SS詳細
こ■ふ■
登場人物一覧
頬を焼く青白い焔。フィーネ・ルカーノ (p3n000079)は濁ったスポットライトに照らされている。
「!!」
涎を散らし一体の獣がフィーネを蹴り飛ばした。左腕を庇うようにフィーネは受け身を取り、息を吐いた。鳥の刺繍が施された漆黒のロングドレスは切り刻まれ頬からとろとろと血が落ちていく。唸り、近づく獣。その顔に迷いなどなかった。汗を拭うフィーネ。傲慢に腕を上げれば──筒口が火を噴き銃弾が鮮やかに獣の額を食い破った。見世物は呆気なく終わり、観客はすぐさま手を叩いた。報酬は
書斎でフィーネは書き物をしている。R倶楽部の新しい催し。その招待状を書いている。
「フィーネ、手紙が届いてたよ!」
豪快に開く扉。
「ありがとう。あら、これは」
一瞬で理解する。これは機械眼の騎士からの手紙。
「久しぶりね」
引き出しからペーパーナイフを取り出し、丁寧に開封する。どんなことが書いてあるのだろうか。
「もしかして、ラブレター?」
「そうね。書き殴ってる、感じ」
目を細めた。スプリッツァーでも彼は飲んだのだろうか。想像し可笑しくなる。
「え、それって悪口?」
「まさか。感心しているのよ」
この気持ちは少女には分からない。
「えー? じゃあ、何て書いてあったの? フィーネ、私にも教えてよ!」
抱き着いてきたグレースの頭を撫でながら、フィーネは左右にかぶりを振った。
「それは駄目よ」
そう、この
『○日の13時にカフェRUへ。
貴方にしか頼めないことがあるの。
──偽りの恋人より』
御幣島 十三(p3p004425)は一週間前に届いた手紙を何度も読み返す。短い手紙。送り主はフィーネ・ルカーノだった。便箋の文字を追う度に十三は舞い上がる。
『フィーネ様、貴方に俺は心を奪われているのです。
ただ、俺には名誉も財産もありません。
それでも、貴方の為に何かしたいと思っています。
どんなことでも、すべては貴方の為に。
だから、フィーネ様、少しだけでも貴方の時間を俺にください……!
ーー愛しのフィーネへ 機械眼の騎士より』
「フィーネ様、待っててくださいね。俺は貴方の騎士ですから……大丈夫、スマートに事を片付けてみせます」
十三は拳を握り締める。
「で、俺を呼んだわけか。惚れた女の元に男を連れていくとはな。人間は本当に難しい」
ヴァトー・スコルツェニー (p3p004924)が不思議そうに十三を見つめる。重要であるならば何故、一人で行かないのだろう。
「煩いな。どんなオーダーか分からない以上、誰かと一緒の方が賢明だろう?」
十三は言いながらぼりぼりと頭を掻いた。実際、一人で行くのは心もとない。それに、フィーネの信頼を底上げするためには踏み台が必要である。
(どんなに悲惨な事になろうとヴァトーなら何の良心も傷まないからね)
巻き込んじまえ、そう思ったのだ。
「ほぅ、そういうことか。一応、理解した」
「うん。だから、頼んだ。成功させてくれ」
「勿論だ」
頷くヴァトー。表情には出ないが内心、驚いている。
(頼んだか……毛嫌いしているはずの俺を連れていくほどの相手とは)
好奇心。ヴァトーもまた、十三の女に興味を持ち始める。
「そういえば、緊張には猫の額を五回撫でるといいらしい。この前、教えてもらったんだ。尚且つ、一年間、健康でいられるらしい」
不意に謎知識を披露するヴァトー。その顔は大真面目だ。
「いや、誰に? それ、明らかに嘘だと思うけどねぇ。てか、その顔……まさか、フィーネ様に興味を持ったとか?」
と言うか、緊張してないし!
「間違っている? そうか、そうなのか」
ちょっとだけ残念そうな顔をするヴァトー。
「もう、それはいい。どうなんだ?」
「……? 当たり前だ。何故、興味を持たないと思ったのか俺は知りたい」
ヴァトーの言葉に目眩がする。まさか、彼女すらこの男は管理したいと──?
「やっぱり、帰ってくれ」
「何故だ? おい、心拍数が不自然に上がっている。それに顔色も悪い」
ヴァトーは手を伸ばし十三の手首を掴んだ。ああ、ほら、やはり。確信を瞳に満たし、ヴァトーは目を細めた。唇が言葉を吐き出す。
この世界でもアンタは俺に管理されるべきだ。そうすれば──今度はきっと、こ■ふ■に。
「止めろ……」
乱れた音にヴァトーはハッとする。触れたぬくもりはすぐに振り払われていた。十三はヴァトーを見つめ、笑う。
「もう、俺は選ぶことが出来るんだ」
飄々とした顔つき。ヴァトーは僅かに目を丸くし、無意識に左目の刀傷をなぞり、目を伏せた。
「ねぇ、どっちがヴァトーで十三?」
見知らぬ声が聞こえ、ヴァトーは顔を上げる。緊張のすべては彼女にさらわれてしまう。白いワンピースが風に揺れる。びっくりする十三。7、8歳ほどの少女が十三とヴァトーを見上げているのだ。勿論、知り合いではなかった。握り拳にそっくりな茶色の耳。紅い瞳は好奇心で溢れ、黒色の長い髪に金色のカチューシャが煌めく。何処かの令嬢のようだった。
「俺がヴァトーだ」
ヴァトーはいつだってヴァトーだった。目の前の相手が誰であろうと関係ない。
「へぇ? カッコいいね。ねっ、フィーネ! デートの相手ってヴァトーでしょ?」
「ふふ、どうかしら?」
ああ、フィーネだ。心が乱れて何も解らなくなる。貴方に溺れ、支配されたいと思った。十三は振り返り、その違和感にハッとし、青ざめた。香水の香りはせず、軟膏と湿布の匂いが鼻に触れる。
「あの……フ、フィーネ様」
十三が叫んだ。ヴァトーはその声に眉を寄せる。
「ふふ、ごきげんよう。機械眼の騎士さん? そして、ヴァトー・スコルツェニーさん、今日はよろしくね」
「ああ、よろしく」
何もかも調べられているわけか。
「もっと愛想よくしろ、ヴァトー。フィーネ様、ミントグリーンのワンピースにシルバーのパンプスがとてもよく似合っています!」
「ありがとう」
「ただ──」
「ただ?」
小首を傾げるフィーネ。十三は躊躇い開いた口をゆっくりと閉じてしまう。フィーネに近づくヴァトー。
「身体の傷はなんだ? それにその子供はアンタの子か?」
フィーネの頬には大きな防水フィルム。両腕には包帯。至極、痛々しい姿だ。左目には黒色の眼帯。赤い棘が蠢く。
「ヴァトー……」
「悪いな。この男はアンタの傷について触れるべきか悩んでいた。だから、俺が聞いた。それだけだ。子供については俺の好奇心だ」
「ええ、分かってるわ。彼は優しいもの。大丈夫よ、この傷はちょっとしたパフォーマンス。しばらくしたら治るわ」
「そうか、ならいい。で、アンタは?」
ヴァトーは屈み、少女と目を合わせる。
「私? 私はグレースだよ。おじさんのところから今はフィーネのおうちに住んでるの!」
「それは凄いねぇ、フィーネ様はとても優しいでしょ?」
十三は膝をつき、ふにゃりと笑う。俺も何か話したいと思った。
「うん! それにね、凄いの。おうちも広いし! フィーネ、大好き! あ、もしかして十三も?」
「勿論、大好きだねぇ」
「わっ、愛の告白だよ、フィーネ!」
「そうね、素晴らしいわ」
くすくすと笑うフィーネ。十三は立ち上がり、手を伸ばした。グレースは口笛を吹きヴァトーに抱きついた。
「危ないぞ」
「いいの! ヴァトー、肩車して!」
風が白衣をなびかせ、髪をさらう。フィーネは微笑み、十三の手に触れる。
「身体は大丈夫だと信じてもいいのかな?」
「ええ、直に治るわ。それとも、貴方があたくしを治してくださる?」
「ああ、仰せのままに」
十三は言ったが、すぐに邪魔が入る。
「いや、それは無理だな。アンタも知ってると思うが、治すのに飽きたらしい」
ヴァトーはグレースを肩に乗せている。
「あら、残念ね」
あっさりと引き下がるフィーネ。
「ヴァトー! フィーネ様、大丈夫です。俺がしっかり治しますよ!」
「ありがとう」
「フィーネ様」
「なぁに?」
「俺にしか頼めないことって?」
心臓が高鳴る。何を任されるのだろう。名誉なことだ。誰よりも上手く立ち回りたいと願う。
「え? ああ、無計画なデートをしたくてね」
「へ? エロトラップダンジョンとかインモラルなやべー店の店番じゃないんですか?」
呆気にとられる十三。想像と違うお願い。むしろ、そんなことでいいんですか?
「ふふ、それはそれで面白そうだけども……たまには普通のことがしたいの。貴方にもあるでしょう? 仕事を忘れて自由になりたいとふと、願うことが」
「ありますねぇ」
「だから、今日はあたくしと自由になってくれない?」
「素敵です、フィーネ様。では、今日は鳥のように飛んでいきましょうか」
十三は笑う。ならば、あの公園に行こう。確か、テントの貸し出しを行っていたはずだ。美味しいソフトクリームだってある。
「フィーネ様、グレース、ヴァトー、今から公園に行こう」
「公園? 水でも飲むのか?」
「飲まんわ」
ヴァトーにツッコミを入れればフィーネが楽しそうに笑う。
「十三、公園って何があるの?」
グレースが目を輝かせる。
「遊具も噴水もあるしテントもあるかな。お腹が空いたら美味しい食べ物だって買えるわけだ!」
「凄いじゃん、ずっといれちゃう! そうでしょ、フィーネ、ヴァトー!」
「ええ、わくわくしちゃうわね」
繋いだ手が強く握り締められる。
「そうだな」
「どんどん楽しませますよ、俺が!」
胸を張る。読み漁っていたタウン雑誌が役に立ったようだ。
「あ、すみません! エドワード公園までお願いします」
十三は手を上げ、馬車を止める。