。
 小柄ながらも脚に自信のある彼女は村の端から端をあっという間に駆け巡って。ぴょんと村の端に建てられた見張り台へ向かって行くのだ。
 そこには寝惚け眼で手を振る仲間がいて。ちゃんと見張らなければだめですと少女は小言を言って、交代しながら彼等は「今日もいい日だね」と笑い合うのだ。
 幻想のとある山中にある小さな村。
 地域性として、時には魔物や獣が出て来る事もある。山々と密接である以上迷い子も出る。都から離れている田舎村を狙う犯罪者さえも現れる。
 そんな村を雪鳥の少女──ポラリス・クラウベル──は大好きな人達の為、自警団として護っていた。


 そんな日々の、なんてことのない一日の終わり間際。
 始まりを告げたのは獣の咆哮だった。
 今まで聞いた事のない声が村の端から聴こえて来た時、見張り台から飛び降りたポラリスは全身の血が冷えた気がした。
 粘着く気配を振り切る様に。脚を、手を振り乱して走った。
 近付くに連れて大きくなる声は、遂にハッキリとしたものになる。
「みんな……!」
 自身を、ポラリスの名を呼ぶ声。幼い子供を抱えた顔見知りの女性と自警団の仲間を見つけた彼女は、安堵と共に駆け寄ろうとして。
 怒号。咆哮、轟音。
 地を揺るがす様な獣の声が奔った直後、ポラリスの頭上を飛び越えて散らばる瓦礫と赤く染まったぬいぐるみが彼女の視界に映る。
 全てが止まった気がした。
 濛々と立ち昇る火の粉と共に姿を表したその姿は。まるで月の輝き無き夜天と同じ黒一色、ポラリスよりも自警団の誰よりも、村の建物より頭一つ出る程の巨獣。
【────】
(っ……!)
 疑いようもない本物の魔物を前に、この時ポラリスは倒壊した家屋の向こうに垣間見た面影に呼吸が止まった。
 最愛の家族。
     魔物から逃れようと駆ける青年の姿はどう見ても弟の背中で──

( 何故一人で?   魔物はこっちに気付いてない          動け
   お父さんは  自警団の声が聴こえない  まだ間に合う  まだ逃げてない人がっ
      胸当ての留め金を締めなきゃ   ダメ  お母さんは?
 戦わなきゃ   動け あの葡萄畑、みんなで一緒に作ったのにな…   あそこに倒れてるのは……
       動け  武器はショートソード     手持ちの装備は……!
 弟を見てる?   火を恐れてない、けど 私の家  あの足元の家の樽には油が入ってたはず
      あんなに大きいのと戦った事なんて……っ  動け    ……絶対に許さない!
          動け                    私が、私がみんなを守るんだ──!!)

 数瞬の空白を経て、細い脚が悲鳴を挙げる程の力で踏み締める。
 びりびりとした痺れを無視して腰から抜いた片手剣を振り、普段の彼女からは想像もつかない声を上げ、魔物へありったけの罵声を浴びせた。
 拾い上げる松明。
 駆けるポラリスへぐるりと巡る黒い獣の頭部、篝火に照らされながら反射光すら見えぬ漆黒の眼は、そのまま魔物を『夜』として完成させているかのよう。
 全力で投げ放たれた松明が魔物の足元の何処かへと当たった瞬間、噴き上がった炎がポラリスと魔物の間の視界を遮る。
「今のうちに、逃げて!」
 ベルトポーチから引き抜き、鉄を研いだ狩猟用の投げナイフを三本投擲した彼女は誰とも分からぬ青年に叫んだ。
【───ルゥッ!】
 魔物が咆える。目元を『小突いた』ナイフを忌々し気に振り払い、巨木に等しい巨腕が鋭い爪を見せ振り上げた。
 同時。僅かな隙を衝いて魔物の懐へ飛び込んだポラリスが手にした剣を突き上げた。
「やった……────
 確かな手応えを感じた刹那。
 バギンと金属質な音が鳴り響き、剣が弾け飛んだのが見えたポラリスは空中へ投げ出されていた。

 音は何も聞こえなかった。
 抗えぬ衝撃と、前後に何度も回る視界。息を吸う事が出来ない。
 痛みは……身体を打った樹木と全身を擦切る枝、背中から落ちた地面の硬さの後から襲って来た。
「……ぁ……ッ、うあぁ……!」
 何が起きたのか分からないのは当然だった。たった一撃、魔物が振った巨腕に鞠の様に吹き飛ばされたなどと、どうしてこの時に理解できるだろう。
 全身を走る激痛に喘ぎながらどうにか立ち上がるも、視界が暗い。瞼の近くを切ったのだろう、伝い流れた血に片目を閉じたまま辺りを見回した。
 光源がまるで無い暗闇の中。うっすらと見えてきたのは村から山を少し下った森の中だった。
「……はあ……っ、はぁ……」
 軋む身体を引き摺るように、濡れた手足を動かして村を目指す。
 彼女には、痛みと共に揺れる頭の中で「ポラリス」と呼ぶ声が絶えず聴こえていた。
(みんなを……私の、家族を……)
 ぴちゃ、と。水音がどこかで鳴った。
 それが自分から溢れていた血液だと少女は気付かぬまま、不意に足の力が抜けて地面に滑り落ちる。
 冷たい。
 最後に彼女はふと……家族と今日話した事を思い出そうとして。
 ポラリスは──その意識を闇の中に手放してしまった。

●其れは出会いの記憶
 ──血に濡れた少女の鼓動を感じた瞬間、彼はその身体を抱き上げた。
「この子はまだ生きている、直ぐに治癒術式を!
 馬車へ! 適切な処置をすれば助かる……ここは私に任せて、君達は彼女を頼む」
 全身鎧、フルフェイスヘルムの男は静かな声音の中に語気を強めて言った。
 彼と共に来ていたギルド……『風護院』のメンバー達はその決定に異議を挟まない。素早くポーションの類を懐から抜いた男女達は瀕死のポラリスへ浴びせかけ、斧を背負う壮年の男が全身鎧の彼から少女を受け取った。
 二人の魔術師が癒しの光を発する中、様子を見ていた長身の女性が振り返る。
「手を貸さなくても?」
「ああ、今夜は月が無い──彼女達を馬車まで護衛して欲しい」
「承ったわ。ご武運を……『騎士様』」
 それだけ言葉を交わしたのを最後に、四人はそれまで来た方向を向いて駆け戻って行った。



「……さて」
 地面に突き立てていた剣を抜く。
 火の粉舞い焦げた臭いが燻る、『騎士様』と呼ばれていた全身鎧の彼──クリス・ヴァイラス──は村へと足を踏み入れた。
 山中に佇む村。その惨状は凄惨の一言に尽きる。
 クリスが兜越しに視線を巡らせても、無事な建物は一つもない。あるのは粉砕され、破壊された瓦礫と……人だけである。
(もう少し、早く来ていたならば)
 村の灯りが引火したであろう火災すら魔物が踏み潰し、轢き潰す様な徹底された破壊。
 微かに残った炎が燃やす人形を見下ろして、或いは違った運命も在ったのではと思わずにはいられなかった。
 そう思った時。彼はその手にあった剣を握り締め、両の手で構えた。
【──ォォォオオオ……ッ!!】
 深まった夜、ポラリスが対峙した時より巨大化した魔物が村の端から咆哮を上げて疾走して来る。
 地を揺るがす重量が山猫さながらの速度を伴って駆けるその様は、生きる暴威が如く。
「……『夜の獣』」
 剣が、閃く。
 夜闇に紛れていつの間にか振り上げられていた巨腕が薙いだ瞬間、白い火花が散った。
【────ッッ】
 切り上げ一閃、全くサイズ感の違う二つの暴力が衝突したその音は鷹の報せに近い。
 夜空に舞う黒々とした鋭い爪。ともすればクリスの背丈に匹敵する大爪が根元から叩き折られていた。
 猛る『夜の獣』の咆哮が、眼の前の獲物を”敵”だと認めた。
(……いまこの時だけは感謝するよ)
 直後に叩き付けられる両の巨腕が瓦礫と土砂を塔の如く打ち上げる。銀光が奔り、鋼すら断ち切る強烈な剣圧が魔力の刃と共に土柱の内から爆ぜ飛ぶ。
 駆ける剣閃。
 振り下ろした腕を横薙ぎに剣で殴り逸らした全身鎧の彼は、一呼吸も無い内に無数の剣戟を放ち獣の全身を切り刻みながら飛翔する。
 まるでクリスを追うかのように宙に撒き上げられる血の軌跡。
(例え魔物だろうと、今の私の顔を誰にも見られたくない──!)
 高々と跳躍した事で見えてくる。
 より破壊の痕が濃い場所はこの村で戦える者が居たのだ。そして点々と村の端へ続く爪痕は、逃げ行く者達が居たのだ。
 徹底的な破壊。度の過ぎた凶暴性。
 俯瞰した村の惨状、せめて討伐依頼に出る時間が一刻でも早ければと思わずにはいられない。
 ……或いは、出発時に別件の依頼人に呼び止められる事も無かったなら。救えた命はあったのか。
【ギャッ……ッ、ォォォォオオオオン!!!】
 思考を都度遮断して、繰り出される頭上からの兜割り。
 獣的勘か、それを避けた俊敏さは並みの剣士なら目で追えず──後の特異運命座標であっても驚愕に値する機動力を夜の獣もまた見せつける。
 だが、クリスはそれに追い付き、喰らい付く。
 その手にある剣を凄まじい膂力で揮う度に音速を遥かに越えた一撃が瓦礫を斬り払う。
 炎の軌跡が切先をなぞる。すれ違い様の一閃は、夜の獣の右腕を飛ばして滑り転がした。
 炎に照らされた際に浮き出る獣の輪郭。大型の食肉目の獣に近い骨格に加え太く長い尾が垣間見える。
(……そうか)
 刀身にこびりついた黒液を振り落とす。巡る視線は、瓦礫の下から出て来た亡骸に注がれた。
(この魔物は人を喰らう為に殺しているんじゃない、ただ破壊し……殺す為だけに殺している。
 夜の獣。お前はこの剣と同じ、何者かの……)
 ひゅるん、と鞭が唸る音。
 夜闇に紛れ振り回される獣の尾が、強かに空気を裂いて跳ぶ。バネの様に全身を跳ね上げ、クリスの眼前で突如体躯をしなやかに振り抜いた夜の獣が牙を剥き。
 そこへ割り込む様に放たれた紫電を纏う一閃が、獣の顎を砕いて夜天を仰ぎ見せた。
 ヘルムの下から覗かせる静かな怒りは、最後まで揺らぐ事無く。
 鎧すら軋む全力を以て駆け、砲声に等しき一突きが獣を射抜き、続く無数の剣戟が鮮血の雨を降らせた。
 そして……巨躯が大きく仰け反った刹那──真っ直ぐに奔った紅い一閃が首を飛ばしたのだった。


 暁を越えて。
 まだ熱を肌でヘルム越しの肌で感じながら、クリスは懐から取り出した信号弾を打ち上げて討伐完了の報せを出した。
 依頼は終えた。そう一人呟いた彼は瓦礫と白煙ばかりになった村を見渡して。
「クリス」
 名を呼ぶ者がいた。
 長身の、魔導士のローブを身に纏ったギルドの仲間の女だった。
「……彼等をこのままにしては置けない。
 少し、いや。大変な作業だが手伝って欲しい……彼等を弔ってやりたいんだ」
「それに嫌と言う輩はウチにはいないよ。あの娘は何とか救えた、他の連中もじきにここへ来るよ」
「ありがとう」
 両手剣を鞘へ納めて、湿った地面を歩いて行く。
(まだ……誰かいるかもしれない)
 空は白んで行く。
 荒れ果てた畑、凄まじいまでに掘り返され……赤く染まった井戸。
 辛うじて倒壊していなかった家屋を覗いた先に居たのは、恐らく其処に居た誰かを逃がそうとした『人だった者』。
 何らかの、もしくは自警団的な組織でもあったのだろうか。壮絶な破壊の後に拾い上げた腕章には白い羽根の刺繍が縫い付けられていた。
 だが彼等屍の先には────
「──彼女は」
 そうしている間に、いつの間にか陽が山の向こうから顔を出そうとしていた。
 幾度か声をかけようとも誰も応じる者は無かった。
 あの雪鳥の少女が生きていたのは奇跡だとしかクリスには思えなかった。
(だとして、私はそんな気休めをあの娘に言うつもりか……っ)
 これを突き付けるには酷だ。そしておざなりな希望を与える事も、愚かだった。
 仲間と手分けして村人達を供養したクリスは、名も知らぬ者達の墓標の前へ静かに祈りを捧げた。
 信心深いわけではない、だが彼等にせめてもの安らぎを願わずにはいられなかったのだ。
 少女はまだ一命を取り留めたに過ぎない。
 クリスが雪鳥の少女をギルドへ連れ帰る決意をするに迷いは無かった。
 馬車で眠る、まだ名も知らぬ少女は未だ夜の悪夢と対峙しているのだろうか。

 これは過去の記憶。始まりの物語。
 悲しみと向き合う運命の日は──まだずっと先の話だった。

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