PandoraPartyProject

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変わる世界と変わらぬ縁

登場人物一覧

ティア・マヤ・ラグレン(p3p000593)
穢翼の死神
ティア・マヤ・ラグレンの関係者
→ イラスト


 青い薔薇が弾けていた。
 その青い花弁が細く真っ白な髪の毛に絡んでいた。
 この幻想だ、青い薔薇の花びらを身体につけていれば、誰と逢っていたかなんてクイズにもならない。
 命懸けのダンス――無事……とは言えないが、”彼女”を敵として逢瀬したのであれば、まだ五体の四肢が一本も欠けていないだけ『無事という言葉の領域』ではあるのだろう。
 依頼は成功。
 報告は任せた。
 無事に終わってみればの話にはなるが……天使たる己の身でも、一歩ステップを間違えただけで、今此処を歩いている事さえ叶わなかったかもしれないと思うと、今更ながら背筋が凍るようだ。
「まあ、もう一回くらいならお付き合いしたい気持ちはあるけれどね」
『怪我が治ってからだ』
「ぐうの音も無い正論だよ」
 『穢翼の死神』ティア・マヤ・ラグレン(p3p000593)は、胸元の十字架の声と話を繰り返しながら、重傷を負った身で幻想の街中を歩いていた。周囲にある人の目を気にしないように、無意識に裏路地を選択して歩いている自分は褒められてもいいかもしれない。
 あれから何処をどうやって歩いてきたか忘れてしまったが、なんだか普通に帰る気分にはなれなかった故に、こうして翼を折りたたんで足を使っている。
 疲れていないと言えば本当に嘘だ、実際にふらついて壁に手をかけて進んでいるのだから。
 ただ”彼女”との闘いで、胸の奥の興奮が冷めないのをじっくりと感じていた。とことん己の身体を疲れさせ、その興奮が消えた頃でベッドに辿り着けば、完璧なシナリオである。
 ――あれ。
 不意にティアは、足元に珠のように真っ白な羽が一枚落ちている事に気がついた。
 膝を折り、それをつまんで拾い上げれば……なんだか――かつて無いほど懐かしい。それこそ、この世界ではなく、以前に居た世界の香りや風が、ティアを包んでいるような。
 ――ここって。
 見上げたティア。
 その瞳に映ったのは、優雅かつ、厳かな邸宅である。
 いつしかローレットの談話室で、いたずらに広げた世界地図を思い出した。
 そして、幻想の一角で、ティアの世界と同じ世界から来た『片割れ』と言っていい妹が、貴族として君臨している事を知った。もうかれこれ、数十年会っていない生き別れた妹を。
 何故、会いに行かないのか。そんな疑問はある。何故だろう――何故だろうね。

「姉、さん……?」

 びくり。
 ティアの身体が震えた。
 絶対に。
 確実に。
 間違えるはずはない。
 何度も聞いて、何度も記憶の中で再生できて、何年も会わずとも忘れるはずが無い声色が。
 今、ティアの背中にかけられたのだ。
「エステル……?」
「やっぱり、ティアだ……」
 ティアの黒翼とは真逆の白色の翼を二対四枚もった少女が、涙を溜めた瞳でティアを見ていた。
 妹(エステル)その人だ。
 本来、生き別れた者同士ならば、この瞬間に抱き合ってお互いの無事を確かめ合う事くらいあったかもしれない。
 しかし、二人は一定の距離を保ったまま動かなかった。
 あらゆる気持ちが、二人の胸の中で渦巻いているからだ。
 ティアとエステルは元の世界の”最終的な扱い”には天と地ほどの差があった。
 エステルは、常人から見れば幸福な待遇であったが、ティアはそうではなかった。望まれなかったのだ――戦いに身を尽くしても身を尽くしても、それに対して比例するように却ってきたのは称賛ではなく罵詈雑言。
 名誉が欲しかった訳では無い。
 ただ、在り来たりなものは欲しかったかもしれない。
 エステルはその罵詈雑言を止められなかった。
 今更、たらればの話なんてしたくは無いだろう。だからこそ、二人は、二人同士で、相手にどのような声をかけるべきか探ることに、脳をフルで使っているのだ。
 少しの沈黙の時間が流れた。そして。
「えと!」
「あの!」
 二人同時に口を開いた。
「エステルが先にどうぞ」
「そんな、ティアからどうぞ」
 再び、にらめっこ。そして。
「ティア、あの……もし時間があればお屋敷に寄っていかない? 話があるの」
「奇遇だね、こっちにも話、あるかも?」
「それに……」
 エステルの視線は、ティアの身体を見つめた。
 嫌でも入ってくる怪我の具合に、エステルの胸が痛く打たれている。その傷、恐らくあの”令嬢”の仕業かもしれない事は、なんとなくエステルは勘付いた。しかしエステルとしてもあの令嬢の癇癪に何が出来よう。嵐が鎮まるのを待つのと似たようなものだ。
 その嵐にティアは立ち向かった。
 エステルが、何をしてるのかとティアを咎める気持ちはなかったーーティアは本来、戦う為に生まれてきたような子だ。
 だが、だからといってこの混沌に来てまで戦っているという現実が、エステルには、令嬢と戦った事実よりも受け止められないのだ。
「その怪我、手当したいし……」
 嗚呼、忘れていた――と。ティアは再度自分の身体の状態を確認した。
 今の今まで気を取られて忘れて居た怪我の痛みが、ぶり返して熱を帯びていく。
「……じゃあ、お邪魔する」
「うん、いらっしゃい」


 エステルが幻想で貴族になっていることは知っていたが、いざお屋敷に招待され一室に通されると、その事実が改めて実感出来るほどに豪華なお屋敷であった。
 一室といっても、思い切り走り回れるくらいの空間に、アンティーク調の家具が置かれている。
 生活感があるというよりは、まるで椅子やテーブルさえインテリア(お飾り)のひとつのように感じられる。
 価値はわからないが、恐らく高いであろう絵画が壁に飾ってあり、しかし黄金やそういった富の象徴を提示するようなものは少なく、エステルの性格を表しているようだ。
 そんな場所に一人ぽつんと残されていたティア。暫く部屋を観察した後に、やることが無くなってテーブルの木の目をじっと見つめてみた。
 そして、扉が開くと同時に香って来たのは紅茶だ。
 カチャリと、紅茶のティーポットやティーカップがテーブルの上に並べられていく。
 その静寂を止めたのは、ティアであった。
「エステル、元気そうでよかった。混沌に来てから不便とかなかった?」
 心配そうな瞳をしているティアを見て、エステルは小さく笑みを零した。
「私の方は全然平気だよ。ティアの方こそこの世界に来るまでに怪我とかしてないよね?」
「その辺りは神様がいてくれたから大丈夫だよ。今まで心配かけてごめんね?」
「……うん」
 エステルも席につき、再びの沈黙。
 言葉は交わらないが、不思議と嫌な雰囲気は無かった。言葉無くとも時間を共有できている、そんな気はする。
 いつしか……元の世界で、こうして話をしていた頃が『懐かしい』と思えるようになっていた。
 時間の経過を共有し、実感していく。
 ただそれだけの事が、こんなにも尊いものだと何故気づかなかったのだろうか。
 人は、普通であることに幸福を感じるというが、きっとこれがそういう事なのかもしれない。
 そしてエステルの顔が上がった。言いたい事を貯め込んで、我慢出来ないような訴えをティアは感じ取った。
「……ティアも、きっとこの世界に来てくれるって信じてた。やっと、やっと……逢えた!」
 切ない思いを胸に、そしてそれよりも勝ったていた寂しい思いと、罪悪感。
 そんな感情がエステルから溢れていた。
 後髪を引かれるような気持ちで、どれほど必死に”貴族”まで上り詰めた事か。
 そのすべてをティアは察する事は難しい。
 だが、感じる事はできる。
 繋いだエステルの手が震えていた、たったそれだけで言葉よりもわかりやすく。
「ティア!」
 気持ちが高ぶったエステルは、席を立ってティアへと抱き着いた。嗚呼、懐かしいエステルの香りがふわりと弾けた。
 思いを受け止めるように、ティアもエステルの背中へ手を回した。白い翼が、赤と青の瞳に映っている――穢れが無く、ティアが確かに守り続けた純白の色がそこにあった。
 嗚咽を漏らすエステルの背中をやさしく撫でながら、ティアは瞳を閉じた。
「寂しかった……寂しかったよ、ティア。私、頑張ったんだよ?」
「うん、頑張ったね。あのね私もだよ。ずっと、ううん、一日たりともエステルの事を忘れた日なんて無かった」
「嬉しい……いつか会えるって、ずっとお祈りしていたの。どうかティアに会わせてくださいって」
「そうだったんだ」
 信じて待ち続ける。
 その事がどれほど辛く不安であることかは伝わっている。
 何年。
 何十年。
 もしかすると何百年。
 会えなくて、何千年。
 時間の経過が増えると共に『もしかしたらもう会えないのかもしれない』という、未来の予測は色濃くなる事だろう。
 それでもそんな運命に抗い、待ち続けてくれた唯一の家族。
 その幸運と、確率と、必然に、今、感謝しよう。
 ティアはエステルを優しく抱きしめ、滑らかな髪を指に絡ませて、そして撫でた。純白の髪が風に揺れ、きらきらと光り輝くのがとても眩しく思えた。
 暫く――――、………静かな時間は流れていく。
 全ての気持ちを共有した姉妹は、ゆっくり……と離れ――でも、両手は繋いだまま目線だけを合わせた。
 エステルの瞳には、確固たる意志があった。
「ティア。ローレットに所属してるんだよね。……もう、戦わなくてもいいから」

 ――一緒にまた暮らさない?

「――え?」
 その言葉に、ティアは息を飲んで。視線を反らした。
「どうしたの? ティア……?」
「その……」
 単純に、迷った。
 追ってくるエステルの瞳が、突き刺さるように痛い。
『もう戦わなくてもいい』
 それは、ティアが元の世界に居た頃に言われたら、どんなに嬉しい言葉であっただろうか。
 大前提として『天使』と呼ばれたティアは戦わなくてはいけなかった。
 されど戦わず、あの”穢れと呼ばれた敵”から目を離し、妹と日々を過ごす。
 穢れを吸わなければ、翼が黒く染まることはなかった。元は白かったのだ、ただ――敵を倒したら、その穢れを封印するように翼に溜め込まなければいけないルールがあった。
 だが、もしかしたら別の天使が戦ってくれるかもしれないし、戦いはいつか終わったかもしれない。
 だが、だが、時の流れとは残酷にも、ティアの心と考え方を変えていた。
 確かに妹(エステル)は、自分の我儘で寂しい思いをさせてきた。
 先程抱き合ったときに痛いほど彼女の想いを受け止めたのだ。
 お互いの肩を濡らした涙は絶対に嘘ではない。お互いを抱きしめたぬくもりは絶対に離したくはない。
 だから一緒に暮らしたら、絶対に楽しい。絶対に幸福で、絶対に不可侵なのだ。

 ――でも、でもね。

 ティアは手を離した。
 エステルは、読み込めない顔でティアの顔を覗いている。その瞳がまた、貫いてくるようにティアに突き刺さっては現実には無い痛みとなって串刺されていく。
 絶対に嘘は、妹へは言わない。
 出来る限り言葉を選び、彼女を否定せず、そして自分の想いを吐露するのだ。
 エステルの想いを、全て承知の上で。
「……もし戦えなくなったらそうさせてもらおうかな。私は、もっと強くならなくちゃいけないから」

 ――ティアさまっ!

 ふと、ティアの耳に、もう聞くことの無い声が響いた。

 ――はわわ……ティアさまのような羽があれば、良かったのですが。

 こんな真っ黒な羽でいいのかな……×××××。
 ティアの瞳の奥で、チリリと火花が煌めいた。
 黒い翼――いや、炎が燃える翼を背にした聖女がいた。あんな残酷な翼を背負うくらいなら、自分の翼を浄化して差しあげたってよかった。
 天高い塔の上で、騎士として振る舞い、弱さを不器用に隠していたあの瞳。
 凶報がローレットを駆け抜け、彼女が失踪した後、もう彼女の瞳に自分は映らなかった。いつまでもお父様だけを見つめていた、ティアが知らない聖女と戦場で再開し…………でも最終的には、心だけ、還ってきてくれた。

 無力だった―――――でも奇跡は起きた。
 何をしてあげられたのか―――――彼女の数少ない友達だった。
 そういえば天高い塔でもずっとお父様お父様と言っていた―――――魔種の声は聞いちゃ駄目だよ。

 もっと考えて、脳を絞り尽くすくらいに考えたら何かが起こって救えたかもしれない『聖女』。
 きっと彼女は救われたと思っているのだろう。人として殺してくれてありがとうって。
 でも死別という結果をティアは望んでいなかった。この先、待っても待っても、彼女の帰還は絶対にあり得ない。
 その存在がティアの中で、いつの間にか大きくなっていた。
 もう、悲劇は嫌程見てきた。でも、まだどこの世界も優しくなんてない。ならせめて、自分だけでも世界に対して優しくあるべきなのかもしれない。
「だから、ごめんねエステル」
 言い訳はしなかった。
 また妹を寂しくさせてしまう罪を背負うと決めたのだ。その代償として、エステルに嫌われたとしても甘んじて受ける覚悟だ。それでも、ティアも年頃の少女のような感受性は持ち合わせている。隠しきれない不安がティアの表情を作っていたが、それは極々自然な現象だ。
「ティア」
 空中にぶらんと投げ出されていたティアの手を、再びエステルは繋いだ。
 もう離さない。
 そんな事を言われて愚図られても仕方は無い。俯いて、妹の瞳を見る事は、出来なかった。
 しかし。
「……そう言うと思った。やっぱりティアは相変わらずだね? 私の優しいお姉ちゃん」
 顔を上げたティア。
 そこには、風に揺れた真っ白な髪がきらきらと光り輝いていた。
 自分と同じ色のオッドアイ(契約)がそこにあり、そして、困った風に笑っていた。
「エステル……」
「いいの。お姉ちゃんがそういうときって、きっと世界に意味があるときだと思うの。だから、止めない、止められないよ」
「エステル……!」
 先程まで泣きついてきたのは妹の方なのに、今度はティアが彼女の小さな胸に飛び込んだ。
 甘えて、甘えられて、きっと家族って、こうして安心してなんでも言い合える仲の事を言うのだろう。
「いいんだよ、ティア。だってこうして逢えただけでも、幸せだもの。辛いとき、何時でも私を訪ねて? 困ったら、何時でも私を頼って? だってこの幻想の貴族だもん、ティアが困ったらなんでもしてあげる―――」
「沢山話そう? 聞いてほしい事、聞きたい事、沢山あるの」
「もちろん。ほら紅茶が冷めちゃった! また新しいの淹れてくるから、待っててね」
「うん、待ってる」


 この混沌世界は、二人の元の世界とは違う世界だ。
 もう、あの迫害してくる連中はいない。そういえばあの人間たちは、強力な天使を失くしてどうなったのだろうか――そんな事、ティアとエステルには些細で野暮で小さい事だ。
 今まで状況を見つめていた元の世界の神様は、あのとき、言ったのだから。

 ねえ神様、これからどこへいくんだろう?

 わからない。でもきっと、今の世界よりもいい世界だ―――と。

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